移動と歩行
生命とリハビリテーションの根源となるミクロ・マクロ的視座から

もっと見る

細胞生物学、生命倫理、霊長類研究、人間発達学、運動生理学、運動学など、多彩な基礎的知見から“移動”の概念を再考するほか、日常生活活動(ADL)や福祉用具を含めた環境整備の視点で対象者の“移動”を捉え直す。また、代表的なリハビリテーションの対象疾患者について、“移動圏”の概念を基軸として、横断的に考察する。“移動”に関連する学際的知見を、第一線で活躍する執筆陣が書き下ろした“唯一無二”の書!
編集 奈良 勲 / 高橋 哲也 / 淺井 仁 / 森山 英樹
発行 2020年01月判型:B5頁:344
ISBN 978-4-260-04080-8
定価 5,500円 (本体5,000円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く



 宿命的にヒト・人・人間は胎内から産まれて地上の重力に曝されるが,当初は姿勢を保持することは不可能であり,次第に重力に抗して移動・歩行(locomotion,walking,gait,ambulation)に至る.しかし,負傷,疾患,加齢などによって再び重力下での移動が困難になる運命にある.
 人類は四足移動から二足移動へと進化する過程で大脳が発達し,移動から解放された上肢を駆使して器用に種々の道具を創り,火を使って他の動物よりも便宜な生活様式を築いてきた.そのなかで,移動は生活の基盤になる最も重要な機能である.よって,何らかの理由で誕生時点もしくは生涯の途中に歩行機能不全が生じれば,生活自体に大きな支障をきたすことになる.
 そこで,移動を可能にするための医学的および社会的リハビリテーションの手段として身体構造および心身機能の回復・改善をはかるために,内科的,外科的介入のほかに理学療法・作業療法などの介入による自然界と社会的環境への適応・再適応が必要となる.さらに,その過程において歩行・生活補助手段としての義肢装具,福祉用具,人工知能を駆使したロボット,バリアフリーを含む補助器機や生活環境制御などの側面から対象者の容態に応じた対策を講じることが求められる.そして,最終的には対象者の生活上のニーズに応じて,目的としての医学的ハビリテーション(適合・適応)・リハビリテーション(再適合・再適応),あるいは社会的ハビリテーション・リハビリテーション活動を通じた社会参加を支援することを目指す.つまり,前者は治療的および環境的因子を整備する手段であり,後者は対象者の生活権を担保することを目的とする.
 上記のことから,歩行を含む移動に関連した研究は隣接学際領域において実践され,論文や書籍として公表され蓄積されている.そのような状況下において,本書の企画趣旨は,人の適応と再適応活動に応用できる鍵となる内容の書籍を発刊することである.通常,歩行に関連した隣接学際領域は,解剖学,生理学,運動学,運動生理学,生体工学など多岐にわたる.しかし,生活補助手段の側面からは,人間工学,情報工学,行動学,文化人類学などの幅広い知識が必要である.さらに,疼痛は生体機能の変調を警告する徴候でもある.そのなかで放散痛・関連痛は,いわゆる疼痛の移動ともいえるため,対象疾患を問わずリハビリテーション関連専門職は理解しておくことが求められる.
 上記した側面を認識したうえで,本書では,「移動と歩行―生命とリハビリテーションの根源となるミクロ・マクロ的視座から」として,生物学的細胞水準をミクロ的,地球・社会環境のなかで暮らす代表的な疾患者の移動圏(行動圏)をマクロ的にとらえて包括的に記述した.なお,本書では引用,法律用語を除き「障害」「障害者」との用語の使用を控えたことを付記しておく.

 2019年12月
 編者代表
 奈良 勲

開く

序章 生命の根源となるミクロマクロ的“移動”の概念
  はじめに
  1 生命の根源としての“移動”の概念
  2 地球とその自然環境
  3 社会生活における“移動”
  4 生命の機序としての“移動”
  5 動植物の“移動”
  6 恒常性順応性の維持機能と自然治癒力
  7 “移動”を妨げる疼痛
  8 治療原則としての“移動”の概念
  9 国際生活機能分類に準じて対象者を丸ごと観看診る
  10 ハビリテーションとリハビリテーションにおける“移動”の概念
  おわりに

第1章 移動に関連する基礎的概要
 1 生命機能と細胞
  はじめに
  1 細胞の多様性
  2 細胞の基本構造と機能
  3 各器官における“移動”と恒常性の維持
  おわりに
 2 医療分野における生命倫理学の変遷
  はじめに
  1 生命倫理の基本原則
  2 自己決定権
  3 コンピテンス評価と判断能力
  4 対象者の希望(hope)と必要性(need)の狭間で
  5 臨床研究と被験者保護
  6 死にゆく人への支援と尊厳死
  おわりに
 3 霊長類の進化と移動
  はじめに
  1 霊長類
  2 ヒトが他の真猿類と共有する形質
  3 ヒトが他の真猿類と異なる形質
  4 直立歩行の起源と進化
  5 二足歩行にかかわるヒトの身体形質
  6 霊長類のロコモーションの経済性
  7 ヒトの多様性
  おわりに
 4 人間発達と移動
  はじめに
  1 乳児期~学童期までの人間発達
  2 高齢期における発達と移動
  おわりに
 5 運動生理学的観点からみた移動
  はじめに
  1 呼吸器系
  2 循環器系
  3 身体活動の運動生理学的指標
  4 高齢者の体力増進と維持
  おわりに
 6 姿勢制御と移動
  はじめに
  1 姿勢制御と感覚情報
  2 自由浮遊時の姿勢
  3 無重力環境下で足部を固定したときの姿勢
  4 無重力環境下での運動時の姿勢制御
  5 歩行
  おわりに
 7 運動学的観点からみた移動
  はじめに
  1 骨格
  2 骨格筋
  3 筋と骨の連携
  4 歩行
  5 加齢による運動器の変化
  6 老化に伴う移動機能生活機能の変容
  7 社会生活における移動
  おわりに
 コラム 地域老年看護の課題と展望

第2章 環境因子と個人因子に基づく移動圏
 1 日常生活活動における移動
  はじめに
  1 ADLの概念
  2 ADLの分類
  3 活動と移動圏
  4 ADLの評価
  5 起居移動動作を制限する因子
  6 起居移動への医学的リハビリテーション
 2 福祉用具および環境と移動
  はじめに
  1 病院および住居における移動と福祉用具
  2 福祉用具の利用に関する視点
  3 病院における活動評価尺度
  4 在宅における活動評価尺度
  5 移動環境に関する法制度
  6 安全な移動のための環境整備
  7 移動圏を拡大させた事例(頸髄損傷者の海外旅行)
  おわりに

第3章 代表的な疾患者の移動形態と移動圏
 1 骨関節疾患者の移動
  はじめに
  1 骨関節疾患者の移動形態
  2 骨関節疾患者の移動評価
  3 骨関節疾患者の移動向上への介入
  4 骨関節疾患者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 2 脳卒中片麻痺者の移動
  はじめに
  1 脳卒中片麻痺者の移動形態
  2 脳卒中片麻痺者の生活空間の狭小化
  3 脳卒中片麻痺者の移動圏拡大に向けた症例
  4 脳卒中片麻痺者の移動向上への介入
  おわりに
 3 Parkinson病者の移動
  はじめに
  1 Parkinson病者の移動形態
  2 Parkinson病者の移動評価
  3 Parkinson病者の移動向上への介入
  4 Parkinson病者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 4 呼吸疾患者の移動
  はじめに
  1 呼吸疾患(COPD)者の移動形態
  2 呼吸疾患(COPD)者の移動評価
  3 呼吸疾患(COPD)者の移動向上への介入
  4 呼吸疾患(COPD)者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 5 心臓疾患者の移動
  はじめに
  1 心臓疾患者の移動形態
  2 心臓疾患者の移動評価
  3 心臓疾患者の移動向上への介入
  4 心臓疾患者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 6 糖尿病者の移動
  はじめに
  1 糖尿病者の移動形態
  2 糖尿病者の移動評価
  3 糖尿病者の移動向上への介入
  4 糖尿病者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 7 脊髄損傷者の移動―補助ロボットの活用
  はじめに
  1 脊髄損傷者の移動形態
  2 脊髄損傷者の移動評価
  3 脊髄損傷者の移動向上への介入
  4 脊髄損傷者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 8 切断者の移動
  はじめに
  1 下肢切断者の移動形態と評価
  2 下肢切断者の移動向上への介入
  3 切断者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 9 脳性麻痺者の移動
  はじめに
  1 脳性麻痺者の移動形態
  2 脳性麻痺者の移動評価
  3 脳性麻痺者の移動能力向上への介入
  4 脳性麻痺者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに
 10 精神疾患者の移動
  はじめに
  1 精神疾患者の主な移動形態
  2 精神疾患者の主な移動評価
  3 精神疾患者の移動向上への介入
  4 精神疾患者の移動圏拡大に向けた症例
  おわりに

索引

開く

広い視点から「移動」をとらえた,かつてない一冊!
書評者: 影近 謙治 (富山県リハビリテーション病院・こども支援センター)
 本書の「移動と歩行」との題名から,歩行機能不全に対するリハビリテーション医療のアプローチに関する内容を想像して読んでみた。ところが,本書は“移動”の概念について単に物理的移動を意味するのではなく,「移動と歩行」の終局的課題を社会参加に視点を置いたものであった。これまで歩行に関する書籍はたくさん上梓されているが,その多くは疾患別に歩行分析・歩行練習法を紹介するものであった。本書は従来の歩行分析・評価や疾患別の歩行機能不全に対する医学的リハビリテーション関連の著書とは異なり,人間の移動の根源と本質をその生命に発し,行動圏の拡大をキーポイントとして社会的リハビリテーションを含む広い視座からとらえており,従来,存在しなかった斬新な書籍である。

 編集者らは,“移動”という現象を細胞・組織・器官などの総合システムとしてとらえ,個人の「移動圏」を定義している。「移動圏」とは(1)病院内,(2)外来通院,(3)市町村内,(4)市町村内~県内,(5)市町村内~国内,(6)海外への移動の6段階に分類したものである。また,生活範囲の拡大とその移動手段について,各疾患別の移動圏の拡大が人間らしい社会参加には欠かせないと考察し,代表疾患別に各ステージにおけるリハビリテーションのアプローチをわかりやすく解説している。

 本書は3つの章で構成されている。第1章では,生物学,運動生理学,霊長類の進化,人間発達などの基礎医学的知識の確認から始まっており,長く忘れかけていた点を想起できた。初学者にとっても理解しやすく解説されている。第2章では,個々の疾患者の日常生活活動における移動に関する評価や制限因子,社会的リハビリテーションと関連して福祉用具の利用や環境整備の対処法について詳細に解説されている。第3章では,疾患別の歩行を含めた移動能力の向上策や治療を移動圏別に分類して,具体的に記述している点が特徴である。さらに,リハビリテーションの対象は,「臓器や器官ではなく,それに罹患した人間」であり,各疾患別移動圏の拡大が人間らしい社会参加につながることが強調されている。

 在院日数が短縮されて急性期・回復期・生活期と称する分業化が進む中,私はリハビリテーション科専門医の1人として,対象者のライフステージにわたる生活を総体的に考慮する機会が少ない現状を切実な課題であると実感している。そのようなとき,本書は基礎医学を含め,“移動”の概念をミクロ・マクロ的に再考することの重要性を提言していると思えた。また,初学者にとっても,歩くこと自体の意味について単に運動学的な動作ではなく,生活としてとらえることが肝要であることを再認識した。

 リハビリテーション医療は,対象者自身が自己決定し,己の人生を選択し,開発していく“移動”を支援することであるとの考え方が根底にあることには大いに共感する。今後,ますます「地域包括システム」が推進される現実を直視すると,保健,医療,福祉領域の関連職者に求められる姿勢はより総合科学的なものとなるであろう。よって,本書の企画意図は,“移動”の概念を細胞から地球・宇宙にわたるミクロ・マクロ的視座からとらえ,生命とリハビリテーションとを見つめ直す機会を提供していることから,全ての関係者にとって一読する価値ある書籍であると考える。
2020年,PT・OTの新カリキュラムの根幹となる実践書
書評者: 橋元 隆 (九州栄養福祉大教授・理学療法学)
 これまで歩行に関する専門書は,数多く出版されている。しかし,それらの多くは歩行分析や異常歩行に関するもので運動学や動作学的観点で書かれたものである。本書のタイトルは『移動と歩行―生命とリハビリテーションの根源となるミクロ・マクロ的視座から』とされている。

 表紙のデザインは筆頭編集者の奈良勲氏らしい地球に生息する種々の動物をはじめ,人間の移動形態や宇宙天体の移動などが描かれ,まさしく本書の概念を表すべく生命体の存在の根源をミクロ・マクロ的に包含している。

 「序章」には奈良哲学ともいえるメッセージが記述され,第1章,第2章はその関係性を保って時空・もの・生命の流れを含む“移動”の概念と理念(倫理)が記述され,第3章は代表的な疾患者の移動形態と移動圏が時系列的に解説されている。

 特に,第3章の代表的な疾患者の移動軸として,(1)病院内,(2)外来通院,(3)市町村内,(4)市町村内~県内,(5)市町村内~国内,(6)海外への移動と6段階に分類され,移動向上への介入,移動圏拡大に向けた症例紹介は斬新である。この分類の中に家庭内移動は含まれていないが,「第2章 環境因子と個人因子に基づく移動圏」で,住居内の移動に利用する福祉用具,さらには移動環境とバリアフリー整備に関する法制度および安全な移動のための環境整備としてまとめてある。

 臨床現場でたびたび遭遇する事例として,「私は再度歩けるようになりますか?」との問いかけに対して,「リハビリ頑張りましょう」と回答することが多々ある。対象者が頑張れば歩けるようになるのか? 対象者の「歩ける」は病前のような実用歩行であるにもかかわらず,担当セラピストは「上手に歩けるようになりましたねえ」と励まし,褒めたとしても対象者は満足するのだろうか?

 このような悩みを第1章「2 医療分野における生命倫理学の変遷」で解き明かしてくれている。この項の「はじめに」には,「臨床においては対象者の気持ちと治療者側の意向が合わないことも多い。インフォームド・コンセント(informed consent;IC)という用語は定着してきたが,その本質的な意味が理解されないまま,対象者の考えが医療者側へ届かないことも少なくはない。時代は,対象者の意向を尊重して治療方針を定めてゆく方向に大きく舵を切っており,その背景と考え方を学ぶことが重要となる。その意味で,生命倫理を学ぶことは治療を進めるうえで私たちの道標となってくれるであろう」と記述されている。また,「おわりに」の項には「医療人が生物学的な狭い範疇にとどまることなく,社会学的な視点をもって治療に生かし,学問的にも取り組む時期にきていることを自覚する必要がある」との記述もある。

 本書は,2020年から実施される理学療法士作業療法士学校養成施設指定規則改正に伴うカリキュラムの根幹をなす書の1つであると考える。教員・学生はもとより,臨床家として新人を指導する中堅や管理職者などに求められる幅広い層に対して「移動と歩行」についてICFの共通言語をもとに,IADLからQOL,社会参加への実践書として世界観を触発してくれると確信する。

 なお,この書評を依頼されたころ,新型コロナウイルス感染症拡大(ウイルスの移動)のニュースが流れ,小学校から高等学校までの休校,大相撲の無観客開催,選抜高校野球の中止など過去に経験したことのない社会現象が生じている。移動制限が報じられ,古今東西“移動”は人間の生活基盤をなし,社会参加制約の要因になることを実感するとともに,本書がこの時期に出版されたことに驚きを隠せない。

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。