医学界新聞

 

診療科を超えたアプローチを強調

第35回日本慢性疼痛学会開催


 さる2月24-25日,第35回日本慢性疼痛学会が伊藤樹史会長(東医大霞ヶ浦病院)のもと,東京都新宿区の東京医科大学病院臨床講堂において開催された。原因,発生機序が多岐にわたる慢性疼痛にどう対応していくのか。「複雑な慢性疼痛に挑み,あきらめない治療姿勢」をテーマに掲げた今回は,治療効果の指標として,治療方針の決定につながる慢性疼痛の評価法についてのシンポジウムが組まれるなど,充実したものとなった。


■客観的に「痛み」を評価するには

 シンポジウム「慢性疼痛の評価法-現状と未来」(座長=順大・宮崎東洋氏,コメンテータ=佐賀大病院・佐藤英俊氏)では,慢性疼痛をどのように評価すべきか,さまざまな試みが紹介された。

 最初に登壇した内野博之氏(東医大八王子医療センター)は疼痛の強さを示すバイオマーカーとして,血中のβエンドルフィンと尿中の8-ヒドロキシデオキシグアノシンに着目。神経ブロックの除痛効果をVAS(Visual Analogue Scale)とともに評価した結果,疼痛評価の指標になり得ることを示唆した。

 佐伯茂氏(駿河台日大病院)はドラッグチャレンジテスト(DCT)について説明。DCTとは疼痛機序が判明している薬物を少量投与し,鎮痛効果から痛みの発生機序を推察する方法で,現在チアミラール,フェントラミン,リドカイン,ケタミン,モルヒネの5種類を用いる。

 氏は「DCTに基づいた治療を行っても効果のない症例はある」と注意を促したうえで,リドカイン,モルヒネが陰性だった患者では実際に効かない可能性が高いことを報告。疼痛の発生機序が不明,効果が得られず治療に行き詰まった時,治療方針の決定,再検討に役立つことを述べた。

非浸襲的な評価法の可能性

 MRIなどを用いた研究によって,慢性疼痛患者では脳の前頭前野,前帯状回の萎縮,視床の神経機能が低下していることが報告されている。

 福井弥己郎氏(滋賀医大)はMRスペクトロスコピー(spectroscopy)によって,局所脳神経機能の指標とされているNアスパラギン酸(NAA)の値を測定し,慢性疼痛の病態評価を試みた。氏は前頭前野,前帯状回が痛みに対する認知,情動面に関与していることから,この部位でNAAが著明に低下している症例には心療内科的な認知アプローチが必要であるとし,治療方針の決定に有用な検査であることを示した。

 田邉豊氏(順大)は神経因性疼痛である複合性局所疼痛症候群(CRPS),帯状疱疹後疼痛(PHN)において,CPT(電流知覚閾値)を測定。CRPSではCPT値に一定の傾向は見られなかったが,PHNでは健常な部位に比べ疼痛を感じる部位は値が高くなる傾向があったことを報告した。今後は治療効果の判定につながるよう,測定方法や測定する病期など,症例数を増やして検討していくという。

運動療法によるアプローチ

 白井誠氏(東京臨海病院)は理学療法士の立場から口演。慢性疼痛患者への運動療法の目的として,痛みによって制限されている日常生活動作の改善をあげた。氏は,運動療法を行う際,姿勢の評価が有益な情報となることを説明。まず姿勢,運動パターンを身体各部位の位置関係から観察,そこから機能的な問題点を分析し,姿勢の修正,四肢の機能改善をめざしていく様子を実際の写真を交えて紹介した。

 田上正氏(熊本市医師会熊本地域医療センター)は「慢性疼痛の評価とその限界」と題し,現在のVASやNRS(Numerical Rating Scale)は患者の主観による評価であるため,心因性の影響も受け,限界があることを指摘。

 患者自身が感じる「不快な感覚および情動体験」の理解が重要であるとし,ナラティブアプローチの必要性を強調した。氏は「患者の痛みを傾聴し,その痛みの意味づけを行い,患者が自分の痛みを客観的に理解,評価できるようにする」とナラティブアプローチの基本を説明し,精神科,心療内科との連携を促した。

 発表後,こうした取り組みに対してコメンテータの佐藤氏も賛同し,米国メイヨークリニックのペインマネジメントセンターでは,慢性疼痛に対して理学療法と精神的アプローチに重点を置いていることなどを紹介した。

■神経因性疼痛の再生治療

 教育講演「神経因性疼痛に対する生体内再生治療の実際」では,神経の再生治療を研究,実施している稲田有史氏(稲田病院)が登壇した。氏の施設では高分子ポリマーのチューブとコラーゲンスポンジからなる「PGA-Collagen tube」を用いて,自家神経移植では根治治療が困難な神経因性疼痛,CRPS患者に対して良好な治療成績をあげている。

 本治療では5cm以上の神経再生においても,通常の軸索再生では説明できない早さでの知覚再生が得られることから,氏は神経再生の過程において,隣接神経の一過性の代償作用があるのではないかと推測。また治療における注意点として,再生時に起こる知覚過敏を患者が疼痛と誤解することがあり,十分な理解を得ておく必要があることを強調した。

 そして「PGA-Collagen tubeは末梢神経欠損,神経因性疼痛に対して有効な治療材料になりうるが,各神経における再生限界の検討が必要となる」と述べ,集学的な治療体系の確立を今後の課題とした。

チームで慢性疼痛に取り組む

 続いて増田豊氏(昭和大)による教育講演「慢性疼痛にどう立ち向かうか:予防と対策」が行われた。

 氏はまず「痛みは単に知覚だけでなく感情,認知,行動にも影響を与える主観的体験であるため,苛立ちや苦悩といった情動反応を伴う」と述べ,経過が悪い場合には身体的要因に加え,心理的要因にも配慮する必要があることを指摘。さらに,慢性疼痛について患者が十分に理解できるよう導くことが医師の役割であるとして,複数の診療科だけでなく,家族,職場とも連携した集学的なチーム医療が求められることを強調した。

 講演の最後に氏は,「まず身体的な痛みを冷静に評価し,薬物・神経ブロックが有効なら適宜実施する。無効な場合は過剰な治療を控え,精神科や心療内科とも連携した,認知行動療法を取り入れたチーム医療が効果的である」と,慢性疼痛への治療方針をまとめて締めくくった。