第2651号 2005年9月26日


古(いにしえ)の身体技法をヒントに新しい介護技術を提案する

古武術介護入門
kobujutsukaigo-nyumon

【第4回】
原理その2「構造の力」

岡田 慎一郎(介護福祉士・介護支援専門員)


前回よりつづく

 今回はベッドや布団で寝ている方の上体起こしの技術を通して,古武術的原理を紹介します。現場ではよく使う技術ですが,普通にやるとかなり負荷がかかり,身体を痛める方も少なくありません。そこで,なるべく筋力を使わず,身体を痛めるリスクも軽減する身体の使い方をご紹介します。

「手のひらを返すように」チカラが出る!?

 まず,通常の方法との違いをわかりやすく実感するために,「片手での上体起こし」に挑戦してみましょう。もちろん,現場でやってはいけません(笑)。あくまでも新しい身体の使い方を覚えるためですので,身体に無理がかかったらすぐにやめるようにしてください。まずは普通の方法です。

(1)手のひらから首の後ろに腕を入れ,肩を抱く。
(2)その姿勢から,相手の上体を起こす。

 もちろん,相手は手伝うようなことはしません。これだと,ほとんどの皆さんは腕相撲のように腕に力を入れて起こそうとしますが,うまくはいきません。「腕相撲のチャンピオンみたいな人じゃないと無理でしょ」という言葉も聞こえてきそうなくらい,片手で起こすのはたいへんです(図1)。

 さて,では一工夫加えてみましょう。先ほどの方法との違いはただ1つ。「(1)の時に,手のひらから入れるのではなく,手のひらを返し,手の甲から入れる」,これだけです(図2)。単純な工夫ですが,コツをつかむとあまりにも楽に起こせるので,不思議な気持ちになると思います。文字通り,「手のひらを返すように」チカラが出るのです。

武術遊び「手のひら返し」

 とはいえ,いきなり片手で起こすのは難易度が高いのはたしか。すぐにコツをつかめなかった方は,次にご紹介する「武術遊び」で,ひとまずそのチカラを実感するところからはじめてください。3人一組になり,背中を押す役,押される役,押された人が転ばないようにキャッチする役に別れ,図3のように行います。

(1)立っている相手の腰に手のひらを当てて押し出してみる。相手は踏ん張らず,力を感じたら前方に足を踏み出す(踏ん張ると,前のめりに倒れることがあるため)。転びそうになったらキャッチ役がかならず支えること。
(2)手のひらを返して同様に押し出し,双方の違いを感じる。

 いかがでしょう? 自分が押している時はさほど実感できないかもしれませんが,押され役になると,手のひらを返した時に受ける,まるでふっ飛ばされるような予想外の力に驚かれたのではないでしょうか?

綱引きが謎解き

 手のひらを返すだけでどうして大きな力が出るのでしょう?

 手のひらをそのまま当てると,どうしても肘や肩を支点にして力を出そうとしてしまいます。しかし,手のひらを返すことにより,腕全体,体幹につながる肩が絞られます。その結果,肘,肩が自由に動かなくなり,手を動かそうとすると自然に身体全体が動くようになるのです。

 それぞれの関節にある「あそび」がなくなることで,身体全体の力がダイレクトに手まで伝わる。これが,「手のひら返し」の力の秘密だと私は考えています。

 例えば,綱引きをする時,綱がたるんだ状態から引く人はいないですよね。綱がピ-ンと張った状態から引き始めないと,力が入りません。たるんだ状態は力が伝わるのにロスが多く,ピ-ンと張った状態はダイレクトに力が伝わるのです(図4)。

綱がピーンと張ったような状態を作るにはどうすればよいか。右写真のように両手の手のひらを返して,網掛けの部分の状態が変化することを体感してみてください。(岡田)

 つまり,手のひらを返すことにより,全身の力を効率よく伝える構造ができあがるということです。第2回で「きつねさんの手」をご紹介しましたが,「手のひら返し」もこれと同じく,「構造の力」の一種だと言えるでしょう。

「手のひら返し」を現場で使う

 さて,この「手のひら返し」の工夫を現場の介護技術に活用してみましょう。いくらチカラが出ると言っても手の甲から利用者さんを抱えたら,不安定になり両者とも安心できないですよね。そこで下記のような工夫を行います(図5)。

この状態から重心移動(次回解説予定)を利用すると,普通よりも楽に上体を起こすことができます。ただし,写真の「見た目」だけを真似するのではなく,本文で解説したような自分の身体の「感覚」を大事にしてください。(岡田)

(1)相手の首の後ろに手の甲から腕を入れ,手首を戻し,手のひらで肩を抱く。
(2)もう片方の腕を,同じく手の甲から相手の肩の下に入れ,手首を戻す。
(注:(1)(2)とも肘は床から浮かさず,つけておくこと)

 ここでは,「利用者さんの身体とのフィット感」と「構造の力を利用しやすい身体の状態の維持」を両立するために,身体の使い方を工夫しています。

 せっかく手のひらを返し,「構造の力」が出やすい身体の状態を作っても,漠然と手のひらから抱えて腕全体,体幹につながる肩の「絞り」を緩めてしまったのでは元の木阿弥です。そこで,手首だけを戻すことによって腕と体幹の間の「あそび」をとった状態を維持したまま,利用者さんの身体とのフィット感も同時に高めることを狙っています。

 また,肘を浮かさないことにより,相手に触れている腕全体が「チカラ」を均等に伝えることが可能になります。肘を浮かしたまま持ち上げようとすると,一箇所に力が集中してしまい,「構造のチカラ」が壊れてしまい,余分な力が必要となってしまうのです。

 これは最近気づいたポイントですが,片手でうまくいかなかった方は,ここを注意するとうまくいくかもしれません。

 今回は,「手のひらの返し」によって遊びのない構造を身体につくり,通常と異なるチカラを出す工夫をご紹介しました。次回は,実際に上体を起こすためには欠かせない「重心移動の利用」をプラスして,技術と発想を掘り下げていきたいと思います。

イラスト:海谷 和秀

次回につづく


参考図書・映像資料
 DVD『甲野善紀 武術との共振』
 武術家・甲野善紀氏が研究する身体操法の格闘技,スポーツ,介護への応用を解説。介護への応用の章に岡田氏が出演。60分,5,980円(税5%込)。
問合せ・販売
 人間考学研究所
 URL:http://www.ningenkougaku.jp
 (書店でもお求めいただけます)

岡田慎一郎氏講習会情報
 朝日カルチャーセンター「古武術に学ぶ介護術」

湘南教室(tel:0466-24-2255)
 10月8日(土)15:30-17:30
 11月5日(土)13:00-15:00
 11月12日(土)15:30-17:30
 各1回 会員2,620円/一般3,150円
新宿教室(tel:03-3344-1945)
 12月24日(土)15:30-17:00
 各1回 会員2,730円/一般3,250円
神戸教室(tel:078-321-5222)
 11月19日(土)(1)13:00-15:00,(2)15:30-17:30
 各1回 会員3,150円/一般3,780円

お天気介護サービス「古武術バージョン介護技術セミナー」
 10月23日(土)14:00-16:00
 各1回 2,000円(定員30名)
 会場 下高井戸区民集会所(杉並区)
 申込・問合せ お天気介護サービス
 Fax. 03-5450-6280
 Tel. 03-5450-7270



岡田慎一郎氏プロフィール
介護福祉士,介護支援専門員。古武術の身体操法を応用した介護術を研究。岡田慎一郎氏への質問・講演依頼等は岡田慎一郎氏公式サイト(http://shinichiro-okada.com/)まで。
 

本連載の内容をまとめ,新たにDVD映像(60分)を加えたDVDブック刊行!

古武術介護入門[DVD付]
古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する
岡田慎一郎

・判型B5 頁128 定価 3,150円(本体3,000円+税5%)
[ISBN4-260-00295-3]


目次

(「sample」をクリックすると動画の一部がご覧になれます)


推薦の序(甲野善紀)
第1章 古武術介護の考え方
第2章 古武術介護の6つの原理13
第3章 現場で使える古武術介護
sample:ベッド上での上体起こし~端座位まで
第4章 Q&A 古武術介護でできること,できないこと
第5章 現在は常に通過点
 


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【関連情報】
●岡田慎一郎氏の最新刊 『DVD+BOOK 古武術介護実践編』 (動画配信中!)
●岡田慎一郎氏が最新技術を紹介する「こんな方法もあるかもしれない――介護発,武術経由の身体論」は,『看護学雑誌』で2008年1月号(Vol.72 No.1)より2010年3月号(Vol.74 No.3)まで連載。電子ジャーナル「MedicalFinder」からも検索・閲覧・購入できます。
●岡田慎一郎氏の公式サイトは こちら です。