第2711号 2006年12月11日


【寄稿】

当事者の視点で考える
フォーラム「生命を育む思想――薬害エイズと医療」を開催して

若生治友(NPO「ネットワーク医療と人権」理事長)


 今日,当事者の視点や患者中心の医療の重要性が指摘される一方で,患者・専門家・行政各自の「最善を求める努力」が,必ずしも「最善の結果」をもたらさない場合がある。

 われわれNPO「ネットワーク医療と人権」は現在,薬害エイズ被害者と医療者の関係に注目し,「輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究委員会(委員長=養老孟司)」として調査研究事業を行っている。このたび,これまでの調査成果に加え,医療における今日的課題を,さまざまな立場から考える機会を作ろうと考え,フォーラム「生命を育む思想――薬害エイズと医療」を企画した。

 当フォーラムは10月14-15日に大阪にて開催。14日の基調講演では小林傳司氏(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター)と養老孟司氏(養老研究所)が登壇し,2日間でのべ約250人が参加した。

 小林氏のテーマは「未知なる事態における科学者の役割と責任」。「現代はトランスサイエンス時代で,科学が答えられない数多くの問題に対し,意志決定が求められている」と現代社会の行き詰まりを明示した。そのうえで科学技術が利用される際,専門家-非専門家間をつなぐ「媒介の専門家」が必要であり,市民や専門家自身がパブリック(公共性)を持って判断・意志決定し,相互に「納得できる失敗」を合意できる仕組みが必要であると訴えた。

 一方,養老氏のテーマは「医療行為の不確実性と所与の存在としての患者」。自身の体験と共に医療の不確実性を強調し,救急医療の充実がかえって脳機能障害患者の増加などの問題をもたらしたことを例に挙げ,技術革新に潜む功罪に社会がどう向き合うのかという問題提起を行った。

当事者性の議論のために

 フォーラム1「生まれること,生むこと」に登壇した松原洋子氏(立命館大学)は,戦前の「国民優生法」から,戦後,人口増加防止のため中絶条件と避妊指導を加えた「優生保護法」が国際社会から批判され「母体保護法」に変更されていくまでの,本邦における優生思想の歴史的な全体像を解説した。また,血友病患者の母として早川寿美代氏(大阪ヘモフィリア友の会)は「周囲がどう考えようと,たとえ血友病児であっても生みたい」と発言,サリドマイド被害者・障害者の増山ゆかり氏(財団法人いしずえ)は,「障害自体悪いことではなく,障害を受け入れる社会を」と訴えた。

 フォーラム2「水俣病と現在」が開催された10月15日は,チッソ水俣病関西訴訟の最高裁判決で国・熊本県の責任が確定してから丸2年。原告団の1人が登壇するなど,当事者性を重視した内容となった。木野茂氏(立命館大学)は,熊本大学のメチル水銀原因説が出されて9年後の1968年,ようやく国が公害と認定したことを例に挙げ,「専門家は未知の事態の緊急性や切迫性に注目すべきであり,当事者-企業-研究者-社会間の対話を円滑化することが重要」と強調した。

 坂本美代子氏(チッソ水俣関西訴訟原告)は「最高裁は国と県の責任を認めたが,原告が一人でも負けたら敗訴なのだ」と発言,藤田三奈子氏(甲南女子高校)は,総合学習に水俣病を取り上げた当時は無知であったことを反省し,現在生徒たちに学ばせている思いを語った。フォーラム1に続き増山氏は,被害者が語ることの重要性を訴えたが,同時に,語ることには痛みが伴うということへの理解を求めた。

医学・医療の領域における当事者性の現在

 フォーラム3「医療における医学と倫理」では,勝村久司氏(陣痛促進剤被害を考える会)が,医療現場のカルテ改ざんなど,倫理以前の問題を妻の出産時に体験し,医療の都合で行われる計画分娩が,市民にまったく知らされていないこと自体が問題であると述べた。

 粂和彦氏(熊本大学発生医学研究センター)は,自身の医療現場での違和感や医療過誤訴訟の実例を交えながら,社会と医療者の倫理観に大きな乖離があり,医学と医療の混同が患者を蔑ろにする場合があると指摘した。そして積極的情報公開が専門家の問題性を浮き彫りにし,被害者・患者への傾聴が,専門性の中にない新たな発見につながる契機になると訴えた。

 フォーラム4「医師と患者の語りから-EBMとNBM」では,蘭由岐子氏(神戸市看護大学)がNBM(ナラティブ・ベイスド・メディスン)の説明を行い,山田富秋氏(松山大学)は「輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究」で得られた医師・患者らの語りを紹介。山田氏は,医師の知りうることはわずかであり,NBMは医療者が患者の生活環境全般を聞き取るために必要な手法であると指摘した。患者の語りでは「お任せ医療」に陥る患者への警鐘が紹介された。日笠聡氏(兵庫医科大学)は,急性・慢性疾患の患者に応じて,EBMと「経験や勘」,NBMと「問い」による手法も必要であると述べた。

薬害エイズ調査からの報告

 最終日の最後に行われたフォーラムでは,当法人の調査研究報告に加えて,薬害被害当事者と研究者が協働で実施した調査報告を併せて行った。

 薬害HIV感染被害者(患者・家族・遺族)生活実態調査は,「当事者参加型リサーチ」を手法とした,研究者と被害者(患者・家族・遺族)協働の「薬害エイズ」被害実態調査であり,血液製剤によりHIV感染が起きた当時の医療に,被害者らがどのように対峙していたか,また家族関係へ及ぼした影響などについて報告した。

 一方,輸入血液製剤によるHIV感染問題調査研究では,社会学者らが中心となり医師(医療者)-患者関係に着目して,医療者・患者・家族に複数回の聞き取り調査を行い,各々の立場の主観的意味の明確化を試みている。

 その中で,医師が不確実な状況下で何らかの判断を迫られた時,その行動を決定している要因は,必ずしも科学的根拠のみではなかったことを報告。不確実な状況では医師と患者が共に考え対処していく必要性を訴えた。

 技術の進歩と共に新たな論議を呼ぶ優生思想など,社会に脈々と流れるさまざまな思想は,時々で変化する多様な解釈を人々に問いかける。

 本フォーラムを通して,当事者の実感と世間や専門家の価値観・倫理観に大きなズレが存在すること,またコミュニケーション不全や,いわゆる権威への過信・依存などが指摘された。

 また,参加者アンケートにも,「多くの気づきがあり物の見方を再考する機会となった」という声や,医療者の方々からも「意識が変わった」という声が寄せられ,開催目的は概ね達成されたと考えている。

 一方で多くの問題提起がなされたことは,我々に大きな宿題が課されたといえる。この世に生きるすべての人々が幸せと感じる社会へ変えていくには非常に困難が多い。しかし一人ひとりの営みが積み重なって社会を作り上げていることを考えれば,指摘された課題に対して個々人ができることから始めていくことも必要である。

 専門家の立ち位置,当事者の思い,社会のありようは,水俣病発生から50年以上経過した今だからこそ考えるべき課題であろう。

 当法人の活動にご関心を持たれた方は,HP(URL=http://www.mers.jp)をご参照ください。