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【現代語訳】呉秀三・樫田五郎

精神病者私宅監置の実況


訳・解説:金川 英雄

  • 判型 A5
  • 頁 354
  • 発行 2012年09月
  • 定価 3,024円 (本体2,800円+税8%)
  • ISBN978-4-260-01664-3
近代精神医療の原点、待望の現代語訳
呉秀三は、明治・大正の時代に精神病者監護法で定められていた精神病者の私宅監置義務を廃し、患者が精神病院において医療を受けられるための、新しい法制度を作ろうとした人物である。政治家を動かすために、呉秀三が作成した調査報告書が本書である。日本各地の座敷牢の実態をなまなましい姿で伝える本書は、民俗学、社会学的にも貴重な歴史的資料でもある。90年以上前に作成された旧漢字・カタカナ文による文章を現代語訳し、現代の私たちが難なく読めるようにした。精神科医療関係者や図書館等には、ご購読をお勧めしたい。
序 文
現代語訳者によるまえがき

 九十年前の私宅監置、座敷牢の調査報告書を読み通し、感動したと言ったら変だろうか。
 お堂の奥の部屋で、鍵も掛けずにひっそりと横たわる男性がいる。時折裸で監置室を出て、村人の好意で食料を分け与えてもらう人がいる。市から一日十銭を支給され草鞋〈わらじ〉や...
現代語訳者によるまえがき

 九十年前の私宅監置、座敷牢の調査報告書を読み通し、感動したと言ったら変だろうか。
 お堂の奥の部屋で、鍵も掛けずにひっそりと横たわる男性がいる。時折裸で監置室を出て、村人の好意で食料を分け与えてもらう人がいる。市から一日十銭を支給され草鞋〈わらじ〉や草履〈ぞうり〉を作って生活している親子がいる。兄嫁、長男の嫁が病者を抱え、大家族を切り盛りしている。福祉という考え方はまだ発達していなかったが、救療、慈悲の心で皆が寄り添い助け合っていた姿も見える。
 座敷牢にいた被監置者の中には、精神科病院に入院していた例も多い。そこで改善の見込みはないと告げられ、金銭的負担に耐え切れずに家で引き取ったのだ。家族はあきらめ切れずに神社仏閣に月参り、行者を呼んで憑き物落としと神頼みをするが、それもかなわず無気力になっていく。医療の限界は現代にも通じる問題だ。

 他にも当時の加持祈祷〈かじきとう〉の実際を記録した調査者もいて、関東ではどのお山に人気があったのかがわかる。当時の東京高尾山、千葉正中山法華経寺の救療の姿も描かれている。監置室の中には椀、水盆、藺草〈いぐさ〉等の生活用品や『日本外史』『女学世界』が置かれていることも記載されており、医療ばかりでなく、民俗学的、社会学的な一次資料になっている。
 本書は呉秀三・樫田五郎著による『精神病者私宅監置ノ実況』を現代語訳したものである。この書物は、基本的には日本の特定地域の私宅監置室、精神病者民間施設、同公的施設、未監置精神病者の家庭、という四つのフィールドにおける視察調査、分析の記録だ。
 交通の便も発達していない時代に、精神科医は現地で雇った写真屋を同行させ、山奥まで徒歩、人力車、馬車で分け入った。そこで見た光景に、東京から来た視察者はショックを受けたようだ。監置室の状態に驚きながらも、「七十歳の患者の老母が一人で面倒をみているので、注意取り扱いは行き届かない」と感想が書いてあるものもある。
 私が医学部の学生だった頃の一九七〇年代に、アジアの無医村医療奉仕に何度か参加したことがある。会場となった小学校に、山を越え周囲から泊りがけで集まるたくさんの人々を見た。天井に頭をぶつけそうなマイクロバスの中で、村役場の職員は説明した。この道ができて町まで船で行かなくて済むようになりました、と。どこの無医村にも、穏やかな人々の営みがあった。その風景が私には、本報告にある村々と重なる。

 背景を説明する。原本は、一九一〇年(明治四十三年)から調査が始まり一九一八年(大正七年)にまとめられた私宅監置、通称座敷牢と呼ばれる施設の調査報告書である。大きく分けると二つの版が存在する。
(1)『東京医学会雑誌』に四回にわたって連載されたもの。題名は「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」。第三十二巻第十号から十三号(一九一八年[大正七年]の五月二十日、六月五日、六月二十日、七月五日)に掲載(以下、本書ではこれを「雑誌版」と呼ぶ)。
(2)呉が一九一八年(大正七年)にまとめた冊子。呉が作成したものの他に、内務省が百部を買い上げ配布したものがあるが、現存が確認できているのは後者のみ。その表紙の題名は『精神病者私宅監置ノ実況』。だが、頁をめくると、内務省衛生局の保健衛生調査室による「但し書き」があり、その後「自序」と「目次」があり、始まる本文の題名は「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」と記してある(以下、本書ではこれを「冊子版」と呼ぶ)。

 おそらく(1)(2)の作成は同時進行であったと考えられる。その根拠を挙げる。
 (2)に加えられた「自序」の日付は大正七年六月二十五日で、雑誌版連載終了前であること。雑誌版の症例番号七の地名が冊子版では消されていたり、冊子版の症例番号五十四が五十五になっている誤植が雑誌版で直っていたりする。それらを照らし合わせると、雑誌版の連載が終わってから本にしたのではなく、雑誌版と冊子版の作成は同時進行であり、それぞれの作成時に気付いた誤植等を修正していったと考えるほうが自然だからだ。
 そしてその後、(2)を基にした復刻版が二回出ている。一回目は、呉秀三・樫田五郎『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』(創造出版、一九七三年)。だが、内務省の但し書きはない。二回目は、呉秀三・樫田五郎『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察』(創造出版、二〇〇〇年)。これには秋元波留夫の解説が付いている。やはり内務省の但し書きはない。
 今回筆者がこの本を著すに当たっては、創造出版による復刻版を基にしつつ、(2)をデジタル化した資料である『精神病者私宅監置ノ実況』(近代デジタルライブラリー所収)と雑誌版を適宜参照しながら作業を進めた。

 さて、内務省とは聞き慣れない言葉だが、一九四七年に解体されるまで大きな権限を持つ役所だった。幕末の大久保利通が一八七三年に創設し、その根幹を築いた。製糸業、農業等の産業奨励や警察部門を持っていたため、犯罪捜査の他に思想弾圧をしたことでも知られている。伝染病対策や精神病者対策等も担っていた。厚生省が内務省から独立したのは、一九三八年のことである(その後、二〇〇一年になって労働省と統合されて厚生労働省となった)。
 そのため精神病院を監督指導するのは、長らく警察だった。有効な治療方法のない時代、国内で伝染病患者を探し出し、隔離するのが内務省管轄の警察官の重要な任務だった。そのような背景により、私宅監置も、警察が指示を出し監督していた。だからこの調査は、内務省組織に直接は組み込まれていなかった医療職の呉らが、東京帝国大学医科大学精神病学教室を使って行ったからこそ実現できたものといえる。
 調査を命じられた者はまず地元警察に行く。警察には備え付けの「監置精神病者台帳」があった。中身は警察官の聞き取り記録の他に、家族からの監置申請の書類や、監置室の詳細な仕様書、図面があり、それらを写し取った。細かい調査をせずに、視察した感想だけを書いた者もいた。

 最後に現代語訳に当たり、付記すべき点を挙げる。
一.原本はほとんど改行をされず、古い文書によく見られる文が連なる形をしている。本書はなるべく原本の形を生かすことを意図したが、特に読み進めるのに苦労を伴うような部分に関しては、文意の区切れと思われる箇所で改行をすることにした。また、原文は旧字体の漢字とカタカナで書かれているが、旧字体は新字体に、カタカナはひらがなに書き換えた。
二.原文における尺貫法は、現代の私たちには馴染みがないため、原文表記の下にカッコ書きでメートル法を併記することにした。
三.私宅監置は当時の法律「精神病者監護法」の下にある。読者の理解を助けるであろうと考え、巻末にそれを収載した。呉らのはたらきにより成立した「精神病院法」も併せて収載した。
四.本文で伏せ字になっている地名等で、推量できるものについては、慎重に考慮しつつ注に記すことにした。他の古文書とつながり、新たな研究が進むかもしれないと考えたからだ。実際、場所が特定できたことにより、二つの全く異なる資料が同一人物を指しているとわかった事例もある。
五.原文には差別的用語あるいは表現が出てくる。これらは現代社会においては当然使用されるべきものではない。しかし本書は、民俗学的、社会学的な一次資料でもあることを考え、変更せずに当時の用語をそのまま使用することにした。本書の性格に鑑み、読者の理解を得たい。
六.本書を発行するに当たり、岡田靖雄、小峯和茂、橋本明氏らによる『精神障害者問題資料集成』(六花出版、二〇一一年)をはじめ、諸資料を参考にさせていただいた。そのような先人の功績の上に今回の現代語訳もあることを明記する。
 また蔵書を寄贈してくださった浜田晋氏、協力していただいた人たち、そして見えない手で背中を押してくれた父に感謝します。
目 次
現代語訳者によるまえがき
自序
第一章 緒論
第二章 精神病者私宅監置の実況
 第一節 総説
 第二節 精神病者私宅監置の実例(百五例、写真六十六枚、付図七十個)
  甲 良いもの 八例(第一例~第八例)
  乙 普通なもの 二十七例(第九例~第三十五例)
  丙 不良なもの 三十三例(第三十六例~第六十八例)
  丁 はなはだ不良なもの 二十四例(第六十九例~第九十二例)
  戊 市区町村長の監護扶養または補助を受けるもの 十三例(第九十三例~第百五例)
第三章 未監置精神病者の家庭における実況(十例)(第百六例~第百十五例)
第四章 民間療法の実況
 第一節 総説
 第二節 神社仏閣における処置・水治療及び温泉場の療法
     高尾山・中山・原木・龍爪山・大岩山・定義温泉(写真十四枚、付図二個)
     四例(第百十六例~百十九例)
 第三節 精神病の民間薬並びに迷信薬
 第四節 精神病者輸送法の実況(写真五枚)
第五章 私宅監置の統計的観察(統計十五表)
 第一節 総説
 第二節 男女
 第三節 年齢
 第四節 資産
 第五節 職業
 第六節 監護義務者
 第七節 監置の理由
 第八節 監置の経過
 第九節 監置室
 第十節 被監置者の状態
 第十一節 家族の待遇
 第十二節 医療
 第十三節 精神病の種類
 第十四節 警察官の視察臨検回数
第六章 批判
 第一節 私宅監置に対する批判
 第二節 公立の監置室に対する批判
 第三節 精神病者監護法に対する批判
 第四節 民間療法に対する批判
第七章 意見
第八章 概括及び結論

現代語訳者が挿入したコラムと付録
 コラム
  相馬事件とは
  調査をした人々と各人の視察報告
  修験道と民間信仰
  氏名身元不詳と行き倒れ「行路病者救護所」
  施設のその後
  精神科の民間薬
  監置の手順
  病院へ転換した民間施設、そして代用精神病院
  「精神病者監護法」と「精神病院法」
 付録
  精神病者監護法
  精神病院法

【読者へ】 目次中、「*」印がついた項目および細ゴシック体(本サイトでは小さい文字)の症例数等は、目次としての使いやすさを考えて、現代語訳者の判断で加えたものである。また、原書には目次と本文中の見出しとに不一致があったが、この現代語訳の目次は基本的に本文の見出しにそろえることにした。