健康格差社会 第2版
何が心と健康を蝕むのか

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日本が「健康格差社会」であることを世に示した初版の発行後、社会疫学研究の進展により健康格差の存在は共通認識となり、健康格差の縮小が国の政策目標に掲げられるに至った。第2版では初版の内容を基盤にしつつ、この間に蓄積された多くの科学的知見を追加。「健康の社会的決定要因」などに関する議論の動向も解説する。「健康格差」の基本を知る上で最適な定番書。

近藤 克則
発行 2022年06月判型:A5頁:264
ISBN 978-4-260-04968-9
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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第2版の序

 本書の初版は2005(平成17)年に出版された。後に国の健康政策「健康日本21(第2次)」(2012年)や厚生労働白書(2014年),医学教育モデル・コア・カリキュラム(2016年)などにも登場するようになる「健康格差」「健康の社会的決定要因(social determinants of health:SDH)」「ソーシャル・キャピタル(social capital)」などの言葉,そして,それらを解明する「社会疫学(social epidemiology)」は,当時はごく一部の研究者しか知らなかった。まだ「平等な国」という幻想が残っていた日本では,健康にまで格差があることは共通認識になっていなかった。
 しかし私には,健康の社会的決定要因の重要性は明らかで,日本にもある健康格差は放置すべきでないと考えた。そこで,海外の膨大な知見と日本でのわずかな実証データをもとに,「早期警告」を発し,その生成メカニズムの理論(仮説)や,とるべき対策の考え方,そして黎明期である社会疫学の可能性と課題を論じたのが,拙著の初版であった。
 あれから17年が経った。社会疫学を専門とする研究者が増えて,同書で示した「おそらく○○だ」という予測や理論(仮説)については,かなり検証が進んだ。そして,国の行う調査でも,日本に「健康格差」があることが報告されるようになり,共通認識となった。論議を経て,放置すべきでないことが社会の合意となって,国として「健康格差の縮小」を目指す政策まで導入された。
 第2版となる本書では,この17年間に新たに蓄積されたライフコースや建造環境,ゼロ次予防をはじめとする科学的な知見や動向などを紹介しながら,健康の社会的決定要因による健康格差生成のプロセスがどこまで実証されてきたのか,その到達点を描きたい。今後,さらに数十年単位で発展し続けるであろう社会疫学研究と,環境に介入する「ゼロ次予防」の社会実装の可能性と課題を考えたい。
 本書の出版によって,初版の序文(後掲)で掲げた3つのメッセージ,①今後目指すべき「(格差が小さく)健康的で居心地のよい社会」,②ポピュレーション・ストラテジーの重要性,③「生物・心理・社会(bio-psychosocial)モデル」への転換の必要性が,多くの読者に伝わることを願っている。そして,健康の社会的決定要因や社会疫学研究および実践・臨床,事業・政策への適応を担い発展させてくれる若き研究者や実践・臨床家,企業・事業者,政策・行政担当者が増え,最新のエビデンスをふまえた論議や社会実装が進むことを期待している。

 2022年5月
 近藤克則

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I 健康格差社会と求められる総合的な対策
 第1章 健康格差社会──何が心と健康を蝕むのか
  放置すれば拡大する社会経済格差
  健康格差社会の実像
  なぜ社会経済格差が健康に影響するのか
  ではどうしたらよいか
  社会政策への示唆
  第1章のまとめ
 第2章 見直しを迫られる健康・疾病観と保健・医療
  うまくいかなかった生活習慣病対策と介護予防
  なぜうまくいかなかったのか
  なぜ個人への介入だけではうまくいかないのか
  どのように取り組めばよいか
  第2章のまとめ

II 生物・心理・社会(bio-psycho-social)モデルと社会疫学
 第3章 生物・医学モデルを超えて──パラダイムとは何か
  パラダイムあるいはモデルとは何か
  従来型の介護予防モデル
  心理・社会・環境要因によるモデル──要介護高齢者は低所得者に多い
  健康や疾患をどうとらえるか
  2つのフロンティア──見えない世界の「見える化」
  第3章のまとめ──本書で取り上げる(研究)課題

 第4章 上位層は健康で,底辺層は不健康──社会経済状態と健康
  投げかけられた疑問
  健康格差は過去の話か
  健康格差は物質的欠乏(貧困)が原因か
  健康格差は縮小できるのか
  第4章のまとめ

 第5章 なぜ学歴・職業・所得(社会経済的要因)が健康に影響するのか
  関連と因果関係
  社会疫学研究の難しさ
  影響する5つの経路
  複雑に絡み合う関係
  今後の研究課題
  第5章のまとめ

III 社会と健康をつなぐもの──心の大切さ
 第6章 「病は気から」はどこまで実証されているのか──主観的健康感・心理・認知の重要性
  主観的健康感がもつ死亡リスク予測力
  なぜ主観的健康感は大きな予測力をもつのか
  主観的・心理的要因重視の動き
  客観と主観の関係の二面性
  ストレス認知モデル
  心理的ストレスが健康に影響する経路
  治療効果が実証されている認知行動療法
  第6章のまとめ

 第7章 うつは心の風邪か──うつの重要性
  うつの重要性
  多面的なリスクであるうつ
  うつにおける生物学的変化
  社会経済的要因とうつ
  第7章のまとめ

 第8章 ポジティブな「生き抜く力」は命を救う──ストレス対処能力
  ポジティブな主観的認知は客観的な回復をもたらす
  笑いは健康によい?
  人生における指向性
  「生き抜く力」と関連する概念
  ストレス対処能力,SOC(首尾一貫感覚)
  何が「健康」を生み出すのか
  「生き抜く力」とストレス対処
  学習される「生き抜く力」
  外的資源としての社会経済的要因
  社会経済的要因と「生き抜く力」
  第8章のまとめ

 第9章 なぜ結婚や友達は健康によいのか──人間関係と健康
  人間関係と健康の位置づけ
  社会的ネットワークと健康
  結婚と健康
  なぜ結婚は健康によいのか
  学際的な関心を呼んでいる「人間関係と健康」
  社会的ネットワークと社会的サポートと社会参加
  健康への主効果とストレス軽減効果
  第9章のまとめ

 第10章 仕事と健康──職業性ストレスから健康経営まで
  職場レベルにおける決定要因──職業性ストレス
  法人や企業レベルにおける決定要因
  社会・国レベルの決定要因
  なぜ職域・職業における健康格差は生まれるのか
  第10章のまとめ

IV 社会のありようと健康
 第11章 所得格差と健康──相対所得と格差が大きな社会の影響
  拡大している経済格差
  国際比較研究で発見された格差社会の影響仮説
  格差社会の影響──仮説への批判と反論
  なぜ所得の不平等が不健康をもたらすのか
  第11章のまとめ

 第12章 コミュニティの力,再発見!──ソーシャル・キャピタル
  注目を集めるソーシャル・キャピタル
  ソーシャル・キャピタルとは何か
  ソーシャル・キャピタルの下位分類
  ソーシャル・キャピタル論を巡る論点──批判と反証
  第12章のまとめ

 第13章 介入すべきは個人か社会か──ハイリスク・ストラテジーの限界
  健康に影響する要因の階層構造
  個人への介入の限界
  なぜ健康教育の効果は薄いのか──禁煙を例に
  ハイリスク・ストラテジーの特徴と限界
  ゼロ次予防──健康によい社会づくり
  第13章のまとめ

V 社会と健康をめぐる課題
 第14章 基礎科学としての社会疫学の課題
  社会疫学の2つの課題──科学的合理性と社会的合理性
  基礎科学としての疫学
  基礎科学としての研究課題
  社会に還元するうえでの課題
  第14章のまとめ

 第15章 医療と公衆衛生・健康政策の見直しに向けた課題
  医学・医療界における変化
  「健康日本21(第3次)」に向けて
  「第3次」に向けた見直しの3つの視点
  介護予防政策の見直し
  歴史的に考える
  第15章のまとめ

 第16章 「健康によい社会政策」を考えよう
  社会疫学の知見が示唆するもの
  社会経済格差の拡大を招く政策の見直し
  医学・医療以外の分野での課題
  予想される2つの批判
  第16章のまとめ

 第17章 社会疫学──社会のための科学・21世紀のための科学
  社会のための科学
  21世紀のための科学
  第17章のまとめ

あとがき
索引

column
 エビデンスのレベル
 JAGES(日本老年学的評価研究)の概要
 教育年数が短いほど「健診を受診したことがない」
 システマティック・レビューとメタ分析
 社会階層別のうつ状態の分布
 お金持ちは転びにくい!?
 社会階層が低い人ほど「閉じこもり」が多い
 要介護者の半数は,リスクがない状態から発生している
 低所得であるほど社会的サポートの授受が少ない人が多い
 男性の1人暮らしにはうつ状態が多く,1人暮らしは低学歴層に多い
 教育年数・所得とうつ
 ストレス対処能力SOCと健康,そして社会階層
 結婚と心理的健康──背景としての社会経済的要因
 プロジェクトとイニシアティブ

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研究の蓄積を基に、心と社会と健康との関連を説く 
書評者:丸山 佳子(神戸市こども家庭局母子保健担当課長)

社会経済的要因、心や感情が、健康にどう影響するのか
 本書『健康格差社会──何が心と健康を蝕むのか 第2版』には、2005(平成17)年の初版発行以降に蓄積された、多くの科学的知見を基に、心と社会と健康の関連が紹介されている。
 社会経済的な格差の拡大で国民の健康破壊がどれほど進むのか、またこれらの格差を是正すれば健康度や幸福度がどれほど上がるのかについて、それを示唆する知見が紹介されている。
 目に見えない心や感情が、どのように健康に影響しているのだろうか。本書では「うつ」を例に、乏しい社会的サポートや、ストレスの多い労働条件などの社会経済的要因が、心理的な反応を通じて人に生物学的な変化をもたらし、疾患を引き起こすという健康への影響プロセスについて、実証的な研究を紹介しつつ分かりやすく解説されている。

健康への影響に関係する「生き抜く力」
 また、幼少期の社会経済状態は、成人後の健康に関連している。本書では、生育歴やライフコースなどの社会経済的要因が、どのように健康に影響しているのかが、「生き抜く力」という言葉を用いて説明され、「健康格差」が生じる背景への理解をより深めることができる。そして、ストレス対処能力などの「生き抜く力」が健康に影響する過程や、高齢者の健康における「笑い」の効用についても研究が紹介されている。
 所得格差や社会階層を完全になくしてしまうことは不可能であるが、それらと心理的要因の間にあって健康格差に関係する「生き抜く力」は、変えることができるポイントとして指摘されており、その点も興味深い。
 例えば健康教育などにおいて、「たばこをやめなければがんになりますよ」などと脅かすようにして相手を委縮させるような手法から、自己肯定感を高め、「生き抜く力」を強化してエンパワメントするアプローチに転換することの重要性など、本書からさまざまな気付きを与えてもらった。

保健師としての妄想も膨らむ
 また、社会的サポートやネットワークの意義についても詳しく解説されている。中でも、サポートを受けるばかりでなく、困った時はお互い様という互酬性に基づく「持ちつ持たれつ」の関係が、健康への(特に予防的な)影響が大きいという点は示唆に富む。本書には、人間同士の温かなつながりや、信頼、安心感が健康を促進させるという事実もデータで示されており、今後、社会参加の支援方法の検討に大いに役立つと考える。
 評者は神戸市の保健師として、高齢者のサロン活動による介護予防事業を通じて、健康寿命の延伸と、地域の健康格差の縮小に向けた取り組みを行い、成果を得た経験がある。さらに本書を読んで、著者が目指す「暮らしているだけで健康になれる社会づくり」がどんな地域なのか、自分の妄想も膨らんでいる。

(「保健師ジャーナル」2022年12月号掲載)

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