健康格差社会への処方箋

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社会・経済的因子による健康格差の実態とその生成機序を「健康格差社会」と命名し各界にインパクトを与えた著者が、その後の研究や社会の動向を踏まえ、「どうすべきか」を示す「処方箋」。格差の要因を示すだけでなく、「格差対策に取り組むべきか」という判断の根拠をも提供、その上で国内外で実証されつつあるミクロ・メゾ・マクロレベルの戦略を紹介する。医療政策関係者や公衆衛生関係者に必読の1冊。
近藤 克則
発行 2017年01月判型:A5頁:264
ISBN 978-4-260-02881-3
定価 2,750円 (本体2,500円+税)

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まえがき

 拙著 『健康格差社会-何が心と健康を蝕むのか』(医学書院,2005年)を出版した目的は,日本社会への早期警告であった。その後,国の調査においても日本社会に地域間や集団間の健康格差があることが明らかになった。そして,WHO総会決議(2009年)などを受けて,厚生労働省も「健康日本21(第2次)」(2013~2022年)で「健康格差の縮小」をめざすと宣言した。
 WHO報告書も指摘するように,健康格差が生まれるプロセスから考えて,それへの対策には,1世代(30年)単位の息の長い取り組みが必要である。健康格差対策を考えるうえで参考となる英語で書かれた学術論文や本は増えているが,この問題に取り組もうとする人たちが読める日本語の本は少ない。
 そのせいもあってか,「健康は自己責任」や「格差は経済成長にとって必要悪」などの意見は根強い。果たして健康格差は自己責任や必要悪として放置しておいてよいものか,それとも国や社会として対策をとるべきものなのだろうか。対策をすべきだとしたら,何をどのようにすれば健康格差は縮小に向かうのだろうか。
 これらの疑問について応え,「健康格差社会への処方箋」を示すことが本書の目的である。
 序章で,処方箋(対策・政策)をきるために必要な課題を設定し,第1部「なぜ健康格差が生まれるのか-『病理』編」で,健康格差社会の病理(なぜ病的な状態が起きるのかという理論)を考える。前著で示した理論を要約しつつ,新たに「ライフコース」「職業性ストレス」「遺伝と環境」について考える。
 第2部「根拠は十分か,治療を試みるべきか-『価値判断』編」では,なぜ健康格差の縮小をめざすべきなのかを考える。健康格差は根深いが故に根本的な対策を必要とし,出生前からのライフコースの影響を考えると,数十年単位の構想や戦略を必要とする。そのため,「効果があるかどうかわからないのに,そんなに時間のかかる課題に取り組むのは現実的でない」という声があがる。しかし,今では一般的となった高血圧治療をみても,効果が実証されるまでに数十年の時を必要とした。ヨーロッパをみれば,すでに20年以上も健康格差対策に取り組んでいる。そこには「基本的人権」という価値に加え「経済成長のためにも社会保障や格差対策が必要」という判断もある。それらのことを,科学史などを通じ大局的にとらえるのが第2部である。
 第3部「では何ができるか-『処方箋』編」では,先行しているヨーロッパやWHOの健康格差対策を紹介しつつ,具体的な対策・政策群を多面的に考える。そして「簡単に合意でき実行できること」は,必ずしも「根本的な効果があること」を意味せず,腰を据えた本格的な取り組みの必要性とその兆しを示す。そのなかでは,われわれのJAGES(Japan Gerontological Evaluation Study:日本老年学的評価研究)プロジェクトの取り組みや,それらを通じて引き出した健康格差対策の7原則ver 1.1(2015年版)を紹介したい。
 健康格差対策は,多職種・多レベル・多部門・多セクター・多世代の連携を必要とする。だからこそ公衆衛生関係者に限らず,臨床医や医療・福祉関連の多専門職,国・都道府県・市町村など多レベルの多部門(防災,都市計画,教育,税制,社会政策)の政策担当者や研究者,NPOや企業や住民などを含む多セクター,数十年後の日本社会を担う学生にも,この本を手にとってもらいたい。前著がそうであったように,本著も多くの読者を得て,日本の健康格差の縮小に寄与できることを願っている。

 2016年12月
 近藤克則

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 序章 処方のために何が必要か
   日本にみられる健康格差
   処方のためには何が必要か
   本書で検討したいこと

第1部 なぜ健康格差が生まれるのか 「病理」編
 第1章 ライフコース・アプローチ 足が長いとがんで死ぬ?
   健康格差とライフコース・アプローチ
   ライフコース疫学の実証研究
   どのように影響するのか
   ライフコース・アプローチの示唆するもの
 第2章 仕事と健康 長時間労働・不安定雇用・成果主義と職業性ストレス
   長時間労働と過労死
   社会階層と健康格差
   職業性ストレス
   不安定雇用の悪影響
   「成果主義」の影
   なぜ健康格差は生まれるのか
   3つのレベルの対策が必要
 第3章 遺伝と環境 「生まれ」は「育ち」を通して
   遺伝と環境・社会生物学を巡る論争
   やわらかな遺伝子
   自殺予防の場合
   犯罪予防の場合
   急増する肥満
   疾患の国際比較
   「生まれ」は「育ち」を通して
   第1部のまとめ

第2部 根拠は十分か,治療を試みるべきか 「価値判断」編
 第4章 歴史に学ぶ 科学は理論・仮説に始まる
   理論に問題があるのか,方法に問題があるのか
   地動説と錬金術
   地動説が実証されるまで
   進化論は仮説?
   WHOの健康政策
   科学は,理論・仮説に始まる
   歴史に学ぶ
 第5章 「遅ればせの教訓(レイト・レッスン)」に学ぶ
   高血圧治療の場合
   生活習慣・健康行動の変容の場合
   「遅ればせの教訓」
   実証されるのを待つべきか
 第6章 社会保障は経済を停滞させる? 事実か仮説か
   お金持ちには不合理な社会保障?
   格差の拡大は必然?
   社会的・政治的視点から
   行動経済学的視点から
   正議論の視点から
   勝ち組をも不幸にする格差拡大社会
   歴史的視点から
   マクロ経済的視点から
   合成の誤謬
   第2部のまとめ

第3部 では何ができるか 「処方箋」編
 第7章 「健康格差」対策の総合戦略 ヨーロッパの到達点を踏まえて
   イギリスとWHOでの「健康格差」対策に至る流れ
   「健康の不平等」へのスタンス
   健康格差削減に向けた戦略形成
   イギリスにみる総合戦略
   戦略群の分類
 第8章 個人・家庭レベルの危険因子への戦略 肥満・教育・貧困児童を例に
   3つの例の位置づけ,取り上げる理由
   肥満対策
   教育
   貧困児童への取り組み
   健康格差への対策に向けて
 第9章 メゾレベルの危険因子への戦略(1) 職場・職域における対策
   メゾレベルの取り組みの特徴
   職場でのリスクと取り組み (1)メタボリック・シンドローム
   職場でのリスクと取り組み (2)長時間労働と対策
   職場でのリスクと取り組み (3)職業性ストレス対策
   安全性と競争力は競合するのか
   安全で健康な職場
   学校における取り組み
 第10章 メゾレベルの危険因子への戦略(2) 健康なまちづくり
   建造環境と健康との関連
   「健康都市」プログラム
   都市と健康
   都市計画と健康-交通政策を例に
   交通政策以外の諸政策の例
   健康・医療・福祉のまちづくりの推進ガイドライン
 第11章 メゾレベルの危険因子への戦略(3) ソーシャル・キャピタル
   ソーシャル・キャピタルとは何か
   ソーシャル・キャピタルと健康
   どのようなメカニズムで影響するのか
   どのように活用しうるのか
   メゾレベルの健康格差対策のまとめ
 第12章 マクロレベルにおける対策-社会政策
   健康に関わる社会政策群
   医療保障政策
   労働・雇用政策-「ニート」って言うな!
   所得保障・所得再分配政策
   健康政策としての社会政策
   「もう1つの戦略」の3つの視点
 第13章 ハイリスク・アプローチの限界とそれに代わるもの
   健康格差の是正に向かう3つの段階
   ハイリスク・アプローチの限界
   ポピュレーション・アプローチの新しさと重要性
   なぜ健康の社会的決定要因に着目するのか
   残されているのは約5年
   何をなすべきか
 第14章 ポピュレーション・アプローチの具体化
   ポピュレーション・アプローチを具体化した2つの取り組み
   地域介入研究-武豊プロジェクト
   JAGES HEART
    column 1 JAGES HEART の開発に用いたJAGES 2013調査データ
    column 2 地域診断指標としての妥当性の検証が必要
   3つの課題
 第15章 国内外にみる変化の兆し
   健康格差対策に必要なもの
   イギリスの「第3の道」
   健康格差を巡る政策評価重視の流れ
   社会投資と積極的な社会政策
   できることから始めよう
 第16章 健康格差対策のための7原則
   「健康格差対策の7原則」とは何か
   【始める】ための原則
   【考える】ための原則
   【動かす】ための原則
   おわりに

あとがき
索引

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未来を照らす,著者渾身の「処方箋」
書評者: 根本 明宜 (横浜市立大学附属病院医療情報部)
 近藤克則先生が2005年に『健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか』を出されたころは,小泉内閣が郵政省を悪者にしたてた「郵政選挙」で大勝し,劇場型政治,ポピュリズムに舵を切ったころである.「20年遅れの新自由主義」といわれ,規制緩和,自己責任,小さな政府がもてはやされたが,旗振り役が規制緩和の恩恵を受ける会社の役員になったり,お仲間に有利な規制緩和があったりと政界には利益相反という言葉は存在しないようである.教育においても独立法人化した大学の授業料は下がることはなく,奨学金の名を借りた高利貸しが跋扈し,大学の偏差値と保護者の収入の相関がいわれ教育機会の均等も怪しくなっている.

 その後,民主党政権と東日本大震災を経て第二次安倍内閣になり,アベノミクスとやらで経済発展のみが強調され,トリクルダウンといいながらも,上のほうのグラスは大きく,いくらついでも下層にはおこぼれは来ないまま経済格差が未曽有に拡大した.まっとうな議論をしないままの立法や強権に忖度する政治がはびこり,報道や人権の抑圧が国外からも指摘されている.

 前書で近藤先生が指摘された「健康格差」がますます大きくなっているなかで,『健康格差社会への処方箋』が発刊された.その間に近藤先生は英国サッチャー政権下の新自由主義による医療崩壊と労働党政権による改革について研究され,日本を代表する経済学者の宇沢弘文氏・鴨下重彦氏編の『共通社会資本としての医療』(東京大学出版会,2010年)の中に成果を執筆されている.国内では東日本大震災を挟んだ宮城県での岩沼プロジェクトでソーシャル・キャピタルが健康を守るという因果関係を示し,愛知県での武豊プロジェクトで地域での介護予防事業への介入研究でソーシャルキャピタルの有用性を確認されている.本書ではそれらについて概説したうえで「健康格差社会への処方箋」として対策を示している.

 前書での問題提起からさらに現状把握を深め,生成プロセスを解明し,有効な対策法(処方箋)の開発の手順を経て今回の「処方箋」が発刊された.総合的な健康格差対策として,1)ミクロレベルで子どもの教育支援,2)メゾレベルで社会参加を促しより健康的な行動を促すようなソーシャルキャピタルの充実や地域における対策,3)マクロレベルで医療資源の配置や非正規雇用対策,社会(保障)政策による社会経済格差の縮小など,多様で広範な対策を提案されている.いずれも至極まっとうな対策であるが,本当に実現できるのであろうか.

 数にものをいわせた改憲論議で基本的人権も制限されてしまいそうな危機感もあるが,憲法第二十五条には「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定められている.「健康格差」は基本的人権にかかわる問題であり,避けなければいけないこと,また自らの研究成果から避けられることを科学的に近藤先生は示している.

 処方は出されただけでは効かず,調剤されて,内服されてはじめて効能を発揮する.私には未来を照らす「処方箋」に見え,多くの人が内服し,だれもが暮らしやすい社会になることを期待させる.皆で協力して実現させることが重要ではあるが,まずは上医の渾身の「処方」を理解する人が増えることを祈念する.
健康格差縮小に向けた新たな取り組みの原動力となる必携の1冊(雑誌『保健師ジャーナル』より)
書評者: 馬場 優子 (足立区こころとからだの健康づくり課)
 健康格差はどの地域にも存在し,その格差縮小のためには今までのポピュレーションアプローチ,ハイリスクアプローチでは限界があることは,ご存じだろうか。
 健康格差の縮小は,健康寿命の延伸とともに健康日本21(第2次)で国の目標に掲げられ,昨年はビジネス誌「週刊東洋経済」の特集やNHKスペシャル(2016年9月19日初回放送)でも取り上げられ,いよいよその気運は高まってきた。
 著者は2005年に『健康格差社会-何が日本を蝕むのか』(医学書院)を出版し,日本社会にいち早く警鐘を鳴らした。私は今から10数年前,その本を手に取り,健康格差という概念に初めて触れた。それから「健康格差」は私にとって大きな関心事となり,健康づくり活動を進める上での重要なテーマとなっている。
 2013年9月から足立区では,住んでいるだけで自ずと健康になる街を目指し,健康寿命を縮めている糖尿病のリスクを下げるよう,野菜を食べやすい環境づくりを始めた。近所の飲食店に入れば,自動的に「食前ミニサラダ」が提供されるなどがその一例である。健康寿命の延伸と健康格差縮小を目指した環境の質の改善に重点を置いた活動であるが,これは著者の書物に大きく影響を受けている〔活動の詳細は本誌(『保健師ジャーナル』)2016年7月号 p.586参照〕。
 健康格差縮小のために,何をなすべきか。著者は今までのポピュレーションアプローチやハイリスクアプローチは否定していないが,「万能薬ではない」ことを認めるよう促している。そして,それに代わる新しいポピュレーションアプローチ(環境介入型ポピュレーションアプローチ)の重要性を説いている。本書では,それらが初心者にも理解できるよう,第1部:なぜ格差が生まれるのか「病理」編,第2部:根拠は十分か,治療を試みるべきか「価値判断」編,第3部:では何ができるか「処方箋」編の3部で構成され,最後には健康格差対策のための7原則も掲載されている。
 また,「健康自己責任論」や「格差は経済成長に必要悪」の意見にも鮮やかに反論している。これらの説明は上司や議会,地域へ健康格差対策の必要性を説明する際に,大きな味方になってくれるだろう。さらに,格差の大きさや,成果,効果の「見える化」を図ることで現場や関係者の共通認識を高めることも必要と説いている。
 健康日本21(第2次)の目標年度まで「残されているのは約5年」(本書p.191)。掲げられた目標を後戻りさせないために,私たちに残された時間はそう長くない。本書を携えて,健康格差縮小に向けた新たな取り組みを各地域で一斉にスタートさせよう。

(『保健師ジャーナル』2017年7月号掲載)
「健康格差」への対応策を説得力ある記述で示す
書評者: 五十嵐 隆 (国立成育医療研究センター理事長)
 人は生まれながらにして不平等である。遺伝的要因は,社会・環境的要因など(本書での記述に従えば「生まれ」は「育ち」,p.38)を通して,人の生き方に大きな影響を与える。その結果,人の健康や寿命にも大きな格差を生み出す。

 現在盛んに行われているライフコース・アプローチ的研究により,遺伝,周産期,小児期の生物学的・社会経済的因子が成人になってからの人の健康状態や疾病の発症に影響を及ぼすことを示す証拠が続々と明らかにされている。最も有名なライフコース・アプローチ的研究は,成人病(生活習慣病)胎児期発症説(Barker説)であろう。

 近年,多くの先進諸国では中間所得層が減少して相対的貧困層が増加している。このような状況が続くと,将来の健康状態が悪化し,疾病が早く発症したり,増加したりすることが危惧される。欧米では20年以上前からこのような問題が認識され,多くの研究がなされ,その国に応じたさまざまな対策がとられている。

 一方わが国では,健康格差社会に対する認識が最近になってようやく広まってきたところである。その結果として,現状の詳細な認識,問題点に対応する研究,具体的な対策の考案などが欧米諸国に比べ遅れている。このような状況の中で,千葉大予防医学センター社会予防医学研究部門の近藤克則教授による本書が上梓されたことは,誠に喜ばしい。

 本書の目的は,健康格差を減らすために介入すべき時期や介入方法の手掛かりを,ライフコース・アプローチの視点から明らかにすることである。本書の内容は,健康格差が生まれる社会病理,健康格差の縮小をめざす理由,健康格差に対する処方箋の3部に分けられており,わが国の健康格差の実情認識の必要性と健康格差への対応策がエビデンスに基づいてわかりやすく記述されている。

 記述のどれもが説得力を持っている。増加しているわが国の子どもの貧困に対してどのような施策が必要かを考えている評者にとっても,本書は極めて示唆に富んでいる。特に,第3部第16章の「健康格差対策の7原則」(p.233)は,限られたわが国の資源の中で有効な対策をとる際の基本的姿勢が示されていて,大変参考になる。

 公衆衛生の専門家だけでなく,医師,看護師,保健の関係者,福祉の関係者,教育の関係者,行政の関係者,そして医療・福祉・保健に関係する学生に,ぜひとも本書をお薦めしたい。

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