医学界新聞

 

投稿

日本の抗菌薬の保険適応量および
適応内容に関する問題提起

五味晴美(自治医科大学附属病院感染制御部・講師)


注1:本稿の内容は,自治医科大学の公式見解を反映しているものではなく,筆者個人の意見であることにご留意ください。
注2:筆者は,関連企業と一切の利害関係(conflict of interest)はありません。


 感染症診療においては,治療に際し,抗菌薬を使用することが多い。抗菌薬は,使用する抗菌薬の種類,1回投与量,投与頻度(投与間隔),投与期間が適切であることが要求される。これらは,患者の免疫状態,感染部位,治療対象としている原因微生物,使用する抗菌薬の薬物動態(Pharmacokinetics/pharmacodynamics: PK/PD)によって厳密に決定される必要がある。本稿では,国内で現時点で使用可能な抗菌薬に関し,筆者が帰国後,臨床現場で診療するなかで,際立った問題点と認識しているものを提示したい。

日本の抗菌薬の3つの問題点

 現在,日本で使用されている抗菌薬に見られる問題点は3種類存在する。

1)「世界標準」と認識されている「古い」抗菌薬で,国内では未承認または,販売中止のため使用不可能なものが存在する。
2)承認されているが,保険適応量または,適応内容が不十分である抗菌薬が存在する。
3)欧米での「新薬」が未承認である。

 これらは,その問題が非常に根深く,とても紙面上ですべてを表現することはできない。しかしながら,目の前にいる患者に「最善かつ最適の治療」を提供したくても,法的制限,あるいは,物理的な限界からそれが不可能な状況は大変残念である。そのため,感染症科専門医の立場から,日本の抗菌薬に関する問題を提起し,早期に改善する方向に世論喚起および政策提言できないかと願い,本稿を執筆することにした。

問題点の代表例

 表1-4を参照してほしい。それぞれ,上記の代表例をまとめた。

 表1のNafcillin,Oxacillin,Dicloxacillinは,臨床上,もっとも重要な微生物の1つであるStaphylococcus aureus(Methicillin-sensitive Staphylococcus aureus: MSSA)の第1選択薬であり,欧米の教科書,主要医学雑誌(例:New England Journal of Medicineなど)のレビューにも「標準的治療」であることが明記されている。筆者が聞いた範囲では,国内でMSSAの心内膜炎,髄膜炎などの重症感染に際し,Nafcillinがないため,「最適治療」が提供できず,治療が非常に困難な例や死亡した例が存在している。

表1 国内で未承認または販売中止であるが,「世界標準」と認識されている欧米の「古い」抗菌薬の一部例
抗菌薬名 1回投与量 1日投与回数 1日最大投与量 投与法 適応
Benzathine Penicillin 2400万単位 週1 NA IM 梅毒,リウマチ熱の予防,グラム陽性菌
Nafcillin 2g 4-6回 8-12g IV グラム陽性菌,メチシリン感受性の黄色ブドウ球菌
Oxacillin 2g 4-6回 8-12g IV グラム陽性菌,メチシリン感受性の黄色ブドウ球菌
Dicloxacillin 500mg 4回 2g PO グラム陽性菌,メチシリン感受性の黄色ブドウ球菌
Metronidazole 500mg 3-4回 2000mg IV,
PO
嫌気性菌,トリコモナス,Clostridium difficile腸炎,Bacterial vaginosisなど
Liposomal Amphotericin B 5mg/kg 1回 5-10mg/kg IV 真菌
注1:NA=該当なし。IV=静脈注射,PO=経口,IM=筋肉注射。
注2:上記掲載の投与量は,成人で腎機能が正常な場合の米国FDA承認用量。
*:静脈注射薬が未承認で使用不可能。

 次に,表1,2で掲載したMetronidazoleについて述べたい。嫌気性菌の最適な抗菌薬の1つであるMetronidazoleは,国内では静脈注射薬として使用できず,また,嫌気性菌とClostridium difficile腸炎に保険適応がないという問題があり,非常に深刻である。国内では,嫌気性菌の治療には,主に,Clindamycinが使用されているが,Bacteroides spp.には,その感受性とpotency(in vitroの活性度)でMetronidazoleより劣っている。また,臨床現場で,Carbapenem(嫌気性菌のカバーはClindamycinよりも優れている)を使用中にもかかわらず,嫌気性菌のカバー目的で,Carbapenem+Clindamycin(俗に言う「チエ・ダラ」という併用が好例)の併用がされている。これは,いうまでもなく「不必要」かつ「不適切」である。国内に,Carbapenemを上回る嫌気性菌のカバーが可能な抗菌薬(Metronidazole静脈注射薬)がないため,腹部感染などで「不必要に広域にGram-negativeをカバー」するCarbapenemを使用せざるを得ない状況を,感染症科専門医の立場からは,残念に思っている。Metronidazoleの静脈注射薬があれば,Carbapenemを避け,別の併用が可能なのである。

 表2では,そのほか,経口薬のみ承認され,静脈注射薬が未承認であるものを列挙した。

表2 承認されているが,保険適応量または,適応内容が不十分な抗菌薬の例
抗菌薬名 1回投与量 1日投与回数 1日最大投与量 投与法 適応
Metronidazole 500mg 3-4回 2000mg IV,
PO
嫌気性菌,トリコモナス,Clostridium difficile腸炎,Bacterial vaginosisなど
Azithromycin 500-1000mg 1回 500-1000mg IV,
PO
Sexually transmitted diseases,市中肺炎,非定型肺炎,Mycobacterium avium complex,Helicobacter pylori,non-TB Mycobacteriumなど
Levofloxacin 500-750mg 1回 750mg IV,
PO
グラム陰性菌,グラム陽性菌,肺炎球菌,溶連菌,炭疽菌など
Gatifloxacin 400mg 1回 400mg IV,
PO
グラム陰性菌,グラム陽性菌,肺炎球菌,溶連菌,炭疽菌など
Moxifloxacin 400mg 1回 400mg IV,
PO
グラム陰性菌,グラム陽性菌,肺炎球菌,溶連菌,炭疽菌など
注1:上記,1回投与量は,成人で腎機能が正常な場合の米国FDA承認用量。
注2:Bold(太字)の部分である静脈注射薬が未承認で使用不可能。
*:下線部が未承認で,合法的に使用不可能。また,静脈注射薬も未承認で使用不可能。(表1参照)

 市中肺炎の際に,非定型肺炎のカバーで,Azithromycinはごく一般的に使用されるが,入院適応のある患者には,入院時は静脈注射薬を使用するのが望ましい。ところがこの選択肢は国内にはない。ニューキノロン系(Fluoroquinolone)に関しても,静脈注射薬がないものがほとんどで,化学療法中などの患者で,消化管からの吸収が悪い患者には,使用不可能である。ちなみに,ニューキノロン系の抗菌薬は,Bioavailability(生物学的利用率:静脈注射で使用した場合との有効率の比)が90%以上で,消化管から吸収されることが保証された状態では,静脈注射薬とほぼ同等の効果が見込まれる。

 表3では,抗菌薬の投与方法の日米比較である。現在,製薬会社の統合・再編が欧米先進国では進んでおり,最新の抗菌薬の投与方法は,欧米,あるいはグローバルに同一であるものが多くなっている。ところが,かなり以前に国内で承認された抗菌薬に関しては,国内で独自に臨床試験(“治験”)が行われたため,欧米の投与法と際立って異なるものが多い。β-lactamはその多くが,大きく異なる。例えば,米国FDA(Food and Drug Administration)が承認している1回投与量,投与頻度,1日最大投与量で,際立って異なるものを表3に例を示した。この表に掲げた例では,投与法に,人種差,体重差では,説明のつかない差異がある。Aminoglycoside系のGentamicinの例を見てほしい。薬物動態で,Aminoglycoside系は,濃度依存(concentration-dependent)な抗菌薬のため,最高血中濃度が十分高くないと,抗菌作用が発現しない。国内の承認量は,体重に無関係に1日最大120mgであり,濃度依存であるAminoglycosideの特性が考慮されていない。米国での使用量では,体重が50 kgの人で,1日投与量は,国内量の約2倍の合計225-250 mgである。

表3 国内で承認用量が「世界標準」より低用量のため「臨床効果の発現」および「耐性菌発生予防」に不適切である抗菌薬の一部例
日本での保険適応用量 米国での通常使用量
Ampicillin/sulbactam3gを1日2回
1日6g
Ampicillin/sulbactam 3gを1日4回
1日12g
Piperacillin 1-2gを1日2回
1日最大8gまで
Piperacillin 3gを1日4回
1日12g
Cefazolin 1gを2回
1日2g
Cefazolin 1-2gを1日3-4回
1日3-8g
Ceftazidime 1-2gを2回
1日2-4g
Ceftazidime 1-2gを1日3回
1日3-6g
Imipenem 0.5-1gを1日2-3回
1日2g
Imipenem 500mgを1日4回
1日2g
Meropenem 0.5-1gを1日2回
1日最大2g
Meropenem 1gを1日3回
1日3g
Gentamicin 1日最大80-120mg Gentamicin 1.5mg/kgを1日3回
Gentamicin 4.5-5.0mg/kgを1日1回
体重50kgの場合1日225-250mg
Levofloxacin 100-200mgを1日3回 Levofloxacin 500-750mgを1日1回
*:腎機能が正常な成人での米国FDA承認用量。

 投与頻度(投与間隔)も非常に重要である。半減期の短いβ-lactam系(通常1-2時間)の抗菌薬が国内では,古くからの「慣習」により,「朝・夕方」の2回投与で使用しているケースが多くある。しかし,β-lactamは,半減期が短く,抗菌作用が,時間依存(time-dependent)であるため,投与頻度が適切でない場合,感染部位での濃度が,微生物のMIC(最小抑制濃度)以下になる「空白時間」ができてしまい,期待される臨床効果が望めない。

 筆者は,国内の臨床現場において,欧米に比し,「驚異的」ともいえるほど,Carbapenem系の抗菌薬が,市中感染,病院感染のあらゆる感染症に,いわば「湯水」のようにファーストラインとして使用されていることを「体感」している。この1つの理由をこう推測している。ほかのβ-lactam系の抗菌薬の保険適応量が低すぎ,また適切な頻度で合法的に投与できないため,期待する臨床効果が望めないことを,臨床医が現場でこれまで長く体感してきたからではないか。

表4 欧米の「新薬」で国内未承認である抗菌薬の例(2005年10月現在)
抗菌薬名 1回投与量 1日投与回数 1日最大投与量 投与法 適応(微生物,または感染症の種類)
Daptomycin 4mg/kg 1回 4mg/kg IV グラム陽性菌
Tigecycline 100mg loading,のち50mg 2回 100mg IV MRSAも含むグラム陽性菌による軟部組織感染,合併症を伴う腹部内感染
Caspofungin 70mg loading,のち50mg 1回 50-70mg IV Aspergillus spp., Candida spp. の真菌
注:上記の投与量は,成人で腎機能が正常な場合の米国FDA承認用量。

「抗菌薬問題」は「社会問題」

 さて,なぜ,抗菌薬の問題は,「社会問題」として認識されなければならないのか。筆者は,次の3つ観点から,国内の抗菌薬がかかえる問題点を多くの医療従事者,一般国民,政策決定者に認識していただき,早期に改善策を議論し実施できないか,と考えている。

1)患者の利益:重篤な疾患の場合,抗菌薬の選択,投与量,投与間隔,投与期間は,患者の予後に直結している。患者は,現在可能なかぎり「最適な治療」を受ける権利がある。少なくとも先進諸国で「標準的な治療」と広く認識されているものは,国内でも実行できる状況が要求される。
2)医療従事者の教育:グローバリゼーションが進行する中,若い研修医,医療従事者は,グローバルスタンダードを学ぶ必要性がある。「国外,国内」の医療の質に「格差」「乖離」があるのは,望ましいとは思えない。実際に現場で,国内と国外で,感染症診療方法,抗菌薬の投与方法が異なり,混乱を招いている。
3)耐性菌発生の防止:抗菌薬は,「適切に」使用し,いずれ生じるであろう耐性菌の発生をできるだけ少ないものにとどめ,できるだけ長い期間使用可能であることが,人類にとり,利益が大きい。抗菌薬の使用と耐性菌の出現という終わりのない戦いは,いたちごっこの連続である。将来的に,耐性菌を克服できる新規の抗菌薬をタイムリーに開発できず,臨床上,大きな問題になる可能性がある。また,国内で発生した耐性菌の問題は,グローバリゼーションの進行で,全地球規模的な問題に瞬時に発展する可能性がある。

現場対応と今後の課題

 現在,国内の現場では1)2)のように対応され,3)の医療安全の問題点がある。

現場での対応例・問題点
1)認識の高い臨床医,または,感染症科専門医がいる病院では,以前から必要に応じ,米国FDA承認用量で,抗菌薬治療を行ってきた。
2)DPC(国内の包括払い制度)を導入している病院では,米国FDA承認用量を処方しても,保険査定での問題が減少したので,そのような使用の仕方をしている病院もある。
3)医療安全の面から,国内の保険適応量を超えた用量を使用し,副作用などが生じた場合,国の医薬品副作用被害救済制度は適応にならず,医師個人,病院などに責任がかかる可能性がある。

法改正などを含めた今後の対応
 抗菌薬の保険適応量および適応内容の問題は,「患者の利益」・「医療従事者の教育」・「耐性菌発生の防止」の3点から,国家レベルでの対応が必須である。現在,厚生労働省は,「未承認薬使用問題検討会議」を開催しているが,それに準じ「抗菌薬の保険適応量および適応内容問題検討会議」などを発足し,早急に審議が必要である。


五味晴美氏
1993年岡山大卒。沖縄米海軍病院,岡山赤十字病院を経て,95-98年ベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント,1998-2000年テキサス大ヒューストン校感染症科フェロー,その間ロンドン大で熱帯医学(DTM&H)を習得。00-02年日本医師会総合政策研究機構主任研究員。02-03年ジョンズホプキンズ大で公衆衛生修士(MPH)取得。03年10月より南イリノイ大感染症科アシスタントプロフェッサー。05年2月音羽病院感染症コンサルタントを経て,4月より現職。米国内科・感染症科専門医。