はしがき
看護の対象である人間は,周囲の環境から影響を受け,環境との相互作用のなかでたえず変化しながら生活を営んでいる。外部からの刺激に巧みに対応し,患者の生命力の消耗を最少にするように環境を整え,健康の回復に寄与することが看護学の根底をなす考え方である。看護基礎教育における在宅看護論では,人々が生活する在宅という環境において,対象者の「生きること」を支えるという,看護の基本となるものを学習することが大きなねらいとなる。
平均寿命やがん罹患後の生存年数の延伸など,社会情勢の変化や医療の発展に伴い,医療・介護に対する人々のニーズも変化してきた。この変化に対応するため,病気などになっても住み慣れた地域で暮らすことのできる,地域包括ケアシステムの構築が強く推進されている。そのなかで看護師には,認知症者のケアや,がん患者の看護,人生を最期まで生ききることへの支援など,幅広い年齢を対象とする,診療科をこえた看護が求められるようになっている。
在宅医療において最も求められるのは,1人ひとりの生き方に応じた医療を,卓越した技能をもって提供する専門性である。日々の生活を支えるという,一見簡単にもみえる在宅での看護は,対象者の個別性に応じると同時に,医療の提供方法に独創性を必要とする応用的な分野である。
地域でのケアが進められるなかで,在宅看護はあらためてその重要性が認められ,(1)対象者を全人的にとらえてその生活を重視する,(2)生活する場を熟知している,(3)対象者を取り巻く環境やシステム,人的・物的資源の活用に能力を発揮するなど,専門性が明確化されてきた。たとえば,医療依存度の高い人の在宅でのケアでは,日々の健康状態を的確に判断・評価し,緊急時には臨床判断・実践能力をもって適切に対応する。在宅生活の継続を支援するためには,地域の人的・物的資源を効果的に活用する。また,人生の最終段階を迎える対象者には,その人が最期までどう生きるか,その人にとっての尊厳ある生き方を支える。
そのほか,地域の社会資源の活用や地域ネットワークの構築に向けても,在宅看護はその専門性を発揮して,独自の役割を担う。たとえば,看護師が療養者の暮らしのなかからデータを収集し,その結果に基づいて行政などに新しいサービスを提案している。さらに,個別の看護実践にとどまらず,経験や技術を共有することで,エビデンスに基づいた在宅看護実践の向上に寄与することも求められている。
改訂にあたって
看護基礎教育においては,2008年のカリキュラムの改正により「在宅看護論」が「統合分野」に位置づけられた。これを受けて本書は第3版より,総論編・実践編の2部構成として,カリキュラムに十分に対応できるかたちをとっている。第5版への改訂にあたっては,介護保険制度や難病法など,法令・制度に関する情報の更新を行うと同時に,「保健師助産師看護師国家試験出題基準平成26年版」をもとに内容の精査を行い,今日の在宅看護論のテキストとして十分な内容となるように加筆・修正を行った。
今回の改訂では,はじめに,初学者が在宅看護について具体的にイメージできるように,訪問看護師の仕事を紹介する序章を設けた。
総論編は,在宅看護を展開するうえで必要な知識を学習するものとした。地域包括ケアや在宅療養移行支援などを大きく取り上げるとともに,熱中症の予防,サービス提供者の権利擁護などについても新たに項目を設けた。第3章「在宅療養の支援」を新たに加え,在宅看護の提供方法,療養の場の移行,そして,在宅看護に取り組む者がなにを行うかとして,在宅看護の基本となるものをまとめた。
実践編は,在宅で看護を提供するうえでの実践的な知識をまとめ,事例により在宅看護の流れを学習できる内容とした。在宅看護技術にかかわるガイドラインや医療機器について内容をアップデートするとともに,コミュニケーションの支援や,外来がん治療の支援の項目を新設した。第7章では,各事例の最後に「発展的学習」の項目を設け,事例を学んだうえで,学生に考えてもらいたい課題を設定した。
なお,在宅において看護を必要とする人々についての表現は,前版と同様に「療養者」を基本とした。
在宅看護論は,今後ますます対象者の多様なニーズに応え得る教育内容に発展し,その重要性が大きくなることが予想される。今回の改訂によって,在宅看護の知識を身につけるとともに,在宅で看護を提供することの意義やおもしろさに気づいてもらえることを願う。本書をご活用いただき,読者の皆さんの忌憚のないご意見をいただければ幸いである。
2016年11月
著者を代表して
河原加代子