〈前回までのあらすじ:1975年,遷延性植物状態の娘,カレン・クィンラン(21歳)の人工呼吸器を外すことを認めてほしいと,両親が訴訟を起こした〉
人工呼吸器を外してほしいと望む家族は,「非常(extraordinary)」な処置の下で生かされ続けるのはカソリックとしての信仰に反するという点に加えて,「呼吸器を外すのは本人の意思」であることを強調した。
「患者本人の意思である」ことを証言した第一の証人は母親だった。叔母と家族の友人2人,カレンは倒れる前の3年間に,3回,親しい人々の死に接していたが,その度に,「呼吸器につながれてまで,ただ生かされ続けるのはイヤ。もし,自分がああなったら絶対に呼吸器につなげないで」と語ったと,母親は証言したのだった。母親は,さらに,「いま,毎日,病室の娘の姿を見ていますが,親として,娘が何を望んでいるのかは,はっきりわかります」と断言した。母親に続き,妹と友人が証言に立ち,やはり元気だったときのカレンと交わした会話を根拠に「呼吸器を外すのは患者本人の意思」であることを証言した。
専門家証人として最初に証言したプラムは,「遷延性植物状態」という病態の命名者その人であったが,カレンの病状が「遷延性植物状態」の診断に適合することを確認したうえで,この状態は「脳死」ではなく,法的にも医学的にもカレンは「生きている」ことを説明した。その一方で,カレンの高次の脳機能が回復する可能性はきわめて低いことを認め,呼吸器はただ「延命」のために使用されている事実をも説明したのだった。
2人目の専門家証人,ダイアモンド医師は,カレンの病状を説明するよう尋ねられると,家族たちに向かって「私の病状説明が,ご家族のお気持ちを傷つけるものであるかもしれませんので始めにお詫びします」と断ったうえで,「極度にやせ細っているだけでなく,四肢は捻れ曲がった状態にあります。ある医師は,カレンの姿勢を『グロテスクな胎児姿勢』とカルテに記載しています」と,カレンの病状を描写したのだった。
3人目のクックは,「カレンを呼吸器につなげることは正しい処置であったし,今の状態で呼吸器を外すことに同意する医師はいないでしょう」と証言した。その一方で,クックは,「もし,大量の出血が起こったとしても,カレンの現在の病態で,輸血や手術を行う医師はいないでしょう」とも証言,何が必要な治療で何が必要でない治療なのか,基準があいまいであることを認めた。「医師の多くは,延命治療の中止についてはっきりした基準があればいいと望んでいますが,いまは,何も基準がないのが現状なのです」とクックは説明したのだった。
これに対し,州,主治医,入院先の病院などを代表する弁護士たちは,呼吸器外しに強硬に反対,「カレンの両親の請求を認めることは『安楽死』合法化に道を開く」と,反論した。主治医の弁護士ラルフ・ポルジオは「主治医2人は,たとえ,呼吸器を外せと裁判所に命令されることになったとしても,絶対に外さないと言っています。もし,この2人のような立派な医師がナチス時代のドイツにいたならば,ホロコーストがあれほどひどいものになることはなかったでありましょう」と述べ,「呼吸器外し」を,ナチス・ドイツの残虐行為と同列に論じたのだった。
一方,裁判の様子が,全米に克明に伝えられるとともに,初めは「呼吸器を外す」ことに否定的であった世論が,家族に対し同情・共感する内容へと変わっていった。家族,特に両親の真摯な証言に,感動する米国民が多かったためと言われている。
(この項つづく)