はじめに
コーダというのは、聞こえない親を持つ聞こえる子どもたちのことである。一九八〇年代のアメリカで、「Children Of Deaf Adults」の頭をとって「CODA」という造語がつくられたのが始まりだ。コーダは、聞こえない親に育てられることを通して、聞こえない人の文化である「ろう文化Deaf Culture」を受け継いでいる。
私がそんなコーダの人に初めてインタビューしたのは、今から一〇年ほど前のことだ。知人の手話通訳者の紹介で、顔も知らない方と、関東郊外の駅の改札口で待ち合わせた。私を待っていてくれたのは、五十代ぐらいのおばさんコーダだった。まだ二十代前半だった私は緊張していた。
「初対面の方に、家族のことなんて、どこまで訊いていいんだろう? 他人の家庭に土足で入るような真似をしてしまうんじゃないだろうか」
その方は、きっと私の戸惑いをすぐに見抜かれたのだと思う。娘のような年齢の私をかなり気遣って、私がおずおずと尋ねる質問に、いろいろなエピソードを話してくれた。
「主人がね、『おもしろいね』って言うのよ。『結婚して一五年ぐらいは、夜寝ているときも手が動いてたよ』って。自分では気づかないんだけどね、やっぱり寝言が手話になっているみたい」
話を聞きながら、私は不思議な気分だった。手話を使うろう者やコーダについては、本やビデオでも事前にかなり調べていたから、聞こえない親を持つ聞こえるコーダのなかには、手話を第一言語とする人がいるのも知っていた。でも、まさか、目の前のこのおばさんがそうだとは。その流暢な日本語を聞いている限り、おばさんの頭の中の思考言語が手話だとは、ちょっと考えつかない。こちらの当惑を知ってか知らずか、おばさんは大きめの体をゆすって笑った。
その後、さまざまなコーダに会った経験を交えて言えば、聞こえない親を持っているからといって、すべてのコーダが手話を第一言語としているわけではない。「自分は手話が苦手」というコーダも少なくない。しかし、それでもコーダの多くは、親との関わりのなかで、手話と日本語の両方を使っている。自分では「手話ができない」というコーダでも、親の手話をある程度読み取り、自分も、表情や口の形、うなずきなどを使って、視覚的にやりとりする方法を身につけている。
そういう意味で、やはりコーダは、視覚言語と音声言語、そして視覚重視の「ろう文化」と音声にもとづいた「聴文化」のあいだを行き来する、バイカルチュラルな存在である。この本では、そんなコーダの語りから見えてくる、異文化間ギャップに焦点を当てたい。
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コーダの話から浮かび上がってくるのは、「ろう文化」を身につけた人の感覚、そして、聞こえる私たちがあまりにも自明視している「聴文化」の姿形である。
多くの人は、音声言語を使うやりとりの方法をあたりまえに思っているが、それは決して自然なものでも普遍的なものでもない。それもまた、適切とされる目の使い方や声の使い方、言い回しなど、細かいルールが共有されることによって成り立っている、一つの文化のあり方である。そのことを意識しながら、この本の中では、音声言語を使う聞こえる人たちの文化を「聴文化」、その文化を身につけている聞こえる人を「聴者」と呼ぶことにする。
そしてもう一つ、この本では、コーダと聞こえない親の親子関係を、コーダやその親の目線も入れて描くことをめざしたい。
世間では特別視されることが多いが、コーダと親は、聞こえる/聞こえないの違いはあっても、ごく普通の親子である。たしかに、聞こえる/聞こえないの違いは、一つの現実的な条件として、その家族のあり方を形作っている。しかしそれは、親が聞こえないことを、すぐ「苦労」とか「大変」と結びつける世間の見方ともずれている。コーダや親が、親子の愛情や葛藤やさまざまな思いを込めて家族の話をするとき、そこに子どもが聞こえて親が聞こえないという背景がさまざまに織り込まれてくるといったほうが、しっくりくると思う。本の中では、そのあたりを丁寧に書くように心がけた。
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この本の内容の大部分は、私が今までにおこなったフィールドワークをもとに書かれている。私は、二〇〇〇年から二〇〇五年のあいだに、日本国内のいくつかの手話教室、手話サークル、手話通訳養成講座、手話関連の講演会に通い、ろう者や手話に関わる背景の把握に努めた。そして今までに、三八人のコーダ、一三人の聞こえないお母さんにコーダ調査として話を聴いている。
二〇〇六年には四四の質問からなるアンケート調査をおこない、四〇人のコーダから回答を得た。コーダの集まりである「コーダの会」には二〇〇〇年から何度か参加させてもらっているが、二〇〇八年度からは二か月に一度ぐらいのペースで、この本の執筆のために一緒に案を出し合う集まりを開いてもらった。そのほか、コーダや子育て中のろう者のお宅に伺ったり、ろう者が子連れで集まる企画に参加させてもらったりといった調査もしている。
さらに、もはや調査というよりは友人として、コーダと、そして、子育て中のろうのお父さんやお母さんといろいろな話をしてきたことはとても大きい。そうした個人的なつきあいから得た知見は、さまざまな形でこの本の中に生きている。
もちろん、私の調査に協力してくれたコーダやろう者たちは、日本全体で見ればごく一部の人であり、その体験がすべてのコーダやろうの親に当てはまるとは限らない。この本の中でもふれているように、コーダやその親の体験や意識は、時代や地域、家族構成やコミュニケーション方法、個人の性格や時期によってもさまざまである。
また、コーダの語りは、子どものころの体験を振り返ってどう解釈するかということと関わってくるため、同じ人が、いろいろな経験を積むなかで物の見方を変え、話の仕方が変わってくることもよく起きている。たとえば、私の友人のコーダは、初めて会ったときには大学一年生だったが、その後の九年間の月日のなかで、就職し、ろう者と結婚し、お母さんを亡くされた。私は、彼女の大学時代、バリバリ働いた時代、結婚式、結婚後仕事を変えてから……を知っているが、そのつど、彼女の語りは形を変えている。それはコーダの年齢によって変わっていく親の語りについても、当てはまることである。さらには、インタビューをする私との人間関係が濃くなるにつれても、相手の方の出す話や深さは変わる。
そのような意味で、この本の記述は、実に多様で変化に富んだコーダとその親のある一面しか描けていないという限界がある。そのことについては、あらかじめおことわりしておきたいと思う。
金融危機以降、日本社会においてもさまざまな厳しさが実感されるようになってきているが、今までも決して恵まれた状況にあったとはいえないろう者とコーダの家庭を見ていくことは、人と人との相互行為のなかにも困難を小さくするさまざまな機会があること、逆境にもめげないたくましさやユーモアが現に存在してきたことに気づかせてくれる。
この本を通して、読者の皆さんが、手話の文化と音声の文化の違いを楽しみ、コーダや聞こえない親の気持ちに寄り添ってくださったら幸いである。