第2710号 2006年12月4日


連載
臨床医学航海術

第11回   医学教育(3)

田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長)


前回よりつづく

 臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。


 医学教育の3つ目の問題点として,今回は教育・学習方法の問題を取り上げたい。今まで述べてきたように,実際の医療現場では急激に変革するパラダイム・シフトにより医師が要求されるレベルはますます高くなってきている。一方,学生の実力は基礎学力の低下によってますます低いレベルになってきている。その結果として,大学医学部と臨床研修制度の間のギャップはますます開いているのである。

 過去にはこのギャップは誰でも飛び越えられる程度のギャップであったかもしれない。しかし,現在ではこのギャップは乗り越えられる人のほうが少ないのではないかと思うほど,開大してしまっているような気がする。そして,このギャップが開大していくスピードは,そのギャップを埋めようと努力している大学教育改革のスピードよりもはるかに速いように思われる。その結果,大学医学部と臨床研修制度の間のギャップは通常の努力では埋められなくなっているのかもしれない。

教育・学習方法の問題

 現代は爆発的に科学が進歩している。このような時代に最先端の医学知識に追いつき,かつ,それを維持するためには,教育・学習方法も改革しなければならない。

 ここで,教育・学習方法の問題を考えるとき,2つの疑問がある。第一の疑問は,「日本人は,勉強時間が長ければ長いほど,優れていると考えていないか?」という疑問である。勉強をよくする,仕事が終わってからも病院に残って勉強する,院外で行われている勉強会や学会にも積極的に参加するなどの行為は賞賛に値すべき行為である。しかし,徹夜で勉強したという人に勉強した内容を聞いても,よくわかる説明が返ってこなかったり,また,勉強会や学会に行ったという人にその内容を聞いても,居眠りしてしまったとか,あまり納得できる内容の返事が返ってこなかったりする。

 このようなことがなぜ起こるのだろうか? 勉強会や学会に行って講演中に居眠りしてしまうほど疲れているのならば,無理をして出席するよりも,休息をとりリフレッシュして自分が疲れていないときにそのような勉強会や学会に出席したほうが効率的ではないだろうか? 勉強は知識を獲得することが真の目的のはずなのに,このような人たちはどうやら勉強すること,あるいは,勉強会や学会に出席すること自体を目的にしてしまっているように思える。

 筆者がアメリカでレジデントとして働いてカルチャー・ショックだったのが,「できる人は勤務時間が短い」ということであった。日本では,研修医で病院に遅く残って長時間仕事をしていると真面目でよくできる研修医だと誉められる。人によっては,夜に夕食を皆で食べにいき,その後,深夜に病院に戻ってカルテを書いたりする人もいる。しかし,アメリカでこのようなことをすると,やる気のある研修医として誉められるどころか,なんと「クレージー」と呼ばれて仕事を時間内に終わらせる能力のない人間と評価されるのである。できる人は勤務時間内に仕事を終わらせて,その後のプライベートの時間を楽しむ。できない人は勤務時間を超過して働くのである。もちろん,このようなアメリカの価値観が絶対だとは筆者は思わない。しかし,仕事の質を評価せずに時間ばかり評価したがる日本の価値観にも問題があると筆者は考える。

 アメリカでは自分の患者が17時に状態が急変して,当直帯だからといって当直医にすべてを任せて自分は帰宅する医師がいたのには閉口した。しかし,日本では,家庭に居場所がないのか,仕事もしないで病院でテレビを見たり酒を飲んだりして,あたかも自分は24時間365日患者を診ているような態度をとる医師もいるのはどうかと思う。また,日本ではこんなこともある。腎盂腎炎による敗血症ショックでARDS(acute respiratory distress syndrome:急性呼吸促迫症候群)になってしまった患者を診ている医師が,周りからよくがんばって患者を診ていると誉められていた。どんなに難しい症例なのかと思って見にいくと,ただ単に初期治療の時点で抗生物質の選択をもう少し考えて行っていれば,そんなに患者の病態は悪くならなかっただろうというだけの症例であったりする。日本では患者を迅速にかつ正確に診断・治療して治してしまって,自分の机で勉強していると逆にさぼっていると思われてしまうことがある。

 このように勉強すること自体が目的で,得ることの少ない「だらだら勉強」を続けていても,爆発的に発展する最先端医療に追いつくのは困難である。だから,「最小の労力で最大の効果を上げる」ように教育・勉強方法を追及しなければならないと筆者は考える。

 教育・学習方法の問題についての第二の疑問は,「日本人は勉強を苦しいものと考えていないか?」という疑問である。日本では読み書きそろばんなどの勉強に限らず,ピアノのレッスンや水泳などのスポーツの練習では,必ずといっていいほど「苦痛」を伴う。そして,日本では習い事は「苦痛」を伴えば伴うほど「よし」としているところがある。ところが,アメリカでは「学ぶ」ことは「楽しい」ことであった。誰もが上下関係をあまり気にすることなく質問や議論することが可能であった。知識あるものが一方的に知識を伝授してやるといった威圧的な態度をとる人や,専門家の知識は他科のものには教えないというような尊大で閉鎖的な態度をとる人は少なかった。誰もが「医学知識」という「世界遺産」あるいは「人類遺産」を平等に享受できるのである。

 いつまでも同じような教育・学習方法では,大学医学部と臨床研修制度の間にあるギャップは埋まらない。私たちは楽しく効率的で短時間で学習可能な教育・学習方法を追求しなければならない。

現代医療のパラダイム・シフトの諸相
・基礎医学から臨床医学の時代へ
・疾患志向型から問題解決型の時代へ
・専門医から総合医の時代へ
・単純系から複雑系の時代へ
・確実性から不確実性の時代へ
・各国主義からGlobalizationの時代へ
・画一化からtailor-madeの時代へ
・医師中心から患者中心の時代へ
・教育者中心から学習者中心の時代へ

求められる4つの意識改革
・プロ精神を持つ
・フィールド・ワークを行う
・真理の追究目的から患者の幸福目的へ
・知識を知恵にする

医学教育の問題点
・基礎学力の低下
・ギャップの存在
教育・学習方法
・評価方法
・人間関係

次回につづく