医学界新聞

 

古(いにしえ)の身体技法をヒントに新しい介護技術を提案する

古武術介護入門
kobujutsukaigo-nyumon

【第8回】
原理その6「足裏の垂直離陸」

岡田慎一郎(介護福祉士・介護支援専門員)


前回よりつづく

 前回は,表面からは見えにくい,身体の内部を有効に動かすことで大きなチカラを生み出す「体幹内処理」の原理による「添え立ち」をご紹介しました。今回は足裏を踏みしめず,浮かすように使う「足裏の垂直離陸」の原理を利用した抱え上げの技術「浮き取り」をご紹介します。

足裏の垂直離陸で抱え上げる――「浮き取り」

 まずは論より証拠,「浮き取り」の技術を見ていただきましょう。現場の介護でもっとも苦労するのは,全介護状態の方をベッド,車椅子,トイレなどへ移動させることだと思いますが,「浮き取り」は,相手を1人で抱え上げてしまう技術です(図1)。一般的な身体の使い方でこれを行うのはかなり難しいと思います。

図1 浮き取り
-1 相手の腰,膝裏に手の甲から腕を回し,手首から先だけを返して,力が伝わりやすい構造を作る(連載第4回「構造の力」参照)。
-2 足裏を「垂直離陸」させ,足裏全体に重さの偏りがなく,浮いているような感覚を保ったまま相手を抱え上げる。すると,ふわっと浮き上がるような感覚で抱え上げることができる。
-失敗例 通常の力の出し方で足を踏みしめ,腕力で持ち上げようとすると,相手の足が引きつれ,腰が残ってしまう。

 前回までと同様,ここでもこれまでに紹介してきた原理が組み合わされていますが,皆さんが疑問に思われるのは何と言っても図1-2の解説に登場する「垂直離陸」でしょう。

 「足裏の垂直離陸」とは,踵やつま先で感じる重さに偏りがないまま,垂直に浮き上がっているような感覚のことです。講習会で「足裏の垂直離陸」と説明すると,「いつ浮くのだろう?」と熱心に観察される方がいらっしゃるのですが,残念ながら人間が宙に浮くことはありません(笑)。あくまで,「浮いた」感覚です。

 一般的には,重い物を持ち上げる時には足を踏ん張るのが普通ですから,正反対の感覚といってよいでしょう。実際,介護者の足の下に手を入れてみると,「足裏の垂直離陸」を成功させている人では,踏みしめている人に比べ,足裏にかかる圧力が均等で軽いということがよくわかります。

「足裏の垂直離陸」で効率よく力を使う

 では,「足裏の垂直離陸」を用いると,どうして楽に抱え上げることができるのでしょうか。

 図1-失敗例は「浮き取り」の失敗例です。「足裏の垂直離陸」を用いず,足をしっかり踏ん張って力を入れると,どうしても腕の筋力に頼ることになり,相手の膝裏だけを持ち上げるような形になってしまいます。

 一方,「足裏の垂直離陸」を用いると,足を踏ん張ることができないため,腕に力が入りにくくなります。このことは一見,相手を抱え上げるためにはマイナスのようですが,実は腕に余分な力が入らない分,相手の重さを全身で分担して負担するような身体の構造が自然とできやすくなるのです。このため,「浮き取り」では,一般的な方法よりもはるかに楽に,バランスよく相手を抱え上げることができるのだと考えています。また,局所的な筋力に頼っていないため,普通に抱え上げるよりも長くその体勢を保てるというメリットもあるようです。

 現場で特に大変なのが,相手を抱え上げてからベッドやトイレに移動させる時なのですが,「浮き取り」がうまく決まると,抱え上げた時に感じた軽さが持続します。逆に,せっかくうまく「浮き取り」が決まっても,うっかり足を踏ん張って「腕力モード」に切り替えると,とたんにずっしりと重く感じるようになってしまうのです。

武術遊び「みかん箱乗り」

 ただ,「足裏の垂直離陸」が身体にもたらすメカニズムについては,よくわからないというのが正直なところです。先の説明はあくまでも仮説ですので,考えるよりも感覚で理解していただいたほうがよいと思います。

 そこで,いつものように武術遊びによって,「足裏の垂直離陸」の感覚を体験していただくことにしましょう。「足裏の垂直離陸」がうまくできないのに無理をして「浮き取り」の形だけを真似ると,腰を痛めてしまう可能性もあります。まずはこういった遊びの中で,ご自分の感覚を発見してほしいと思います。

 よく選挙などの苦労話で「みかん箱の上で演説」というものがありますが,実際にはビールケースなど頑丈な箱が用いられています。昔はともかく,現在のミカン箱は段ボールでできていますから,普通に立つと底が抜けてしまうからでしょう(笑)。そこで,今回の「武術遊び」では,あえて段ボールでできたみかん箱の上に立ってみることに挑戦してみます(図2)。

図2 武術遊び「ミカン箱乗り」
(1)みかん箱のふたにしっかりとガムテープを貼り,その上に立つ。
(2)米袋などの少し重いものを持つ。
(3)米袋を,通常の力の出し方で(足を踏みしめて)持ち上げようとすると,ふたが抜けてしまう。
(4)足を踏みしめず,重さを身体全体で支えるように持ち上げるとふたは抜けない。

 いかがでしょう? 箱やガムテープの状態によって,必ずしもこの通りではなかった方もいると思いますが,足を踏みしめる,踏みしめないの違いを実感することはできたのではないでしょうか?

 ミカン箱の上に立つと,その時点でフタがたわみますので,米袋を持つことなんてとても無理だと感じると思います。実際,普通の持ち方をするとつま先に力がかかり,そこからグシャッと箱がつぶれてしまいます。しかし,腕の力を使わずに,肘を曲げたところに米袋を上から載せてもらうような形をとると,ふたは多少たわむものの,そのまま立っていることが可能です。

 前者では腕の力を出すために足を踏ん張ってしまっていたのが,後者では,体全体で分散して米袋を支えている感覚があると思います。米袋を持つ腕や,体重のかかる足裏に負荷をかけるのではなく,身体の各部位が自動的に,負担を分担するように働いていることを実感してください。

 ちょうど,仕事が忙しい時に,休んだ人の仕事をみんなで分担するようなイメージですね。みんなで助け合って仕事をするか,1人だけが頑張るか,どちらの負担が少なく済むかと言えば,当然,前者でしょう。「足裏の垂直離陸」は,全身が協力する仕組みを身体に作り出すスイッチなのではないかと思います。

頭より体で考える

 今回で古武術介護の原理解説は最後です。だんだんと回を追うごとにレベルがあがり,特に今回の「足裏の垂直離陸」の原理では,一般的なボディメカニズムの説明と180度違う説明となってしまったため,混乱された方も多かったと思います。実際,現場での活用も「誰にでも,すぐに」というわけにはいかない,比較的難易度の高い技術といえます。

 ただ,厳しい練習を積まないとできないものでもありません。新しい身体の動かし方を学ぶ楽しさを感じながら取り組んでいただければ,ある日突然できるようになった,という方がよくいらっしゃいます。何よりも,ミカン箱の上で工夫していただいた時のように,あまり頭で理屈を考えずに,その都度「身体に答えを聞く」ことが,「足裏の垂直離陸」のような感覚を養うのには近道だと思います。ぜひ身体の声に耳を傾け,取り組んでみてください。

 次回は皆さんから寄せられた質問をもとに,古武術介護の現場での展開を一緒に考えていきたいと思います。

イラスト:海谷 和秀

次回につづく

岡田慎一郎氏講習会情報
朝日カルチャーセンター「古武術に学ぶ介護術」

新宿教室(tel:03-3344-1945)
 2006年3月11日(土)15:30-17:30 各1回
 会員2,940円/一般3,460円
湘南教室(tel:0466-24-2255)
 2006年2月4日(土),25日(土) 全2回
 会員5,250円/一般6,300円
神戸教室(tel:078-321-5222)
 2006年3月18日(土)(1)13:00-15:00,(2)15:30-17:30 各1回
 会員3,150円/一般3,780円
※朝日カルチャーセンターの各講座への問い合せ,お申し込みは各教室に直接お問い合わせください。

NPOそらとびねこ「古武術バージョン介護技術セミナー」
 2006年2月26日(日)13:30-16:30 各1回
 3,000円(定員30名)
会場:下高井戸区民集会所(杉並区)
申込・問合せ:NPOそらとびねこ
 Fax. 03-5374-5227
 (NPOそらとびねこ主催セミナーのみのご連絡先となります。お間違えのないようご注意ください)


岡田慎一郎氏プロフィール
介護福祉士,介護支援専門員。古武術の身体操法を応用した介護術を研究。岡田慎一郎氏への質問・講演依頼等は岡田慎一郎氏公式サイト(http://shinichiro-okada.com/)まで。
 

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古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する
岡田慎一郎

・判型B5 頁128 定価 3,150円(本体3,000円+税5%)
[ISBN4-260-00295-3]


目次

(「sample」をクリックすると動画の一部がご覧になれます)


推薦の序(甲野善紀)
第1章 古武術介護の考え方
第2章 古武術介護の6つの原理13
第3章 現場で使える古武術介護
sample:ベッド上での上体起こし~端座位まで
第4章 Q&A 古武術介護でできること,できないこと
第5章 現在は常に通過点
 


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【関連情報】
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●岡田慎一郎氏が最新技術を紹介する「こんな方法もあるかもしれない――介護発,武術経由の身体論」は,『看護学雑誌』で2008年1月号(Vol.72 No.1)より2010年3月号(Vol.74 No.3)まで連載。電子ジャーナル「MedicalFinder」からも検索・閲覧・購入できます。
●岡田慎一郎氏の公式サイトは こちら です。