医学界新聞

 

連載(9)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

カリキュラム開発の基盤となる考え方

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


2539号よりつづく

 どのようなカリキュラムが理想的かについては,それぞれの教育施設の考え方,あり方などによって変化しうるものです。それぞれ,どのような考えを基盤としてカリキュラムが開発されていくかについて,例をみて考えてみましょう。

国立医学教育研究大学
(フィクション&夢です)

 国立医学教育研究大学は,世界で先進的な医学教育研究の知見を盛り込み,医療特区構想と関連して多数の外国人医師に臨床教育の許可を含めたビザを発給し,教員として迎えた大学です。他の日本の大学にない特色として,テュートリアル(Problem-based learning: PBL)やクリニカル・クラークシップ(CC)などのカリキュラムはすべて英語で教育されることになっており,WHOによる世界医学校一覧において日本で初めて英語で教育がなされている医学校と認定されるに至りました。
 また,4年制大学卒業者でなければ入学できず,この大学の卒業に必要な課程は4年間で終了するいわゆるメディカルスクールとなっています。なお,医学教育研究の改善のために,オンライン教育(e-learning)での履修も可能な大学院医学教育修士課程が併設され,東アジアを中心として環太平洋地域の医学教育研究の中心的存在としての機能が期待されています。
 従来,日本の大学医学部は研究面で業績の多い教員を多く招いてきましたが,この大学では教育を重視し,研究は教育研究を主体にしています。基礎医学,臨床医学の教員は週40時間の勤務時間のうち9時間をクラスに費やさなければならない規定になっており,その他にも教育の準備や評価のまとめなどの活動にかなりの時間を取られるようです。
 大学1-2年の授業日数は9か月(36週),授業や実習の時間は週平均15時間。自習や自ら計画する調査プロジェクト学習をポートフォリオ評価することが学習の大きな柱になっています。また,クラスは学生10対教官1の割合で行なわれ,大学1-2年のクラスは20人の教官がいればまかなえることになります()。さらに,臨床教育とその準備は1年次15%,2年次30%の実習等で行なわれ,全身診察,身体の一部に焦点を当てた診察,それぞれに関与する医療面接について徹底的にそのスキルを身につけます。
 3-4年は臨床実習が主体となりますが,臨床業務や臨床推論に関する小グループセッション(Task-based learning:TBL)は3-4年とも30%の時間を占め,臨床での経験をそれまでに学習したことと統合する工夫がなされています。臨床教育の場は第1病院(500床)と第2病院(300床)の2か所の大学附属病院を中心に行なわれます。3年次は第2病院での実習に30人が参加,残り半数は地域医療/保健実習やTBLに関与します。4年次は第1病院での専門科を中心とした実習に30人が参加,残り半数はTBLと病院か地域医療/保健などの場における卒業論文プロジェクトに携わります。
 なお,大学附属病院の部門,例えば内科には教官は2名しかおらず,内科部長は教官ではなく臨床教授として教育に協力する体制をとっており,教育と臨床の区別を明確にしています。大学病院の経営も大学とは区別され,大学病院は大学側に教育を提供する代わりに大学病院付教官の給与や教育施設利用に関する資金援助を受けます。
 教官は大学では日本人と外国人の比率が1対1になるように募集されることになっています。大学の常勤教官は管理部門や教育研究部門を含め50名,大学病院は第1,第2を合わせて20名の非常に小規模な大学です。大学病院の教官は全員外国人,大学病院の非教官医師は英語能力を問われ,大学から臨床助教授の任命を受けるには,臨床経験だけでなく国際的な英語試験で一定以上の成績を求められます。学生は3割を上限に外国人を入学させることが推進されますが,日本で医師免許を取るためには日本語を学んで日本の医師国家試験に合格する必要があるため,卒後本国に戻る学生も多いようです。
 各学生の学習活動内容はPBLやTBL時の学習内容,CCでの電子診療録内容,医療面接や身体診察実習のビデオに至るまですべて電子化され,医学教育研究センターに一括して保存されているとともに,各学生や教官がウェブ上で随時閲覧できるようになっています。これにより,各学生の特性や癖などを随時指摘してより効率的な教育が提供できるようになっているのです。

カリキュラムの前提

 このような環境が整えられたのは,大学のあり方,ビジョンが非常に明確であり,さまざまな教育的試みが採り入れられているからでしょう。大学のあり方が明確であれば,カリキュラムの全体像が規定されやすくなるのです。ここでは,よりよい臨床医を教育し,よりその成果を国際水準に照らし合わせやすくし,その結果を世界的に応用可能にするという考えが基盤となっています。
 しかし,このような斬新な取り組みを可能にしたのは,新設校であり,従来のさまざまな枠組み(大学医学部は大規模な大学病院を備えていなければならないなど)に縛られずに済んだという要素が大きいと思われます。この医学教育研究大学では,従来の枠組み,例えば医局というような制度はありません。さらに,臨床や教育の能力,言語能力によって教官が選ばれていますので,よりよい教育のためのあり方を追求することが可能です。また,英語で教育を提供するとなれば,さまざまな教材は諸外国から輸入しやすくなりますし,新たな教育方法を採り入れることにも柔軟でいられる可能性が高いでしょう。

カリキュラムの理論

 ブルーナーは40年以上前,知識の量より質を,知識という成果よりもその過程を重視する学問中心カリキュラムの考え方を示しました。その後学問的構造(例えば診断に至る過程のような)が重視され,一般的な概念を中核として何度もそれを繰り返す螺旋型カリキュラムが提唱されるに至りました。また,問題解決能力が重視されるに従って,自己主導型学習(self-directed learning)や学習者中心カリキュラム(learner-centered curriculum)といった概念も採り入れられるようになり,カリキュラムの自己選択,自己学習,自己評価がより多く,頻繁に行なわれる傾向があります。
 では,こうやって教育者側が最善のカリキュラムを……と思って決めた内容に学生はどのような反応を示すことが予測されるのでしょうか。次回は学習者の反応を予測することの重要性について述べてみたいと思います。



:教官は週9時間クラスを受け持つ。20名いれば延べ180時間となる。一方学生はクラスが平均週15時間で,1-2年合わせて120名の延べクラス時間は1800時間。これで学生10対教官1の割合が守られていることになる。