迷って選んでためらって
ケアするあなたの倫理学

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医療・介護・福祉専門職が臨床で悩む多様な “倫理” 問題について。全国から熱い注目を集めるナラティヴ・エシックスの伝道師が、読者と一緒に立ち止まって物語り、患者の幸福のため知恵を絞ります。故郷沖縄で働き学び、時に耕す人気講師による待望の入門書。

金城 隆展
発行 2026年04月判型:A5頁:232
ISBN 978-4-260-06535-1
定価 2,420円 (本体2,200円+税)

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看護教育・研究のためのオンラインプラットフォームNEO(Nursing Education Online)にて、本書の刊行インタビュー動画「『迷って選んでためらって ケアするあなたの倫理学』で学べること」をご覧いただけます。

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はじめに

 「先生はなぜ、医療ではなく倫理の道を志されたのですか?」と尋ねられることがよくあります。実のところ、私は最初から臨床倫理士や哲学者をめざしていたわけではありません。すべての始まりは母の病いでした。
 私の母は心臓が悪く、小さい頃から発作の痛みにじっと耐えるその姿を見て育ちました。あるとき、「どんな痛みなの?」と聞いてみたところ、「心臓に包丁を刺すような痛み」と聞かされて、本当に大変なことだと幼いながらに思った記憶があります。やがて高校生になった私は、「病い」という経験に深く関心を寄せるようになり、永井明先生の『ぼくが医者をやめた理由』や山崎章郎先生の『病院で死ぬということ』等の書籍を熱心に読み耽りました。程なくして、医療には「延命」という解決すべき問題があると気づかされた私は、母のために、ひいてはすべての病む人たちのために医療をよくしていかなければならないと強く思うようになりました。
 では、医療をよくしていくために何が必要か。よい医療従事者を育てること。すなわち「教育」が一番大切だと私は思うようになりました。私の人生には紆余曲折がありましたが、この教育に対する情熱だけは1ミリたりとも変わらずに、今日の私の原動力であり続けています。本書は、この十数年にわたる私の講義・講演活動(情熱)の集大成であり、それをこのように1つの形にできたことは実に感慨深いものがあります。

 本書を執筆するにあたり、私は、とかく難解になりがちな臨床倫理を、できるだけわかりやすく、とっつきやすく紹介する入門書になるように心がけてまとめたつもりです。なぜなら、私もかつては「難しいことを難しく話す専門家」だったからです。当時、不思議な巡り合わせで故郷の琉球大学病院に入職したばかりの頃のことです。看護部からの依頼で講演に赴いたところ、激務でお疲れの皆さんは一斉に居眠りされたのです。
 「あぁ……、難しいことを難しく話してはダメなんだ。自分が変わらなければならない」と気づかされ、それからは映画や小説、時事ネタなど、皆さんの暮らしや日々の業務に身近な話題を例に取り、テンポよくわかりやすくて腑に落ちる伝え方をめざした結果、本書が誕生したわけです。すなわち、「看護部の皆さんが居眠りしてくれたからこそこの本があり、今の私がいる」のであり、看護師の皆さんに本当に感謝の気持ちしかありません。

 ドイツの著名な哲学者であるカントはかつて、「私たちは哲学や倫理を学ぶことはできない。哲学や倫理をすること、その仕方を学ぶことができるだけである」と言いました。実際のところ、本書は「倫理の正しい悩み方」を説明しているにすぎず、ゆえに、この本を読んだだけでは倫理を学べたとは言えないのです。誤解を恐れずに言うならば、倫理とは学ぶものではなく、迷いながら選んでためらったその先で、実践することに尽きるでしょう。
 「倫理の正しい悩み方」を学んだ皆さんが、実際にそれぞれの現場や人生の中で「選択」についてさらに迷い悩み、ためらいながら考え続けることこそが倫理に他ならないのであり、そうした皆さんを支える「杖」に本書がなれるのであれば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。

 2026年 早春
 那覇発羽田便の機上にて
 金城隆展

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はじめに

第1章 倫理は暮らしの中に──選ぶことは悩ましい
 倫理とは、倫理的とは
 医療者は「正義の味方」か
 倫理は中間にある
 倫理とは選択である
 自由は諸刃の剣
 究極の選択の自由
 姿勢としての倫理
 人生とは選択の連続
 選択のすべてが倫理的ではない
 倫理とは選択に向き合う姿勢
 専門家として悩み続けること
 専門家は立ち止まれない
 ありがとうの反対の言葉
 悩むために倫理を学ぶ
 悩む倫理は「面倒くさい」
 より善く生きるとは

第2章 臨床倫理のステップ──手順、参照、対話・協議
 道徳と倫理の違いから
  その1 手順を踏む
 情報収集・整理・評価時の3ポイント
  その2 参照する
  その3 対話・協議をする

第3章 専門職倫理がめざすもの──最低限から最大限まで
 専門家として意識する
 法律は最低限の倫理
 最大限を実現させる4つの力

第4章 態度としてのナラティヴ──物語る医療者は有能なのか
 物語とは何か
 病気と文学
 物語の時代とその定義
 意味の生成装置とは
 物語は星座のようなもの
 物語だけでは足りない
 物語る動物とは
 共同著作の3つの意味
 なぜ患者は語るのか
 物語の共同著作と循環
 患者の幸福と専門家たち
 「終わらない戦争」から学ぶ
 「終わらない戦争」の教訓
 物語の暴走
 態度としてのナラティヴ
 ナラティヴはスキルではなく態度
 患者に向き合う態度が変わる
 ナラティヴ・アプローチの可能性
 他者と出会うためのナラティヴ
 区別の倫理──さわるとふれるの違い
 不在の実存とコロナ禍
 患者の不在を感じる

第5章 最期をより善く生きる──死に向き合い、自分らしく生ききるとは
 自分の死に向き合う
 自分の最期に向き合う
 ACPを倫理学者が振り返る
 事前指示(AD)とは何か
 ACP形骸化の影響
 準備としてのACP
 意思決定支援から共同意思決定へ
 ACPが求める3つの覚悟
 第三の終活──家族の共同著作
 遺族がたどるグリーフプロセス

第6章 共に生きるということ──どのような物語を他者と共に紡ぐべきか
 未来へひらかれた「前向き」な物語
 銀メダルの価値の変化
 過去は本当に変わる
 よりよい物語を語るために
 よりよく豊かに物語るための3か条
 物語と星座──物語ることの重要性
 二項対立を乗り越えるために
 杖というメタファー
 ナラティヴとは何か

おわりに

付録
索引

Column
 ナンクルナイサ~の意味
 いのちの有限性を考えるワーク
 『北の国から』と不在の実存
 倫理カンファレンスには誰を呼ぶ?

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「答え」なき問いに惑う医療者に道しるべとなる倫理学を
書評者:佐々木 淳(医療法人社団悠翔会理事長・診療部長)

 そもそも医療に「倫理」が求められるなんて,病院で診療をしているときには実は考えたこともなかった。目の前の患者の症状や異常値の原因を診断する。診断がついたら治療する。ガイドラインに従って治療方針を選択し,説明し,同意書にサインをもらう。治療の結果を評価し,次の方針を選択する。これは必要に応じて繰り返され,ゴールに到達したら,あるいは到達できないことが判明したら,このサイクルは終了。患者は退院し,かかわりは終わる。このプロセスに倫理が挟まる余地はないと思っていた。治療するかしないかは確率で決まる。なんといっても医療は科学なのだから。ただ,そんな病院での診療に違和感があったのも事実だ。来る日も来る日もひたすらがん治療をしながら,最終的にその多くは亡くなっていく……。医療は患者を幸せにできないのではないか。

 そんなジレンマを感じていたときに偶然出合ったのが在宅医療だった。患者の多くは病気や障害が治らない状態にある。人生の最終段階を生きている方も少なくない。それでもそれなりに幸せな生活を継続している人がいる。大切なのは病気が治せるか治せないか,よりも,自分が選択した人生を生きているかどうかなのだ,ということを学んだ。そのころ,本書の著者からルーカイザーのある詩を教えてもらう機会があった。

 The universe is made of stories, not of atoms. 世界は原子ではなく,物語でできている。医療が患者を幸せにするんじゃない。医療は患者にとっての幸せを,幸せに生きるための物語を一緒に探すのだ。

 「病気を治療する」という選択肢が与えられない人にとって,「答え」を見つけ出すことは容易ではないし,「答え」を出すことをトレーニングされてきた医療専門職にとって,正解のわからない問いに向き合うのは,あまり心地よいものではない。そもそもそこに「問い」が存在することに気が付かずに診療をしている方も多いかもしれない。しかし私たちの日々は,実は小さな選択の連続によって構成されている。その選択は,本当に患者にとって最善なのか。あるいは,本人・家族の当然の意思として認識しているものが,実は自分の思い込み,あるいは誘導尋問して引き出したものではないのか。考えれば考えるほど,またわからなくなっていく――。そんな無限ループにはまってしまった人の道標となり,「迷子を楽しんでもいいのではないか」と思わせてくれるのが,倫理学者である著者の寛大さだ。

 出張に赴く機上で,その新刊を拝読した。この類のテーマの本は難解かつ重厚長大で10ページと読み進めるのが苦痛なものが多いが,本書を読むのに辞書はいらない。脳裏で対話しながら,優れた先人たちによって美しく言語化された気付きを味わいながら,「いかに正しく悩むか」を具体的な事例とともにわかりやすく学ぶことができる。

 特に答えのない問いに向き合う専門職にはぜひ手にとってほしい。この232ページのコンパクトな一冊は,より良い援助者になるためだけではなく,私たち自身が,自分の人生において最後までより良い選択を重ねていくためにも,非常に重要な示唆を与えてくれるはずだ。


ケア現場で試行錯誤する毎日を肯定するために
書評者:高瀬 比左子(「未来をつくるkaigoカフェ」代表)

 医療や介護の従事者として忙しく走り回る毎日――。私たちは困難な現場に直面したとき,「早く正解を出さなきゃ」と焦り,いつの間にか制度の枠組みに当てはめることで解決しようと自らを急かしてはいないでしょうか。そんな日々に息苦しさを感じている全ての人に,金城隆展さんの新著『ケアするあなたの倫理学』を手渡したくなりました。

 本書が説くのは,教科書に載っているような難しい理屈ではありません。「迷ってもいい」「ためらってもいい」という,現場で葛藤する私たちへの温かな肯定です。

 私が主宰する「未来をつくるkaigoカフェ」は,ケアにかかわる誰もが肩書きや役職を気にせず,お茶を飲みながら自由に思いを語る場をめざして運営を続けています。私自身,長く介護の現場で働く中で,利用者の「その人らしさ」を支える側こそが,まず「自分らしく生きる」ことを真剣に考える必要があるのではないか――そう考えたのが設立のきっかけでした。本書につづられた「問い」は,私自身がずっと抱えてきた悩みでした。

 特に印象的だったのは,ナラティヴ(物語)についての視点です。私たちは専門職として,つい相手の語りを「正しく」解釈して,良い方向へ導こうとしてしまいます。でも,本当のナラティヴとは,相手を変えるための道具ではありません。それは,相手の物語の中に自分も入り込み,それによって自らの見方や態度が変容することをも恐れない「覚悟」を指すのだといいます。

 利用者の複雑な人生に触れたとき,理屈で割り切れない思いに一緒に揺さぶられる。それは専門家として未熟なのではなく,一人の人間として誠実に向き合っている証拠なのだと本書は教えてくれます。「導く人」から「共に揺れる人」になろう。そうしたメッセージだと私は受けとめました。

 特に管理職やケアマネジャーの立場だと,多職種間の各調整役としてつい専門家の鎧を着込んでしまいがちです。でも,その鎧が相手との間に距離を作ってしまうこともあります。

 本書で紹介される「心の白衣を脱ぐ」という言葉が,胸に響きました。それは単に優しく接することではありません。相手のことが「わからない」という不安の中に,逃げずにとどまり続けること。私たちがカフェ活動で大切にしている対話も,まさにこの「わからなさ」や「正解のなさ」を誰かと分かち合うための場なのだと再確認しました。「わからなさ」の中に居続ける勇気を持つこと。本書は答えをくれるのではなく,あなたのその試行錯誤こそがケアの本質なのだと,励ましてくれます。

 倫理とは,難しいルールのことではありません。誰かの物語を「わかったつもり」にならず,大切に寄り添おうとするその姿勢そのものだと,著者は語りかけてくれます。

 もし今,あなたが目の前の仕事に行き詰まりを感じているなら,ぜひ本書のページをめくってみてください。読み終えた後,患者さんや利用者さんの元に向かう足取りが,ほんの少しだけ軽くなる。そんな一冊です。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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