まとめないACP
整わない現場,予測しきれない死

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最期をどこで、どのように迎えたいかを話し合うプロセス=ACP。ACPが、延命治療を諦めさせるためのものであってはいけない。いかに死が近づいている人であっても、その人が生きようとする気持ちを支えたい。予測通りにいかない人の生き死にを看護師として、家族として見てきた著者が考える、「無理にまとめないACP」の進め方。

宮子 あずさ
発行 2021年09月判型:A5頁:168
ISBN 978-4-260-04719-7
定価 2,200円 (本体2,000円+税)

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  • 序文
  • 目次
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はじめに

 この本の読者対象は,アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)に関心がある人,とりわけ,これから関わらなければならない人(看護師,ケアマネジャー,その他の支援者…)である。
 書き始めるにあたって,私にはひとつの目的があった。私はかねがね,ACPが推進される中で,積極的治療を求めず亡くなることばかりが積極的に推進されてほしくない,と考えていた。そのため,私がこれまでに経験してきた事例を通して学んだ,人が病み,亡くなる経過についてまとめ,ACPに生かしていただきたいと思ったのである。
 ひとりの個人に戻れば,私も予後不良の病気とわかった時に,楽に死ねるならがんばらなくてもいい。そんな気持ちもよぎる。しかし,ひとたび看護師として他人の死に関わる際には,その気持ちは封印する。なぜなら,医療者には,人の生き死にを左右する力がある。それだけに,安易に人の死を早めることには,抑制的であるべきだと思うからだ。
 私がこれまで見てきた人の死を思い出すにつけても,その気持ちが強くなる。一言で言えば,そんな状態でも,心から死にたい人はいないように見えた。
 私は1987年から看護師として働き,その多くを精神科領域で過ごしてきた。精神科疾患は,生命予後が悪い病気ではない。この本で取り上げる経験は,ほとんどが看護師になってすぐに配属された内科病棟と,精神科病棟の管理者時代に兼務した緩和ケア病棟が中心になる(事例についてはエッセンスを残してすべて改変している)。この2つの病棟で,私は数百人の亡くなる患者と関わってきた。
 亡くなる人とその近しい人たちは,こんなにも必死に,時にのんきに日を送り,いよいよその時になって,予想できない反応を見せたりする。いろいろ準備をしてきたつもりでも,思ったようにならない,「整わない現場」がそこにある。
 この「整わない現場」を無理に整えようとすると,さまざまなきしみが生じる。「助からないのはわかっているけど,どうしても死にたくない」「よくならないのはわかっているけど,なんとかならないものか」など,病む人は複雑な気持ちをもっている。そして周囲にいる親族や友人にも事情があり,「優しく世話をしたいけど,親への積年の恨みが捨てられない」「いろいろやってあげたいけど,私にも家庭がある」など,言えない気持ちを抱えている人も多い。
 このような中で,「人の手を借りてでも生きたい」と言えない人が出てくるのではないだろうか。ACPのプロセスが,整わない気持ちを無理矢理整えられてしまう場にならないだろうか。このような懸念を抱いた。
 「人生会議」とも言い換えられるACPを,「シネシネ会議」にしてはならない。不謹慎な表現かもしれないが,そんな気持ちが今とても強く湧いている。私が死について経験したこと,そこから考えたことをACPに臨む人たちに伝える気持ちで,この本を書き始めたい。

 2021年6月
 宮子あずさ

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はじめに

Part 1 私とACP
 1.1 ACPが急かされるように見えるヨノナカ
  1 「人生会議」ポスター炎上
  2 「医療の中止」への舵取り
  3 医療者が先に諦めてはいけない
 1.2 ACPを捉え直す
  1 ACPの定義
  2 精神科訪問看護とACP
 1.3 私が両親のACPに関わるならば
  1 父の場合
  2 母の場合

Part 2 「死ぬ」ということについて,私が知っている範囲のこと――ACPを進めるための基礎知識
 2.1 どのような経過をたどって人は死ぬか
  1 がんで亡くなる場合
  2 がん以外の慢性疾患で亡くなる場合
 2.2 死の直前には何が起こるか
  1 亡くなる人の状態
  2 見守り方
 2.3 死が近い人は,どのように死を受けとめているか
  1 私が衝撃を受けた患者さんのこと
  2 死にゆく人の心理について
 2.4 死ぬ場所にはどのような選択肢があるか
  1 調査から見える死ぬ場所の希望
  2 がんの場合:自宅での看取りか,緩和ケア病棟か
  3 医療機関以外の看取り
 2.5 言葉の整理
  1 ACP以前の言葉
  2 基本的な6つの言葉
  3 価値観を含む言葉は取り扱いに注意する

Part 3 「整わない現場」でのACPをシミュレーションする
 3.1 どの時期に話し合うか
  1 がんの場合
  2 がん以外の場合
 3.2 キーパーソンの決め方
  1 キーパーソンが親族の場合
  2 キーパーソンが親族でない場合
  3 キーパーソンがいない場合
 3.3 急激に悪化した時の対応を決める
  1 がんで亡くなる場合
  2 がん以外で亡くなる場合
 3.4 どこで,誰に看取られるか
  1 最期を病院で迎える場合
  2 最期を自宅で迎える場合
 3.5 意思決定できない場合はどうするか
  1 意思決定が困難な状況で,意思決定を促す支援
  2 意思決定が困難な状況で,複数の専門家が代行する場合
 3.6 死に向かっての備え
  1 残された人生を生ききる努力
  2 いわゆる「終活」に関連したこと
  3 備えなしに亡くなって困ること

おわりに

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揺れ動く現場に必要なのは,ACPを「まとめない」覚悟
書評者:池永 昌之(淀川キリスト教病院緩和医療内科・ホスピス)

 2018年にAdvance Care Planning(ACP:アドバンス・ケア・プランニング)の愛称が人生会議となり,11月30日がいい看取りの日として「人生会議の日」と制定された。それ以降,急性期医療の現場ではACPが,救急医療や集中治療の諸問題を解決するはやり言葉として使われるようになっている。

 一方で,揺れ動く気持ちや予想できない医療上の出来事,また西洋文化とは異なるわが国独自の家族関係や自己決定権の考え方において,ACPを行うことによって得られる効果,医療現場における有用性については,明確なエビデンスがないような状況である。ACPによって得られる効果や何に対して有用なのかも,よくわかってはいない。そもそもACPは,その人の価値観やその人らしさを尊重するという医療の在り方の実践を示しているものであり,何かの効果指標で評価し,効果があった,エビデンスがあると議論するようなものではないのかもしれない。

 そのような中,看護という視点から,人間を深く洞察し,常に興味深い視点を私たち医療者に投げかけ続けてこられた宮子あずささんが,ACPについての思いを書籍にまとめられたので紹介してみたい。

 まず,「はじめに」での言葉に引き寄せられる。「助からないのはわかっているけど,どうしても死にたくない」,「よくならないのはわかっているけど,なんとかならないものか」,「優しく世話をしたいけど,親への積年の恨みが捨てられない」,「いろいろやってあげたいけど,私にも家庭がある」,「人の手を借りてでも生きたい」……そのような言葉が溢れている整わない現場に対して宮子さんは,「『人生会議』とも言い換えられるACPを,『シネシネ会議』にしてはならない。不謹慎な表現かもしれないが,そんな気持ちが今とても強く湧いている。」と述べている。米国の調査で事前意思確認書だけでは十分な終末期ケアは提供できないと明確に示されることによって誕生したはずのACPが,急性期病院では単にDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)を獲得することによって,無駄な延命治療を差し控える手技になっていることに深い不安感を感じざるを得ないことは,私も共感するところである。

 本文においては,ACPについての個人的な想い,ACPを理解する上での「死ぬ」ということの基礎知識,ACPの実際についての提言に章立てて,豊富な経験に基づくたくさんの事例を通して考えることができるように構成されている。

 そして,「おわりに」には宮子さんらしい看護という仕事を自分の生き方として背負い,人に温かく寄り添う決意を垣間見ることができる。

・偶然で多くが決まってしまう人間のはかなさみたいなものを,苦笑しながら受け入れていく。それが,私が臨床で取ると決めた態度である。
・本当に残念なことだけれども,コロナ禍といわれる現状も,私たちの死に方を決める偶然の一つである。私たちはさまざまな意思決定を求められる一方で,選びようのない大きな力で翻弄されている。
・偶然が左右するからこそ,その都度自分が行った選択をたどれることが大事なのだと思う。その選択の軌跡を残すために,ACPは有効なツールである。(ただし,予想通りにはならないかもしれない,という留保は常に必要だと強調したい)。
・いかに死が近づいている人であっても,その人が生きようとする気持ちを支えるのが看護であるとの信念を,私は忘れたくない。

 ACPを現場で実践する場合は,ある意味「きれいにまとめない」覚悟が必要なのかもしれない。ぜひご一読をお薦めしたい一冊である。

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