第2709号 2006年11月27日


高齢者の食欲不振,褥瘡には亜鉛欠乏の疑いが

第2回日本臨床内科医学会ランチョンセミナーの話題から


 「多くの医師が考えているよりも,はるかに多くの亜鉛欠乏症患者が存在する」――倉澤隆平氏(長野県東御市立みまき温泉診療所顧問)は2002年秋にそのことに気づき,患者の治療と実態調査に取り組んできた。亜鉛欠乏の症状は味覚障害をはじめ,褥瘡の発症・治癒遅延,食欲不振・拒食,舌痛・口腔咽頭症状,皮膚症状,貧血,慢性下痢など多様であり,その多くは亜鉛補充療法で比較的容易に改善・治癒するという。

 本紙では,さる9月17日,東京プリンスホテルパークタワー(東京都港区)で行われた第2回(通算20回)日本臨床内科医学会ランチョンセミナー「亜鉛欠乏症について――亜鉛欠乏症の臨床および住民の血清亜鉛濃度の実態」(座長=東京内科医会理事・石綿宏敏氏,共催:ゼリア新薬工業株式会社)の模様を報告する。


きっかけとなった症例

 倉澤氏が最初に亜鉛欠乏を疑ったのは,精神発達遅滞の73歳の男性患者。食欲不振から経鼻経管栄養となり,さらに拒食となって,胃瘻を造設されていた。全介助状態で,意思疎通はほとんど不可能,食事の介助にも頑として口を開かず,難治の仙骨部褥瘡があり,体位変換をはじめ種々の軟膏療法でも変化がなかった。

 倉澤氏は拒食の原因に味覚障害を疑い,血清亜鉛濃度を測定。SRLの基準値65-110μg/dlに対して42μg/dlであり,明らかに亜鉛欠乏による味覚障害と考え,ポラプレジンクによる亜鉛補充療法を開始した。ほどなく難治の褥瘡が治癒し,食事も進むようになり胃瘻を抜去,元気に会話も可能となった。

 一般に味覚障害がこれほど短期に治癒することは少なく,原因は味覚障害ではなく,食欲不振が原因の拒食で,食欲不振,褥瘡,精神状態が亜鉛欠乏と関係していることを示す衝撃的な症例であったと倉澤氏は述懐した。

亜鉛欠乏の多様な症状

 成書で知られている亜鉛欠乏症の症状は,性的発達遅滞,精子減少・無月経,発育遅滞・異常,貧血,免疫低下,夜盲症,皮膚症状・脱毛,食欲不振・減退,味覚障害・異常,嗅覚障害,下痢,創傷治癒遅延,精神状態の異常,行動異常などである。体内に2-3gしか含まれていない微量元素である亜鉛が重要な役割を果たすのは,多くの酵素の活性中心であったり,亜鉛が補酵素的に働いたりするからだという。

住民の血清亜鉛濃度を調査

 最初に亜鉛不足を疑ってから,同様の患者が相次ぎ,地域住民に亜鉛不足の傾向が予想されたため,倉澤氏は2003年秋,長野県北御牧村村民1431名を対象に血清亜鉛濃度の調査を行った。調査結果から,午前採血群に比して午後採血群が低値に分布しており,血清亜鉛濃度に日内変動があり,また,加齢とともに減少することがわかった。

 亜鉛の不足傾向を証明するのに,午後採血群を除いた午前採血群(小中学生347名,全成人518名)で比較したところ,成人は基準値の低値に分布する傾向があり,超高齢群はより低値に分布する傾向があった(図1)。調査した村民の成人の約20%が基準値の最低値65μg/dlを下回っており,臨床の亜鉛欠乏症患者の発見と合致した。

  小学児童 中学生徒 基準値 成人<69 全成人
平均値 85.7 92.9 87.5 78.9 75.4
標準偏差 10.6 10.2 11.2 11.6 12.2
最高 126 122 110 116 116
最低 63 76 65 51 38
平均年齢 8.4 13.1   54.8 59.9
N 227 120   341 518
図1 北御牧村民の血清亜鉛濃度分布図(2003)
 対象は1431名中午前採血群の865名。

亜鉛欠乏症の臨床

 2006年5月までの4年間弱に,倉澤氏が亜鉛欠乏症と考えた症例は250例を超えた。人口約5500名の北御牧地区を主たる診療圏とする診療所としては,かなりの数といえる。しかしながら倉澤氏はそれを氷山の一角と考えている。亜鉛欠乏症の臨床には,まだ不明な点が多いが,250症例を踏まえ,わかってきたことを解説した。

食欲不振
 食欲不振は,亜鉛補充療法により数日から1週間程度で回復し,著効例では翌日回復するなど,かなり劇的である。一方,味覚障害の改善には数週から1か月程度のこともあるが,難治の傾向があり,なかには治癒不可能なこともある。

 そこで,食欲不振と味覚障害は,発症機序が異なると倉澤氏は考えている。内視鏡の発達で,食欲不振ですぐに胃瘻を造設する傾向にあるが,その前に,ぜひ亜鉛欠乏による食欲不振を思い浮かべてほしいと強調した。

褥瘡
 倉澤氏はほとんどの褥瘡は亜鉛欠乏が原因と考えている。早期の褥瘡は,亜鉛補充療法で1-数週間で治癒するが,重症の褥瘡の治癒には3か月前後の月日を要するという。

 褥瘡は,これまで局所的な循環障害が重視され,体位変換,局所療法に重点が置かれてきた。倉澤氏は,局所の要因はもちろん否定できないが,亜鉛欠乏が主な原因であり,その改善で多くの褥瘡は治癒するとした。一方,亜鉛欠乏が主因でない褥瘡の条件の追究については,今後の課題と述べた。

さらに2調査を実施

 倉澤氏は2003年の調査を「北御牧スタディ」と名づけて,さらなる調査を計画。2004年,旧北御牧村と旧東部町が町村合併してできた東御市民1773名の血清亜鉛濃度の調査をし,「東御スタディ」と名づけた(図2)。しかし,地理的に近郊の調査では,風土病という批判を否定できないため,2005年末から2006年3月にかけて,長野県下7つの国保診療所の協力を得て,診療所の受診患者851名について調査し,「長野スタディ」と名づけた(図3)。

  東御市
  旧東部地区 北御牧地区
  基準値 亜鉛値(午前) 亜鉛値(午前)
平均値 87.5 77.2 78.3
標準偏差 11.2 10.3 10.3
MAX 110 109 109
MIN 65 48 54
平均年齢   60.4 59.3
N   819 198
図2 東御市民の血清亜鉛濃度分布図(2005)
 対象は1773名中旧東部町地区の午前採血群の819名。

  基準値 亜鉛値(全)
平均値 87.5 73.1
標準偏差 11.2 13.3
MAX 110 119
MIN 65 25
平均年齢   73.8
N   851
図3 通院患者(長野県7国保診療所)の血清亜鉛濃度分布図(2005-2006)
 対象は午前採血群の851名。

 倉澤氏は3つの調査をもとに,「長野県民は亜鉛不足の傾向にある」とし,さらに調査を拡大すれば,日本国民全体も同様の傾向にあることが証明されるのではないかと述べた。

亜鉛不足の原因

 亜鉛不足の原因としては,偏食,極端なダイエット,食品添加物,医薬品など考えられるが,倉澤氏は大胆な仮説として,食べ物に含まれる亜鉛が,全体として少しずつ少なくなっているのではないかと述べた。日常的な食物はほとんど大地から獲れるが,その大地が痩せて亜鉛が少なくなっているのではないかという。科学的には明らかとなっていない,生物にとって大切な物質の含有量が減少してきているのではないかと指摘した。

質疑応答

 講演終了後,フロアからは診療報酬について質問があった。現在,亜鉛欠乏症に対する保険収載薬はなく,長野県では県医師会と社保・国保の両診療報酬審査会で協議した結果,ポラプレジンクを保険で認めている。

 また,亜鉛とカルノシンの関係,火山の影響についての質問もあった。

 最後に座長の石綿氏が「非常に多彩,広範囲でわからないことが多いと思うが,他の施設でも追試して,ぜひこの学会で発表していただきたい」と述べ,セミナーを閉じた。