命に共鳴する音――音楽療法の今
清瀬市・信愛病院の取り組みから
代替・補完療法の1つとして近年注目を浴びる音楽療法。日本音楽療法学会による認定制度も2006年で10年目を迎えるが，実際に，どのような形で，医療現場に音楽が導入されているのかについては，あまり広く知られてはいない。本紙では，精力的に音楽療法への取り組みを続ける，東京都清瀬市の信愛報恩会信愛病院を取材した。
人生の最期に聴く音楽
信愛病院では毎週土曜日，さまざまなミュージシャンを招いての「土曜コンサート」を行っている。30分ほどのステージを2回。1回はホスピス患者とその家族に向けて，もう1回はロビーにおいて，入院患者と地域住民に向けて行われており，すべて無料で鑑賞することができる。 取材に訪れた1月14日に土曜コンサートで演奏したのは，ピアニストの重松壮一郎氏
（http://www.livingthings.org/）。「生きとし生けるものすべてとの共鳴から音を紡ぐ」ことをコンセプトに，1年の半分を日本全国ツアーで過ごす即興演奏家である。
ホスピス患者を対象としたコンサートは，ホスピス病棟内のラウンジで行われ，比較的体調のよい入院患者と家族が集まった。車椅子，さらには可動式ベッドで演奏に耳を傾ける患者もいた。
演奏を終えた重松氏は「人生の最期に聴く音楽が僕の演奏になるかもしれない，と考え，精一杯弾きました。僕と患者さんでは時間の重みがまったく違うし，演奏家として，死にものぐるいで精進しなければいけないということを再確認した30分間でした」と語った。
その後行われた病院ロビーでのコンサートには入院患者，地域住民ら50名近くが集い，重松氏の奏でる即興演奏にその身を委ねた。
「当たり前の生活」としての音楽
信愛病院では，ボランティアによる土曜コンサートとは別に，大集団音楽療法（20－30名規模），小集団音楽療法（2－5名），個別音楽療法など，さまざまな音楽からのアプローチを導入している。それらのコーディネート，プランニングを行っているのが音楽療法士の北川美歩氏だ。北川氏は97年より，音楽療法士として信愛病院に勤務している。常勤の音楽療法士の存在は全国的にも珍しい。音楽療法は主に緩和ケア病棟，介護療養型医療施設（認知症病棟含む）において行われており，毎月100名前後の患者と，歌や楽器演奏，音楽鑑賞など，50回以上のセッションを行っている。北川氏は，「目標としては長期記憶の改善などの機能回復，情緒の安定などがあります」と語る一方，音楽療法は，そういった目に見える効果だけを目的とすべきではないと考えているという。
「長期的に見ると，情緒の安定などの効果は明らかに感じられるものの，それは劇的な効果というわけではありません。むしろ，音楽療法を通して自らの人生を振り返ったり，家族とのコミュニケーションが回復するといった，評価することが難しい人間的な部分での効果が少なからずあると考えています」と北川氏は言う。一方で，毎週開催している土曜コンサートでは，直接的な効果よりもむしろ，病前の生活に存在した音楽との触れ合いを病院生活の中でも維持してもらうことを第一に考えているという。
「ホスピスはもちろんのこと，当院の入院患者さんには，病院を終の棲家とされる方がたくさんおられます。そういう方は，こうした病院コンサートの機会でもなければ，なかなか音楽を楽しむ機会がありません。治療のためではなく，“当たり前の生活”としての音楽を提供したいと思っています」
 |
| 「人も，動物も，植物も，この世界にいるすべては息をして，生きている。そのすべてに感謝を込めて演奏したい」という思いを込めて演奏する重松氏。 |
音楽療法の可能性
北川さんの音楽療法の取り組みには，当然のことながら病院全体，スタッフすべての理解・協力が欠かせない。毎週のカンファレンスには必ず出席し，医師・看護師らとの連携をとる一方，土曜コンサートの運営においては，ボランティアスタッフの取りまとめも北川さんの仕事になる。そこでは，病院のスタッフ，患者，そして地域住民が1つになって音楽を楽しむ空間が存在している。「音楽療法」がどのように患者の病状改善に寄与するのかということに疑問を持つ人も，音楽を求める患者に，音楽に触れる場を提供する意義を疑うことはないだろう。日本の医療全般を見た時には，まだ十分に普及しているとはいえない音楽療法だが，慢性期に限って言えば，患者のQOLを高めるアプローチの1つであることは間違いなさそうだ。
◆社会福祉法人信愛報恩会信愛病院
〒204-0024 東京都清瀬市梅園2-5-9
URL: http://www.shin-ai.or.jp/
 |
北川美歩氏
信愛報恩会信愛病院音楽療法士。1993年桐朋学園大音楽学部卒，98年桐朋学園大音楽療法講座修了。日本音楽療法学会認定音楽療法士。 |