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質的研究の実践と評価のためのサブストラクション

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“研究を支える理論的基盤”とその研究に用いられる“研究の方法”が論理的に一貫しているかをチェックする方略=サブストラクション。もともと量的研究で発展し、研究者に必須の知識となっているものを質的研究にも応用。質的記述的方法、解釈学的現象学的方法、エスノグラフィ、グラウンデッド・セオリー法の各研究方法別に分かれたワークシートは、質的研究のクリティークや論文作成に関わる研究者・院生に便利なツールとなる。
北 素子 / 谷津 裕子
発行 2009年11月判型:B5頁:152
ISBN 978-4-260-00957-7
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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はじめに

 本書を執筆する北と谷津は,日本赤十字看護大学大学院看護学研究科の修士課程と博士後期課程を通しての同級生で,ともに質的研究を行いました.おおかたの院生の例に違わず,私たちにとっても,どのようにしたら質の高い質的研究論文が書けるのかということがたいへん切実な問題でした.なぜなら,自分たちが書く論文が学位論文として認められるためには,その論文の質が高いことが必須の要件でしたから.
 大学院を修了したあとも,“質的研究論文の質”の問題が,私たちの脳裏から離れることはありませんでした.学生さんが行う研究の指導,学会等から依頼される研究論文の査読,そしてみずから行う看護研究.教員になってからも,質的研究論文の質について考える機会にはまったく事欠きませんでした.そこで,看護学領域の質的研究に関する研究会を立ち上げ,2人の知恵を寄せ合ってじっくり考えてみることにしました.
 その研究会のなかで私たちは,質的研究の質とは一体どのようなもので,どのように評価されるものなのかなど,質的研究に関して議論を重ねました.なかでも私たちにとって関心があったのは,質的研究で得られた成果を看護実践に還元していくためにはどのようなことが必要か,という点でした.
 ここで少し,私たちの考える看護研究のあり方についてお話しましょう.
 私たちが尊敬してやまない恩師,前日本赤十字看護大学学長の樋口康子先生は,よくこうおっしゃいました.研究というものは科学の一方法であり,人間に関する科学としての看護の科学には,常にケアの対象となる人間の健康状態やQOLの改善と向上に役立てることが期待される.そして,そのような役割をもつ看護研究の基本的な方向は,人間のケアに対する専門家としてのコミットメント,生きている生身の人間をありのまま全人的に理解するホリスティックな人間観,これまで他の学問が発達させてきた科学的な研究方法(計量的研究方法)の活用とともに,人間に関する質的研究方法を開発していくことにある,と.
 樋口先生が指摘されるように,看護における現実性(リアリティ)は,看護の対象者に対する主観的なコミットメントを通して初めて客観的に開示されるという側面をもっています.なぜなら,看護場面の現実は一様ではなく,その人間に深く関わっている者だけが,それぞれの人間の経験のもつ意味を深く理解しうるような特徴を有するからです.このような考えから,私たちは,看護研究とはその成果が臨床で活用されることを第一義とし,また,看護研究の真価を最もよく見きわめることができるのも臨床で働く看護の実践者である,と考えているのです.
 話を戻しましょう.質的研究で得られた成果を看護実践に還元していくためにはどのようなことが必要か,という点についてさまざまな角度から検討しました.その結果,私たちが得た1つの答えは,“研究論文における論理的一貫性が要(かなめ)となる”ということでした.
 質的研究が臨床で活用されるためには,看護の実践者が研究論文に記された結果を「なるほど」と思えること,実践者が自分たちの経験と照らし合わせ,そこに記されている結果が自分たちの考える現実を言い当てていると感じられることが重要です.
 質的研究から得られた成果の,このような「現実への当てはまり感」を支えるもの,それを私たちは,「論理的一貫性」,すなわち研究論文のなかに記されているさまざまな情報が論理的な一貫性をもっていることであると考えました.さらに,「論理的一貫性」を保つ上で,私たちが特に重要だと考えているのは,研究の「理論的パースペクティブ」です(海外ではphilosophical base,philosophic positionなどと呼ばれます).「理論的パースペクティブ」は,研究の基盤となるものであり,研究目的や研究方法を設定したり,結果を解釈したり,考察したりする際に大きな役割を果たします.
 この本では,質的研究論文の「理論的パースペクティブ」を踏まえて,論理的一貫性をクリティーク(批判,吟味)するための1つのツールとして,「サブストラクション」の活用を提案します.「サブストラクション」とは一般に,研究の理論的基盤と研究方法とのつながり(論理的一貫性)を確認するための方法論です.
 これまで「サブストラクション」は仮説検証型研究に適するとされ,仮説をもたないで臨む研究や,研究のプロセスのなかで仮説生成と検証を繰り返していくようなタイプの研究には不適とされてきました.不適とされるタイプの研究には,探索的因子分析や共分散構造分析などの一部の量的研究も含まれるものの,その多くは現象学的アプローチやエスノグラフィー,グラウンデッド・セオリー法など,いわゆる質的研究が該当するとされています.
 しかしながら,私たちは量的研究ばかりでなく質的研究においても,論文の質を評価する上では「サブストラクション」が有用ではないかと考えました.なぜなら,質的研究論文においても,論理的一貫性が保たれていることが論文の質に大きく関わるからです.
 ただし,量的研究論文の「サブストラクション」の枠組みを,そのまま質的研究論文に当てはめてもうまく活用できません.量的研究とは異なる質的研究の特徴があるからです.
 そこで私たちは,質的研究の特徴をできるだけ損なわないかたちで活用できる「サブストラクション」のワークシートを開発しました.このワークシートには,質的研究論文における論理的一貫性というものを具体的にどのように評価していくのか,その手順や視点が示されています.
 そのため,このワークシートを活用することで,これまでよりも要点をおさえて質的研究論文を読むことが可能になると思われます.質的研究論文を要点をおさえて読む作業は,さまざまな場面で求められます.たとえば,看護の実践者がその研究の成果を臨床で活用したいと思うときや,看護学研究者が研究論文の査読をするとき,あるいは目下研究中のトピックスに関する文献レビューを行うときなどです.
 また,ワークシートを活用するプロセスを踏むことによって,質的研究論文において重要ないくつかのキーワード――「論理的一貫性」や「理論的パースペクティブ」など――に注意を払って,より慎重に自身の研究を計画し,実施し,論文として執筆できるようになることも期待できます.
 本書は,次のような内容で構成されています.第1章は,サブストラクションというものが開発されてきた歴史的経緯をひもときながら,サブストラクションの定義や特徴をお話します.第2章は,これまで提唱されてきた質的研究論文のクリティークの視点を概観し,その特徴を解説します.そしてサブストラクションが,質的研究論文のクリティークにおいてどのような役割を果たすかについて論じます.その際に,質的研究論文において「理論的パースペクティブ」と「論理的一貫性」が重視される理由についても詳しく説明します.第3章では,質的研究論文のサブストラクションの特徴を述べます.そして私たちの開発するワークシートが従来のものと異なる点にもふれます.
 第4章は,質的研究のうち最も頻回に用いられるアプローチである質的記述的研究に焦点をあて,質的記述的研究の特徴と質的記述的研究のためのサブストラクション・ワークシートに関する説明,そしてワークシートを用いて既存の質的記述的研究論文をクリティークした試みが記されています.これを読むことで,私たちの考える「論理的一貫性」を重視したクリティークの実際が理解しやすくなると思います.第5章は,研究方法論別のワークシートを紹介します.質的研究には,解釈学的現象学的方法やエスノグラフィー,グラウンデッド・セオリー法といったように,さまざまな方法論が用いられることがあり,それぞれに異なった哲学的背景をもちます.これらの方法論をもつ研究論文をクリティークする際には,それぞれの哲学的背景に即した視点で論文を読み解くことが求められます.私たちの開発した研究方法論別のワークシートには,研究方法論ごとに最小限押さえておくべきポイントが明示されているため,各研究方法論の特徴に合わせて,合理的かつスピーディーに研究論文の「論理的一貫性」を評価する手立てになることでしょう.
 第6章では,研究計画や論文作成のためのサブストラクションの活用方法についてお話します.第1~第5章までは,研究論文を“読む”ことに主眼がおかれていましたが,この最終章では,研究を“計画する”または研究論文を“書く”ことに重きがおかれます.質的研究論文サブストラクション・ワークシートは,質的研究に取り組もうと考えている方や,研究の成果を論文に著したいと考えている方の,よきガイドラインになるものと思います.

 2009年10月
 北 素子
 谷津裕子
 (五十音順)

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ワークシートver.2の配信を始めました(2012.04)
サブストラクション・ワークシート ダウンロード
1 サブストラクションとは何か
 A サブストラクションの歴史的経緯
 B サブストラクションの定義
 C 仮説検証型研究におけるサブストラクションの設計
2 質的研究論文のクリティークの視点
 A クリティークのいろいろ
 B 質的研究におけるクリティークとサブストラクションの関係
 C 質的研究論文の論理的一貫性と理論的パースペクティブ
3 質的研究論文のサブストラクション
 A 量的研究と質的研究の注目すべき違い
 B 既存のサブストラクション
 C 質的研究論文サブストラクション・ワークシートの構成と活用方法
4 質的記述的研究論文のサブストラクション・ワークシート
 A 質的記述的研究の特徴
 B 質的記述的研究論文のサブストラクション・ワークシートの概要
 C 質的記述的方法におけるサブストラクション・ワークシートの活用例
5 質的研究論文の研究方法論別サブストラクション・ワークシート
 A 研究方法論別にみた理論的パースペクティブと研究の焦点
 B 解釈学的現象学的方法におけるサブストラクション・ワークシートの概要と活用例
 C エスノグラフィーにおけるサブストラクション・ワークシートの概要と活用例
 D グラウンデッド・セオリー法におけるサブストラクション・ワークシートの概要と活用例
6 研究計画・論文作成のためのサブストラクション
 A 研究計画のために
 B 論文執筆のために

索引

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質的研究の質を見分けるために,論理的一貫性のある論文作成のために
書評者: 中木 高夫 (日赤看護大教授/日本看護研究学会編集委員会委員長)
◆研究論文に感銘を受けるということ

 感銘を受ける研究論文の条件は何だろうか? 新しい発見があったから。それはそうだろう。新しい発見を提示されれば,知的な興奮が生じる。だけど,そもそも発見のない研究論文なんて存在してもよいのだろうか? 査読が適正に行われていれば,発見のない論文が学術雑誌に採択されるわけがないではないか。では,なぜ感銘を受けたのだろうか?

 おそらく,研究論文を読んで,「スッ」と腑に落ちたのだろう。つまり,論文を構成する要素である研究動機・背景(文献検討)・研究方法・結果・考察・結論を読み進むにつれ,その研究の必要性を説く論旨や研究方法の選択理由,結果,そして結果の考察に素直に納得させられたのだ。「納得されせらた」というのは,その研究論文が示す発見を実際に使ってみようという気になったということである。

◆論文を構成する要素の一貫性

 論文を構成する要素を読み進むにつれ,順々に納得させられるということは,その要素間に矛盾がない,すなわち一貫性があるということだろう。

 そこに注目したのがHinshawのサブストラクションである。こう言っている。

 「研究における理論,デザイン,および分析モデルの一貫性をアセスメントすることは,研究を批評および吟味するうえでの基礎である」。

 そして,研究を構成する要素ごとに解体し,そこに盛り込まれている論理の一貫性をアセスメントすることを「サブストラクション」と命名した。コン-ストラクションの「コン con」が「共に」という意味があって,コンストラクションで「構築」という意味であるので,その反対方向の意味を出すために「サブ sub=分割」という意味の接頭辞をつけて造語したというわけだ。

◆質的研究論文の質を見分ける

 Hinshawがサブストラクションを創案した時代は量的研究の時代だった。それを質的研究に導出して,使いやすいワークシートのかたちにまで作りあげたのが北素子・谷津裕子の「質的研究サブストラクション・ワークシート」だ。Hinshawがあげている研究論文を構成する要素はいかにも量的研究のそれであるが,質的論文に導出するときに北・谷津両著者が取り上げた要素は詳細であるとともに,どの質的論文ででも押さえておくべきものばかりである。ワークシートでは,これらの要素は項目としてあげられ,論文からワークシートの項目に対応する部分を抜き書きして空欄を埋める仕掛けになっている。空欄を埋めるといっても,さほど難しいことではない。要約したり解釈したりするのではなく,論文の該当部分を単純にコピー&ペーストするだけである。また,それぞれの項目には,その空欄を埋めた文章をクリティークする視点も明確に示されている。簡便かつ綿密な方法を作りあげたのは両著者の慧眼である。

 質的研究論文は,研究者にとって都合のよいデータばかりを切り取って,そこから恣意的な結果を導き出すことも可能である。しかし,これはミスコンダクトである。質的研究は無知(not-knowing)の姿勢からアプローチしなければ,この方法を選択した意味がない。質的研究論文を読む際には,恣意的な論文であるか否かの判断が必要である。本書はそうしたミスコンダクトを見抜くための強力なツールとなるだろう。

◆研究生産者にも有力な武器

 さらに,このサブストラクション・ワークシートは研究計画書や論文作成の際にも強力な武器となる。研究(生産)者は,自分の研究計画書や論文作成をこのワークシートで展開してみるとよい。論理的一貫性に欠ける部分が寸時に明らかになるからだ。

 論文の弱点を自分で発見できれば,そこをしっかりと強化できる。感銘を受ける論文が続々と生まれることを期待する。

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