第2709号 2006年11月27日


“発信する”日本学術会議

金澤一郎氏(日本学術会議会長/国立精神・神経センター総長)に聞く


 日本学術会議は,科学を行政,産業および国民生活に反映,浸透させることを目的に,1949年1月に設立された。現在では,わが国の人文・社会科学,自然科学の全分野約79万人の科学者を代表する機関となり,210人の会員と約2000人の連携会員によって運営されている。

 さる10月2日,第20期総会において,同会議の新会長として金澤一郎氏が選出された。本紙では新会長の抱負と金澤氏が総長を務める国立精神・神経センターの独立行政法人化の話題などについてインタビューした。


日本学術会議の大改革

――日本学術会議(以下,学術会議)の会長ご就任おめでとうございます。

金澤 決してめでたくありません。名誉だけれど大変です(笑)。

――先生が,学術会議の会員に初めて選ばれたのは何年前ですか。

金澤 4年前ですね。

――行政改革会議の最終報告から9年にわたる議論の末,学術会議では大きな改革が昨年10月に行われました。結果,七部が三部に減りました。この1年,先生は第二部(生命科学)の部長をされていましたが,具体的にどういうお仕事をされたのでしょうか。

金澤 私がというわけではなく,学術会議としてのいろいろな改革の1つとして,委員会が3種類になりました。1つは機能別委員会で,学術会議を動かすための委員会。もう1つは,課題別委員会で,学術会議が外に向けてどんどん発信するための委員会です。そして,この2つをつなぎ,会員が議論する場として分野別委員会ができました。この分野別委員会は30あって,例えば医学関係でいえば,基礎医学委員会,臨床医学委員会,健康・生活科学委員会,歯学委員会,薬学委員会などがあります。

 私が属しているのは臨床医学委員会ですが,会員はどこかの委員会に属すること,複数の委員会に属してもいいというルールがあります。会員はすべての分野から選ばれているわけではありませんので,もっとたくさんの人に入っていただこうと,連携会員をつくりました。210人の会員のほぼ10倍,1990人の連携会員をつくって,その方々も含めて,それぞれの委員会の下の分科会で活動しようということになったのです。

 私がこの1年間に取り組んだ最大のものは,この分野別委員会の下にぶら下がる分科会を意図的にかなりたくさんつくったことだと思います。このような分科会は,私が部長になったときには何もありませんでした。皆で議論して,少なくとも2つのカテゴリーの分科会をつくろうと決めました。カテゴリーのAとBです。理由はいままでの「研連」とはニュアンスを変える必要があったこと。なぜかというと,研連は,実際はそうではないんですが,自分たちの利益を守ろうとする集団だと思われていた。しかし,その機能は大事なわけで,例えば循環器あるいは神経系のグループなどというのは重要ですから,既存の領域の専門家が,「自分はここの分科会で活動できる」と思えるような分科会をいくつかつくったのです。既存の学問領域をカバーでき,しかしできるだけ統合し,集約した分科会,それがカテゴリーAです。

 それから,カテゴリーBは,1つの領域ではなく,いろいろな領域にまたがる問題を提起して,外に対して必ず発信する義務を負った分科会です。例えば医学教育問題や禁煙社会をつくるための分科会,生活習慣病を少なくするための分科会などです。それらがこの1年の私の仕事でした。つまり入れ物をつくったということです。

新会長としての抱負

――今回,79万人の科学者を束ねる会長職となられたわけですが,抱負をお聞かせください。

金澤 学術会議のもともとの性格づけが,学術分野全般で,ほかの国と違って,理系だけではなく,人文・社会科学という文科系が入っています。これは非常に大きい。なぜかというと,学術会議から発信する内容は,自然科学の考え方だけではなくて,必ず文科系の人たちの目を通っていくわけです。今までもそうでしたが,それをより明確なかたちで常に守りたいと思っています。

 もう1つは,いろいろな専門家の意見を,自分の専門を離れて,人間としてどう考えるか,俯瞰的にまとめるというのが非常に大事なポイントだと思います。これまで,例えば自分たちの研究費を増やしてほしいとか,自分たちの問題を世間に対して言うことが多かったようですが,そうではなくて,世のため人のために,ボランティア精神に基づいて,見識をもって,いろいろなことに十分配慮した品格ある凛とした報告書を出せればいいなと考えています。もちろん品格があるといっても,“トゲ”がぜんぜんないわけではない。苦言もあるかもしれないし,必要なことはきちんと言うつもりです。

 いちばん困るのは,最近話題となった「代理母」のような問題です。こういう問題に,学術会議として素早く対応することをなんとか実現したいと思っていますが,なかなか難しいことですね。

 もう1つ言いますと,今までは省庁や政府に対して提言することを,一応の目標にはしていましたが,これもなかなか難しい。提言の前に,省庁から諮問されて,それに答えていくということを,今後増やしていきたいと思っています。現在,農水省,文科省,厚労省,国交省から諮問を受けていますが,そういうものが今後,重要な位置を占めていくと思います。そして,ゆくゆくは諮問されるのではなく,こちらから「こういう問題があるでしょう」と,省庁に向けて言えればいいなと思っています。

――総合科学技術会議との関係ですが,安倍政権になってから開かれたのでしょうか。

金澤 10月27日に第1回会議が開かれました。月に一度の開催ですが,そのほかに毎週1回,各問題について担当者から説明を受けたり,定例の会議への積み上げをやっています。

 総合科学技術会議との関係は複雑ですが,両方とも内閣府に属していて,「車の両輪」と言われた方もいるように,緊密な関係が必要です。総合科学技術会議には学術会議会長が議員として加わっています。ただ,2つは役割が明らかに違う。総合科学技術会議では,例えば1年先の予算に関する議論を徹底的にやっています。しかも,予算を決めるポリシーをも議論している。一方,学術会議は,長いスパンで先のことを考えた議論をして,いろいろな分野の意見を集約する責任があると思っています。それを総合科学技術会議に伝えることが大きな役割です。

――今回,いろいろ調べているうちに,学術会議が『学術の動向』というすばらしい月刊誌を出していることを知りました。今年の6月号の特集テーマが「終末期医療」で,その中で先生も「アルツハイマー病とALSの終末期医療」という論文を書いておられますね。

金澤 そうそう。読んでくれた? それこそボランティアで,原稿料なんて1円も出ませんが,皆,非常にいいことを書いてくれるので,私も一生懸命書きました。web(URL=http://www.h4.dion.ne.jp/~jssf/text/doukousp/backnumber.html)でも読めますが,冊子体は,購読料として年間8000円払っていただくか,年間1万円払って賛助会員になっていただくと読んでいただけます。ほんとうに申し訳ないことですが,連携会員にも買ってもらっています。財政再建も私の役割です。

国立精神・神経センターの独立行政法人化

――国立精神・神経センターの総長として,いちばん大きな課題は,2010年の独立行政法人化(以下,独法化)だと思うのですが,具体的に進んでいるのでしょうか。

金澤 進んでいるというと,ちょっと語弊があります。やり取りがいろいろあるということですね。

 国立精神・神経センター(以下,当センター)の場合は,独法化の話とオーバーラップして再開発の問題があります。ですから,ほかのセンターと少し違うかもしれません。国府台地区と武蔵地区の統合を前提とした武蔵地区の再開発,その延長線上に独法化があると理解していたわけですが,この統合がまったく白紙になってしまった。別に厚労省(以下,本省)の責任だけではありませんが,いまの段階は満足な状態ではありません。

 当センターは,精神科が主で,神経内科,脳外科,小児神経,それにまつわる歯,麻酔,リハビリテーションなどの科があるわけですが,本格的な一般科がありません。そのために,患者さんに非常に迷惑をかけているし,自分たちとしても不本意な状況がたくさんありました。例えば単なる骨折でも,ほかの病院にお願いしなければならなかった。なんとか自助努力で,整形外科医に来てもらい,内科医にも1人来てもらいましたが,十分ではありません。それが国府台病院と統合することによって解決できると思っていましたが,それがなくなったので,非常に困っているわけです。

 ナショナルセンターの独法化のあり方ですが,本省の前病院課長のときに話が出て,ナショナルセンターの総長6人と病院課長で,かなり議論をしました。ポイントは,ナショナルセンターにはナショナルセンターの使命があり,きわめて重いということです。つまり,本省として,国民からの付託を受けて,当然やらなければいけないこと,やるべきことがあるわけですから,それを実践する場としてのナショナルセンターであるべきということです。

 ナショナルセンターと国立病院機構とどこが違うかということですが,研究所と病院が一体になっていることがあります。病院あるいはセンターから発信するものがある。研究でいえば,新しい治療法であり診断法です。病院でいえば,がんセンターでよく言いますが,治療の均てん化であり,新しい治療の方向性を考えたり,実績を積み重ねることを,本省と強い関係をもちながらやっていくことです。例えば当センターであれば,心神喪失者医療観察法に基づく入院病棟などです。

 そういう使命を果たせ,システムを保てることが保証されないかぎり,独法化はできないということです。国立病院の独法化をしたときの考えでは駄目だということを言い続けています。身勝手なことと言われるかもしれませんが,大きな借金を負って,また同時に大きな使命を背負って歩けるはずがありません。

神経科学の未来

――話題は変わりますが,今後の神経科学の臨床と研究はいかにあるべきとお考えでしょうか。

金澤 神経科学というと,この中には精神科,脳外科,神経内科,それに心療内科もあります。それをどう切り分けて話すべきか迷いますが,総長という立場から1つずつについて言いますと,精神科に関して目標ははっきりしています。病床数を減らすことと治療環境をよくすることです。

 病床数を減らすためには,患者さんの社会復帰が最大のポイントです。当センターでも取り組んでいますが,ACT(Assertive Community Treatment:包括型地域生活支援プログラム)がすでにいくつか始まっています。しかし,簡単ではありません。やはりstigma(烙印)がある。一方,マスコミで取り上げられますが,患者さんがほんとうに事件を起こすこともあるわけです。何をどこまでやったらいいか,ものすごく難しい。

 そういうなかで,研究をこれからどのように進めていくかは大変難しい問題です。今,当センターで関係しているものの1つは,うつを克服しようということで,これは本省の戦略研究の一環としてやっています。もう1つは,うつと無関係ではありませんが,自殺防止に挑戦しています。年間3万3000人という自殺者を少しでも減らすべく,いろいろな方面から人を集めて非常に頑張っているところです。

 そのほかに,新薬の開発に徹底的に協力すること,それから統合失調症あるいはうつの生物学的な原因をきちんと解明することです。これはかなり進んでいて,面白いところにきています。

 ゆくゆくは,当センターの得意なところで,睡眠障害などを前面に出したいと思っています。睡眠障害は社会的問題としては非常に大きく,睡眠障害が克服されると,試算では3兆円浮くとのことです。

 神経内科に関しては,遺伝子のことが盛り上がっていた時期から,少し冷静になって,関連遺伝子をいかに見出すかという仕事に多くの人が入り始めています。例えばパーキンソン病になりやすい遺伝子については,少し芽が出てきたように思います。アルツハイマー病にしてもそうです。多発性硬化症や神経感染症の治療とか,いろいろ進んでいます。

 しかし,残念なことが1つ。それは,臨床研究があまり活発でないことです。理由は,患者さんが1か所にあまり集中しないんですよ。患者さんにとってみれば,いろいろなところに治療する人がいてくれたほうがありがたいんですが,いざあることを調べようということになると,少し機動性に欠けてしまいます。これは私たちも考えなければならないことで,カルテだって,現状ではまったく別々ですからね。

 脳外科は,脳外科医が多くなりすぎて,1人ひとりが手術する例が少なくなったと言っていますが,臨床研究という点では,神経内科と同じような状況ではないでしょうか。

 心療内科は,これから大いに伸びるべき分野だと思います。欧米には,あまり心療内科はありません。精神科や神経内科でやっています。ストレスに対するリラクセーション療法やサプリメントは,逃げ込むところとしてはいいんじゃないですかね。余裕ができたら,そういう部分を伸ばしていけばいいと思います。

――本日は,どうもありがとうございました。


金澤一郎氏
1967年東大医学部卒。73年東大脳研神経内科助手,74年英国ケンブリッジ大薬理学教室客員研究員,90年筑波大臨床医学系神経内科教授。91年東大脳研神経内科教授,97年東大病院長。2002年国立精神・神経センター神経研究所長,宮内庁皇室医務主管併任,東大名誉教授,03年国立精神・神経センター総長。