医学界新聞

 

【インタビュー】

新時代の看護師に求められるもの
バイタルサインを突破口に

日野原重明氏(聖路加国際病院理事長)に聞く


 『フィジカルアセスメント――ナースに必要な診断の知識と技術 第4版〔聴診音CD-ROM付〕』が2006年12月,刊行された。看護師に求められる役割が大きく変化・拡大する中,長年にわたり「看護師はフィジカルアセスメント能力を身につけ,自立した診療を行うべき」という持論を展開してきた日野原重明氏(聖路加国際病院名誉院長・理事長)に,新時代の看護師に求められる能力と役割についてお話を伺った。


■変革期を迎える日本の医療

 私は,今年で満95歳になります。医師になって69年ですが,昭和の初めから平成までの世界の医療の変化をオーバービューしてみると,これからの変革は,より急激なものになると思っています。

 明治・大正期まで緩やかに伸びてきた変革のカーブが,戦後急上昇しました。これは戦時中に,医師でない人が医療をやるチャンスが生じたことが大きい。戦地では,軍医だけでなく,衛生兵が麻酔や手術までしないと間に合いませんから。

 アメリカでは,その後も災害・救急時には医師に衛生兵が同行し,役割分担して治療を行ってきました。これが成功したことで,アメリカでは,訓練さえすれば,ナースも身体的治療を行ってよいという常識ができたのです。

 一方,日本ではそれが常識とはならなかった。しかし,今ようやく,日本の看護師の役割にも大きな変化が起ころうとしているのだと私は思います。

気管切開をナースから教わった

 アメリカでは,衛生兵も検査技師も,診断・治療といった医師の仕事に合流した。その流れの中で,ナースにも聴診器の持ち方や採血の仕方など,いろいろなことを教えるようになりました。

 一方,日本でも戦後,局所的にはそうした状況もありました。例えば私の大学院時代,京都市の伝染病院でのアルバイト中に,病棟主任看護婦が静脈切開をすることや気管切開術をすることまで教えてくれたんですよ。そこで僕も,初めて気管切開をした。

 婦長さんが「先生,このメスでここを切りなさい」「次にここを上げます」「その次にはこうしなさい」というふうに教えてくれてね。お医者さんではなく看護師さんに教えられて,1時間かかって気管切開をしました。それが面白くてね。僕はもともと外科がやりたかったから。手先のことが非常に好きだったんです。3か月のアルバイトのあいだに35例やって,最後は5分で済むようになりました。もうエキスパートだね(笑)。

聴診器をナースの手に

 しかし,日本とアメリカではやはり身体診療についての考え方に大きな隔たりがありました。

 象徴的だったのは聴診器ですね。今の話のように日本では,ナースが気管切開をすることまであったのに,「診断は医者しかできない」という原則を守り続けて,聴診器は使わなかった。

 実際,いまから20-15年前までは「聴診器はお医者さんのものだ」という考え方が支配的でしたよね。でも,高齢のお医者さんは耳が悪いから(笑)。

 耳が悪いと小さな音が聴こえないから,「あなたは最低血圧が高いですよ。注意しなさい」と言う。だから,あの頃の集団健診は,最低血圧でひっかかる人が多かった(笑)。耳が聞こえないのに,「お医者さんだから」という理由で聴診して,それを科学的なデータだと考えるのはおかしいと思った。

 それで,今から20年前に,NHKの番組で「10歳の子どもでも聴診器で聴診して,血圧が測れる」という企画を,私の出身の神戸の小学校でやったんです。みんな,1時間で血圧を測れるようになりましたよ。

 そして同じ頃,僕は(財)ライフ・プランニング・センターで,ボランティアの夫人に血圧測定を教えるということを,初めてやりました。基礎看護の先生は,あまりそんなことやってなくてね。そのボランティアの人が先生になって,聖路加看護大の学生に教えに行ったのです。

 看護の先生が教えられないことを,ボランティアが教えた。そうしたら,当時の厚生省(以下,厚労省)が,「医師でない人が血圧を測るというのは……」と難色を示した。だけど,耳がよくて知識があればいいんだから,聴診器が医者のシンボルだというのは間違っていると主張しました。非常な反発があったけど,僕はやりましたね。それから10年して,厚労省が数百人集まった保健所長会議で,一般の人でも家庭で血圧を測ってもよいと訂正したんです。これに15年かかりました。看護師さんが聴診器を使えるようになったのは,それよりさらに後です。

 ただ,そうやって制度は変わったものの,今の看護教育では,聴診器をほとんど血圧測定だけに使っています。心臓に,先天性心疾患があるとか,リウマチ性弁膜症があるとか,動脈瘤があるというようなことは,医者の領域だから,という理由でナースには教えていない。

診断のできない訪問介護は危ない

 しかしこうした日本の看護の傾向は,訪問看護が広まる中で,問題として表面化してきました。

 訪問看護というのは医者が処方を出し,スーパーバイズするんですが,大病院のお医者さんは忙しいから,看護師任せで,自分は往診していない。だから病態の変化や,新しい病気が出たということは,全然わからないわけです。「様子がおかしいので往診してください」と看護師が言わない限りは,先生は来ないで,古い処方をずっと何か月も使う。そのために,薬の相互作用で心臓ブロックが生じたとか,危険なことも起こりうる。

 つまり,訪問看護では,診断ができない看護師は危なくてしょうがないということなんですね。

 訪問看護をする人は,聴診器が使えて,肝臓の触診ができて,腱反射があるかどうかを診ることができなくてはいけないし,心電図を取って「後壁梗塞だ」とわかる必要もあるんです。

 例えば,糖尿病の老人は,心筋梗塞になっても前胸部痛はない。痛くないので,冷や汗が出ていても,訪問看護師も「別に熱はないし,ちょっと暑いからでしょう」ということにしてしまう。あくる日急変で亡くなってしまい,死亡診断書は,老人の心臓麻痺だということになるけれど,どんな病気だって心臓が停まって死ぬんだからね(笑)。

 また,バイタルサインの取り方1つとっても,もっと教育が必要です。例えば,老人というのは体温が低い。僕も平熱は35.5℃で,起床時は35.2℃のときもあります。つまり私が37℃の体温だったら,普通の人の38.5℃に相当するんですよ。

 体温計が37℃から発熱だと設定されているから,これより高くないと発熱ではないと看護師さんは教えられている。「何か変だ」というときに,僕が,「平常は35.5℃です。だから,37℃は高いのです」と言わないと,診る人にはわからないでしょう。そういうふうに,「老人と普通の人では診断が違う」といった教育がない。

 同じような例ですが,マラソンの高橋尚子選手は安静時の心拍数が33くらいなんだそうです。これが65とかになると頻脈ですよね。ところが,頻脈というのは心拍が90以上だと教わっているから,高橋尚子が心臓が悪くなって診察を受けても,「異常なし」と思ってしまう。これほど,人によってバイタルサインは違うのです。だから,患者に教育して,「私の体温は何度です」「私の心電図の特徴はこうです」と当人が知っておくようにするといいですね。

■看護師も「医療」を行う

 アメリカでは,いまから40年前に,看護師も医師と同じように診断が行えるようにしようということで,聴診器を使い,眼底を見て,心電図やエコーも読めるように訓練したナースの臨床家を「ナース・プラクティショナー」と呼び,診断も治療もできるようにした。医師会もそれを許したんです。

 そういう風潮があるので,アメリカでは,看護師も,内科医も,外科医も,公衆衛生医も,皮膚科医も,眼底を検眼鏡を使って診ることを学生のときに習います。そして聴診器と,眼底鏡と,血圧計を持って病室に来て,眼底を診る。「動脈硬化による眼底出血があります」とか,「脳腫瘍で乳頭の浮腫が見られます。脳外科に行ってください」といった診断を学生のときに行うので,卒後は,プライマリケアとして自然にそれらを行えるんです。

 また,検査技師にも眼底の診方を教えています。検査技師は,医師が来る前に採血をして,病歴を取り,診察もする。医師が診察をするための材料を集めるわけです。

 それから除細動も,今でこそAEDで誰でもできるようになりましたが,日本では医師しかできなかった時代に,アメリカではCCUのナースが行っていた。50年前にアメリカへ行ったとき既に,ローテーション中のレジデントに,ナースがAEDの使い方を教えていたんです。それを見てから,診断も,検査も,処置も,看護師や衛生兵でもできるんだと思いました。

バイタルサインの定義を広げよう!

 先ほど訪問看護を例に出しましたが,ナースも診断・治療を行えたほうがいいということは,どの病棟でも変わりません。例えば,看護師さんは全身清拭をしますよね。すると,腰の皮下に出血があるのを見ただけで解離性大動脈瘤の診断がつきますが,お医者さんは腰なんか見ないので気付かない。

 また,呼吸停止時に,腹臥位にさせる。呼吸が回復したら,先生に報告をすればいい。こういう「医療」を,医師が来る前にできるようにしないといけない。

 ナースは「看護をやる」と言わずに「医療をやるんだ」と言えばいいと思います。そして,治らない病気のターミナルには,お医者さんでなくナースが主体になる。病気の兆候を見つけたり,夜だけしか出ない症状は,夜勤のナースにしかわからないんだから。

 看護教育でも「バイタルサインを見ろ」と言うけれど,バイタルサインというのは「生きているサイン」ですからね。聴診器も心電図もエコーも全部バイタルサインなのだから,ナースが診ちゃいけない,というのはおかしい。そういう意味で,バイタルサインの定義をずっと広げていってほしいです。

 ナースは聴診をし,触診をし,眼底や心電図を見て,次にお医者さんが来るまでに診断をする。そして「私はこう思いますからこうしました」ということを自信を持って報告し,処置も行います。そういう意味では,診断・治療の3分の1はナースがやるべきだ,といっても過言ではない。

 一方,「看護は私たちが専門」なんて言わないで,介護の人にも看護と医学を教える。そして現在別々に存在している「医療」「看護」「介護」という3つの輪がなるべくだぶるようにする。これが,これからの医学のあるべき姿だと私は考えます。そういう意味では,まずバイタルサインが,ナースの仕事の内容を,そして地位を変えるための突破口だと思います。

ナースの仕事は,ナース自身が変えていく!

 そういうふうに,ナースが自分たちの仕事を自分たちの力で変えていってほしいのです。

 例えば小児診療ですが,研修を終えたばかりで,子どもを育てたり,食事をやったり,ハシカを見たりしたこともない医師が,子どもを診ている。ところが,ベテランの看護師さんで病棟の婦長をして,育児経験もある人は,ちょっと見ただけで「これはハシカだ」とわかるでしょう。子どもに多い伝染病も,授乳のことも,経験があるからよくわかる。そういう人が,レジデントの小児科医の指導で治療がされるから,ハラハラしてるわけです。

 4年制の看護大学を出て,小児科病棟で5年働いて主任になり,大学の修士を2年,さらに3年で博士号を取ると10年です。それが病室では,レジデントの下で命令を受けるのが,いまの日本です。難しい病気は,もちろん小児科専門医が取り扱いますが,よくある子どもの病気の8割は,研修医よりもナースのほうができるはずです。

 だから私は,近い将来,看護大学の修士に,小児の修士,小児科の医師と同じようなことをやらせたいと思っています。例えば,医者でなくても麻酔を2年教える。看護大学を出て,手術場勤務を5年したら,現場にも詳しくなる。それが大学院で2年間,さらに3年間やれば,研修を終えて麻酔医になるよりも,よっぽどできる。そういうコースを創ろうと思ってるんです。

 ところが,僕は95歳でしょう。法律を創るのには時間がかかります。「成人病」を「生活習慣病」に変えるのに20年,臨床研修必修化には35年かかりました。法律が変わるのは待てない,できるのは,法律を破ることだけ(笑)。

 2年前,救急救命士が救急車で,呼吸停止時に気管内挿管をして助けたら,「医師が行う医療をやったから法律違反だ」と訴えられた。ところが調べてみたら,いまの医師の100人中90-95人は気管内挿管なんてできないんです。経験がありませんからね。

 でも,その救急救命士は,お医者さんの指導ができるほど,毎日やっていた。「これはおかしいんじゃないか」ということで,検定試験に合格した救急救命師は気管内挿管を行えるという法律ができたんです。

 だから,僕は訪問看護師に「自分が必要だと判断したなら,何でもやりなさい」と言っています。

 「実技のテストに合格したら,医師でなくても医療を行ってもよい」という法律ができればいいのですが,誰かが破らないと新しい法律はできないんです(笑)。僕が応援しますから,頑張ってほしいと思いますね。


日野原重明氏
1937年京都帝大卒,42年同大学院修了。51年米国エモリー大に1年間留学。その後,聖路加国際病院内科医長,同院長,聖路加看護大学長などを経て現職。その間,厚生省医療関係者審議会臨床研修部会長,自治医大客員教授,国際内科学会会長,国際健診学会会長,日本総合健診医学会会長を歴任。2005年文化勲章受賞。『POS』『平静の心 新訂増補版(訳)』(ともに医学書院)など著書多数。