人体の骨格筋 上肢

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人体の骨格筋を丁寧に剖出し、さらに1つずつ単離し、その全貌を明らかにする。この単離筋標本からは、これまで見たことがない、「筋の裏側」を見ることができる。全身のCT画像を再構築した立体画像では、3次元的な形状と位置関係が精確にわかる。これらの画像をつぶさに観察することから、機能に応じた筋束や筋内腱を有する、まったく新しい骨格筋の姿を知ることになるであろう。

坂井 建雄 / 加藤 公太
発行 2021年10月判型:A4頁:240
ISBN 978-4-260-04620-6
定価 8,800円 (本体8,000円+税)

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    2023.04.12

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はじめに

骨格筋とは
 骨格筋skeletal muscleは,骨格に付着して身体を動かす筋肉である。人体には数多くの骨格筋があり,名称で229個,実数では600個ほどで,体重に占める割合は男性で35%,女性で25%ほどである。運動神経によって支配され,中枢神経からの指令に従って収縮する。
 近年,その骨格筋が医学・医療において,またスポーツや健康に興味のある人々の間でも注目されるようになってきた。

医学・医療における骨格筋
 ここ数十年の医学・医療の目覚ましい進歩により,神経系や循環器系などの重篤な疾患が的確に診断・治療され,生命が救われるようになってきた。しかし,救命されたからといって,もとの健康な体に戻れるわけではない。そこで,病後の低下した身体能力を改善して生活への適応を図ること,すなわちリハビリテーションが重要となってきた。
 また最近では,ロコモティブシンドローム(運動器症候群)locomotive syndromeといって,運動器の障害により要介護になるリスクが高くなる病的状態が注目されている。加齢による筋力低下が引き起こすフレイルやサルコペニアも問題化してきた。こうした状態に陥ることを防ぐために,リハビリテーションや運動習慣により,体力を維持することが推奨されている。
 リハビリテーションの中心となる理学療法physical therapyおよび作業療法occupational therapyでは,日常生活活動activities of daily living(ADL)を改善し,生活の質quality of life(QOL)を向上することを目標としている。リハビリテーションを行うセラピストには,身体動作の基盤となる骨格・関節・骨格筋の構造(解剖学)および機能(運動学)について,正確な知識が不可欠になってくる。

“筋トレ”ブームとスポーツ科学における骨格筋
 巷では,筋トレが人気である。至る所にフィットネスクラブやスポーツジムがあり,マシンを使った筋トレができる。ヨガやピラティスでも筋肉を鍛えることができる。美しい身体を作るために,健康を保つために,様々な筋トレが提案されている。テレビ番組にも筋トレが登場し,「筋肉は裏切らない」という言葉が新語・流行語大賞の候補になったりもした。
 また,アスリートにとっては,運動パフォーマンスを高めるために,筋肉を鍛えることが非常に重要で,アスレチックトレーナーによる専門的な指導を受けている。スポーツの種目によって,また個々のアスリートによって,強化したい筋もトレーニング方法も異なる。こうしたアスリートやアスレチックトレーナーなどは,人体や筋肉の構造にも関心が高い。なかには,解剖学の専門書やアトラスを愛読している人も少なくない。

運動学と骨格筋
 身体の運動を扱う研究分野は運動学kinesiologyと呼ばれ,リハビリテーションに関わる医療者にとっても,スポーツ選手のパフォーマンスを高めるアスレチックトレーナーにとっても,重要な研究領域となっている。運動学では,骨格,関節,筋肉の構造をもとに,身体の各部がどのような運動を行うのかを研究し,日常生活における身体の姿勢や歩行について,詳しく解析されている1)
 骨格筋を構成する素材については,筋線維を作る筋細胞の構造や特性,細胞骨格であるアクチンとミオシンという2種類の筋フィラメントの分子構造まで,詳しく明らかになっている。骨格筋の両端を骨格につなぎ止める腱についても,素材となるコラーゲンの分子構造が解明されている。骨格筋と腱の物理的・力学的性状についても,よく調べられている2)
 あとは骨格と関節,筋と腱の精確な三次元構造が明らかになれば,人体の運動器を力学的構造として再構築できるのではないだろうか?

これまでの解剖学の盲点とこれからの課題
 ところが,残念なことに骨格筋の解剖学の情報は十分であるとは言いがたい。解剖学は人体のありとあらゆる構造を観察して名前をつけており,骨格筋に関しては起始,停止,神経支配といった基本事項が示されている。しかし,骨格筋そのものの構造には観察が行き届いておらず,解剖学書にある骨格筋の記述や解剖図には,情報の不足や誤りが散見される。
 私がそのことに気づいたのは,「人体の構造を深く学びたい」というスポーツトレーナーや理学療法士を大学院生として受け入れ,骨格筋の解剖学の研究を始め,様々な筋の単離筋標本を作成し,観察するようになってからのことである。今から10年ほど前のことになる。これまでの理学療法学やスポーツ科学における運動器の研究では,この不十分な骨格筋の解剖学を拠り所にしてきたのだろう。
 実際,骨格筋の構造と機能の研究には様々な課題がある。骨格筋の構造そのものがよくわかっていないことに加えて,力学的に重要な骨格筋の定量的なデータが不安定である。骨格筋については筋体積,筋長,筋線維長,羽状角のデータが重要だが,個体差が著しく,測定方法も様々であることから,研究者によって大きく異なる数値が報告されている。

本書が提供する新しい骨格筋とは?
 本書では,まったく新しい骨格筋の姿を提供する。
 1つは,上肢のすべての筋の単離筋標本の写真で,骨格筋そのものの構造が非常によく観察できる。これまでの骨格筋の写真は,原則として原位置で解剖して撮影されており,取り外された単体の骨格筋,すなわち単離筋標本による解剖写真のコレクションは,これまでに例がない。
 もう1つは,全身のCT画像から再構築された立体再構築像である。これにより,骨格筋の三次元的な形状および位置関係が,非常によく理解できる。骨格筋の三次元的な形状の再構築を,これほどまで精細に,かつ網羅的に行ったものは,これまで例がない。
 これらの画像の観察を通して得られるのは,まったく新しい骨格筋のイメージである。人体の骨格筋は,その名前に対応するような特徴的な大きさ(広背筋,最長筋),形状(三角筋,腹直筋),作用(肩甲挙筋,浅指屈筋),起始・停止(胸鎖乳突筋)をもつだけではない。それぞれの骨格筋が,筋内に固有の起始・停止構造(表在起始・停止腱など)をもち,また特徴的な筋束の配置(帯状,帯羽状,羽状)を有していること,さらにそれが筋の機能特性や作用環境と深く関わることが明らかになった。
 このようにして作り上げられた骨格筋の新しい解剖学が,骨格筋の運動学や臨床に携わる方々にとって,堅実な基礎として役立つことを願うものである。

 2021年8月
 坂井建雄,加藤公太

〔注〕
1)運動学の標準的な教科書として,欧米のニューマンによるもの(Neumann, 2016),オーチスによるもの(Oatis, 2016)は定評がある。日本でも市橋によるもの(市橋,2017)は,最近の研究成果をよく取り入れている。
2)骨格筋の機能特性については,リーバーによるモノグラフ(Lieber, 2010)が有益な情報を提供している。

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序章 骨格筋の解剖学

第1章 体幹から起こる上肢帯の筋
 体幹から起こる上肢帯の筋
 〔1-1〕大胸筋 pectoralis major
 〔1-2〕小胸筋 pectoralis minor
 〔1-3〕鎖骨下筋 subclavius
 〔1-4〕僧帽筋 trapezius
 〔1-5〕広背筋 latissimus dorsi
 〔1-6〕肩甲挙筋 levator scapulae
 〔1-7〕大・小菱形筋 rhomboid major / minor
 〔1-8〕前鋸筋 serratus anterior

第2章 肩甲骨周囲の筋
 肩甲骨周囲の筋
 〔2-1〕三角筋 deltoid
 〔2-2〕大円筋 teres major
 〔2-3〕棘上筋 supraspinatus
 〔2-4〕棘下筋 infraspinatus
 〔2-5〕小円筋 teres minor
 〔2-6〕肩甲下筋 subscapularis

第3章 上腕部の筋
 上腕部の筋
 〔3-1〕上腕二頭筋 biceps brachii
 〔3-2〕上腕筋 brachialis
 〔3-3〕烏口腕筋 coracobrachialis
 〔3-4〕上腕三頭筋 triceps brachii
 〔3-5〕上腕の筋の筋間連結 intermuscular connection among the humeral muscles

第4章 前腕部の屈筋
 前腕部の屈筋
 〔4-1〕円回内筋 pronator teres
 〔4-2〕橈側手根屈筋 flexor carpi radialis
 〔4-3〕長掌筋 palmaris longus
 〔4-4〕尺側手根屈筋 flexor carpi ulnaris
 〔4-5〕浅指屈筋 flexor digitorum superificialis
 〔4-6〕深指屈筋 flexor digitorum profundus
 〔4-7〕長母指屈筋 flexor pollicis longus
 〔4-8〕方形回内筋 pronator quadratus
 〔4-9〕前腕屈側の筋の筋間連結 intermuscular connection among the forearm flexor muscles

第5章 前腕部の伸筋
 前腕部の伸筋
 〔5-1〕腕橈骨筋 brachioradialis
 〔5-2〕長・短橈側手根伸筋 extensor carpi radialis longus / brevis
 〔5-3〕総指伸筋,小指伸筋 extensor digitorum, extensor digiti minimi
 〔5-4〕尺側手根伸筋 extensor carpi ulnaris
 〔5-5〕肘筋 anconeus
 〔5-6〕回外筋 supinator
 〔5-7〕長母指外転筋,短・長母指伸筋,示指伸筋 abductor pollicis longus, extensor pollicis brevis / longus, extensor indicis
 〔5-8〕前腕伸側の筋の筋間連結 intermuscular connection among the forearm extensor muscles

第6章 手の筋
 手の筋
 〔6-1〕母指球筋 thenar muscles
 〔6-2〕小指球筋 hypothenar muscles
 〔6-3〕中手筋 metacarpal muscles

あとがき
索引

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人体というものの驚くべき仕組みを再発見する一冊
書評者:布施 英利(東京藝大教授・美術解剖学)

 解剖学における「骨格筋」研究の新たな到達点,ともいえる本が登場した。

 解剖学の歴史において,新しいムーブメントが起こったときに,その傍らには優れた美術家がいた。解剖学の父アンドレアス・ヴェサリウスの著『ファブリカ』(1543年)では,ルネサンスを代表する画家ティチアーノの弟子カルカールが解剖図を描いた。『解体新書』(1774年)における解剖図は,蘭画家・小田野直武の手によるものである。

 本書『人体の骨格筋 上肢』は,日本の肉眼解剖学研究の第一人者である坂井建雄氏(順大特任教授)の下,希代の美術解剖学イラストレーターである加藤公太氏(順大助教)が解剖体標本の作成を行い,その成果をまとめたものである。

 医学教科書などに掲載されている,よく整理された解剖図などに見慣れると,「解剖して皮膚を剥がしたら,そこにはこんな筋肉たちが現れるのだろう」と想像しかねない。しかし実際の解剖体は,筋肉に血管や神経が絡まり,脂肪や筋膜の断片が混在し,筋肉の輪郭や走行もはっきりしない。ほとんど混沌ともいえる解剖体の光景が目に入る。いったいどこを見ればよいのかと途方に暮れる。

 そこを,美術・デザインを学んだ経験のある加藤氏が,大変な集中力と根気,そして磨き上げた美的センスによって,明快な解剖標本にすることに成功した。私も,加藤氏が解剖した筋肉標本を目にしたことがあるが,ほとんど芸術作品とも思える,それまで見たことのない解剖体の光景に息をのんだものである。

 それらを写真に記録し,まとめることで,この人体筋肉図鑑ともいえる本は出来上がった。ここには解剖学者・坂井建雄とその弟子・加藤公太という二人の異才による共同作業なしでは生まれることのなかった世界がある。特に本書の第一の特徴は,単離筋標本の写真が充実していることで,これだけ明快な,かつ人体の全てにわたる筋標本が掲載された解剖書というのは類がない。

 「本当の骨格筋をまだ誰も知らない」。

 本書の帯には,そう書かれている。解剖学というのは,すでに完成した古い学問で,もう新しい知見など出てくることはない。そんなイメージすら抱かれている分野である。しかし,本書のページをめくり,その解説に目を通していると,帯の文にある通り,今まで見たことのなかった知見の筋肉によって構成された,新しい人体像が浮かび上がってくる。

 本書は「上肢」編で,この後人体の他の部位を扱った続編も出るらしい。楽しみだ。その第一弾が,「上肢」であることも意義深い。二足直立をするヒトにとって,腕や手指は,最も複雑な動きをする部位であり,その動きを作り出しているのは,その筋肉だからだ。まずは本書で上肢の筋肉の複雑で精妙な構成を知り,それが人体というものの驚くべき仕組みを再発見する始まりとなるだろう。

 本書は,医学はもちろんのこと,スポーツ科学や造形芸術など広く人体にかかわる者にとって,座右に置き,いつもそのページをめくり,筋肉の形態と構造を知るための最高の手引きとなるであろう。


骨格筋について,新しい発見を体験できる書
書評者:市橋 則明(京大大学院教授・人間健康科学)

 「本当の骨格筋をまだ誰も知らない」という刺激的な帯のついた坂井建雄先生と加藤公太先生の共著である解剖学書『人体の骨格筋 上肢』が出版された。坂井先生は,私が最も信頼し,手に取ることの多い解剖学書である『プロメテウス解剖学アトラス』の監訳者でもある。

 本書には,これまでの解剖学書では例のない全ての上肢筋の単離筋標本の写真が掲載されており,骨格筋そのものの構造が非常によくわかる。単離筋標本とすることにより,骨格筋の構造を起始から停止まで観察することができ,起始腱や筋束のねじれなどの詳細が明確に示されている。この単離筋標本は,健全な1体の解剖体から加藤先生が作成されたそうである。大変な苦労と時間をかけて作製されたと思われるが,非常に良質の単離筋標本である。

 この単離筋標本を作製するにあたって,分離不可能と思われていた共通腱を持つ筋であっても,腱組織は筋ごとに分離できたと記載されている。また隣接する筋と癒着していると言われている筋さえもうまく分離できたということであり,全ての骨格筋が完全に分離可能ということは衝撃的でもある。また,単離筋標本から判明した「起始・停止面の対立の原則」や「筋線維長一定の法則」など,これまでの解剖学書を超えるような興味深い記述もある。単離筋標本だけでなくCT画像から再構築された立体再構築像が掲載されていることも本書の大きな特徴である。これにより各筋の三次元的な形状と骨との位置関係がよくわかる。

 本書では,各筋に対して3つの記載がされている。まず,解剖学書として必須の解剖写真と模式図による筋の全体像が記載されている。次に本書の特徴である単離筋標本の詳細な画像とこの標本からの所見をもとにした筋の形状,起始・停止端の構造,筋束の配置の記述が詳しくされており,非常に興味深い。さらに筋の構造からみた機能特性として,筋長,筋線維長,PCSA(生理学断面積)比率,モーメントアームなどが記載されており,筋の運動学としての興味深い情報が記載されている。

 著者があとがきで書かれている「解剖学が人体の構造をすべて解き明かした『過去の学問』ではないこと,新しい知見をもたらすのが細胞や分子といったミクロの解剖学だけではないこと」という言葉が非常に印象に残った。

 骨格筋を扱う多くの医学関係者が本書を手に取り,新しい発見を体験されることを期待する。


「美しい」だけではない,筋そのものを理解する新しい「骨格筋の解剖学」
書評者:秋田 恵一(東京医歯大大学院教授・臨床解剖学)

 人体の美術展のカタログを手に取っているかのように思える1冊である。まず目に飛び込んでくるのは,写真の美しさである。解剖実習の経験者であれば,この解剖がいかに難しいものであるか,洗練された技術に基づいたものであるかがわかるはずである。また,アトラスのイラストでは,全ての筋の筋線維の方向まで正しく描写することは非常に難しい。われわれは,この筋線維の配列から,筋の運動を知ることができ,躍動感を感じることができるのである。

 人体の構造は複雑で緻密であり,美しい。また,非常に機能的である。しかし,機能の追究によって形態ができてきたわけではない。さまざまな形態構造の織りなす作用が複合的に働くことによって,複雑な機能が作り出されているのである。よって,骨格筋を1つ1つ分解して解析するのがよいのか,機能を作り出す単位としていくつかの筋をまとめて解析するのが良いのか,という解剖学的なとらえ方の違いは,研究者によって起こり得る。それでも,やはり1つ1つの筋の形態に関する理解がなくては先に進めない。本書に示される個々の筋の起始,停止,形状,筋束の構成についての解析と文献的考察,そして機能特性に関する記載は,筋のスペックを示す上で非常に重要なデータであり,読者が筋の1つ1つを動く構造体として捉えることを可能とする。これらのデータは,機械の詳細なカタログや取り扱い説明書のように,静止する写真を生き生きとした動画にさせる,読者の想像力に訴えかける仕掛けとなっている。

 本書を開くと,写真の美しさに目を奪われることになるのは致し方ないが,まずは序章を読んでいただきたいと思う。運動器の解剖学を学ぶときには,起始,停止,神経支配,作用を覚えることで,筋について理解したつもりになってしまいがちである。しかし,筋線維の走行によって捻れが生じたり,筋束が収束したり,複数の筋束によって複雑な構成が作り出されたりするなど,1つの筋にはさまざまな内部構造がある。個々の骨格筋を単離することによって,名称が与えられている1つの筋の中には,さらにいくつかの構造が隠れていることがわかる。それらの作用の集合を理解することで初めて筋を理解することができるという著者らの「骨格筋の解剖学」についての思い入れと考え方が示されている。運動器としての骨格筋の研究では,起始と停止に注目しがちであるが,筋そのものを理解する新しい「骨格筋の解剖学」こそが,スポーツ医学やリハビリテーション医学などにおいて,極めて重要であることを示している。

 著者らについての紹介は,私などが述べるまでもなく知られているところであり,本書にも記載されてある。これまでの長い経験と蓄積,そして意欲的な研究者の努力が,まさに新しい解剖学として結実したものと考える。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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