| 連載 臨床医学航海術 第9回 医学教育(1) 田中和豊(済生会福岡総合病院臨床教育部部長) |
(前回よりつづく)
臨床医学は大きな海に例えることができる。その海を航海することは至難の業である。吹きすさぶ嵐,荒れ狂う波,轟く雷……その航路は決して穏やかではない。そしてさらに現在この大海原には大きな変革が起こっている。この連載では,現在この大海原に起こっている変革を解説し,それに対して医学生や研修医はどのような準備をすれば,より安全に臨床医学の大海を航海できるのかを示したい。
前回までに,現在起こっている歴史上の大きな変革である9つの現代医療のパラダイム・シフト,および,それを乗り越えるために現代に生きる私たちに求められる4つの意識改革を述べた。
この大きな変革に対応するためには,今まで以上に個人個人が努力しなければならないことはいうまでもない。また,それだけでは不十分で,この個人個人を育成する教育自体も変革しなければならない。しかし,この急激な社会の変化に対して日本の教育は時代の変化に十分対応していないように思える。今回は教育,特に医学教育について考えてみたい。
日本語の文献を読んでも理解していない。自分で問診した患者さんの病歴をカルテに日本語で文章で記載できない。漢字も書けない。日本語もまともにできないのだから,もちろん英語の論文など読めるはずがない。アニオン・ギャップなどの単純な足し算と引き算の計算も暗算でできない。当然大学入試で勉強したであろう数学・物理・化学・生物や社会科の知識を聞いてもまったく答えられない。また,患者さんを診察するうえで絶対に知っていなければならない解剖・生理・薬理などの知識も当然のごとく知らない。まったくどうなっているんだろう? 時代の個人に対する要求はますます高くなっているのに,逆に個人の実力は何と地盤沈下しているのである!
この基礎学力の低下という事態は単に医学生だけでなく,どうやらすべての学生一般について言えることらしい。2006年2月21日の日本経済新聞の記事「大学激動 第6部 全入時代の学生像(3)」に文章が書けない大学生の話が掲載されていた。以下にその一部を引用する。
「国学院大の大久保桂子教授は,定期試験の変な答案に首をかしげることが多くなった。例えば,「『コロンブス』→『アメリカ発見』→『植民地化』」。単語を矢印でつないだだけの「プレゼンテーション用ソフトか,参考書のポイント解説図のような」単語の羅列。文章で自分の考えを説明しようという意欲が感じられない。箇条書きの無機質な答案は年々増え,文章の解答も誤字脱字がひどい」
筆者も臨床研修指定病院で研修医を指導していて同様の事態に毎年遭遇している。外来で患者さんを問診させて,その病歴をカルテに記載させる。そうすると,その病歴を正確な日本語で記載できない研修医が毎年必ずいるのである。誤字脱字はあたり前,それ以前に文字が書けるのかと疑いたくなることがしばしばある。このような事態になるのは,大学の試験の形式のほとんどがマークシートによる選択肢問題で論述問題が少ないこと,そして,レポートなどで文章を書く機会があっても,過去のレポートや他人のレポートをそのまま丸写ししているか,インターネットの記事の文章を理解せずにコピペ(コピー・アンド・ペースト)していることなどの理由が考えられる。理由はともあれ黙認できない事態である。
以下によくある誤字の一例。「ある疾患に羅患する。」正しくは,「罹患(りかん)する」である。せっかく「罹患」という漢字を正しく書けても,「らかん」と発音するものもいる。「らかん」という言葉を聞くと筆者は「羅漢(らかん)」という言葉を思い起こす。ちなみに「羅漢(らかん)」とは「小乗仏教の最高の悟りに達した聖者」をいう。「罹患」は「らかん」ではなく「りかん」と読むと教えても印象に残らないらしい。いちいちその違いを紙に書いて説明しないとわからないのであろうか? それでもなお「羅患」と書いたり,「らかん」と発音したりする。一体どうすればいいのだろうか? こんな些細な漢字の読み書きをいちいち教えていたら,肝心の患者の病態の議論には辿り着けない。かといって,このような初歩的な間違いを指摘しないわけにはいかない。怒るべきなのか,あきれて放置するべきなのか,煩悩にさいなまれる自分がいる。そんな中,何回も「疾患に羅患(らかん)した」と言い続けるお経のような,しつこいプレゼンテーションを聞いて,すべての苦楽を乗り越え涅槃に至った「羅漢」の悟りに至った穏やかな顔を思い浮かべて,自分もああいう風にならなければいけないのかとも思う。

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・基礎医学から臨床医学の時代へ
・疾患志向型から問題解決型の時代へ ・専門医から総合医の時代へ ・単純系から複雑系の時代へ ・確実性から不確実性の時代へ ・各国主義からGlobalizationの時代へ ・画一化からtailor-madeの時代へ ・医師中心から患者中心の時代へ ・教育者中心から学習者中心の時代へ |
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・プロ精神を持つ
・フィールド・ワークを行う ・真理の追究目的から患者の幸福目的へ ・知識を知恵にする |
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・基礎学力の低下
・ギャップの存在 ・教育・学習方法 ・評価方法 ・人間関係 |
(次回につづく)