序
『神経病レジデントマニュアル』初版を1987年,第2版を1997年に,筆者(栗原)と木下和夫先生(宮崎大学名誉教授)の共著により刊行した.宮崎医科大学(現宮崎大学医学部)で神経内科と脳神経外科でカンファレンスを一緒にしながら,木下先生とともに診療をしてきたことも,よい思い出となっている.2005年まで,増刷をするごとに筆者が少しずつ加筆はしてきたが,その後新しい薬も多く出てきて,改訂しないといけない時期になった.今回筆者の手で大幅に改訂を行い,『神経内科プラクティカルガイド』という書籍として出版することになった.
木下先生は写真を撮ることが上手く,うっ血乳頭,頭部外傷の写真,脳動脈瘤,慢性硬膜下血腫,脊髄腫瘍などの脳神経外科的に重要な症候や画像は,2014年になっても時代遅れになることはなく,大切な写真として教育的価値があり,この本でもご厚意によりそのまま残してある.
宮崎医大第3内科の荒木淑郎教授が当時よく言われた,「新しいことがあったらよく記録をしておくことが大切である」というご助言もあって,筆者も診察の写真をたくさん撮影してきた.そして深部腱反射や病的反射の写真では,マルチストロボ多重撮影などもして,診察の仕方がよくわかるように工夫してきた.筆者は1987~2008年までの21年間,東邦大学医療センター大橋病院にて教授職に就いていたが,日本神経学会の認定委員も長年務め,2005年からは卒後教育小委員会の委員長も務めていた.そのため,神経学会の専門医試験を受けにくる若い方たちと毎年接することがあり,彼らの口頭試問のときの診察をみて,神経学的診察がもっと上手にできるようにならないものかと考えてきた.なお,セミナーでは神経学的診察の講義や実習を行う中で,自分の診察を日経BP社からビデオにして出版した.
本邦では,ここ数年間高齢化の影響もあり,神経疾患では特にパーキンソン病,認知症などが増えてきて,また新しい治療薬も出てきたので,本書ではそれらの記載をした.また,高齢になると男性は良性前立腺肥大(BPH)の症例が多く,神経疾患も伴っているので,夜間頻尿とそのために睡眠不足になるという訴えを多く聞く.女性も夜間頻尿を訴える人があり,男性でも女性でも膀胱粘膜が過敏になって,尿が大してたまっていなくても,膀胱が勝手に収縮して尿意を来し,夜間に何回もトイレに起きるために睡眠不足となる場合がある.過活動膀胱も,悪性腫瘍などを否定した後は治療薬があるので,本書では男性と女性の場合の薬物療法を記載した.
本邦で比較的多い視神経脊髄炎(NMO)は,進行すると失明と対麻痺を来し,従来の治療に反応しにくい疾患であるため,記述を加えた.視神経の障害,脊髄には3椎体にわたる病変があり,血中の抗アクアポリン4抗体が陽性となることなど,これを見出した日本人研究者の業績は立派である.治療はステロイドパルス,血漿交換でも効果が不十分なことが多く,生物学的製剤(リツキサン)が用いられて効果がみられている.
片頭痛は10代,20代に始まって,女性に多く,母親から娘へと家族性にみられることが多い.ズキンズキンとする頭痛,嘔気・嘔吐を伴い,仕事や学業に支障を来すが,頓挫薬のトリプタン製剤は高価であり,片頭痛さえ起きなくなれば生活しやすくなるという場合もある.そのため予防薬があり,テラナス,インデラルなどが有効である.さらに抗てんかん薬のバルプロ酸が保険採択され,抗てんかん薬として用いる量よりずっと少なく,1日1回400mgくらいで片頭痛の予防になり,この量なら催奇形性もないということで,これらについても今回記載した.片頭痛予防薬では,片頭痛の頻度も減り,頭痛の強度も軽くなるのでありがたいことである.
筆者が教授職に就いていた2008年までは,下肢静止不能症候群の症例は経験しなかったが,この6年間では,本症の情報がむずむず脚症候群としてマスコミで報道されたこともあって患者数が増えている.薬物治療が有効であり,ドパミンアゴニストやガバペンチン(商品名:レグナイト)も使われているので,これらについても記載した.
高齢化に伴い,認知症の患者が増えているが,病気が進むと幻覚や行動異常が出てくる.その治療として非定型抗精神病薬,あるいは漢方薬の抑肝散などを用いることがある.神経内科医も精神科の知識や,薬物の用い方についてある程度の知識が必要になるため,それらの記述も追加した.
神経内科疾患の診療にあたっては,よい病歴聴取をすることがまず大切であるが,かなり時間を要するので,忍耐強く行う必要がある.よく聞いてもらったということで,それだけで病気の症状が軽くなると言う患者もいる.そのため,本書では医療面接の章(2 問診のとり方)を設けた.また,神経解剖の図も入れて,解剖と対比して診察ができるように記載している.実際の臨床の現場では問診が不十分であることに気がついて,もう一度病歴を聞き直す必要があることも少なからずある.そして,神経系のどこに,どのような病気が存在するかを推測して,診断確定のために検査を組み,問診と神経診察所見から考えて臨床診断をして,検査によってそれを確認するということが望ましい.
現代は医師や研修医にとって忙しい時代であるため,「この疾患にはこの薬」「エビデンスはどうか」などを一目でわかるように本に示してほしいという読者の要求もある.しかし,文献的にもエビデンスがない疾患もあるので,神経内科専門医を志す方は,卒後研修において,できるだけ多くの症例を経験して,自分の頭の中に治療指針を叩き込むことが望ましい.医学部を卒業した方は卒後のプログラムによって,十分な研修を受ければ,どの診療科の専門医にもなりうるポテンシャルをもっていると筆者は考えている.
神経内科にしても,約3年間に,成人の神経内科,小児神経内科,精神科,脳神経外科,脳波・筋電図,神経放射線,神経病理の各分野で一定期間専門家について勉強することが望ましい.どのようにしたらよい神経内科医が育つかという観点から,卒後教育プログラムを組んで実行することが不可欠である.
本書は,臨床の現場において,索引から必要な項目を読んですぐ使うという利用の仕方もあるが,医学生や神経内科の勉強を始めてすぐの研修医の方には,ぜひ通読していただきたい.米国のレジデントプログラムも記載したので,神経内科医の育成を行う方も本書を参考にしていただけると幸いである.
2014年3月
栗原照幸