第2576号 2004年3月15日


短期集中連載 〔全4回〕

ボストンに見るアメリカの医学・
看護学・医療事情の現況〔1〕

日野原重明(聖路加国際病院理事長)


 私は過去20年間,年末の休暇を利用して,ほぼ定期的にマサチューセッツ州ボストンを訪れて,病院経営者や医学部の教授・レジデント・医学生に触れて,アメリカの医学や看護学の教育,研究,医療の実態を視察し,これまで何度か『医学界新聞』に寄稿してきた。今回も,昨(2003)年末にボストンでの医学教育の現況と医療の動向を把握する機会を得たので,以下その模様を報告したい。
 なお,今回のスケジュールは次のとおりであるが,今回もまた3か月前から,私の5日間の滞在中のスケジュールを丹念に計画してくださったベス・イスラエル病院前院長Mitchell Rabkin先生の細やかな配慮には,あらためて感謝する次第である。
【12月26日】午前11時10分:成田発,12時30分:ボストン着。
【12月27日】午後1時-3時:李啓充先生,田中まゆみ先生と食事をしながら面談。
【12月28日】午後1時-3時:Rabkin先生夫妻の招待で,出雲正剛教授とボストン・バレエ団の「くるみ割り人形」観劇。4時:ケンブリッジの「ノバルティスバイオメディカル研究所」の出雲研究室見学。6時:出雲教授宅のディナーに招待される。
【12月29日】午前11時:MGH Institute of HealthのInge Corless教授とPatrae Nicholas准教授に面談。正午:ボストン美術館訪問。午後:MGH Institute of Health見学・訪問。午後3時:音楽療法士酒井智華さんと面談。午後7時:Lee教授(ハーバード大学医学部循環器教授)宅のディナーにRabkin先生ご夫妻とともに招待される。
【12月30日】午前10時:ハーバード大学医学教育担当のHanvery Katz准教授のオフィス訪問。正午:『New Englannd Journal of Medicne』の雑誌編集会議に出席(ハーバード大学医学部Gate Way図書館6階にて)。午後3時-4時:ベス・イスラエル・ディコーネス・メディカル・センター外来部門を見学。午後4時:Thomas Delbannco教授(Primary & Prevention部門)オフィス訪問。午後7時:Clifford前ベス・イスラル副院長ご夫妻,Rabkin先生ご夫妻とともにディナー。
【12月31日】午前9時15分:ボストン発。【1月1日】午後4時25分:東京着。


【12月27日(土)】

李啓充・田中まゆみご夫妻と再会

 ハーバード大学医学部系のMGH(マサチューセッツ総合病院)で,10年以上内分泌代謝の研究室で助教授として研究を続けられていた京都大学医学部内科出身の李啓充医師と,夫人の田中まゆみ医師に私が泊まっているエリオット・ホテルに来てもらい,最近の卒後医師としてのレジデント,フェロー教育と病院勤務の実態を聞かせていただいた。
 田中まゆみ医師は,アメリカでの医学生およびレジデント教育の実態について,医学書院から2002年3月に出版された『ハーバードの医師づくり』と題する本にその大要を書かれている。
 その後,田中医師はボストン大学公衆衛生大学院修士を修了し,さらにもう一度内科の卒後研修経験を持ちたいと考えて,エール大学ブリッジポート病院での内科レジデント3年コースをとられたのであった。その間2003年夏季には,聖路加国際病院消化器科のレジデント研修も受けられている。今回この2人に再会し,その後のアメリカにおけるレジデントの研修やアメリカでの医療の実情をうかがうことができた。
 ところで,アメリカで卒後研修を受けるために,日本の大学を出た医師は留学生のための試験(ECFMGなど)を受けて渡米するが,もっとも苦労するのはヒアリングの能力で,この能力が低いために患者との会話やカンファレンスの討議の内容がよくつかめないという問題が生じる。そのため,留学第1年目は,ヒアリングによって詳しい病歴を短時間に取り,行き届いた記録を英文で記載することに努力の大半を費やすという事態に直面することもある。
 また,レジデントに採用されても,半年間は半人前の実力しか発揮されないことも多い。これがマスターできれば,アメリカでのレジデント生活は多忙ではあるが,収穫が多く,生き甲斐が感ぜられるのである。
 日本の卒後教育でも,このレジデントとしての基本的な病歴作りと診察術をマスターすれば,日本のよい教育病院であれば,今よりもっと効果的な研修が受けられるはずである。

「2003年9月」の通告

 現在アメリカでは,レジデントやナースの勤務時間の延長が大きな問題になっている。ボストンの病院では,定年退職ナースを補充する新任ナースが少ないことが大問題となっているが,これについては後の看護専門職のリーダーJoicy Clliford女史(前ベス・イスラエル病院看護部長・副院長)の説明に委ねたいと思う(編集部注:第4回に掲載)。
 レジデントに関しては,アメリカではレジデントの過労による医療事故が大きな問題にされており,昨年(2003年)9月,レジデントの1週間の勤務時間は80時間に厳守することが,政府から通告されている。
 これは,教育病院であるジョンズ・ホプキンズ大学病院や,エール大学病院のレジデントの勤務が週80時間を超過していたことが問題となったためであり,早急に勤務体系を改めないと,懲罰を受けるという通告が発表されたとのことである。
 両大学病院は,これを改めるのに大騒ぎだそうである。この通告ではレジデントは週2日まで当直をさせてよいが,夜勤明けの日は12時30分には病棟を出ることが厳守されなければならない。朝7時から翌朝7時までの夜勤では,その間に数人の救急の新入院患者があると,ほとんど睡眠をとることができない。
 ちなみに,日本では当直医1人が1晩に3人以上の患者を受け入れ,診察し,処置を行ない,記録を書上げることは至難とされ,病室は空いていても,医師の手やナースの手が足りないと入院を断るということが,大学病院や民間の教育病院でも普通に見られることである。しかし,アメリカの有名病院ではレジデントの能率のよい早業でその2倍の患者をもこなすのが常識であり,そのような理由で,救急患者の入院を断ることはないそうである。

日米の「レジデント」

 アメリカと日本とのレジデントの実力の最大の差は,病気に対する知識や技術の差でなく,行き届いた病歴とりと全身的な診察(system review)と,診察所見や「問題リスト」の記載が短時間で精密になされ,それが多くの病院では電子チャートに記録されることである。また日米の医学生,レジデントおよびフェローの教育を比較して最も違うことは,アメリカでは受け持つ症例が多く,医療技術をマスターする症例が常に多いということであり,日本では入院患者の在院日数がアメリカの4-5倍以上(アメリカでの救急病院での在院日数は4-5日)である。
 なお,放射線科にはレジデントのローテーション・プログラムも取り入れられており,教育病院の放射線科では,放射線科専門医の資格をとった上級医師が,夜間の放射線科勤務のレジデントの判読したX線関係のフィルム所見やエコー映像を,レジデント任せでなく自分も読むことが義務とされている。ところが,放射線科専門医を志願する若い医師は,当直義務の職場で働くことを好まないことが多く,またそのような専門医を当直させるには,大変高い当直料を病院が払わなくてはならない。そこでMGHのような教育病院でも,遠隔診断技術を適用して,インドの病院で昼間働いている放射線専門医に,フィルムを伝送して読影してもらうこともあると聞いた。
 アメリカでは各科ともに3年のレジデント教育が原則であるが,その後は,心臓,呼吸器,消化器,内分泌,感染症,神経内科,アレルギー科などのフェローシップの訓練がある。
 私の三男は,アメリカのデューク大学の循環器科助教授の後,カリフォルニア州の循環器科専門病院であるセコイア病院のCardiologistとして働き,Cardiologyのフェロー教育もしているが,彼の話によると,3年間のフェローの最初の2年間の内の3か月は,診断用のカテーテル検査による冠動脈撮影を約200回行ない,3年目のフェローでは,1年間に冠状動脈再建術(バルーンやステント挿入その他)を1年間に少なくとも250回経験させる。これが満たされないとcardiologistの専門医試験を受験できないという。日本では,1人のフェローが1年間にこれほどの数をこなすことはまず不可能であり,アメリカでのフェロー教育のレベルの高さが痛感される。

アメリカの医療事故報道

 さて,アメリカでは医療ミスによる裁判が厳しいので,病院または個人で高い賠償保険をかけているが,1980年頃より病棟でミスが発生した時,患者や家族や上司にすぐに真実を報告し,事故を隠すことを禁じてから,過重な保険金を請求されるケースが著しく減少したとのことである。
 最近日本では,「医療事故」として数多くの例が,いわゆる「一流の新聞」に頻繁に報道されているが,アメリカでは「医療事故」と「医療ミス」は判然と区別されている。そして,患者との間のインフォームド・コンセントが成立したうえで,不測の事故が起こった場合は医療ミスではないので,決して必要以上には,新聞に報道されないとのことである。
 日本のように,医療事故が医療ミスのように犯罪的に一流新聞に取り上げている現実は,アメリカでは決して見られないそうである。警察が介入するのは明らかな医療ミスであるが,その場合にも,その報道は社会面記事を扱う記者によってはなされず,必ず科学記者によってのみ報道されるという。
 以上の点から,日本で行なわれているような,止むを得ない医療事故が犯罪的に報道されるという事態は,早急に改められなければならないということを痛感した。

日米の教職員数の比較

 ここで,日本とアメリカの医学教育や臨床指導の差として,主要な教職員数に触れたいと思う。(表)は,日本の国立大学医学部の内科教職者を,アメリカの私立大学であるハーバード大学医学部,同じく私立のジョンズ・ホプキンズ大学医学部,ならびに州立ミシガン大学医学部の内科の教職数と比較してみた(2003年調査)。
 これによると,佐賀医大と旭川医科大の如き新設医大,ならびに国立の東京大学と京都大学医学部内科の内科教職数は,アメリカでの教授数に比べると大きな差が見られる。内科教授のみの比較では,東京大学や京都大学の教授数の6倍から10倍,佐賀医大,旭川医大など新設医大との比較では10倍から20倍という大差である。
 日本では5年前頃から国公立,私立大学ともに各大学に臨床教授を民間から採用することになったが,正規の教職数は一向増やさないで今日に至っている。これは早急に考え直さなければならない問題である。
 また,アメリカでは医学生をレジデントが,レジデントをフェローや講師,助教授が教えるという教育的段階がはっきりしているのが特徴である。
 医学生やレジデントに上級医が新しいことを見せる際には,見せるだけでなく,その後にその操作を実施させる。そのようにして,なるべく早く,下の者に教える機会を与えるというのがアメリカでの臨床教育の特色である。そのために進歩が早く,頑張りをもって学習しようとするスピリットが強いのである。この教育方針は,「see→ do → teach」という矢印によって容易に理解される論理である。

表 医学部内科教官数〔2003年調査〕
米国の大学
(称号)
教授
(Professor)
准教授
(Associated)
助教授
(Assistant)
講師
(Instructor)
(others)
合計
日本の大学
(称号)
教授 助教授 講師 助手  
京都大学医学部 8 8 14 42 72
東京大学医学部 9 6 18 83 116
佐賀医科大学 5 4 5 23 37
旭川医科大学 3 2 7 18 30
ハーバード大学 93 232 420 735 1,480
ジョンズ・ホプキンス大学 66 53 141 166 426
ミシガン州立大学 58 46 61 120 285

レジデントの待遇

 次にレジデントの待遇について述べる。一般にアメリカでは,1年目のレジデントを大学によってはまだ「インターン」と呼んでいるところがある。3年目のレジデントの中の優秀な人は「チーフ・レジデント」,または「アシスタント・チーフ・レジデント」と呼ばれている。
 インターンやレジデントの給料はアメリカでは,学士(B.A.)の学位のある看護師より低く,これは「手当(stipend)」と呼ばれてきた。最近の1年目のレジデントの年俸は4万ドルで,ボーナスや当直手当はなく,月割りにすれば3,430ドルで日本での研修医の基準月額30万円の目標に近い。日本もアメリカも同様にナース(R.N.)の給料より低い。
 アメリカではレジデント研修期間にアルバイトをすることは厳禁されているが,日本で今年4月から導入される研修必修化が立派に行なわれるためには,アメリカ同様アルバイトは禁止されなければならないと思っている。

アメリカの「Best Hospitals」の格付けについて

 ボストン滞在中に,「US News & World Report」という新聞の2003年7月28日/8月4日号にアメリカ全国中の優秀総合病院のリストが発表されていることを知った。
 これは各分野の専門家が首位または首位に近いものを2点,それより少し低い実績のあるものは1点として評価して,トータルで何点とっているかを合算して判定し,第1位から第17位までの病院ランクづけを発表しているのである。これによると,総合第1位は「ジョンズ・ホプキンズ病院」,第2位は「メイヨー・クリニック」,第3位が「UCLAメディカル・センター」,第4位は「MGH」,第5位は「クリーブランド・クリニック」,第6位は「デューク大学メディカル・センター」,第7位は「カリフォルニア大学サンフランシスコ・メディカル・センター」,第8位は「バーンズジューイッシュ病院(St.Louis)」,第9位は「ミシガン大学メディカル・センター」,第10位が「ワシントン大学メデイカル・センター(Seattle)」である。
 ジョンズ・ホプキンズ大学病院は2002年度も首位を占め,またメイヨー・クリニックもいつも上位である。ボストン市で上位17までの病院としては第4位のMGH(マサチューセッツ総合病院)と,12位のブリガム&ウィメンズ病院の2つである。

【12月28日(日)】

「ノバルティスバイオメディカル研究所」の出雲研究室を見学

 午前中は,ホテルの部屋で急いで原稿を書いて日本にFAXした。
 午後1時にはRabkin先生(この方については,後に詳述する)ご夫妻のご招待を受け,出雲正剛君の車で下町にあるWang劇場で,ボストン・バレエ団による「くるみ割り人形(The Nutcracker)」を観劇した。これは,11月28日から12月30日まで1か月間行なわれるボストンの年中行事で,クリスマスの後の休日にこれを観劇する人が多い。毎年,同じチャイコフスキー作の「くるみ割人形」であるが,演出は変えられて公演される。約2時間にわたりテンポの早く,軽快なバレエを楽しんだ。
 その後,出雲君の案内で,ボストン市の川向いのケンブリッジのマサチューセッツ工科大学付近をドライブして,最近新しく建設された「ノバルティスバイオメディカル研究所」を訪れ,この中にある彼の研究室を見学した。彼はハーバード大学医学部の循環器学教授としてベス・イスラエル・ディコーネス・センター内に研究室を持ちながら,「ノバルティス製薬」の業務を新たに引き受け,会社の幹部として心臓血管系の新薬開発の研究主任の責任をとるとのことである。ここでは,同社の本社があるスイスのバーゼルと,日本の茨城県つくば市の研究所とここケンブリッジの3か所の関係者が,テレビでIntercontinentalの会議ができる大きな会議室を見学した。その後,出雲君の住居の近くの大きな書店を訪れ,アメリカの最近流行の書籍を数冊求めて,出雲君のお宅にうかがった。
 出雲君の夫人は,現在ご母堂の世話をされつつ,東京の聖路加国際病院で内分泌科医として勤務中で,冬休みを利用して久しぶりにボストンに帰宅されたばかりであった。出雲一家とともに,夫人の手料理の日本食をいただきながら,今から30年近く前に出雲夫妻がともに東京大学と順天堂大学の医学生の時に,私が媒酌人となって結婚し,その後,私の紹介でボストンに2人で留学された頃の昔話に興じて,楽しい一夜を過ごすことができた。