医学界新聞

 

連載(8)

    新医学教育学入門

教育者中心から  
学習者中心へ
  

カリキュラム開発の枠組み

  
大西弘高 国際医学大学(マレーシア)・医学教育研究室上級講師


2538号よりつづく

 医学教育者のためのワークショップ(通称「富士研」)など,以前より日本ではファカルティ・デベロップメントのためのプログラムが繰り返されてきました。ファカルティ・デベロップメントとは,教員/教官の教育学的知識や技能を高めるために行なわれる教育活動(本紙2531号,本連載第2回参照)のことであり,もっとも頻繁に扱われてきた内容は「カリキュラム開発」でした。
 カリキュラム開発を簡単に説明すると,「何をどのように教えるかについて計画し,継続的に改善を図ること」であり,教育システムの根幹となる方法論と言えます。この作業の基盤となるのは,
(1)今までに得られた知見や文化の継承や発展
(2)社会への対応
(3)学習者の要求

 です。また,教育の影響は学習者の一生をも左右するため,今現在最善の方法よりも,10年,20年後を見越した計画が必要になるでしょう。

21xx年の医学カリキュラム
(フィクションです)

 日本高度科学技術医大の学長になった弟子丸育子氏は,カリキュラム開発にさまざまな要素を取り込もうと考えていたが,精神科に関する知見が急に臨床的方法論を変化させていることを,どのように捉えればいいか悩んでいた。例えば,うつ病,パニック障害の診断についてはMRIの技術により脳内代謝やストレステストでの結果を踏まえて客観的診断が可能になった。うつ病,パニック障害ともに罹患率は50年前の5倍に増え,このような客観的診断機械はかなり一般的に普及しペイするようになった。DSMなどの精神科的系統化面接法は一時代を築いたが,今やすっかり影を潜めたのであった。
 これにより,診断をつけるという医療行為自体に非常に客観性が高まったことは事実である。しかし,逆に共感的な患者-医師関係という視点からは無味乾燥な診断技術に走る傾向が強まったという意見もみられる。せっかくプライマリ・ケア医倍増計画のもとで,外来での診療時間は1人あたり平均15分が確保できるようになったにもかかわらず,逆に患者の話に耳を傾けないという流れが生まれてきたのは残念であった。また,治療における心理的なケアを臨床心理士へのコンサルテーションという形で済ませてしまい,プライマリ・ケア医が長期予後を自ら確認しないので,臨床経過を深く理解することもできない傾向が生まれた。
 弟子丸氏は,このような時代の変遷に想いを巡らせていたが,脳内代謝一時変更薬によって精神疾患を体験学習するというカリキュラムに関する論文に衝撃を受けた。確かにこのような精神疾患について包括的な対応の重要さを認識するためには体験学習の魅力は捨てがたい。しかし,このような学習をした学生に自殺などの危険性はないのか,あるいは長期的なトラウマの影響などはないのかなど,いろいろと気掛かりな点が多かった……。

カリキュラム開発の出発点

 カリキュラムを新しく計画する,あるいは変更を加える際,最初に考慮すべきなのは「そのカリキュラムにどのようなニーズがあるのか」という点です。例えば,上記の例では「精神疾患患者にどのように対応すればよいか」について,診断をつけることは客観的に簡便になったものの,共感的に接することがさらに軽視される傾向に何とか変更を加えたいという教育者側の願いがこめられています。この願いは,社会や患者の視点でも同様でしょう。
 それでは,カリキュラムのどの点に焦点を当てれば,よりよいカリキュラムになるのでしょうか。おそらく,学生や学生に直接指導する臨床医は,上記の視点について知識としては理解しているものの,実際に共感的に接することができるだけの態度や習慣の変更を伴っていない,という点に問題があるのではないかと思われます。その際,態度や習慣を変容させるには体験学習やそれを踏まえた討論が望ましいのは教育学的に見て納得のいくところです。しかし,今回のような方法が倫理的に許されるのか……ということについては上のような空想の物語であったとしてもなかなか悩ましいでしょう。

カリキュラム開発の6段階アプローチ

 Kernらは,のようなカリキュラム開発の6段階アプローチを提唱しています。これらには,
(1)問題の同定と一般的ニーズ評価:医療における介入の必要な問題点を明確化し現状アプローチと理想的アプローチの違いを同定する
(2)対象学習者のニーズ評価:必要だと思われたカリキュラムを実際に対象となる学習者に導入しようとしたときに,どのような反応がみられそうかを判断する
(3)一般目標と個別目標:学習目標を教育目標分類に従って計画する
(4)教育方略:どのような方法がよいかを内容に応じて計画する
(5)カリキュラムの実施:導入しようとしたときに必要なリソース,政治的サポートや障壁の予測
(6)評価とフィードバック:個人とプログラム全体について評価し,改善を図る
 が含まれます。ただ,これらの段階は必ず1から6に順番に進行するのではなく,どこかの段階から任意に始めても問題ありません。例えば,前々回(2437号)例に挙げた統計学の内容に関してなら,すでに個別目標が示されていましたので,これを用いて学習者のニーズ評価や教育方略の選定を行なうというような方法でもいいわけです。
 さて,ここで述べた内容には,教育学の文脈で特別な意味を持つさまざまな用語が含まれています。「医学教育そのものを語ることは,医学教育を受けた者であれば誰でもできる」のですが,医学教育に関して議論するときに上記のような用語が出てきて「教育学用語を使って煙に巻かれた」というような思いがした方も少なくないかもしれません。
 次回からは,このような用語に少しずつ解説を加えていきたいと思います。