第2337号 1999年5月10日


連載
アメリカ医療の光と影(5)

学習する患者たち(1)

李 啓充 (マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学助教授)


“…first do no harm”

 メリル・ストリープはアカデミー主演女優賞を2度獲得している大女優であるが,97年2月に「…first do no harm(何よりも害を成すなかれ)」(邦題「メリル・ストリープ誤診」〔ビデオ販売/(株)アクロス〕)という映画を製作した。映画の題名は,有名な「ヒポクラテスの誓い」(註参照)に由来する言葉である。
 映画は実話を基にしている。メリル・ストリープは3人の子の母親の役,夫は長距離トラックの運転手である。農場付きの家で一家5人平和に暮らしていたが,末っ子がてんかんのけいれん発作を初発した日を境に一家の生活は暗転する。型どおり薬剤によるコントロールが試みられるが,息子のてんかん治療に抵抗する。医師は次々と薬を変えるが,母親の目からは子どもは薬の副作用に苦しめられているようにしか見えない。やがて,夫の健康保険が失効していたことが判明し,子どもの医療費が大きな財政負担となってのしかかり,家のローン返済も滞る。
 医師は,薬剤抵抗性のてんかんであるから,発作をコントロールするにはもはや脳外科手術をするしかないと言うが,事もなげに手術の後遺症を説明する医師に対し,メリル・ストリープは手術への同意をためらう。これまでの治療はことごとく無効であったばかりでなく,副作用を起こすばかりで子に害を成してきただけではないか。

主治医との闘い

 メリル・ストリープは,てんかんのことをもっとよく知ろうと,図書館に通い,医学教科書を読み漁るようになる。ある教科書にてんかんの「ケトン食療法(ketogenic diet)」の有効性が書かれていたのを見つけ,メリル・ストリープは「手術の前にこの食事療法を試してください」と主治医に頼むが,「ケトン食療法は医学的に確立された治療法ではない。きちんとしたコントロールのもとでの臨床研究はされておられず,とても治療法として勧めることはできない」と,拒否される。手術を受ける以外にないというプレッシャーが日増しに強くなり,メリル・ストリープはケトン食療法を実施しているジョンズ・ホプキンス大学の小児神経医に予約を取り,子どもを病院から無断で連れ出そうとまで試みるが失敗する。主治医は,「医師の医学的勧めに従わないでいるのなら,州政府が親権を代行する手続きを取り手術を実施する」とメリル・ストリープを追いつめる。
 しかし,子を思う母親の真情が,ついに「頭の硬い」医師を折れさせ,ケトン食療法を試みることに同意させる。「医師の同伴がない限り,患児に長時間の飛行機の旅をさせることを認めるわけにはいかない」と医師は条件をつけたが,友人の医師と看護婦が同行を申し出る。以前の予約をすっぽかしたまま予約もなしにジョンズ・ホプキンス大学の外来を訪れ,頼み込んだ挙句にケトン食療法が開始された。専任の栄養士が,懇切丁寧に食品を秤で計りながら指導する。外来での治療を受ける間は病院近くの修道院を宿としたが,男性の宿泊は本来御法度であるにもかかわらず,修道院は息子の滞在に目をつぶってくれた。治療は成功し,息子のてんかん発作は嘘のように消えてなくなる。
 てんかんのケトン食療法は約3分の1の症例で著効するといわれているが,「しっかりとしたコントロールド・スタディによる医学的エビデンス(証拠)がない」と,てんかん治療の主流とはなっていない。この映画には,ケトン食療法によっててんかん発作が消失した患者たちが「役者」として何人も登場して,その「元気さ」を見せつけている。また,監督のジム・エイブラハムズ自身,息子のチャーリーが薬剤治療に抵抗するてんかんを患い,ケトン食療法の成功により手術を免れたという体験をしているだけに,非常にリアルで説得力のある映画となっている。メリル・ストリープは私生活では4人の子の母親であるが,子どもたちがチャーリーと同じ学校に通っていた関係で,友人としてエイブラハムズ家の苦闘をつぶさに見てきたという。

患者・家族による治療法の「発見」

 子どもの親が自分で学習して子どもの病気の治療法を「見つける」という実話に基づいた映画としては,スーザン・サランドン,ニック・ノルティ主演の「ロレンツォのオイル」(1992年)もよく知られている。子どもが不治の先天性代謝疾患であり後2年の命だと言われた両親が,子どもを助ける手だてはないかとワシントンの国立図書館に通い詰め,生化学の教科書や文献を読み漁って新たな「治療法」を見出す話である。上述した「…first do no harm」では,医師対患者という対立関係のみが描かれているが,「ロレンツォのオイル」では,患者団体内部での親同士の対立,患者団体の顧問を務める医師(研究者)との対立が描かれる。
 「素人に何がわかるか」という対応を医師が続けている間に,必死に勉強した患者・家族が病気の治療法を「発見」するというのが,これらの映画に共通したプロットであるが,患者や家族が自分や家族の病気について知りたいと思うことはきわめて当然の欲求である。
 米国において患者・家族の自己学習が盛んとなったのは70年代に入ってからであるが,黒人梅毒患者を治療せずにその自然経過を観察するという非倫理的医学研究「タスケジー・スタディ」の曝露報道(1972年),女性運動のベストセラー「Our bodies, ourselves」(1973年)の出版が大きな影響を与えたといわれている。患者や家族の自己学習意欲が高まっている背景には,現代医療全般,とりわけ医師に対する強い不信感があると言わざるを得ない。

この項つづく

註:ギリシャ時代の医聖ヒポクラテスの手になる医療者の宣誓文で,医療倫理が高らかに謳いあげられている。英米の医学部では卒業生がこの誓いを読みあげることが長年の伝統となっている