医学界新聞

 

死の瞬間まで生きる

メディアセミナー
「緩和医療の現状と展望――教育の確立と実践を目指して」開催


 メディアセミナー「緩和医療の現状と展望――教育の確立と実践を目指して」が10月24日,東京都千代田区の大手町サンケイプラザにて開催された。演者はわが国初の緩和医療学寄附講座教授となった阪大の恒藤暁氏。恒藤氏ははじめに,16世紀の外科医アンブロワーズ・パレの「医師の役割」-“To cure sometimes, relieve often, comfort always”を紹介したうえで,現在の医療は治療のみが重視され,“care”がおろそかになっていると指摘。緩和ケアの意義を再確認した。

死ではなく生に焦点をあてる

 ホスピスは,中世ヨーロッパで,旅人や孤児,貧困者などの救済の場として誕生したが,医療従事者と非医療従事者がチームでケアを行う,近代的ホスピス運動の普及は1967年,英国のセント・クリストファー・ホスピス創立を待つこととなった。

 氏は「近代的ホスピス運動の母」と呼ばれた創立者シシリー・ソンダースの言葉を引用し(“You matter because you are you. You matter to the last moment of your life, and we will do all we can not only help you die peacefully, but also to live until you die.”),「患者一人ひとりの尊厳の尊重」と「死ではなく生に焦点をあてたケア」がホスピスの理念であると強調した。

 また,ソンダースは,患者が経験するさまざまな苦痛について“Total Pain(全人的苦痛)”という概念を提唱。Total Painとは身体的苦痛のみでなく精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛も含み,これらが相互に影響しあって患者の苦痛を形成すると述べた。

緩和医療=末期医療ではない

 WHOは,1986年,報告書「がんの痛みからの解放」を公表して以来,緩和ケアにおけるがん疼痛治療の普及を目指している。また,2002年には緩和ケアの定義を改定。これまで(1990年)は,「治癒を目的とした治療に反応しなくなった疾患を持つ患者に対するケア」とされていたものが,新しい定義では「生命を脅かす疾患に直面している患者とその家族に対して,痛みやその他の身体的,心理社会的,スピリチュアルな問題を予防・評価・対処することによってQOLを向上させるアプローチ」と変更された。

 氏は,これまでがんやエイズなど,限定された疾患の末期のみを対象としていた緩和ケアが,さまざまな疾患に対し,早期から行われるべきと明記されたことを強調。また,「患者と家族を含めて一つの単位としてケアを提供する」ことや「“Total pain”をケアの対象とする」ことも新しい定義の重要なポイントであると述べた。

 緩和ケアの要件には,「痛みやその他の苦痛な症状の緩和」「死を早めることも遅らせることもしない」「患者の療養中から死別後まで家族が対処できるように支援体制を提供」「治療期間を含めて,早期から実践する」などがあるが,日本では疼痛治療は未だ不十分であり,遺族ケアも充実していないのが現状である。

 そんな中,日本でも,本年6月に成立したがん対策基本法に「早期からの疼痛緩和」「在宅での支援体制」など緩和ケアに関する項目が明記された。氏は,「いまだに疼痛緩和が末期のみで,かつ十分に行われていない」という現状が,法律において指摘されたことの重要性を強調。また,現在ほとんどの項目について予算削減がなされている医療財源の中,がん対策のみが予算追加されていることに対して,緩和ケア整備にも機が熟しつつあると語った。

診療報酬による経済的基盤

 一方,2002年の緩和ケアチームへの診療報酬加算も,緩和ケア推進の追い風となったと氏は語った。緩和ケアチームの要件は,(1)身体症状の緩和を担当する常勤医師,(2)精神症状の緩和を担当する常勤医師,(3)緩和ケアの経験を有する常勤看護師,から構成される専従のチームとされているが,この他にも,ソーシャルワーカー,薬剤師などさまざまな職種がチームに加わることが望ましい。このチームを病院という組織内で明確に位置づけ,定期的にカンファレンスを開催,診療の情報提供を患者・患者家族に行う。

 氏は昨年,全国123の大学病院を対象に実施したアンケートで,回答があった99施設のうち,緩和ケア病棟を持つ大学病院が6施設あったと報告。従来,大学病院は高度医療機能病院で,専門の治療を施す場所であり,終末期医療やターミナルケアは必要ないとする考え方が一般的だった中で,「これは20年間ホスピス・緩和ケアに携わってきた者としては感慨深い数字」と述べた。

 緩和医療の目指すものとして「全人的ケア」「QOLの向上」「チーム医療」「継続ケア」「家族のケア」の5つがある。中でも患者のQOL向上は大きな目的の一つだが,氏は「QOLが向上するのは希望と現実の差が縮まる時」と説明。例えば,治療が成功すれば「現実が希望に近づく」が,そうでない時には「希望を現実に近づける」ことも必要であり,そのためには患者-医療者間の情報提供とコミュニケーションが要となる。

 また,氏は,今後の重要な課題として在宅ケアを挙げた。「家族としての役割を果たせる」「患者の意思を最大限尊重できる」などのメリットの一方,「病状の急変時に迅速な対応が困難」「家族に介護の負担」といったデメリットも指摘し,医師・看護師の援助のもと,緩和ケア病棟と連携を取りながら,入院が必要な時には入院するなど,家と病院をスムーズに行き来できるのが理想的であるとした。

 氏は最後に,緩和医療学寄附講座の今後の活動として,「大学病院における緩和ケアチーム活動の拡充」「医学部での卒前・卒後教育の確立」「臨床研究の推進」などを挙げ,「今後,緩和医療がどこでも誰でもふさわしい形で提供されることを目指したい」と語って降壇した。