心臓外科の刺激伝導系

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心臓手術を行うに当たって知っておかなければならない刺激伝導系のメカニズムと解剖、実際の手術における応用を詳細に解説。読者が知りたい事柄のみを、読みやすい記述と豊富な手術写真を用いて著述した「テキスト+手術書」。疾患に則したメカニズム解説と、“この手術ができれば一流の心臓外科医”と言われる大動脈基部手術について“黒澤のテクニック”を華麗に展開。
黒澤 博身
発行 2013年02月判型:A4頁:224
ISBN 978-4-260-01504-2
定価 19,800円 (本体18,000円+税)

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FOREWORD(Anton E. Becker)/はじめに(黒澤博身)

FOREWORD
 Cardiac surgeons today should be well aware of the fact that there is a conduction system in the heart which allows spread of electrical activation from the atrial pacemaker site to the ventricles. It would be rather shocking if this was not the case.

 However, if one comes to think about it our knowledge of the cardiac conduction system does not date back that long. It is of historical interest that Japanese researchers have played an important role in unraveling some of the mysteries of the underlying anatomy. The most prominent in this context has been Sunao Tawara(1873-1952), whose epic work in 1906 unequivocally showed the location of the atrioventricular(AV)node - node of Tawara - in the normal human heart and with the bundle of His connecting the node to the ventricles. However, the precise location of node and bundle in hearts with congenital malformations, such as ventricular septal defects, tetralogy of Fallot and atrioventricular septal defects, remained uncertain and had as yet to be determined. For a long time though the need to do so was not very pressing because it took a while before surgeons were able to operate inside the heart. And, indeed, it was because of technical achievements and, in particular, the advents in operative techniques for congenital heart malformations that the need to understand better where precisely the AV node and His bundle were positioned became urgent.

 It was in the sixties of the last century that such icons as Maurice Lev and Jesse Edwards, with their co-workers, started to study the anatomic relationship between the AV conduction system and defects in the ventricular septum, prompted by the high degree of postoperative conduction interferences. Those early studies clearly revealed that complete heart block, right bundle branch block and postoperative ventricular pump failure were almost invariably due to surgical trauma to the AV conduction system. It also appeared from those initial studies that the precise relationship between the anatomic location of the AV conduction axis and the ventricular septal defect varied according to the exact position of the defect. In other words, the early studies made it crystal clear that in depth knowledge of the intricate anatomy of congenitally malformed hearts was a necessity to operate safely inside those hearts without causing damage to AV conduction.

 It is in the context of this historical background that Hiromi Kurosawa - together with his wife Satoko - visited me in Amsterdam, The Netherlands. Just like my senior colleagues in the USA, we also had gathered a collection of congenital heart specimens which we preserved for scientific purposes and Hiromi was welcome to take advantage of that. He spent two years with us and performed a meticulous anatomic study of the AV conduction system in normal hearts and in hearts with congenital malformations. Specimens were extensively documented photographically, where after the area of the anticipated AV conduction tissue was removed en bloc and subsequently serially sectioned for microscopic evaluation. The data so obtained allowed a precise reconstruction of the AV conduction axis in relation to the defects in the same specimen. By superimposing the AV node and bundle on the gross photographs and by performing sham operations on the same specimens he made it perfectly clear to any young surgeon where to put stitches and where not. His observations were of direct value in the operating theater and certainly contributed to diminish postoperative conduction defects. After Hiromi had left Amsterdam for Tokyo he continued his work in the field of AV conduction, organized seminars, produced teaching videos and became a much respected expert internationally.

 This volume reflects his vast experience in the field and should be on the shelf of each surgeon operating on hearts. As a colleague and personal friend I feel honored and privileged to have been asked to write a foreword.

 Anton E. Becker, MD, PhD
 Emeritus professor of Cardiovascular Pathology,
 Academic Medical Center, University of Amsterdam,
 The Netherlands.


はじめに
 今野草二教授が執刀したVSD閉鎖手術の助手をしているとき,「右脚はどこにあるんですか?」と聞いたところ「あとで教える」といわれ,手術後「実は僕もよく分からないんだ」といわれた.40年ほど前のこの一言が刺激伝導系研究のきっかけになった.
 先天性心疾患を持つ子どもたちが社会的自立を果たし,家族・社会や国・人類の発展に寄与できるようになることには大きな意義がある.完全房室ブロックなどの重篤な不整脈は手術死亡の一因になるばかりでなく,手術を乗り越えた患児のQOLを生涯にわたって制限し,このハンディキャップは術後20~40年経過すると生活上の負担としてより鮮明になる.的確な手術により完全房室ブロックや他の刺激伝導障害を防止することは患児が良質のQOLを維持して当たり前の人生を全うするための必須条件である.
 的確な手術を行うために心臓外科医が必要とする資質と能力は以下の順番と考えている.
  1.豊富な知識:profound knowledge
  2.冷静:calm, quiet:正確な判断と良好なチームワークの維持のために
  3.確信:conviction:最良の選択肢に対する確信
  4.精密な運針:precise stitch:患児のQOLのために
  5.勇気:courageous:未知に踏み込む勇気と踏みとどまる勇気
  6.迅速:quick:無駄のない手術
 “豊富な知識”は2~6のバックグラウンドになる最も大切な要件である.
 本書では東京-フロリダ-アムステルダム-ロンドン-東京の40年間の基礎的・臨床的研究と3,000例以上の手術経験をもとに,Fallot四徴症における膜性フラップmembranous flapの的確な使用法に代表される,先天性心疾患や小児の心臓手術における,完全房室ブロックや他の刺激伝導障害を防止するための基礎的・臨床的知見を整理して解説する.
 「病気を診ずして病人を診よ」(東京慈恵会医科大学学祖・高木兼寛先生)の教えに沿いfor the patientsに徹して本書をまとめたが,刺激伝導系の幅広い多様性を論理的に理解する上で,心臓外科医ばかりでなく小児科医,麻酔医,その他の心臓病医療にかかわるspecialistのprofound knowledgeの一端になれば幸甚である.
 本書は盟友Becker教授との共著“Atrioventricular conduction in congenital heart disease. Surgical anatomy”(Springer-Verlarg. Tokyo, Berlin, New York 1987)をもとに,その後の25年におよぶ臨床経験の知見を加えた構成になっている.今でも未解決の課題が多々あり,genuineなtextbookをめざしてさらなる研究が必要であり,今後の心臓発生学,心臓病理学,小児循環器学,先天性心臓外科学の発展に期待したい.

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FOREWORD
はじめに
略語一覧

I 総論
 1 刺激伝導系の発生
 2 VSD分類
 3 Trabecula septomarginalis
 4 右脚の外科解剖
 5 先天性心疾患の心機能
 6 Nomenclatureとデータベース

II 各論
 1 正常心
 2 心室中隔欠損
 3 房室中隔欠損
 4 Down症候群:Trisomy 21
 5 Ebstein奇形
 6 Fallot四徴症
 7 両大血管右室起始症
 8 完全大血管転位症
 9 解剖学的修正大血管位置異常症
 10 修正大血管転位症
 11 単心室
 12 Ventricular septation手術
 13 Isomerism
 14 大動脈基部手術
  A Nikaidoh手術
  B Ross手術
  C Konno手術
  D Manouguian手術

索引

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先天性心疾患の診断治療に携わるすべての関係者必読の書
書評者: 中西 敏雄 (東京女子医科大学病院心臓病センター教授・循環器小児科学)
 本書評の結論をまず冒頭に述べたい。先天性心疾患の解剖や刺激伝導系の解剖は,外科医にとっては必須の知識であり,外科医には本書は必読の書である。内科医,小児科医にとっては,外科医と先天性心疾患患者の診断治療について討論するうえで必要な知識が本書の中にちりばめられている。先天性心疾患の解剖を理解したいと欲する内科医,小児科医には強く本書をお薦めする。

 以下に本書の内容を私なりの理解で紹介する。

 まず刺激伝導系の発生,心室ループやAV concordance, discordanceと房室結節の位置の関係がわかりやすく解説されている。

 次に心室中隔欠損(VSD)についてであるが,VSDの分類は,多くの分類があって若い医師を混乱させるものである。本書では,その点が明快にされており,さまざまなVSDにおける刺激伝導系の位置について,凝縮されて解説されている。

 Trabecula septomarginalis(TS)の章が一つ設けられている。読者の中にはTSがなぜ重要なのか,と疑問を持たれる方もいるかもしれない。VSDにおけるHis束penetrating bundle,それに続く右脚の走行が,TSの後方進展(後方脚)で覆われている例とそうでない例があることを見い出したのが著者である。外科医がVSDを閉じるときに,針のかけ方が異なるゆえに,TSの理解,前乳頭筋群との関係の理解は非常に重要になってくる。膜様部中隔欠損へのカテーテルでの閉鎖栓留置は,数%に完全房室ロックが発生するために,わが国や米国では認められていない。刺激伝導系がTSで覆われず内膜直下にある場合には,閉鎖栓で房室ブロックが発生しやすくなることが考えられる。この章はTSについて,他書にない見解が述べられており,外科医にとっても内科医,小児科医にとっても重要なものとなっている。

 刺激伝導系右脚は直接房室ブロックにつながるものではないが,著者は一章を割いてVSDとの関係,右脚ブロック防止方法を解説している。著者の右脚ブロックも防止すべきという考えが伝わってくる。

 本書が単に刺激伝導系解剖の本でないことは,「先天性心疾患の心機能」という章があることでもわかる。読者は,ここに来て,え?心機能?とびっくりされるかもしれない。著者は,長年,先天性心疾患は手術して終わりではなく,患者が一生,普通の生活が送れるべく,術後の心機能に注意を払うべきという方針をとってこられた。刺激伝導系と心機能についての直接の言及はないが,先天性心疾患を手術する外科医が常に心しておくべきことが,術後,特に遠隔期の心機能であること,遠隔期の心機能を良くするには,心臓の解剖を熟知して良い手術をすべきであるという著者の哲学が伝わってくる章である。

 Nomenclatureとデータベースの仕事も著者のlife workの一つである。ここでは,Nomenclatureとデータベースについて解説されている。

 以上の総論に続いて,各論でさらに詳しく各疾患の刺激伝導系について述べられている。VSD,房室中隔欠損症,ファロー四徴症,完全大血管転換症,両大血管右室起始症,修正大血管転換症における刺激伝導系の走行が,多くの図説と手術写真に基づいてつまびらかにされている。特に両大血管右室起始症の刺激伝導系については,何度講演を聴いても筆者には理解できなかったものであるが,こうして本になって熟読すると,よく理解できる。

 本書は,刺激伝導系のみでなく,それぞれの疾患の解剖の勉強に役立つ。従来の先天性心疾患の解剖の教科書は,白黒写真で,立体関係がいまひとつわかりにくかったが,本書にはカラー写真が多用されており,非常にわかりやすいものとなっている。加えて,著者の先天性心疾患への深い造詣が満載されているので,読者は魅了されることであろう。

 本書は,今までになかった,先天性心疾患の解剖と刺激伝導系の解剖についての「立体がわかる」本である。著者のlife workが凝縮されていることは言うまでもないが,決して私見ではなく公平に分析された解説となっている。先天性心疾患の診断治療に携わるすべての関係者に一読をお勧めする次第である。重ねてになるが,外科医には本書は必読の書である。先天性心疾患の解剖を理解したいと欲する内科医,小児科医にも強く本書をお薦めする。
全ての心臓外科医必読・至極の手術書
書評者: 山岸 正明 (京府医大教授・小児心臓血管外科学)
 黒澤博身教授の業績の集大成ともいえる待望の本書が発刊された。本書は『心臓外科の刺激伝導系』というタイトルであるが,発生・形態・血行動態さらには手術方法に至るまで解説された総合的教科書であり,心臓外科医にとって正に至極の手術書といえる。

 先天性心疾患のみならず弁膜症,大血管疾患も含めて心臓血管外科手術は「心形態」を熟知することが出発点となる。形態的特徴と血行動態の完璧な理解により,理想的な心臓の三次元的再構築を行い得る。その意味でも,小児心臓血管外科医のみならず,弁膜症や大血管疾患を対象とする成人心臓血管外科医も基礎知識として必ず読んでほしい一冊である。専門医を取得した外科医にも,知識の再整理を行うために本書は最適の書と言える。本書の内容は新たな手術術式考案のためのアイデアの源泉となる。

 黒澤教授が執筆された多くの論文や教科書のエッセンスが本書一冊に凝縮されている。本書のみで読者は論文検索の労なくして心形態の詳細と手術の極意を学ぶことができる。また,多くの代表的な文献が紹介されており,より深い知識を得るための道標となる。

 各ページに記載された内容のすべてが黒澤教授の素晴らしい業績であり,小生が新米外科医時代にリアルタイムで教えを受けた事柄である。本書の基となった黒澤教授の論文を片手に東京女子医科大学附属日本心臓血圧研究所・研究部標本室で心標本を閲覧したことが,小生の外科医としてのスタートであった。ページを繰るたびに黒澤教授に指導を受けた日々を懐かしく感じるが,本書に書かれた内容は,決して歴史的事柄ではなく,診断技術が進歩した現在でも大いに参考にすべき重要な知見である。現在,3D-CTによる心内形態描出が可能となってきているが,本書に解説された理論を理解することにより,正確な画像診断の一助となることは確実である。

 刺激伝導系は心内修復を行う外科医にとってアンタッチャブルな組織である。多様性に富み,外科手技に制約を加える大きな要因となる。刺激伝導系の理解なくして,理想的な三次元修復を行うことはできない。刺激伝導系のみを解説した論文はあっても,さまざまな疾患を外科手技と関連させて系統的に詳述している医学書は世界でも本書以外には存在しない。

 若手心臓外科医の諸君には,総論の「刺激伝導系の発生」「VSD分類」「Trabecula septomarginalis」「右脚の外科解剖」ならびに各論の「正常心」の項目は真っ先に一読することを強くお薦めしたい。本項に書かれている専門用語を含めた内容はまさに外科医としての基本中の基本といえる。これらの知識なくして,以後の外科医としての進歩は期待できないといっても過言ではない。さらに自らが執刀する前には各論の「心室中隔欠損」「房室中隔欠損」「Fallot四徴症」の各項は熟読する必要がある。「Fallot四徴症」では本症の形態的特徴を勘案したconotruncal repair法が解説されている。

 外科医にとって,両大血管右室起始症はその多様性のために術式選択に最も悩む疾患群である。「両大血管右室起始症」の項目は難解ではあるが,本書の中でも最も素晴らしい内容といえる。本項では筆者の恩師であるVan Mierop先生のmalseptation(straight septum)説とconotruncal criss-crossの考え方を基にして,正常大血管群でのSDN型DORV,original Taussig-Bing奇形,posterior TGA,大血管転位群でのfalse Taussig-Bing,SDL型DORV,ACMGAが一連のスペクトラム上にある疾患であることが詳細に解説されている。多彩で複雑な形態を示す両大血管右室起始症とその近縁疾患形態的特徴を体系的に理解することができ,画像診断により得られる情報の整理と治療方針(心室内reroutingあるいは動脈スイッチ)決定の大きな助けとなる。ぜひ,時間をかけて熟読してほしい。

 また,「完全大血管転位症」では本症に合併する多様なVSDと刺激伝導系が解説されている。「解剖学的修正大血管位置異常症」の項では,著者が考案されたatrioventricular groove patch plastyが紹介されている。「大動脈基部手術」では綺麗なカラー写真とともにポイントが解説されており,成人心臓外科医にも有益と考える。

 本書が,新時代を切り開く若手外科医や,熟練の域に達した専門医にとって座右の書となることを願ってやまない。

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