第2709号 2006年11月27日


〔連載〕
感染症Up-to-date
ジュネーブの窓から

第14回 “サーベイランス・フォー・アクション”

砂川富正(国立感染症研究所感染症情報センター)


前回よりつづく

はじめに

 この連載では,世界で発生している感染症の中から国際的に注目される感染症アウトブレイクの深層情報や国際的な対応の状況について紹介してきた。本号においてはそれらの情報がどのように検出され,そして対応に至るかについての筆者らの日々の活動および背景について触れてみたい。

 この業務に従事している者たちは,ジュネーブの感染症対応部門においては「サーベイランス・オフィサーズ」と呼ばれることが多い(なお個人的に筆者は,時々呼ばれる「アウトブレイカーズ」のほうが好きである)。グループの人数は,インフルエンザやSARSなど重大な事象の発生によって変動する。彼らは受動的に情報を収集しているわけではない。活動のキーワードは“サーベイランス・フォー・アクション(アクションを起こすためのサーベイランス)”である。

朝のミーティングは緊張する

 日々数百におよぶ公式・非公式のアウトブレイク情報を扱うその活動内容は,まさに“アウトブレイクのサーベイランス”と呼ぶにふさわしい。24時間,世界各地からあらゆる情報が飛び込んでくる。メディア情報の場合はインターネット上のニュースの場合が多い。公式情報の場合には,もたらされる情報の形態は,主としてEメールが多いが,時にはそれ以外の場合もある。電話会議などで情報が寄せられる際には,語学への深い習熟が重要であることを痛感する。主な関係機関のホームページも能動的に探索すべき情報収集の項目である。

 国際的にも重要なアウトブレイクがひそかに始まっているのでは,という心配を持ちながら従事するこの業務は,時間がかかり,緊張が途切れない点で疲れるものである。この筆者らの活動は,一日の中では朝と夕方に大きな2つのアクセントが情報を整理するタイミングとして意識される。――朝一番に行われる全体ミーティングと,夕方に行われるその日のまとめの配信がそれである。

 すっかり秋も深まったこの時期,オフィスでコンピュータのキーボードを叩き始める時刻は,まだ周辺は薄暗い。朝のミーティングでは,感染症警戒・対応部門以外にも,リストに上がった各感染症アウトブレイクの担当部署よりスタッフがやってくる。一度リストに上がれば,彼らから情報を得ることがほとんどであるが,われわれサーベイランス担当者のほうが情報収集の面で早い場合もある。その場合,朝のミーティングでわれわれが求められる情報は患者数や死亡数のそれが主ではない。どのような対応がその地域・国で行われているか,国際機関として対応する必要がありそうか,という「アクション」に関する質問が矢継ぎ早に飛んでくるのだ。アフリカなどの各地域・国には,公衆衛生に関しても歴史的に関係の深いパートナーがいるものだ。概して欧米の出身者は,NGOなどの現場を経験し,国際的な対応の場面や力関係を知ったうえで国際機関に就職している者が多い。これらの人々を相手に,彼らの満足する情報を,特に「アクション」に関して提供することは容易ではない。朝のミーティングは主たる情報提供者となる筆者にとって,かなりの緊張を強いられる場であることは間違いない。

アウトブレイク情報のスクリーニングから確認への流れ

 筆者らが関わるアウトブレイク情報の取り扱いは,「最初のスクリーニング」→「事例の確認」→「リスク評価」→「対応」という流れで進んでいく。この「最初のスクリーニング」のうち,60%を占める非公式情報の最も多い情報源がGPHIN(Global Public Health Intelligence Network)を中心とするメディアの情報である。GPHINは,WHOとカナダ政府によって運営される,感染症・食品・水・化学物質等の汚染によるアウトブレイク,生物テロ,核物質への曝露,そして自然災害等の情報に関する有料のサーチエンジンであり,24時間休むことなくインターネット上のニュース情報を検索している。現在,英語・フランス語・スペイン語・ロシア語・アラビア語・中国語(簡体字と繁体字)の情報がGPHINによってカバーされている。

 筆者らはこれらによる情報を,目を皿にしてチェックしている。しかし制約として,英語に自動翻訳される情報に誤訳があったり,政治的なサイトが過度に強調した情報を検出している場合がある。これらの情報については,人の手によるその後のチェックが欠かせない。収集した情報の「事例の確認」については,WHO地域事務所や国事務所,あるいは当該政府保健担当部署への問い合わせで確認が取れた場合にのみ,アウトブレイクの存在は確認済みとなる。その際に重要な要件は,それらの事例が“Public Health Emergency of International Concern(PHEIC)”と認識されうるかどうか,ということである。

 具体的には,基準として,(1)事例の公衆衛生上のインパクトは重大か,(2)事例は異常であり予期せぬものか,(3)国際的に伝播する著明なリスクはあるか,(4)国際的な旅行や貿易の制限に至る著明なリスクはあるか,という4項目への検討が重要である。これらについては,本連載第10回「アンゴラのコレラ流行」(第2689号2006年7月3日)においても述べたが,2005年に改正され2007年6月に実施される国際保健規則(IHR)の内容に関連している。IHR本文中において,上記の概念がAnnex1および2の中でアルゴリズムとともに述べられている(URL=http://www.who.int/gb/ebwha/pdf_files/WHA58/WHA58_3-en.pdf)。

おわりに

 国際機関におけるアウトブレイク情報の最初のスクリーニングと事例の確認に関して,何の情報がどの地域からもたらされ,これらの作業の対象となったか,等については,さる9月末に,2005年のレポートがWHOの機関紙に掲載されたので参照されたい(WER. No.38, 2006 81, 357-364, URL=http://www.who.int/wer/2006/wer8138.pdf)。

 この報告の中でも強調されていることだが,検出されたアウトブレイクがPHEICがどうかを確認するのみならず,その後の評価,そして最終的な対応につなげていくという部分が重要である。PHEICとして確認された事例に対して,日本の国立感染症研究所などを含むGOARN(Global Outbreak Alert and Response Network: WHOが調整する世界規模での専門家協力組織)を通じた現地への専門家派遣要請が検討される場合が増えている。

 サーベイランスは常に,公衆衛生上のアクションを起こすべく行われていることを実感する。筆者らの緊張した日々は続くが,その活動が国際的な感染症アウトブレイクへのよりよい対応につながっているのであれば,個人としてのやりがいも大きい。来年のIHR完全実施もにらんで,活動の中身の充実を図っていきたいものである。

つづく