第2650号 2005年9月19日


カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔連載〕  5

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


前回2642号

Q.以前,先生の解答の中に「泣く医者」の話がありました。受け持ち患者が亡くなって,その担当医が泣いていた。その医師に対して先生は「鬱陶しい奴だなあ」と思ったと書かれていました。私はそれに反発を覚えます。懸命な努力にもかかわらず担当の患者さんが亡くなってしまって泣くのは,人間として当然ではないでしょうか。少なくとも,鬱陶しい奴だと切り捨てられる筋合いはないのではないか,と思うのですがいかがでしょうか。(医学生・♂・20歳ほか多数)

-マンネリ医者の安定感

A 精一杯の努力を重ねても,結局患者さんは亡くなってしまった――その悔しさや無力感,そして単純にひとりの人間としての悲しみから,泣きたくなることがあるのは当然でしょう。そのような感性を失うことを以て医者としての成熟であるなどと私は思っていません。無感情でひたすらクールな医者が望ましいわけでもないでしょう。

 にもかかわらず,病棟で医者が泣いていたらやはり私は鬱陶しいと思います。だって,同僚が泣いていたら,医者もナースも困惑してしまうではないですか。仕事上の話があっても躊躇してしまうし,ステーションの前を通りかかった患者は何事があったのかと目を剥き,病棟じゅうに動揺が走るかもしれないじゃないですか。

 「泣く子と地頭には勝てぬ」ではありませんが,泣いてしまうと事態はそこでストップしてしまいます。周囲も困惑します。泣くことは構わないから,その代わり家に帰ってから泣くべきなのです。時と場所をわきまえぬから鬱陶しいのであり,泣いている人間は一介の医療者からアンタッチャブルな存在に切り替わってしまうので困るのです。

 偏狭な経験主義といったものがあります。例えば「お前は健康なくせに,癌になった俺の苦しみがわかってたまるか!」とか,「統合失調症で入院したことのない奴が,統合失調症の患者に精神療法をしたり処方をするなんておこがましい!」などという論法のことです。なるほどこうしたロジックはある意味では正しい。癌の医者や統合失調症の医者のほうが,患者の気持ちをよりリアルに理解することは可能でしょう。ただし,共感のみが医療のすべてではない。他人事だからこそ冷静に判断を下したり,多少なりとも辛い手術や処置をきちんと行うことができる。偏狭な経験主義には,ある種の自己愛にも似た傲慢さがあるのです。

 さて「泣く医者」ですが,私は偏狭な経験主義に近いものを感じ取ってしまうのですね。つまり,「俺以上に骨身を砕いて尽くしたわけでもない奴らなんかに,俺の深い悲しみがわかってたまるか!」といったトーンがどこか透けて見える。そのように感じてしまう私の心がねじ曲がっているのだと言われればそれまでですが(実際,もっとシンプルに悲しんでいるのが普通なのでしょう),やはりどこか辟易とする部分がある。当人なりの感情を忖度してもなお。

 質問者であるあなたの憮然とした表情が見えるような気がします。気をつけていただきたいのは,泣く医者は良いのか悪いのかといった二元論ではないということです。わたしだって正直な話,がっくりとなってどこか遠い地で喫茶店のオヤジにでも鞍替えしようか,なんて真剣に思ったりすることがあります(泣くよりも,そういった発想に向かってしまうのですね,わたしの場合は)。まあそんな次第でとにかく「泣く」には時と場所をわきまえるべきであり,それをしなかったら鬱陶しいと思われることがあっても仕方がない,ということです。

 ところで精神科医として患者さんと面接していると,時おり泣かれることがあります。過去や現在における辛さや悔しさや不安を語っているうちに泣きたくなることは当然あるわけです。で,そういった時に医師である私はどう感じるか。頭の中が精神科医モードになっているので,むしろ舌なめずりをしますね(もちろん,相手によっては泣くことを『武器』とか『道具』として利用するので,逆に警戒しなければならないのですが)。素直な相手は泣くことによって私の前で無防備になったわけですから,この機会を捉えてアプローチをすればうまくいく確率が高まる。そういった発想を吸血鬼みたいな奴だとあなたが断罪するとしたら,もう少し精神に屈折が必要なのではないかと思います。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。

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