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≪シリーズ ケアをひらく≫

やってくる


著:郡司ペギオ 幸夫

  • 判型 A5
  • 頁 312
  • 発行 2020年08月
  • 定価 2,200円 (本体2,000円+税10%)
  • ISBN978-4-260-04273-4
「日常を支える人々」に捧げるアメイジングな思考!
生ハムメロンはなぜ美味しいのか? 対話という行為がなぜ破天荒なのか?――私たちの「現実」は、既にあるものの組み合わせではなく、外部からやってくるものによってギリギリ実現されている。だから日々の生活は、何かを為すためのスタート地点ではない。それこそが奇跡的な達成であり、体を張って実現すべきものなんだ! ケアという「小さき行為」の奥底に眠る過激な思想を、素手で取り出してみせる郡司氏。その圧倒的に優しい知性。
*「ケアをひらく」は株式会社医学書院の登録商標です。



●新聞で紹介されました。
《郡司さんの新著『やってくる』(医学書院)ですが、滅茶苦茶面白かったです。郡司さんは前作『天然知能』あたりから、一般の人にもとてもわかりやすい文体になってきて、本作でさらに磨きがかかったと思います。郡司さんとは長い付き合いになりますが、ずっと、郡司さんの言葉をよく理解できる人が世界中に三人くらいしかいない中で僕がそのうちの一人だという自負をもってきたけれど、これで一気に何万人かに増えるのではないでしょうか(笑)。》――大澤真幸(社会学者)
『週刊読書人』2020年10月2日号、郡司ペギオ幸夫氏との対談 より)

《タイトルからして何とも面妖な書物である。だが、ひとたび頁を繰ると、そこはお化け屋敷ならぬ郡司ワールド、思わず引き込まれてしまう。……お化け屋敷を出たあとに、少しばかり世界の色が違って見える異形の書である。》――野家啓一(立命館大学客員教授)
(『日本経済新聞』2020年9月19日 読書面 より)

《著者が天然知能と呼ぶそれは、人工知能のように規定の文脈内で情報を処理しがちな現代において、絶対的な外部へと開かれている。……一見難解な語り口の裏に、何がきても一緒に受け身をとってくれそうな、著者の底抜けの寛容さを感じる。》――伊藤亜紗(美学者、東工大准教授)
(『毎日新聞』2020年8月15日 書評欄「話題の本」 より)

《本書は、世界を理解するのではなく、世界と接続しようとする試みを伝える。人間同士もまた接続を試みたとき、豊かな共存があるはずだ。》――鵜飼慶樹(書店員)
(『京都新聞』2020年9月6日 より)

●動画で紹介されました。
茂木健一郎 #もぎけんブックレビュー 020
郡司ペギオ幸夫『やってくる』レビュー

書 評
  • 「やってくる」ものたちと付き合う勇気とユーモア
    書評者:細馬 宏通(早大文学学術院教授・人間行動学)

    ◆降りかかる奇妙な現象

     夜中に突然,謎めいた人の声のようなものが聞こえたらどうするか。多くの人は「気のせい」だと済ませるだろう。それでも繰り返し聞こえたら。さすがにその部屋は不気味なので,さっさと引っ越す,というのが常識的な考えだろう。

     人一倍緩やかな感覚を持つ著者は,...
    「やってくる」ものたちと付き合う勇気とユーモア
    書評者:細馬 宏通(早大文学学術院教授・人間行動学)

    ◆降りかかる奇妙な現象

     夜中に突然,謎めいた人の声のようなものが聞こえたらどうするか。多くの人は「気のせい」だと済ませるだろう。それでも繰り返し聞こえたら。さすがにその部屋は不気味なので,さっさと引っ越す,というのが常識的な考えだろう。

     人一倍緩やかな感覚を持つ著者は,さまざまな奇妙な現象に会う。大学時代に借りた部屋で,夜中にはっきりとした低い美声が「ムールラー,ロームラー」と歌う声を聞く。通りで友人を見つけて話し続けたあげく,実は相手が赤の他人だったことに気付く。自身のパソコンが自分のものでないかのような感覚に陥り,思わず誰かに電話してしまう。

     通常なら,このような日常における感覚のずれを恐れ,できるだけそこから離れ,なかったことにしようとするところだろう。ところが,著者は全く逆の態度をとる。一度借りた部屋に住み続けるように,自分の得た感覚をうち捨てずに徹底的に掘り下げ,それを「天然知能」と名付ける。本書のおもしろさはまず,この蛮勇とも言うべき態度にある。

    ◆リアリティとはこういうことか!

     感覚と認識が一致するからこそわたしたちは生きていけるのであり,認識に矛盾する奇妙な感覚に惹かれていったなら,日常の土台が崩れ落ちてしまうのではないか。このような常識に挑むように,著者は自身の感覚に付き合っていく。

     取り上げられるいくつもの現象は,わたしたちの空間や時間,因果関係の捉え方をそれぞれ異なる形で顕わにしていくのだが,感覚と認識のずれ方に,独特のユーモアが漂っている。これが本書の第2のおもしろさだ。

     著者はこれらの例を通して,わたしたちの「リアリティ」のあり方を問い直していく。「リアリティ」といっても,本書で考察されるのは,単に既知の出来事とそっくりのものに会ったときに立ち上がる絵合わせのようなものではない。自分の知らないものが外から「やってくる」。それをハッと捉える感覚と認識とが矛盾を引き起こす。その矛盾に自身が揺らされ,当たり前だと思っていた世界が不意にありありと立ち上がってくる,それが本書で扱われる「リアリティ」である。

     最初は著者の語り出す例に吹き出したり違和感を覚えたりする読者も,読み進めるうちに,実はその違和こそが「やってくる」感覚であり,自身の考えの硬さが解きほぐされていくのに気付くことだろう。

    ◆なんとチャーミングな

     第3のおもしろさは,著者自身によって描かれたイラストである。この本に記されているさまざまな「やってくる」ものたちを,著者はトラックパッド上の一本指で描いている。イラストは,著者の緩やかな感覚をそのまま表すように,常識的な認識を支えるディテールを欠きながら,なぜかそれとわかるぎりぎりの造形を保っている。

     わたしの目は,ヒット曲を踊るプリンスのイラストに釘付けになってしまった。著者の書く文章にはいつもどこかチャーミングなところがあるけれど,本書ではその魅力が爆発している。
目 次
第1章 ビワの生い茂る奥の病院
 1-1 もはや学生寮ですらないかつての病棟
 1-2 タクシードライバーといましろたかし
 1-3 干しぶどうをこぼしたのは誰だ
 1-4 神様が来てたんです
 1-5 ムールラー
 1-6 人工知能と天然知能
 1-7 天然知能だった私

第2章 同じなのに違う、違うのに同じ
 2-1 顔を知らないのに人を知っている
 2-2 「よう、元気」であり「誰?」である
 2-3 やってくる「友人」
 2-4 どこまでいっても同じ
 2-5 これは何者かの陰謀か
 2-6 ミスマッチを超えたリアリティ
 2-7 猫でない、というよりはむしろ、猫である

第3章 デジャブから出発しないとわからない
 3-1 おまえ、牛丼食ってから来いや
 3-2 カートを見続けた私のデジャブ体験
 3-3 宙吊りにされた完了形
 3-4 押し寄せる純粋な懐かしさ―夢の中へ
 3-5 唐揚げを見ていて現れたデジャブ
 3-6 お茶を忘れたから、おにぎりがホカホカだった

第4章 「いま・ここ」が凍りつく
 4-1 凍てつく窓の向こう側
 4-2 終わらないことを終わらせようとする恐怖
 4-3 肉体・モノに集中して外部へ
 4-4 運動を知覚する緩い同一性
 4-5 「いま・ここ」のリアリティ
 4-6 押し寄せる背景

第5章 ポップ・ファンキー・天然知能
 5-1 ダサカッコワルイからこそのアメイジング
 5-2 プリンスの衝撃
 5-3 ボーイズ・タウン・ギャングからの「アップタウン・ファンク」
 5-4 クエイ兄弟の脱創造
 5-5 秋山祐徳太子のファンクでポップなダリコ
 5-6 中村―鯖ガエル―恭子

第6章 カヌーを漕ぎ出すことで生きる
 6-1 俺、明日からラーメン屋やります
 6-2 因果関係反転の意味
 6-3 これって権威?―生の尊厳としての権威
 6-4 では、“いわゆる権威”とは何なのか
 6-5 カヌーを漕ぎ出す
 6-6 知覚できないものに同時に備える

第7章 死とわたし
 7-1 死を感じる VS 死を哲学する
 7-2 頭の中と外の接続
 7-3 「前縁の神」としての死
 7-4 「境界の神」としての死
 7-5 間を開くもの=ワイルドマン
 7-6 対話におけるワイルドマン=カブトムシ
 7-7 前縁と境界の間、そして同一性とは

参考文献その他
あとがき