第2711号 2006年12月11日


ストレスマネジメント
その理論と実践

[ 第9回 ラインによるケア(4) クレーム対応の過程におけるケア(上) ]

久保田聰美(高知女子大学大学院 健康生活科学研究科 博士課程(後期))


前回よりつづく

 昨今の患者や家族からのクレームは,医療現場の過酷な労働環境の主要因にさえなっています。特にナースは,いろいろな場面でクレームの矢面に立つことも多く,その対応にはラインマネジャーである師長があたるのが一般的です。その対応過程ではクレームを冷静に受け止めると同時に,スタッフに対するケアの視点も大切です。

患者,ナース,診察医 それぞれの言い分を聴く

 「師長さん大変です! ちょっと来てください」。外来のスタッフからの連絡でA師長がかけつけると,その患者さん(B)は「あんな看護師(C)はクビにして!」とかなりの剣幕です。

 クレームの内容を要約すると,待ち時間の長さと,順番が前後したことの説明がなかったというものです(その結論に行き着くまでにもずいぶん時間がかかりますが)。一方,対応したCナースは,「一度お名前をお呼びした時には不在のため(順番だけとって外出していた),順番が変わり,戻ってきたとたん電車に乗り遅れるから早く診察してほしいと急に言われても対応できない」と不満顔です。“患者さんはBさんひとりじゃありませんから”と顔に書いてあります。

 このように患者さんやご家族のクレーム対応で呼び出されるのは日常的にありますが,師長にとってはかなりエネルギーがいる仕事のひとつです。特に外来はクレーム発生の多い部署で,下手をするとその対応だけで一日が終わってしまうことも少なくありません。師長自身がクレーム処理に消極的で,とりあえずその場を収めるために患者には平謝りし,当該スタッフには「あなたのせいで私が怒られたじゃない」と言わんばかりの対応で終わってしまうことも多いようです。

 しかし,現実には当該スタッフはむしろ被害者で,患者のほうに問題がある場合や,病院のシステム的な要素が影響している事例も少なくありません。そうなると,院内からの反発やクレームさえも発生し,もぐら叩き状態の悪循環に陥ってしまいます。

 クレームの多い部署こそ,その背景にある様々な要因を分析し,再発防止に努める視点での対処が求められます。基本的には,インシデントやヒヤリハットの分析と同様の扱いと考え,文書化して整理することも効果的でしょう。文書化というと,書類のあふれている今の医療現場では否定的に捉えられがちですが,それを逆手にとって,「報告義務があるから」と情報収集にいくと,「師長さんも大変ですね」と職種を問わず(日頃から報告書類に苦労しているため),みんな情報提供に協力してくれます。

 そこで現場に駆けつけたA師長が情報収集した結果,Bさん側の言い分は,(自分の行動はさておいて)電車に乗り遅れそうで困って看護師に言ったのに,その時の看護師の態度が横柄で親身になってくれなかったことへの怒りが中心でした。外来のスタッフ(Cナース以外の周りの受付やナースも含めて)の意見をまとめてみると,「Bさんはいつもこうして順番だけ取っていなくなったり,突然戻ってきてわがままを言う」とラベリングされていました。「もし,他の患者さんだったら同じ対応をしていた?」というA師長の問いには,「Bさんじゃなかったら,別の行動をとっていたのかもしれない」という答えでした。

 昨今のクレームには,対応したスタッフにも問題はあるのかもしれませんが,理不尽とも言える攻撃的な内容も少なくありません。明らかに金銭要求を目的とする悪質なものさえ急増しているようです。そこでA師長は,お互いの言い分を共感的態度で聴くことに努め,Bさんに対しては,周りで聞き耳を立てている方々も意識しつつお願いしました。

 「Cの対応が悪かったのは私の指導不足なのでお詫びいたします。ただ,Cも何度もBさんのお名前をお呼びしてもいらっしゃらなくて本当に困ったようなので,今後席を離れる時には受付に声をかけてください」

 そうこうしているうちに診察の順番が来たので,Bさんに了解を得て診察に同席させていただくと,先ほどまでとは別人の様子で(医師の前だと豹変するこうした患者の態度もナースのストレス要因の一つのようですが)診察を受け,にこやかに帰られました。
 A師長は,その日の診察終了後,Cナースや診察の担当医を含めて外来スタッフで話をする時間を作りました。スタッフの言い分は,「あんなわがままを許していては他の患者さんのほうが気の毒だから,もっときつく言ってください」というものでした。一方診察医の思いとしては,「本来Bさんの希望する薬は,近くのかかりつけ医でも処方できるものだ。地域医療支援病院である当院まできて長い待ち時間を費やすのは患者にとってもメリットはない。過去の診療録を読んでみても,診察した医師が何度紹介状を書いてもこうして戻ってくる。問題のある患者さんはいつもこうして押しつけられる……。いつも“薬だけ出して”と要求するが,診察もしないで薬は出せないから“ちょっと待たせておいて”とCナースに指示した」ということでした。

クレームの背景にある医療システムの歪み

 この事例の場合,Cナースが本当に横柄な態度であったとして,その場でA師長がBさんの言い分を聞き,平謝りして,Cナースをしかりつけたらどうだったでしょうか? Bさんは満足して,勝ち誇ったようにその場のクレームは収まったかもしれません。しかし,次の来院時もまた同様のトラブルを起こす可能性は高そうです。スタッフにしても,患者側の言い分だけを一方的に信じるのではなく,自分たちの言い分にも師長がきちんと耳を傾ける姿勢を示したことで,逆に自分たちがBさんにラベリングしていたことに気づき,対応の問題点にも素直に目が向きます。そして,担当医自身からCナースをかばう発言まで聞くことができました。

 また,担当医の指摘している現状は,Bさん一個人の問題ではなく,地域医療支援病院とかかりつけ医との信頼関係や連携システムにも影響を及ぼす大きな問題にもなりかねません。そのため,A師長は継続して情報収集したところ,Bさんが当院に戻ってくるのは,生活保護受給者であるがゆえに病院へのアクセスの制限がかかりやすい(福祉課の指導等により)ことも影響している事実が明確になりました。

脅かしの連鎖を断つ覚悟

 今回の事例のように,待ち時間や順番の前後といった日常的にどの病院でもありそうなクレームひとつをとってみても,背景にこれだけの要因が複雑に絡み合っていることがわかります。日々のこなすべき膨大な業務に加え,クレーム処理に代表される突発的問題に対処することが,ラインマネジャーをどれほど疲弊させているのかは筆者もよく理解しているつもりです。クレーム自体の持つ,患者からの攻撃,スタッフの開き直りともとれる態度,そして上司からの評価すべてが師長自身を脅かしているのが現実です。師長自身がメンタルヘルス問題で休職している事例,ストレス性の円形脱毛症になりかつらをかぶって勤務している事例,うつを抱えながら業務を外れることさえ許されない事例等,ナースのストレスの研究者として,看護管理者の仲間として数多くの過酷な現状の訴えを聴いてきました。

 しかし,そこで自分が弱い立場の部下やスタッフを脅かしてしまっては元も子もありません。どこかで,この脅かしの連鎖を断つことが求められています。犯人探しをする余裕はもうありません。「患者のためという呪縛」によって成り立っている看護サービス1)を管理する師長には,この厳しい現場だからこそ「人間中心の医療」2)の視点,すなわちラインによるケアの視点が求められているのです。

次回につづく

参考・引用文献
1)井部俊子:看護のアジェンダ 辞める新人看護師たち,週刊医学界新聞,2623号,2005年2月28日.
2)小松秀樹:医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か,朝日新聞社,2006.


久保田聰美
保健師として働く人の健康づくりに関わったのち,近森病院で看護管理者として勤務。同時に産業カウンセラーとしてメンタルヘルス対策事業に取り組む。現在は病院を休職し,研究に専念。