肝動脈化学塞栓療法(TACE)
理論と実践ストラテジー

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TACE(肝動脈化学塞栓療法)は、肝癌に対する治療アプローチの1つとして、様々な患者に対応が可能、マイルドな治療法として普及している。本書では、今後のTACEのさらなる進歩と安全性の向上のために、TACEの基本的な理論・知識と臨床の現場での適切な手技に対する考え方をまとめている。
編著 松井 修 / 宮山 士朗 / 大須賀 慶悟 / 衣袋 健司
発行 2015年10月判型:B5頁:252
ISBN 978-4-260-02432-7
定価 11,000円 (本体10,000円+税)

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  肝細胞癌(肝癌)に対する肝動脈化学塞栓療法(transcatheter arterial chemoembolization; TACE)は主としてわが国で開発され進歩してきた.1978年に山田らによってわが国で最初に施行され,1983年にその成績がRadiology 誌に報告されて世界に急速に普及した.当初のTACEは,ゼラチンスポンジ角(1~2mm前後)に抗がん剤を染み込ませたもので,すでに動脈塞栓効果と抗癌剤徐放の概念が導入されている.Lipiodol(iodized oil)動注は1983年に今野らによって報告されたが,その概念は油性の抗癌剤とLipiodolの混合による抗癌剤徐放効果を期待するものであった.その同じ年に,打田・大石らにより,Lipiodolと抗癌剤乳濁液を注入後にゼラチンスポンジ細片で塞栓する現在の方法が導入されている.当初は,Lipiodolは抗癌剤の担体として導入されたが,その後中村らにより,Lipiodolは肝癌周辺の門脈に流入し,周辺門脈枝の描出が良好なほど抗腫瘍効果が強いことが明らかとなり,Lipiodolの塞栓剤としての有効性が明らかとなった.こうした事実から,肝癌とその周辺の限られた肝実質に集中的にLipiodolを注入し,その後ゼラチンスポンジ細片あるいは粒子で塞栓することで,局所に強い虚血効果を惹起させることの有効性が示唆され,打田らにより選択的区域塞栓術(segmental TACE)の概念が導入された.われわれは,1980年代の後半に脳血管内治療を目的として開発されたマイクロカテーテルをTACEにいち早く導入し,さらに末梢からTACE(亜区域動脈枝より末梢から行う亜区域塞栓術)を行うことで,局所治療効果を著しく高めかつ肝障害を著しく軽減できることを1993年にRadiology 誌に報告した.このマイクロカテーテルによる超選択的Lipiodol TACEが,わが国の肝癌に対する標準的手技として今日に至っている.このような,比較的限局した肝癌に対する強い虚血効果の惹起を目的としたTACEが進歩した背景には,わが国では1980年代からすでに肝癌のサーベイランスが導入されていた経緯がある.早い時期から,比較的限局した肝癌に対して,可能な限りの局所根治を目的としてTACEが施行されてきたのである.しかしながら,この概念は高度に進行した肝癌には必ずしも適応できないにもかかわらず,特に検証されずに今日に至っている.
 一方,諸外国では,近年まで肝癌のサーベイランスが導入されておらず,高度の進行癌が主にTACEの対象となってきた.このために,Lipiodol TACEの成績は不良で,1990年代後半に行われた諸外国でのいくつかのRCTではLipiodol TACEの有効性は示されなかった.2000年代に入り,肝癌の進行度の低下やLipiodol TACEの技術的な向上で,再度行われた2つのRCTでその有効性は確認されたものの,わが国に比べるとその治療成績は大きく劣るものであった.こうした中で,欧米では,優れた末梢動脈塞栓効果を有するマイクロスフィアに薬剤を含浸させ(drug-eluting beads; DEB),動脈塞栓効果と抗癌剤の徐放による動注化学療法効果の増強を意図したDEB-TACEが普及し,Lipiodol TACEにとって替わりつつある.
 DEB-TACEはLipiodol TACEとは異なる概念であり,理論的に両者は競合するものではなく相補うものであるとの考えから,私自身,わが国への導入に積極的にかかわってきた.ようやく2014年からわが国でも施行が可能となり,現在多くの比較研究がわが国でも進行中である.この導入の過程で,諸外国の研究やわが国で議論・研究発表などを通じて,TACEの基本的な理論や適切で安全な手技に対する考え方が十分に理解・普及されていないことを痛感した.
 動脈塞栓術は,元来,非生理的で人体には危険な手技である.1970年代後半に行った最初の肝動脈塞栓術を鮮明に記憶している.ゼラチンスポンジ細片を数粒流すたびにスタッフ全員で患者さんを凝視し,数分間の観察の後に再注入を繰り返したが,肝動脈全体の血流を停滞させる勇気はなく,十分な血流を残したままで終了した.未知の領域であったからである.これは私だけではなかったと思う.その後,膨大な(天文学的な)経験・研究が集積されて今日に至り,現在では,比較的容易で安全な手技として広く普及している.しかしながら,一方で,こうした進歩と普及の中で,TACEはマニュアル化され表面的な技術や知識のみが継承されてきているのではないか,という危惧が強い.DEB-TACEが導入され,肝癌に対するTACEが新しい展開をみせる中で,若い世代が,改めてその原点を理解することはTACEの治療成績の向上と合併症の軽減に必須であり,また,今後のさらなるTACEの進歩・向上には重要であろう.こうした思いから,TACEの基本的な理論・知識と臨床の現場での適切な手技に対する考え方をまとめておくことは,TACE創生期の最後の世代の1人としての義務ではないかと考え,本書を企画した.
 本書の執筆にあたり,私の長年の共同研究者であり,また超選択的Lipiodol TACEの技術的進歩に大きな貢献のある宮山士朗先生,へパスフェアの開発者である堀 真一先生の下で早くからマイクロスフィア開発・臨床応用に取り組んでこられた大須賀慶悟先生,母校の解剖学教室で研究を続けIVR専門医の立場からの肉眼解剖の研究で多くの業績のある衣袋健司先生に共同編著者をお願いした.本書の主たる目的であるTACEの基本的概念や手技・合併症や安全性の理解に最も適切な布陣と自負している.今後のTACEのさらなる進歩と安全性の向上に本書が寄与することを切望すると同時に確信している.

 また,本書を出版していただいた医学書院に深謝します.特に,企画段階から指導をいただいた医学書院医学書籍編集部の阿野慎吾氏と出版に御尽力をいただいた林 裕氏に感謝します.
 本書は,多くの肝癌に苦しまれた患者さんに対し,多くの同僚・スタッフとともに長年行ってきた診療・研究から成り立っています.編著者を代表して,これらの患者さん・同僚・スタッフの方々に心からの感謝の意を表するとともに本書を捧げます.

 2015年9月
 松井 修

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第1章 理論
 1-1 肝動脈塞栓術に必要な脈管解剖
   A 肝区域分類について
   B 肝内門脈解剖
   C 肝外の肝動脈解剖
   D 肝内の肝動脈解剖
   E 肝門部動脈解剖
   F 肝内外の肝動脈吻合(側副路形成の解剖と理論)
   G その他の塞栓術に必要な解剖
 1-2 肝および肝癌微細血管構造・微小血行動態と肝動脈塞栓術
   A 肝内微細血管構造と微小血行動態
   B 門脈血流障害と肝動脈塞栓術
   C 肝動脈塞栓術と微小側副血行路
   D 肝動脈塞栓術に重要な微細血管解剖・微小血行
   E 腫瘍微小血行動態と肝動脈塞栓術
   F 血行動態の変化を利用した肝動脈塞栓技術
 1-3 Lipiodol TACEの理論
   A Lipiodolおよび抗癌剤との乳濁液(エマルジョン)の性状
   B Lipiodolの肝癌内集積機序
   C 肝内微小血行とLipiodolの動態
   D 肝癌微小血行とLipiodolの動態
   E 抗癌剤の担体としてのLipiodolの役割
   F Lipiodol TACEにおける粒子塞栓物質による後塞栓
   G 超選択的Lipiodol TACEと粒子塞栓物質のみによるTACEの理論的差異
 1-4 マイクロスフィアによるTACEの理論
   A マイクロスフィアの変遷
   B マイクロスフィアによる塞栓術
   C マイクロスフィアの物性と注意点
   D 肝癌に対するマイクロスフィアの応用
   E 薬剤溶出性ビーズ(DEB)
   F 肝組織内におけるDEB-TACEの薬理動態

第2章 手技の実際
 2-1 術前画像診断
   A HCCステージングのための画像診断
   B その他の術前に必要な画像診断
 2-2 術前一般状態・肝機能の評価と術前管理,術中・術後管理
   A 治療の前に
   B 治療に際して
   C 治療後の管理
 2-3 塞栓術に必要な器具
  2-3-1 共通する器具
   A 穿刺針
   B シースイントロデューサー
   C ガイドワイヤー
   D 造影用カテーテル
   E マイクロカテーテル
   F マイクロガイドワイヤー
   G その他の器具
   H 抗癌剤
  2-3-2 Lipiodol TACE
   A マイクロカテーテル
   B マイクロガイドワイヤー
   C マイクロバルーンカテーテル
   D Lipiodol
   E ゼラチンスポンジ
   F ポリプロピレン製三方活栓
  2-3-3 ディーシービーズ®(DCB)TACE
   A DC BeadTM(DCB,ディーシービーズ®
   B ディーシービーズ®の調製
   C マイクロカテーテル
   D その他の必要な器具
  2-3-4 ヘパスフィア®TACE
   A HepaSphere®(ヘパスフィア®)の概要
   B ヘパスフィア®の特徴と血管内挙動
   C 薬剤溶出性ビーズとしてのヘパスフィア®
   D ヘパスフィア®in-vivo での薬理動態
 2-4 カテーテル挿入術
   A シースイントロデューサー挿入
   B 主要血管へのカテーテル挿入
   C 二重管法
   D 通常の二重管法で選択が難しい血管へのカテーテル挿入
   E 直接カテーテルが挿入できない血管に対する血流改変下TACE
   F 尾状葉枝の同定とカテーテル挿入
 2-5 塞栓術支援装置
  2-5-1 CTと血管造影の複合装置(unified CT and angiography system, CT-angio装置)
  2-5-2 コーンビームCT(CBCT)
   A CBCTの撮影手順
   B CBCTの撮影方法
   C TACE支援ソフトウエア
   D CBCT,TACE支援ソフトウエアの性能
   E TACE支援ソフトウエアによるワークフローの改善
 2-6 Lipiodolを用いた化学塞栓療法の手技
   A Lipiodol抗癌剤乳濁液(エマルジョン)の作製
   B 小~中型肝癌に対する超選択的TACE
   C 大型肝癌に対するTACE
   D 非選択的TACE
   E 肝静脈閉塞下TACE
   F バルーン閉塞下TACE(baloon-occluded TACE; B-TACE)
   G ゼラチンスポンジ単独でのTACE
   H Lipiodol TACE施行時の注意点
 2-7 マイクロスフィアを用いた化学塞栓療法の手技
  2-7-1 ディーシービーズ®
   A 術前の画像診断
   B 術前・術中処置
   C ディーシービーズ®の選択・調製と抗癌剤(エピルビシン)含浸
   D ディーシービーズ®と含浸抗癌剤の使用量について
   E ディーシービーズ®の希釈
   F カテーテル挿入
   G ディーシービーズ®の注入と塞栓終了点について
   H 術後管理・画像評価
  2-7-2 ヘパスフィア®
   A 抗癌剤を含浸させないヘパスフィア®の調製法
   B エピルビシン(ドキソルビシン)含浸の調製法
   C シスプラチン含浸の調製法
   D ヘパスフィア®の注入
   E ヘパスフィア®の塞栓エンドポイント
   F 術後管理と術後評価
   G 国内外におけるヘパスフィア®の使用状況

第3章 肝外側副路に対する塞栓術
   A 下横隔動脈
   B 胆嚢動脈
   C 大網枝
   D 腎被膜動脈・副腎動脈
   E 内胸動脈
   F 肋間動脈・肋下動脈・腰動脈
   G 腎・結腸動脈
   H その他の動脈
   I Bare areaに接する腫瘍の特徴

第4章 合併症と対応
   A 塞栓後症候群
   B 肝不全
   C 虚血性合併症
   D 感染性合併症
   E その他の合併症

第5章 治療効果判定
   A TACE後の肝癌の病理学的変化
   B 治療効果判定のための画像診断法
   C 治療効果判定基準

第6章 治療成績と適応
   A TACEの肝癌局所治療効果
   B TACE後の予後(生存率)
   C 合併症
   D 適応

第7章 転移性肝癌に対する肝動脈化学塞栓療法
   A 大腸癌肝転移
   B 神経内分泌腫瘍
   C 悪性黒色腫
   D 消化管間質腫瘍

第8章 TACEの将来展望

索引

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TACEに携わる医療者必読の書
書評者: 荒井 保明 (国立がん研究センター中央病院院長/日本IVR学会理事長)
 あるとき,真冬のベルリンで,肝癌に対する肝動脈化学塞栓療法(TACE)と分子標的治療薬との併用を評価する国際共同治験についての会議があった。席上,TACE界の雄,Prof. Riccardo Lencioniの“肝癌に対する標準的TACEはDEB-TACE(薬剤溶出ビーズによるTACE)だ”という発言に私がかみ付いたため,会議がもめた。結局,最後まで合意に至らず,日本はこの治験に不参加となった。残念ながら,当時,TACEの主流はDEB-TACEであり,議論の主役は常に欧米だったのである。

 しかし,2013年に日韓で行ったc-TACEの臨床試験の結果が公表されると,流れは大きく変わった。同じ年,TACEにおけるLipiodolがわが国で薬事承認され,これに続き,欧米各国でも承認が相次いだ。そして,2015年には彼らによるc-TACEのTechnical Recommendationなる論文が公表されるに至った。今や,かつてDCB-TACEの旗手だった欧米のbig nameたちも“標準的TACEは,c-TACE”と言ってはばからない。まさに,c-TACEが主役となったのである。

 さて,映画のような大逆転劇なのだが,その理由は何であったのか。答えは簡単である。医学の世界が正しいものは正しく,間違いは間違いという「科学の世界」であったからにほかならない。肝癌とその周囲の微細な血管構築や微小血流,そしてLipiodolの挙動に関する膨大な真実が解き明かされていたからである。「科学の世界」では真実こそが勝者であり,c-TACEには真実を語る壮大な叙事詩とも言うべき研究があったからである。この研究をされたのが,松井修 先生とその一門の方々であり,それがまとめられたのが本書である。

 私のような凡人は,ついつい大逆転というストーリー展開に有頂天になってしまうのだが,本書には,そのような浮ついた記述はみじんも見られない。原理から始まり,実際の治療に当たっての細々とした技術が述べられるとともに,何とビーズについても多くのページが割かれている。確かに,われわれ臨床医にとっては,「どちらが良いか」ではなく,「どうすれば最も良い結果が得られるか」が大切なことであり,TACEという治療法の全体像と手技の実際を正しく理解する必要がある。本書は,あくまで科学者として真実を追求し,そして臨床医として治療結果にこだわり続けられる松井修先生の姿勢が貫かれている。

 TACEについて書かれた本は多数あるが,真実を究明する科学的姿勢,臨床に立脚している点で,本書はまさしくバイブルと言える。TACEは最も普及しているIVRの一つではあるが,本書を読まずしてTACEを語るべきではなく,また行うべきでもない。TACEに携わる医療者にとって必読の書である。と同時に,真実の重み,科学の重み,臨床の重み,そして,努力の重みをかみ締めながら読まなければいけない書でもある。
TACEの経験,知恵の集大成
書評者: 堀 信一 (ゲートタワーIGTクリニック院長)
 このたび,日本の肝細胞癌治療をリードし続けてこられた,松井修先生,宮山士朗先生,大須賀慶悟先生,衣袋健司先生が直接筆を執られて,肝動脈化学塞栓療法(TACE)の経験,知恵の集大成ともいえる本が出来上がった。

 TACEを行う際に必要な肝細胞癌の病理的血管解剖は,松井研究室ともいえる金沢大学放射線科の方々により明らかにされ,先生方の豊富な知識が余すことなく記されている。この解剖知識により,Lipiodolがなぜ肝細胞癌の治療に役立つのかの実証研究を可能にし,この治療法の世界的な普及につながった。また,宮山先生という類まれな知性と卓越した技術を持つ医師を得,緻密なTACEの展開によりこの治療の極みが示された。今では同じ治療を専門とする世界中の医師の目標となっている。大須賀先生は,球状塞栓物質の開発当初からの研究者で,TACEが持つ治療法としての可能性をさらに広げるべく研究を続けられている。衣袋先生は,画像診断技術でこの治療を支え続けられている。

 諸先生方の直接のご執筆になる本書は,まさにこの治療を行う医師の実践的指導書であり,治療を行う中での日々の疑問を持つたびに,本書を紐解くことでその解決策を得ることができよう。ぜひ本書を血管造影室に常備し,臨床の現場で開き,診療の質を高めて患者の予後改善に役立てていただきたい。

 本書は肝細胞癌の治療に当たる医師の教科書というだけでなく,執筆の先生方の努力のたまものとしての貴重な文献の集大成であり,これから肝細胞癌の論文を書かれる同輩,後輩は,これ一冊を手元に置けば,ほぼ完璧な参照論文の引用が可能である。論文作成にはいかに信頼のおける論文を参照するかが,その論文の価値を決める要素となる。執筆の先生方の経験,知識と文献検索の努力が後輩の研究者たちにうまく受け継がれていくに違いない。

 松井先生が,TACEの将来展望として記されているように,現在のTACEの技術で肝細胞癌の治療が完成したわけではない。今後のTACEに新たな技術要素が付加され,新規薬剤の導入がなされることで,さらに治療効果の改善が得られるようになると期待される。いつかこの技術により,日本ではウイルス性肝炎撲滅と肝細胞癌終焉の宣言がなされる日が来るかもしれない。そのときには,日本のこの診療技術から得られた成果が,世界中の手本になり,本書がその礎となることを心から願う。また,この治療技術が肝細胞癌にとどまらず,体中の固形がんの治療法として発展することを願いたい。そのためにも本書の学術的,医療的な意味は大きい。

 先生方が,日々の忙しい臨床業務の合間に執筆されたことを思うと,先生方の発刊までのご努力に感服すると同時に,肝細胞癌の治療への貢献に深く感謝申し上げたい。
TACEのバイブルと言える書籍
書評者: 工藤 正俊 (近畿大主任教授・消化器内科学)
 松井修教授はじめ4人の編著者によるTACEの理論と実践を網羅した渾身の一冊が,医学書院より出版された。松井修教授は言うまでもなく,わが国が世界に誇るInterventional Radiologyのリーダーであり,かつ肝細胞癌の精密な血流画像を駆使した肝病態診断の世界的第一人者である。画像診断とIVRの両面において世界のトップリーダーであり続けているということは,診断放射線科医の中でも稀有な存在と思われる。本書はまさにその松井教授を始めとする4人のTACEの専門家により,TACEの歴史から理論,最新の進歩までを漏れなく収めたまさにTACEの集大成の一冊と言える。代表著者の松井教授が序文で詳しく述べられているように,TACEは1978年にわが国において開発された肝細胞癌に対する治療手技である。特にLipiodolを抗癌剤の担体として使用するSelective cTACEあるいはSuperselective cTACEは,わが国発の肝癌に対する根治的,かつ標準的な治療手技である。

 一方,近年欧米を中心に末梢動脈塞栓効果を有するマイクロスフィアに薬剤を含浸させて塞栓物質として用いるDEB-TACEが一般的となり,わが国でも普及し始めている。松井教授らは“DEB-TACEとLipiodol TACEとは全く異なる概念であり,理論的に両者は競合するものではなく相補うものである”と文中でも断言されておられるように,最近では国際学会などにおいて,各種TACEの使い分けについての演題があるたびに議論がかみ合わないことが多々みられる。その背景には,日本と日本以外の国の腫瘍サイズや個数に大きな差異があることのみならず,日本で従来行われてきたLipiodol TACEの基本的な理論や考え方が海外医師には十分に浸透していないことが一因と思われる。このようなことに対して,松井教授は序文の中でも“肝癌に対するTACEが新しい展開を見せる中で,若い世代が,改めてその原点を理解することはTACEの治療成績の向上と合併症の軽減に必須であり,また,今後のさらなるTACEの進歩,向上には重要であろう”と述べられている。まさに言い得て妙の至言である。おそらくは最近のDEB-TACE一辺倒の海外の状況にじくじたる思いを抱かれ,それに日本の若い先生方が振り回されないようにしたい,ということも本書出版の一つの動機であったものと思われる。

 内容は「理論」「手技の実際」「肝外側副路に対する塞栓術」「合併症と対応」「治療効果判定」「治療成績と適応」「転移性肝癌に対するTACE」「TACEの将来展望」という八つのパートに分かれている。なかでも,肝動脈塞栓術に必要な脈管解剖や肝癌の微細血管構造,微小血行動態について詳しく解説がなされている。また,Lipiodol TACEとマイクロスフィアによるTACEの理論と実際についてが特に詳細に記述されていることは,本書が若い先生方にとって大変勉強になる点であると思われる。さらに,実際の手技についても器具からカテーテル挿入術まで,あるいは塞栓支援装置としてのCT-Angio装置やコーンビームCTの解説もこれまでのさまざまな報告を総括する内容で述べられている。またTACEの一般論としての肝外側副路に対する塞栓術は名人芸とも言えるが,TACEを手がける医師にとっては当然に知っておくべき技術が記載されている。

 まさに本書は,日本において開発され発展を遂げたLipiodol TACEの理論的側面およびDEB-TACEの理論と実際をそれぞれの専門家が詳細に記述しているという点で他に類を見ない秀逸なテキストブックである。

 本書を通読してみれば,Single Slice CTHAによって得られた知見やTACEの手技,詳細な病理学的観察に裏打ちされ築き上げられた松井グループの業績が次々と丁寧に解説されていることに気付かされるであろう。このような金沢大学グループの松井修・宮山士朗先生たちが打ち立ててこられたLipiodol TACEの理論と実際に加えて,以前からDEB-TACEに取り組んでこられた大須賀慶悟先生や,解剖学教室で研究を行われたIVR医である衣袋健司先生も編著者として加わられた本書は,山田龍作先生(大阪市立大学名誉教授),打田日出夫先生(元奈良県立医科大学名誉教授),中村仁信先生(大阪大学名誉教授)たちのいわゆる第一世代のTACE創始者の後を次いで大きく発展させた松井教授を始めとする斯界の専門の執筆陣による快挙であり,第三世代の若者たちへの貴重なメッセージ本あるいはバイブルとも言える書籍である。

 現在,DEB-TACEやB-TACEなど多くのモダリティを持ってその使い分けに腐心している第三世代の若者たちにとっては,他では得ることのできない知識をこの本で得ることのできる素晴らしい著作であると考える。ぜひ,じかに手に取って,日常診療やTACEの現場で活用していただきたいと思う。何よりもあらためて本書により,TACEの現状を理解することで今後のTACEのさらなる進歩と,肝癌患者さんの予後の改善に本書は必ず寄与するものと確信する次第である。

 思い返せば,筆者も大学を卒業した1978年より常に松井グループのIVRや画像診断における新しい知見の開発や発見(Slow infusion hepatic angiography,CTHA,CTAP,Corona sign,Superselective TACE,MRI診断,EOB-MRI)に注目をし,勉強させていただいた。そのような身として,松井教授に衷心から尊敬の念を表すとともに,本書に対して最大限の賞賛をお送りしてここに多くの人に推薦したいと思う。さらに欲を言えば,日本だけでなく欧米にもこの素晴らしい著作が英訳されて日本のpresenceを示すことができれば,なお素晴らしいと本気で考えている次第である。

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