第2522号 2003年2月10日


〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第11回

ウォール・ストリート・メディシン(2)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2521号よりつづく

突然の株価大暴落

 昨(2002)年10月28日,右肩上がりの上昇を続けてきたテネット社の株価が突然暴落した。2年がかりで2倍になった株価が,50ドルから25ドルへと,1週間の間に,2年前の価格に逆戻りしてしまったのである。投資銀行UBSウォーバーグの証券アナリスト,ケン・ウィークリーが,テネット株について「保持」から「売り」へと格下げしたことがきっかけだった。ウィークリーがテネット株を格下げした理由は,米連邦政府が運営する高齢者医療保険メディケアの入院診療報酬請求をめぐって,「アウトライアー(outlier)支払い」という制度をテネット社が濫用している可能性があることを見出したからだった。

株が格下げされた理由

 ウィークリーの報告がなぜテネット社の株価を大暴落させたかを読者にご理解いただくために,「アウトライアー支払い」の制度について説明する。メディケアは,1983年から病院に対する入院診療報酬の支払いにDRG/PPS(診断群別包括支払い方式)の制度を採用してきた。DRG/PPSとは,単純に言えば,患者の重症度にかかわらず,病名が決まると定額の入院診療報酬が支払われる仕組みである。定額支払いにすることで,病院側にコスト削減の動機づけを与え,入院医療費の抑制を図ることを目的とする制度である〔詳しくは拙著『アメリカ医療の光と影』(医学書院)〕を参照されたい)。
 しかし,患者の状態が非常に重症であった時など,病院が患者のケアにいちじるしく多額のコストを費やした症例(アウトライアーとは,直訳すれば「枠の外に出た症例」の意である)に対して,他の症例と同じ定額の支払いではあまりに病院に対して過酷であると,費やしたコストに基づいて(つまり出来高払いの制度に準じて)病院の赤字を軽減するための救済処置として「アウトライアー支払い」の制度が用意されているのである。
 ウィークリーの分析によると,テネット社では,メディケア入院診療報酬のうちアウトライアー支払いの占める比率が異常に高かったのだった。全米平均では,メディケア入院診療報酬に占めるアウトライアー支払いの割合は,4.8%(2000年),4.6%(01年),4.5%(02年)と3年間ほぼ不変であったのに対し,テネット社でのアウトライアー支払いの割合は,7.7%(00年,総額3億5100万ドル),16.7%(01年,5億6400万ドル),23.5%(02年,7億6300万ドル)と,他病院と比較して突出して高かっただけでなく,ここ3年の間に激増していた。
 メディケアの重症患者の割合がテネット社だけ図抜けて高い上にその数が2年の間に3倍に増えたとは考えにくく,メディケア入院診療報酬請求に際し,会社ぐるみで何らかの操作が行なわれたことが強く示唆された。ウィークリーは,このような突出した診療報酬請求パターンをメディケアを管轄する連邦政府が捨て置くはずはなく,近い将来,過剰請求分の還付あるいは罰金など何らかのペナルティを課されることも予想されると,テネット株を格下げしたのだった。

テネット社が仕掛けた操作

 テネット社がアウトライアー支払いを増やした手段は,テネット社の病院での医療サービスの単価を高めに設定し,入院診療コストの名目上の総額を増やすという単純なものだった。アウトライアーの制度は,本来病院の赤字を部分的に補填するための制度だが,名目上のコストを増やすという単純な操作で,テネット社はアウトライアー支払いの制度を,赤字補填ではなく利益を産み出す制度へと変えてしまったのである。
 ウィークリーの分析結果が発表された後,テネット社は「何も違法なことはしていない」と強調した。確かに,テネット社のアウトライアー請求の手法には何ら違法性はなかった。しかし,テネット社がペナルティを受けることを免れたとしても,メディケアの支出抑制に躍起となっている連邦政府がアウトライアーの支払い制度の濫用を看過するはずはなく,近い将来,少なくとも何らかのルール変更が行なわれるだろうし,テネット社が「荒稼ぎ」をすることはできなくなると,ウィークリーはテネット株を格下げしたのである。

荒稼ぎを可能にした背景

 テネット社が高めの単価を設定して「荒稼ぎ」をしているのはメディケアだけではない。メディケアのアウトライアーに相当する救済制度を民間医療保険では「stop-loss payment(損失防止支払い)」と呼んでいるが,テネット社は,メディケアのアウトライアーの支払いを増やしたのと同様の操作で「stop-loss payment」をも増やしてきた。前回紹介したとおり,テネット社は「収益性の高い市場でのシェアを高め,『適切な』診療報酬を設定する」ということを経営戦略としてきたが,「おいしい」マーケットを独占するという経営戦略が見事に成功したことが,アウトライアーやstop-loss paymentでの荒稼ぎの基礎となる「高めの定価設定」を可能としたのである。カリフォルニア州医療計画開発局によると,テネット社が入院患者1人当たりで請求する金額は州内の他の病院に比べて63%高いとされ,テネット社の荒稼ぎ振りの凄まじさがわかろう。
 アウトライアー問題でテネット社の株価が暴落を始めた数日後,同社をめぐるもう1つのスキャンダルが株価の暴落に拍車をかけた。