第2608号 2004年11月8日


寄稿

亀田総合病院は,いかにして
抗菌薬皮内テスト廃止に至ったか

岩田健太郎(亀田総合病院感染症内科部長代理)


 本(2004)年8月,日本化学療法学会は抗菌薬の皮内反応試験(以下,皮内テスト)の中止と,抗菌薬投与前のアレルギー歴などについての問診を徹底し,投与開始後20-30分間は患者の観察とショック発現に対する備えをすべきとする提言を行った1)。これを受けてさる9月29日,厚生労働省は製薬企業に対して,提言に沿った形で抗菌薬の添付文書改訂を指示。今後,皮内テストを行わない医療機関は増えていくことと思われる。

 本号では,いち早く病院全体で抗菌薬の皮内テスト廃止を進めた亀田総合病院・感染症内科の岩田健太郎氏に,廃止に至った経緯についてご寄稿いただいた。


皮内テストを行わないという体感

 人間とは,データで動く動物ではない。体感,納得で動くものである。いくら「(一定条件下で)市中肺炎をペニシリンGで治療することは可能だ」と説いても,その裏付けとなる根拠やデータを示しても,人間の行動はそう簡単には変わらない。実際に目の前でペニシリンGを用いて肺炎を治療してみる。みるみる患者がよくなっていく。驚きのまなざしで,「ペニシリンGでも肺炎が治療できるんだ」と研修医が言った時,彼(女)の心にはペニシリンを使う準備ができる。この体感,納得があって初めて,高価で広域な抗菌薬ではなくペニシリンを用いることができるようになるのである。こういう体感がないうちは,いつまでも無意味な検査・治療をずるずると続けてしまう。わかっちゃいるけどやめられない,というやつだ。

 私個人には,抗菌薬の皮内テストを「行わない」体感はできていた。米国での5年間の臨床で,皮内テストはほとんど行わなかった。その後,中国で1年間家庭医をやって,中国の医師も,ドイツの救急医も,フランスの家庭医も,カナダの家庭医も,英国の一般医も,オーストラリアの家庭医も,南アフリカの家庭医も,みんな皮内テストを行わずに点滴の抗菌薬を出しているのを見てきた。私は,自信を持って心の準備をすることができた。

 日本に戻り,ある敗血症疑いの患者を診た。緊急事態である。すぐに治療をしよう。血培を2セット,必要なワークアップ,抗菌薬はこれとあれ……とその時飛んできた声がナースの「じゃ,皮内テストを先に」である。

 日本に帰って数日もたたぬ間にこういう患者に遭遇したということは,日本全国では何百何千という患者が同じ憂き目に遭っているのに違いない。皮内テスト廃止に向けて動こうと決心した日であった。

なぜ皮内テストを廃止するのか

 皮内テストによって,このように重症症例の治療が遅れてしまうのでは本末転倒である。この点において,皮内テストは単に「無意味」なだけでなく,「有害」であるといってよい。皮内テストは,感度にも特異度にも乏しい。検査前確率の低い(問診などで疑わしくない)患者にのべつまくなしに検査をすれば,偽陽性も偽陰性も生じやすくなる。偽陽性が生じれば,患者に必要な抗菌薬を与えることが困難になる。日本化学療法学会の報告では,皮内テスト陰性であってもその後の抗菌薬投与でアナフィラキシーが起きた事例が紹介されている1)。皮内テストそのものでアナフィラキシーが生じたケースもある。皮内テストはただでさえ数の足りない日本の医療従事者の業務を増やす。過剰な業務が医療ミス,医療事故に深い関連があることはよく知られている。

皮内テストがもたらしていたもの

 皮内テストは,数字上の「感度」や「特異度」といった理屈以上のインパクトも持っている。

 ある病院は皮内テストを廃止しようとしたが,「アナフィラキシーが起きた時の対応が難しい」という理由で断念している。すでに述べたように,皮内テストをしていてもアナフィラキシーは起きる。皮内テストをしたから,アナフィラキシーの対応が免責される訳ではない。

 また,「アナフィラキシーの防止にはていねいな問診が一番だ」と私が説明すると,「抗菌薬アレルギーの問診なんて取ったことがない。どうやっていいのか教えてほしい」という質問が相次いだ。皮内テストをしていても問診は必要であり,その価値が減じることはまったくない。

 以上の2例は,皮内テストを行ってきたことによりアナフィラキシーに対する対応や,ていねいな問診,という基本行為から免責された「かのような」錯覚に陥っていた,ということを教えてくれている。こういう意味でも,数字以上に皮内テストは「有害であった」といえる。皮内テストが医療現場にもたらしていたのは,根拠のない楽観であった。

 また,多くの医師が経口で抗菌薬を投与している。経口の抗菌薬ではアナフィラキシーは起こさないだろうか。もちろん,答えは否である。では,いったいどれだけの医師が外来で抗菌薬を処方するたびに皮内テストをしているだろう。点滴の抗菌薬なら病棟内だから医療従事者のモニターがある。しかし,経口の抗菌薬の場合,家に帰って誰もいない自室で薬を飲んでいるかもしれない。もし,本当に皮内テストが有効ならば,経口の抗菌薬処方時にこそ皮内テストを義務づけるべきなのである。

関係者全員に声をかけて相談

 さて,以上の理由で,亀田では廃止にしようと考えた。次にやったのが現場のリサーチである。現場のナースや医師がどう考えているのか,聞いてまわった。すると,皮内テストに臨床的な意義を見出しているスタッフはほぼ皆無であることがわかった。

 関係していると考えられる人物には全員声をかけて相談した。院長はもちろん,薬剤部,感染管理委員会,看護部に相談した。アレルギーは専門ではないので,私は専門の先生に問い合わせ,わかりやすく解説をいただいた。事務上の手続き,ホームページなどへの公表は広報や事務局に助けを乞うた。多くの人にコミットしてもらい,自分も足を使って動く。マルチディシプリナリー・アプローチの基本である。これは私の仕事,これはあなたの仕事,と単に振り分けるのとは微妙に,しかし決定的に異なる。

 安全管理室の方にもお世話になった。結局のところ,皮内テストは誰もが無意味と思っている医療行為であるが,厚生労働省がそうと認めていなかったのがネックになっていた。「何かあったら訴えられるのでは」,この1点が,皮内テストをずるずると継続させている理由になっていた。安全管理室に頼んで,実際に皮内テストの有無で訴訟,敗訴になった例がないかどうか調べてもらった。1例大阪での判例が見つかった。ハロスポアによる皮内テストで過去数回陰性だった患者に,皮内テストを行わずに投与した結果,アナフィラキシーショックを起こし死亡に至ったという症例である。1998年の大阪高裁で,皮内テストを行わなかったという点で病院側の過失が認められた。2004年の現在,この判例のようなケースに対応できるかどうかも安全管理室と相談した。

訴訟で不利にならないために

 病院全体のポリシーとして皮内テストを廃止するのが,大事だった。実際には亀田以前にも皮内テストを止めていた医師や病棟はある。しかし,病院全体のポリシーにはなっていなかった。もし不測の事態が起きた時,これではむしろ訴訟で不利になる。病院全体のポリシーとして「止めますよ」と公表した方がよいのである。また,同じ理由で情報公開は徹底的に行った。ホームページでの公表2)はもちろん,院内各所に説明のポスターを用意し,入院患者にはチラシを配り,説明を行った。

 逃げ道も用意した。患者には「ルーチン」ではやらないことを説明し,希望があればテストをするのはかまいませんよ,と説明した。インフォームドコンセントの原則に則って,正々堂々と廃止にしたのである。こういうことは,こそこそとやってはいけない。

 医師が必要と認めた場合も,皮内テストはOKとした。実際,適応のある患者には皮内テストは一定の役割を持っている。これを理由に「皮内テスト廃止なんてけしからん」と主張する向きもある。しかし,テストというのは患者抜きで,それ単体で存在するものではない。心臓カテーテルが有用な検査である,ということは,「誰もに」心カテをルーチンでやるべきだという主張に転換されるはずがない。検査というものは常に患者という存在を内包し,そのコンテクストの中でのみ議論されるべきである。

 このように,亀田では「必要ならば」皮内テストをしても構わない,という点は強調した。あくまで「ルーチンでは廃止」なのであって,「禁止」にしなかった。ここが大事である。

システムの工夫も

 ヒューマンパワーだけに頼るのではなく,システム的にも楽に変化に対応できるようにも留意した。亀田は電子カルテを使用しているが,入院初診記録を記載する際には,自動的に,抗菌薬に関する問診がきちんと取れているかどうか確認のためのメッセージウインドウが現れるような機能を付け加えてもらった。IT担当の方に,現場で使い勝手がよいよう,これも顔付き合わせて打ち合わせをした。マウスを数回クリックするだけで問診の内容がカルテに転載されるようにし,問診にはきちんと時間をかけてもカルテの記載には数秒しかかからず,医師に余計なストレスを感じさせないよう配慮した。

 亀田総合病院では,皮内テストはこうして廃止となった。2004年9月1日のことである。

よりよい診療のために

 もちろん大事なのは,廃止してからの評価である。その後も現場で混乱や問題が生じないか,聞いてまわった。必要とあればナースと一緒に飲みにいき,本音のところを語ってもらったりもした。新しい仕組みなので,はじめてみたらいろいろ予期せぬ不都合が生じているかもしれない。その時は柔軟に修正を行う準備も必要である。「皮内テストなんて要らない」と各スタッフがこころから体感,納得した時,初めてこの改革が実を結ぶのだろう。

 どうやったらより診療の質が高まるか,この点にとても興味がある。1人患者を診察すると,次の患者ではさらによくする点がないかどうか,「今よりももっとよく」が常に気になる。「皮内テストの廃止」は診療の質を高めよう,高めよう,と考えた毎日の必然的な回答であった。感染症に関しては皮内テスト以外にもまだまだ患者に背を向けた仕組みが多数存在する(その一例が,医学界新聞でも以前に指摘された,不適切な抗菌薬の使用量3)である)。日々の診療の中から,「今日も昨日よりもよい診療」をめざして一歩一歩前進していきたい。

(参考文献)
1)社団法人日本化学療法学会臨床試験委員会皮内反応検討特別委員会報告書,日本化学療法学会雑誌vol. 51 No. 8 AUG. 2003 497-506
 http://www.chemotherapy.or.jp/journal/reports/051080497.pdf
2)亀田メディカルセンターホームページ
 http://www.kameda.or.jp/hp/topics.php?key=1094113556&fl=1
3)週刊医学界新聞第2525号(2003年3月3日)「急速な増加を見せる薬剤耐性菌の脅威」(生方公子)
 http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2003dir/n2525dir/n2525_01.htm


岩田健太郎氏
97年島根医大卒。米国内科感染症科専門医。沖縄県立中部病院研修医,ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院内科研修医,同市ベスイスラエルメディカルセンター感染症科フェロー,中国・北京インターナショナルSOSクリニックを経て,2004年7月より現職。主な著書に「バイオテロと医師たち」(集英社 著者名:最上丈二),「悪魔の味方」(克誠堂出版),「抗菌薬の考え方,使い方」(中外医学社,共著)など。