第2698号 2006年9月11日


【連載】

はじめての救急研修
One Minute Teaching!

田中 拓
箕輪 良行桝井 良裕
(聖マリアンナ医科大学・救急医学)

[Case6]   呼吸困難……過呼吸だから
大丈夫??


前回よりつづく

この連載は…救急ローテーション中の研修医・河田君(25歳)の質問に救急科指導医・栗井先生(35歳)が答える「One Minute Teaching」を通じて,救急外来,ERで重症疾患を見落とさないためのポイントを学びます。


Key word
呼吸困難,過換気症候群,両下肢の筋力低下,低換気,GBS

Case

 お盆休みの真最中,25歳の女性が「息がしにくい,手足がしびれて歩くのが大変」と訴えて救急外来にやってきた。以前のカルテをみると不安神経症の診断で精神科の受診歴がある。河田君は「過換気症候群かな?」と考えながら診察室に呼び入れた。

 10日前から咽頭痛,鼻水,水様性の下痢が出現し,近医で感冒と言われて風邪薬を処方してもらったが,下痢は治まったものの咽頭痛と鼻水は少し残っている。自宅で休んでいたが,昨日から手足にしびれがあり,今朝からは息が十分に吸えない感じも出現したため,救急外来を受診した。食事はあまり摂れていないが水分はしっかりと摂取している。身体所見では意識は清明,体温36.6°C,血圧110/70mmHg,脈拍100/分,呼吸数は24/分でSpO2は93%であった。他の身体所見では咽頭の軽度の発赤を認めるが,呼吸音,心音には異常を認めず,腹部も平坦・軟で圧痛などはない。

■Guidance

栗井 「しびれ」というのは曖昧な表現だけど感覚がおかしいということ?それとも筋力の低下?

河田 脱力感を訴えるので多少の筋力低下はあるかもしれません。診察室に入る時も歩くのが大変そうでした。

栗井 身体所見は特に問題なさそうだけど,神経学的な所見はどうだった?

河田 えっ? 神経学的な所見も必要でしたか?

栗井 当然。脱力でしょ。過換気とはいえ,25歳でSpO2が93%というのが腑に落ちないし,感冒様症状の前駆があるというのも気にかかる。この患者さんには運動・感覚障害の有無や腱反射のチェックは必要だと思う。河田君は鑑別診断としてどのような疾患を考えた(Check point 1)?

河田 既往に精神科の受診歴もありますし,事前確率から言えば過換気症候群をまず考えました。他にありふれたものとしては気管支炎や肺炎,気胸,見落としてはいけないものでは肺塞栓や高度の貧血などが挙がります。

栗井 肺塞栓や貧血まで鑑別疾患に挙げられるなんて,腕を上げたね!

河田 そりゃ,ごはんも食べず夜も寝ないで勉強してますからね。と言ってもパンを食べて昼寝してますが。

栗井 冗談の腕は下がったね。

河田 ガーン……。ともかく,過換気か否かをみるために動脈血ガスを含む一般採血と,肺炎や気胸を否定する目的で胸部の単純X線写真をオーダーしようと思うんですが。

栗井 動脈血ガスは必要だね。でも他に鑑別診断で見落としてはいけない疾患を忘れてない? 場合によってはルンバールや甲状腺機能のチェックなども必要かもしれないと思うんだけど(Check Point2)。

河田 えー? ルンバールですか?

栗井 それにさらに詳細な病歴聴取も必要かもしれない(Check Point3)。

Disposition
 神経学的所見を詳細にとってみたところ両下肢の筋力低下と腱反射の消失を認めた。また血液ガス所見ではpH7.220,PO2 60mmHg,PCO2 56mmHg,HCO3-29,BE-6と呼吸不全II 型,すなわち低換気の所見であった。河田君はすぐに神経内科にコンサルト。ルンバールの結果などから患者はGuillain-Barre症候群(GBS)と診断された。

Check Point 1

 呼吸困難は救急外来でよく遭遇する主訴のひとつ。機序としては気道狭窄,肺のコンプライアンス低下,肺の死腔やシャントの増加,血液酸素運搬能の低下などが単独,もしくは複合した状態で生じるが,その原因は多岐にわたる。呼吸困難をきたす原因となる疾患の中でも緊急性の高い疾患としては気管支喘息(重積),急性心筋梗塞などに伴う左心不全,アナフィラキシー,慢性肺疾患の急性増悪,緊張性気胸,肺血栓塞栓症,喉頭蓋炎,気道異物,一酸化炭素中毒が挙げられ,前6者は頻度が比較的高い。他に緊急性はないがありふれたものとしては気管支炎,肺炎,気胸,胸膜炎,過換気症候群がある。さらに見落としやすい疾患として,代謝性アシドーシス,GBS,周期性四肢麻痺,重症筋無力症,肋骨骨折,高度の貧血,甲状腺疾患が挙げられる。

Check Point 2

 NINCDS(National Institute of Neurological and Communication Disorders and Stroke)による診断基準では,GBSを診断するうえでの必須項目は一肢以上の進行性の筋力低下と腱反射の消失ないしは低下である。支持項目は臨床所見,髄液所見,電気生理学的検査所見の3つに分ける。臨床所見では筋力低下が急速に進行し4週間以内に進行が停止すること,比較的左右対称性に傷害されること,感覚障害は軽度であること,脳神経麻痺が存在すること,自律神経障害を合併すること,神経障害発現時に発熱がないことなど,髄液所見では発症後1週間以降に髄液蛋白増加があること,細胞数は10/mm3以下であること,などが挙げられる。発症早期には細胞蛋白解離がないこともある。

Check Point 3

 前述のNINCDSによる診断基準ではGBSと診断する際に除外すべき項目が存在する。有機溶媒の乱用(シンナー中毒など),ポルフィリン代謝異常,鉛中毒,薬物による中毒性ニューロパチー,ボツリヌス中毒,ポリオなどである。実際には職歴や生活歴,嗜好などを詳細に聴取すべきである。

Attention!
●呼吸苦+四肢のしびれ=過換気ではない!
●呼吸困難の患者を診たら,代謝性アシドーシス,GBS,周期性四肢麻痺,重症筋無力症も一応念頭に置く!

次回につづく