医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第10回

ウォール・ストリート・メディシン(1)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


●連載再開のお知らせ

 著者の都合で,2500号より休載していました連載「続・アメリカ医療の光と影」を本号より再開します。
(「週刊医学界新聞」編集室)

(前回2500号

米大手病院チェーン急成長の理由

 テネット・ヘルスケア・コーポレーション(以下テネット社)は,保有病院数113,認可ベッド数2万8千強(註1)を誇る全米第2の病院チェーンである。2002年度の総売り上げは139億ドルに達し,98年度の99億ドルと比べ4年間で40%上昇する高成長を続けてきた。ただ売り上げが増えただけでなく,売り上げに対する経常利益の割合が,99年8.6%,00年9.2%,01年12.8%,02年15.1%と,年々拡大した。収益の拡大と歩調を合わせ,テネット社の株価も右肩上がりに上昇し,99年10月の26ドルから,02年の10月には52ドルと,2年の間に2倍となり(図参照),テネット株は超推奨銘柄としてウォール・ストリートでもてはやされてきた。
 いったい,テネット社は,なぜこのような高度成長を遂げることができたのだろうか。その理由の第1として,入院数が全米的に増加してきたことがあげられる。マネジドケアが力を失い,90年代のような入院抑止効果を持たなくなったことも入院数の増加に寄与したが,ベビーブーム世代が中高年となり入院医療を必要とする頻度が高くなったことが,何よりも影響が大きかったと言われている。テネット社でも,01年から02年の1年間で41歳から50歳の入院数が6%,51-60歳の入院数が5%増加と,ベビーブーム世代の入院が急激に増えている。

収益性を高めることに経営努力を集中

 テネット社の高度成長の第2の理由は,収益性の高い地域にターゲットを絞った市場展開である。「米国では営利病院の数よりも非営利病院の数のほうが圧倒的に多い。米国では非営利病院が営利病院に圧勝している」という馬鹿げた議論を唱える人が日本にいるようだが,米国の営利病院は利益を度外視した闇雲なシェア拡大など念頭になく,高収益となることが保証された「おいしい」マーケットに進出のターゲットを絞っている。テネット社の場合も,カリフォルニア州,テキサス州,フロリダ州に戦略の拠点を築き,これら以外の地域に新病院を建設する場合も,人口が急増している郊外地域であることがほとんどである。
 テネット社成功の第3の理由は,収益性の高い臨床部門に投資を集中したことである。テネット社は,循環器,整形外科,神経科を「コア・サービス」と呼び,収益性の高いこれら3領域に経営の努力を集中した。例えば,心臓カテーテル検査・心臓外科手術数が急増したカリフォルニア州のレディング医療センターに対し,2000年に5500万ドルの巨費を投じてベッドを増床したということが,02年度の株主向け年次報告書に実例として上げられている(同センターで心臓カテーテル検査,心臓外科手術が増えた「理由」については次々回に述べる)。
 成功の理由の第4は,「『適切な』診療報酬を請求する」ことであった。収益性の高い市場に進出することにターゲットを絞ったと上に書いたが,ターゲットとした地域でのシェア拡大に力を入れて保険会社との価格交渉力を強め,医療サービスの単価を高めに設定することで収入増をめざしたのである。

ウォール・ストリートが気に入るバランス・シート

 テネット社の高度成長を指揮したCEOのジェフリー・バーバコウは,01年に同社が「ビジネス・ウィーク」誌の全米優良企業ベスト50の中に選ばれたことを自画自賛しながら,「われわれのバランス・シート(収支決算表)がこれほど健全だったことはない」と02年度の株主向け年次報告書の中で,高らかに宣言した。
 株式会社の経営者にとっての最大責務は株主に利益を還元することであり,バーバコウがウォール・ストリートが気に入るようなバランス・シートを作ることを目的とした病院医療を追求したことは,極めて当然なことである。しかし,バランス・シートの結果を最重要視する「ウォール・ストリート・メディシン」を追い求めたことが,やがて,ウォール・ストリートから手痛いしっぺ返しを喰らうことの原因になるなど,バーバコウは夢にも思っていなかっただろう。

(註1)以下,数字は,テネット社の2002年度株主向け年次報告書によった。