はじめに
井上 智子
かつて「症状看護」という言葉があり,多くの書物があった.“痛み”を訴える患者にはこの方法を,“不眠”にはこれが効くなど,それまでに看護が培い蓄積したさまざまな実践的知識を網羅したもので,学生も臨床看護師も実に重宝した.現在では「対症看護」という用語が,その趣旨を受け継いでいる.
その後,看護計画,看護過程の時代となり,アセスメントの重要性が強調され,「看護は観察で始まる」ことが,改めて思い起こされた.症状は心身の不調を表し,病態の産物であり,治療や看護ケアの効果を反映するものであるから,まずは観察によって情報を収集することで看護活動は開始される,との位置づけである.ひとつの症状にひとつのケアを,効果がなければ次の方法をという時代は去り,症状は情報としての重要さを増した.
しかし症状は元来,心身に生じた異変の生体への警戒警報としての役割を持つため,多くは不快な感覚,苦悩,そして苦痛を伴う.苦痛や症状を訴える人々を前にして,何とかしてあげたい,何ができるかという思いは,症状看護の時代から脈々と息づく看護の思いの重要な発露でもあった.
本書は,症状にまつわるこれまでの看護の蓄積,そして病む人,苦痛をもつ人への看護の思いをその基盤に,さらに看護過程・看護診断の考え方,これまでの成果を活用した構成を意図した.すなわち症状を発端とした,症状から始める質の高い看護ケアの構築の試みである.
そのしくみは,こうである.
まず“発熱”“頭痛”などの症状そのものが起こるしくみを,基本的な生理学,病態学,心理学など関連諸学問も駆使し,なぜ異常値が生じるのか,その意味するものについて解説している.その後,それぞれの症状アセスメントの根拠と方法が述べられ,さらに症状アセスメントから導かれ,予測される「看護問題(看護診断)」が並ぶ.抽出された看護診断は,それぞれ看護目標,ケアプランへと続いていくが,特にケアプランには症状を軽減・消失させるための具体的方法,リスク対策,予防策までもが含まれている.
看護診断の一連の流れの中では,症状はこれまで(診断)指標として位置づけられることが多かった.しかし,症状をその連鎖の最初に位置づけ,スポットライトを当てると,さまざまなものが見えてくる.ひとつの症状がいかに多くの看護診断を導き出す可能性が高いか,症状に看護診断の考え方を用いることで,具体的看護ケアの選択肢がいかに増えるか,そして症状そのものを予防すること,症状が引き起こす連鎖をいかに断ち切るかなど,「症状看護」への思いはそのままに,因果律や循環性の中で症状を手がかりとしたトータルで先を見通したケア構築が可能となったのである.もちろん本書の利用方法は,一様ではない.編者や著者の思いを超えて活用されることを切に願う次第である.
最後に,担当編集者戸島敬一氏をはじめ医学書院の皆さまに大変お世話になった.著者を代表して厚くお礼を申し上げたい.
2007年4月