医師免許はアメリカでも比較的容易に取得することができるが,わが国の国家資格としての医師免許とは若干その意味合いが異なる。まず,州ごとに医療関係の法律が異なるために,医師免許は州政府(State Medical Board)が発行する。すなわち,アメリカには連邦政府が発行する全国共通の医師免許というものは存在しない。医師はどの州でも医師免許を申請することができる。例えば,東海岸のニューヨーク州に住んでいても,西海岸のカリフォルニア州の医師免許を申請することができる。医師免許を複数の異なる州で同時に持つことも可能だが,医師免許の維持費用として毎年数十ドルから数百ドル支払う必要があるため,実際のところ同時に複数の州で医師免許を持つ医師は少ない。
医師免許取得の必要資格および応募方法は州ごとに異なるため,医師免許取得を希望する医師は,自分が医療行為を行う州のState Medical Boardに問い合わせる必要がある。ほぼすべての州で共通している必要資格は,以下の3つである。
1)USMLE(United States Medical Licensing Exam, www.usmle.org)の3次試験まで合格していること
USMLEは日本の医師国家試験に相当し,アメリカ全国および世界の主要な都市で受験することができる。多くのアメリカの医学生は,医学部2年(基礎課程)修了後にStep1,医学部卒業前後にStep2,初期研修中にStep3を受験する。USMLEの各Stepは丸2日間,合計12時間に及ぶマラソンのようなマークシート試験であり,Step3まで合格するためには合計約36時間を必要とした。しかし,2001年前後よりすべてのStepはコンピュータ試験に代わり,若干時間が短縮され,受験する時期も自由に選択することが可能となった。USMLEの点数は初期研修のマッチングに大きく影響する唯一の全国規模の指標であり,特に競争の激しい専門科をめざす医学生は,高得点を取る必要があるとされている。医師免許応募条件としては,7年以内に1次試験(Step1)から3次試験(Step3)まで合格していることや,すべてのStepを3回以内に合格していることなどが求められることもある。
2)ACGME(Accredited Council for Graduate Medical Education, www.acgme.org)に認定された研修施設で1-2年間の初期研修を終えていること
アメリカの指定された研修病院でレジデントとして1-2年間働いた実務経験がなければ,医師免許を申請することができない。また,初期研修(レジデンシー)を行うにあたって研修医は医師免許を持つ義務がない。ただし,研修中に医師としてのアルバイト(moonlighting)を行う場合は医師免許を必要とするので,多くの医師は生活上の必要のため必要研修期間を満たすと同時に医師免許を申請する。これは日本の研修病院でもおなじみの現象だが,アメリカではこの時間も研修医の就労時間として加算されるため,合計で週80時間以上病院勤務に就くことはできず,自ずとmoonlightingに就く時間も制限される。
3)医学部在学中の各科の臨床実習時間が規定を満たしていること
規定の医学部在学中臨床実習時間は各州によって異なるが,アメリカでは医学部3,4年次のほぼ2年間を臨床実習に費やすため,必然的に臨床実習の規定時間は多くなる。特に,主要科(内科,外科,産婦人科,小児科,精神科)における臨床実習規定時間数はきわめて厳しく(各6-12週間),規定時間を満たしていないようなケースでは医師免許申請前に臨床実習をやり直して不足分を補うこともある。
以上3つの条件に加えて,州によってはState Medical Boardとの面接や,その州の医師免許保持者からの推薦状や,州独自の筆記試験や口答試験に合格することが要求されることもある。外国人の場合はECFMG(Educational Commission for Foreign Medical Graduates, www.ecfmg.org)から発行されるCertificateがまず必須条件で,その他に英語(筆記・会話)の試験を課すこともあり,永住権を必須要項とする州もある。
さらに,わが国の無期限医師免許と異なり,アメリカでは医師免許は有効期限付きであり,1-2年ごとに更新しなければならない。更新時に最も重要なものは,生涯教育制度(CME:Continuous Medical Education)の単位である。医療は常に進化するサービスであるため,生涯教育の義務付けは当然の帰結と考えられている。CMEの単位は,CME認定委員会(ACCME)が定めた教育プログラムに参加した時間数で計算される。例えば,ACCMEが認定した学会に1日8時間,計2日間参加したとすると,16時間分の単位を申請できる。カリフォルニア州では2年ごとに医師免許を更新する必要があるが,更新時に要求されるCMEの単位は100時間である。この場合,CMEの単位を平均して週1時間取れば,2年間で規定時間数を満たすことができることになる(1時間×52週間×2年間=104時間)。実際には,どの専門科にも主要学会とも言える3-4日間の大きな学会があり,そうした主要学会に年2-3回参加すれば,規定時間を満たすことができる。さらに,あらゆる医師は医師免許更新のためにCME単位を必要とするので,医師をターゲットにしたCMEビジネスも存在する。こうしたCMEビジネスは,最新のトピックに関する有料の教育プログラムを企画して,有名大学教授を何人も招いて講演させる。その分野の権威とされる教授にとっては,こうしたCMEプログラムにおける講演料は無視できない収入源になる。さらに,ACCME認定のプログラムであれば,CMEのトピックは自分の専門である必要はなく,どんなトピックでもよいので,製薬会社の新薬宣伝を兼ねた無料夕食会等に参加して単位を「稼ぐ」こともできる。なお,研修医(レジデント,フェロー)の間は教育期間とみなされるため,医師免許更新時にCME単位は要求されない。
専門医資格は医師免許と異なり,医師がその専門科で医療行為を行うための法的必須資格ではない。しかし,アメリカでは,専門医資格は初期・後期研修の卒業証書に相当し,医師として実際の臨床業務に携わるにあたり医師免許よりもはるかに重要視される。医師としてのプロフェッショナルアイデンティティ(内科医,脳外科医,小児循環器内科医,腹部診断放射線科医等)を与えるだけでなく,専門医資格を持っていなければ大半の医院や病院で専門医を名乗ることすら許されない。というのは,多くの場合,保険会社は専門医資格のない医師を専門科の診療を行う保険医として登録しないためである。さらに,オープンシステムをとっているアメリカの各病院では,専門医資格がなければ診療資格(プレヴィレッジ)を得ることができず,自ずと行える手技や入院させることのできる患者層に制限が加わる。したがって,初期研修2年間で全科オールマイティの保険医資格をもらえる日本と異なり,アメリカでは専門医資格が保険医資格を得るための条件となる。
専門医資格はわが国では各学会が認定するが,アメリカでは各専門科の委員会(Board)が認定する。Boardは学会とは異なる非政府組織であり,試験および生涯学習を通じて全国の医師の臨床知識および技術の基準を高めることを目標としている。ACGME認定の研修プログラムで専門科によってACGMEが定めた期間の研修を修了すると,Boardが定めた専門医試験(Board Certification Exam)を受験する権利が与えられる。専門医試験は概して難解な試験なので,受験者はかなりの勉強量をこなす必要がある。多くの医師は1000ドル(約12万円)単位の参加費を払って,専門科学会の主催する専門医試験対策の直前講習会に参加して試験に備える。また,研修医はこの専門医試験の準備として毎年専門医模擬試験(In-Training Exam)を受験することが義務付けられている。この模擬試験は全国規模で行われるため,研修医は自分の専門臨床知識が全国でどのレベルにあるか確認することができる。
専門医試験に合格すると,晴れて専門医資格が与えられる。例えば,内科の場合,ACGME認定の研修プログラムで3年間の内科研修を修了し,American Board of Internal Medicine(www.abim.org)が実施する内科専門医試験に合格すると,内科専門医の資格が与えられる。内科専門医試験は丸2日間におよぶ選択式筆記試験であるが,専門科によっては,筆記試験に加えて口答試験も課される。
この専門医資格も医師免許と同様に数年ごとに更新する必要があり,すべての専門医はほぼ10年ごとに再び専門医試験を受ける必要がある。これはアメリカのあらゆる医師にとって大きなストレスで,数年ごとに試験勉強をしなければ専門医資格を失いかねない。また,一般専門医と超専門医の両方を保持する必要がある場合(腎臓内科や内分泌内科など)は,さらに大きなストレスになる。例えば,内科研修を終えて内科の専門医資格を取り,ついで腎臓内科研修を終えて腎臓内科の専門医資格を取得した場合,内科専門医と腎臓内科専門医をそれぞれ別に10年ごとに更新しなければならない。長期的には,医師は知識のアップデートと専門医試験の勉強をする気力がなくなった時点で,医師というキャリアをリタイア(引退)することになる。これは,アメリカでは医師の定年は年齢で一律に定められているのではなく,医師としてどれだけの最新臨床能力・知識を持っているかによって定められていることを意味する。
アメリカの専門医制度は,厳格で排他的である。一般的に,アメリカ以外の国で臨床研修を修了しても,アメリカで専門医資格を取るための役には立たない。アメリカ以外の国で専門医資格を持っている場合,ACGME規定の臨床研修期間よりも短い期間で研修を修了することが認められることもあるが,臨床研修を行わずに済むことはまずありえない。また,わが国と同様,アメリカの専門医制度にはハイエラルキー(階級)が存在する。つまり,超専門科(subspecialty)のボードを取得するには,専門科(specialty)のボードを持っていることが必須条件となる。例えば,内科専門医の資格を持っていなければ,循環器内科専門医試験を受験することができない。したがって,アメリカ以外の国で内科研修を終えたあと,アメリカで循環器内科研修を終えても,一般的にアメリカの循環器内科専門医の資格を取ることはできない。アメリカで循環器内科専門医の資格を取るためには,アメリカで再び内科研修を受けて内科専門医の資格を取る必要がある。
| 足利洋志氏
1996年東大卒。東大病院内科研修医を経て,97年よりAlbert Einstein College of Medicine附属Beth Israel Medical Centerにて内科レジデントおよびチーフレジデント。2001年よりUniversity of California, San DiegoにてLe Ducq Foundation Research FellowおよびAmerican Heart Association Postdoctoral Fellow。04年よりNational Institutes of HealthにてPostdoctoral Fellow。06年7月よりJohns Hopkins Universityにて循環器内科フェローの予定。 |
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香坂俊氏
1997年慶大卒。横須賀米海軍病院,国立国際医療センターを経て,ニューヨークColumbia大学附属St Luke's-Roosevelt病院にて内科レジデントおよびチーフレジデント。2003年よりヒューストンBaylor大学附属Texas Heart Instituteにて循環器内科フェローおよびチーフフェロー。 |