臨床実践のための看護倫理
倫理的意思決定へのアプローチ

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ナースが日々臨床現場で遭遇する倫理的ジレンマ。一筋縄ではいかないこの倫理的課題に対し、本書ではハステッドの倫理的意思決定モデルを体系だてて解説するとともに、事例を通して具体的な意思決定過程を提示。倫理的背景が複雑化しつつある昨今、ナースにとってまたとない倫理学指南書。
グラディス L. ハステッド / ジェームス H. ハステッド
監訳 藤村 龍子 / 樽井 正義
発行 2009年07月判型:A5頁:472
ISBN 978-4-260-00015-4
定価 4,180円 (本体3,800円+税)
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監訳者 序

 高度医療技術や再生医療の発達,医療管理システムの偏在化や医療資源活用の不平等,価値観の多様化に伴い,“善い医療の価値”が問われる時代になってきました。近年ほど,医療者にとって「生命倫理」,「看護倫理」の教育の必要性が求められていることはないでしょう。国際看護師協会(ICN)では,看護実践の倫理を専門職に求められる重要な要素として位置づけており,「ICN看護師の倫理綱領」は世界の看護師の行動指針として幅広く活用されてきました。
 看護実践者は,専門職としての目的と責務を遂行するために,看護ケアを受ける人々の生命と尊厳を尊重し,より良いケア,適切で公正なケアを行えるよう,自律性を重んじています。「ICN看護師の倫理綱領」の責任編集に取り組まれてきたサラ T. フライ氏は,倫理教育の目標を「倫理的意思決定を行う技能があり,道徳的責任のもてる専門職者を育成すること」と提唱しています。医療者自身の“患者の立場を擁護する”“患者の意思決定を支える”力が問われている今,医療者は負の事象のなかでの倫理的ジレンマに対して向かい合いながら,専門的なケアを求めている人々の福利を保証する看護実践能力を備えなければなりません。最近では,患者中心の医療のためにチーム医療に携わる者が共に意思決定を行うシェアード・ディシジョン・メイキング(shared decision making,協働的意思決定)という流れに変わってきています。こうした環境において,医療者が役割や責任を協働して解決する力を学ぶことのできる指針となる書が求められているといえるでしょう。
 本書の著者であるグラディス L. ハステッド,ジェームス H. ハステッドは,「看護師が自分の倫理的意思決定と行為を選択し,正当化できるような指針」となるよう,本書を出版しました。「ハステッドの倫理的意思決定モデル」は,臨床実践現場における看護師や看護管理者,研究者,臨床実習指導者,看護基礎教育課程や大学院教育に携わっている看護教育者,看護学生・大学院生,さらには医療チームによる学際的な倫理的問題解決に取り組む多職種の人々に有効に活用していただけるものと思います。
 本書では,倫理的葛藤場面において“行為を決定”する際の基本となる「行為規範」を提供しています。さらに,複雑な医療の現場のなかで,状況を理解し,効果的な問題解決を行うためのコンテキストを熟知する基盤を培うこともできるでしょう。倫理思想家カントやミルによる倫理の原則を紐解きながら,看護倫理を議論する著書としても大変有益な資料と考えます。
 なお,ハステッドの意思決定モデルでは,看護師の意思のあり方を超えて行為までも包含した広い概念を扱っているため,本書の文中では“decision making”について一般的に使われている“意思決定”という訳語を使わず,敢えて“決定”という語を採用しています。
 本書が看護倫理の教育に広く使われ,看護師の倫理的意思決定能力の向上に少しでも貢献できれば,訳者として望外の幸せです。

 2009年5月 若葉萌ゆるころ
 藤村龍子

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監訳者 序
本書を読まれる方へ──患者との合意,コンテキスト,そして行為規範
謝辞
まえがき

第1部 倫理的決定モデルを構成する要素
 第1章 倫理学史の批判
 第2章 徳とその価値
 第3章 決定の第一段階
 第4章 看護師・患者合意
 第5章 現代の生命倫理の行為規範
 第6章 諸理論と行為規範
 第7章 倫理的コンテキスト
 第8章 コンテキストと倫理的行為
 第9章 生命倫理の行為規範の間の明らかな対立
 第10章 行為規範と合意

第2部 生命倫理と個人の自律の本性
 第11章 倫理的知識の要素をなす人間の本性の諸側面
 第12章 欲求と倫理的コンテキスト
 第13章 倫理的決定における理性の役割
 第14章 あらゆる行為の前提条件としての生命
 第15章 目的の役割─倫理的行為の目標
 第16章 行為能力の役割─倫理的行為の本性
 第1部・第2部の補遺

第3部 ケーススタディ
 第17章 ジレンマの解決

エピローグ
用語解説
文献

索引

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“人間関係のアート”としての看護を6つの行動規範から学ぶ (雑誌『看護教育』より)
書評者: 添田 英津子 (慶應義塾大学病院看護医療学部)
 グラディス・ハステッドは,イタリア人女性であり,ジェームスはその夫君である。このハステッドの倫理的決定モデルは,世界の移植医療の中心地,米国ピッツバーグで生まれた。本書謝辞にあるN.761とN.485は,ハステッド夫妻が教鞭をとったデュケイン大学看護学部大学院のコース番号である。私事で恐縮だが,同大学在学中にこれらのコースを取り,このモデルを学習したことは,帰国後移植コーディネーターとして活動する大きな支えとなっている。

 ハステッドが提唱する「合理尊重倫理(Symphonology)」の語源“Symphonia”は,ギリシャ語で合意(Agreement)」であるという。医療現場には,「患者と看護師」や「患者と医師」などの間でそれぞれの合意が存在し,それらの同意が交響曲のように音を作り上げているだと想像していただければわかりやすいであろう。またハステッドは,看護を「人間関係のアートです」と言い,「看護師はひとりよがりな行為や自分のための行為をしてはなりません。正しい行為には,患者の視点の尊重が求められます。自分とは異なる論理的な見解に寛容でなければなりません」と説明している。医療現場で患者・家族・他職種の方と共に美しい交響曲を奏でるために最も大切で基本的な考え方なのであろう。この倫理的決定モデルは,「患者と看護師」の間にある「合意事項」を出発点としており,この合意を満たすためには6項目の生命倫理の行為規範を必要条件として挙げている。看護師は,おのおのの行為規範を患者のコンテキスト(文脈,前後関係,状況や背景)に照らし合わせて倫理的決定をすることができるというものである。

 本書には,さまざまなジレンマが紹介されており,6項目の行為規範により説明されている。それぞれのジレンマが学習目標のもとに患者の架空の固有名詞を用いて特徴づけて設定されているため,例えば「サリーのジレンマ」というように学習者に印象に残る。このことにより,大学や大学院での長期のコース学習でも,学習が進んださまざまな段階で過去に学習したジレンマを想起することが可能になるため,ダイナミックに学習を進めることができる。さまざまなジレンマと遭遇しながらも,患者さんのコンテキストに6項目の行為規範を照らしあわすことによって理由付けができ倫理的決定をすることができる。うまくいくときもあるがそうでないこともある。人間関係のアートは難しいのである。

 しかし,患者と家族と移植のメンバーと美しい交響曲を奏でるために「合意」を出発点として倫理的決定した過程は,どのケースにおいても賜物となる。多くにこのモデルを知っていただきたい。

(『看護教育』2011年1月号掲載)
認識と状況のコンテキストを織り込んだ倫理的決定 (雑誌『看護管理』より)
書評者: 原田 博子 (九州大学医学研究院保健学部門准教授)
◆ハステッド倫理的決定モデルを適用

 筆者は,長く看護管理者を務めましたが,「倫理」というと正直,苦手意識がありました。それは,臨床で悩んだ経験がずいぶんあるからです。

 1986年に私は,新設の脳神経外科病棟で初めて看護師長になりました。あるとき,「患者は脳死状態である」という担当医の説明場面に同席していました。医師から説明があると同時に,ご家族は私に向かって「師長さん,それならば呼吸器を外してもらったほうがいいでしょうか」と言われたのです。私はそのとき,師長という役割の重大さに打ちのめされ,「人の命とは,生きるとは何だろう。患者さんにとってよいこと,ご家族にとっては何がよいことなのか」と自問し続けました。後に,その答えを求めて哲学を学ぶことになりました。さらに,看護部長として,例えば,倫理的ジレンマ事例を各病棟から出してもらうと,そのほとんどが患者の行動制限のことになってしまう,カンファレンスしようにもどのように進めていいのかわからない,たとえ進められたとしても,その決定が正当なのかどうかが誰もわからない……。

 本書は,そのような問題をハステッド倫理的決定モデル(以下,モデル)の適用によって,コンテキストに合致した倫理的決定ができる指針を示しています。

 モデルではまず,看護師と患者との合意が,看護師の倫理的決定への第一歩とされ,それが倫理的決定を正当づけることを再確認させてくれます。

 次に,6つの行為規範「自律」「自由」「プライバシー」「忠実」「善行」「誠実」が基本におかれており,看護師が倫理的ジレンマに陥ったとき,自分なりの答えに行き着くために有用です。なかでも,患者の個性を受け入れる「自律」の大切さが示され,単なる勘や経験則を頼りに複雑なジレンマを解決しようとするのは許しがたい誤りであるとし,モデルの適用を強調しています。

 次に重要なこととして,効果的な倫理的決定をするには,認識のコンテキストに状況のコンテキストを織り込むことが挙げられています。認識のコンテキストは物事の知識であり,状況のコンテキストはジレンマを感じたときの具体的な状況です。この2つがあって初めてジレンマを感じた事例が鮮明になり,倫理的決定が正当づけられるのです。ここで取り上げられた事例は,じつはこれまで自らも体験し悩まされた事例と根本は同じであることを教えてくれます。さらに,60近くある事例ごとに,モデルにもとづいて丁寧に検討されているため,倫理的決定への理解を深めることができます。

◆倫理的ジレンマから問われる看護

 ジレンマとして取り上げられた事例以外にも,ビートルズなど身近に感じるものからアリストテレス以後のさまざまな分野の理論が織り交ぜられ,読者をいつの間にか深いレベルの倫理的思考へと誘ってくれます。さらに,監訳者による「本書を読まれる方へ」は,モデルの理解を助けてくれる内容となっており,また参考文献に邦訳文献が掲載されているので,今後の学びへ展開できる助けとなります。

 さらに,看護とは何かを問われる部分が随所にあり,看護学生や新人看護師にぜひ読んでもらいたいと思います。私自身も教育現場に移り,いままで経験した倫理的ジレンマをもう一度このモデルにもとづいて見直してみようと考えています。

(『看護管理』2010年10月号掲載)

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