医学界新聞

 

印象記

2005年 国際幹細胞研究学会に参加して

王 英正(京都大学附属病院探索医療センター)


 このほど財団法人金原一郎記念医学医療振興財団より,2005年度研究交流助成金の助成を受け,2005年6月23-25日,米国サンフランシスコ,第3回国際幹細胞研究学会(International Society of Stem Cell Research: ISSCR)に参加させていただきました。

 ISSCRは参加者650人・参加国22か国で始まり,今回,参加者は2000人を超え,地元メディアやThe New York Times,さらにはいくつかの参加国のホームページ上にも取り上げられました。学会規模の拡大とともに,幹細胞研究に対する社会的な関心も高まりを感じ,今後も参加者がさらに増加しそうな印象を受けました。

学会の様子

 本研究会は朝昼にさまざまな幹細胞(adult, embrionic, germ stem cell等)の講演が,夕方にはポスターセッションでの発表・議論が行われました。今回の学会の特徴の1つとして,若手研究者を対象にした交流や理解を深めるイベントが催されたことです。中でも「Junior Investigators Breakfast Session」で取り上げられた“ハイインパクトジャーナルの書き方”“ラボのあり方”の話は,大変興味深く有意義なものでした。

 ポスターセッションでは,『Nature』や『Cell』などの著者による発表も多く,論文には記載されていない内容を含め,著者らと直接話せたことは大きな魅力でした。ポスター会場で人だかりができた演題の1つに臨床研究がありました。幹細胞研究はテーマ上,基礎研究の話題が圧倒的に多かったのですが,臨床研究の話題にはわれわれを含め,高い関心が寄せられていることがよくわかりました。次回はカナダ.トロントで開催されます。幹細胞研究に興味のある方には,非常に有意義な情報と幅広い交流が得られます。ぜひ参加されてみてはいかがでしょうか。

ES細胞研究最前線

 ES細胞(Embryonic Stem cell)とは,初期胚に由来したすべての臓器構成細胞に分化できる能力(多能性)を持ち,かつ多能性を保持したまま増殖可能(自己複製)な細胞と定義されています。このES細胞は倫理上の問題はあるものの,細胞治療を開発するための重要な柱として考えられ,近年,多くの研究報告がされています。今回のES細胞に関する発表は,わが国と異なりヒトES細胞を使ったものが多く,また自己複製,分化に関してはfeeder free及びdefined mediumを用いた検討が幾つか見受けられました。これらの研究は全体の約3分の1を占めており,すべてを網羅するのは困難でした。その中から心筋細胞への分化検討に関する発表を報告させていただきます。

1)ES細胞の分化における心筋前駆細胞群の検討
 マウントシナイ医学校(米国)のグループらは,初期中胚葉マーカーであるBrachyuryプロモーター下にGFPをつけたマウスES細胞を用いて,心筋前駆細胞群の同定を行った。それによるとBrachyuryは分化誘導後,約2-4日の短期間にしか発現しないこと。3日目にBrachyury+/FLK‐1-で選別し,Notch刺激を1日行った後にFLK‐1+に変化した群を再度選別することにより,かなり高率に(ほぼ100%)心筋細胞に分化すると報告した。一方,3日目にBrachyury+/FLK‐1+で選別した群にNotch刺激を行うと,高率に血球細胞から内皮細胞への分化が進むことも報告した。

 これらの結果は,ES細胞の分化においてNotch signalが重要な役割を果たしていることを示唆していた。また,同グループからは他の分化誘導として,3日目にBrachyury+/SCL(CD4)+で選別を行い,この群に高用量のActivinを投与するとCardiac potentialを持った中胚葉系に分化しやすいことも報告していた。

2)ES細胞における心筋細胞増殖因子,心筋採取法の検討
 フロリダ大学のグループらは,βカテニン依存性でWnt signalのantagonistであるChibbyという転写因子に着目し,過剰発現によりマウスES細胞における心筋分化が,従来に比べ2-3倍に増えることを報告した。

 GSK3β inhibitorによりWnt signalを活性化させることにより,feeder freeでES細胞の増殖能が保たれることは,以前に報告されていることから非常に興味深くみていた。一般にヒトES細胞における心筋分化効率はマウスES細胞に比べて低いが,カルフォルニアのゲロンコープらのグループは,Embryoid bodyを形成せずにRPMI/B27というmediumに,Activin,BMP4及びIGF‐1を加えるタイミングを変えることにより,心筋分化が約40倍と驚異的に増えることを報告していた。

 また同グループは心筋細胞の採取方法としてパーコールを用いた方法も報告していた。これはある程度分化したES細胞をパーコールで分離し,再度浮遊培養させるというものであった。得られた心筋細胞の純度は60-70%と今ひとつ高くはないものの,心筋細胞に特異的表面マーカーがない現時点では,有効な方法の1つと考えられた。

注目が増す生体組織工学

 幹細胞が目的とする細胞に増殖・分化しやすい環境を提供し,生体組織・臓器の再生を誘導していくための技術として,生体組織工学が近年注目されています。今回のポスターセッションでも,さまざまな種類の素材を用いたscaffoldに,ES細胞・骨髄間葉系細胞(MSCs)・germ cellなど,幹細胞を培養し分化増殖を検討していました。比較的MSCsを扱ったものが多く,biodegradable hydrogelsとunmodified hydrogelとの増殖能の比較,typeⅠcollagen nanofibersの孔径と増殖効率をRhoやMARKの活性化作用から比較検討し,細胞培養における素材からみた分化能の変化などが興味深いところでした。他に興味深かった演題を以下にあげます。

1)ES細胞やEG細胞を,TGF‐b1・BMP2存在下に3D構造scaffold:polyethylene glycol‐based photopolymerizable hydrogelsで培養すると効率よく骨格筋に分化する。
2)血管新生誘導物質なしに,PEGylated fibrin patchにMSCsを培養すると,血管様ネットワークが形成され,これらの細胞は血管特異マーカー陽性であり,scaffoldを用いることによる血管床作成の可能性が示唆された。
3)神経再生の足場として,ラット脊髄障害モデルに障害部位をまたいでpolymer hydrogelで覆うことにより,神経細胞の再生・機能回復を示した。
4)間葉系細胞をhydrogel上で培養可能なことから,脊髄神経欠損部位の再生に有用な候補となりうる。

 これらは生体組織工学研究が今後の臨床治療のツールとしての可能性を示しています。今回ポスターセッションでの生体組織工学分野は総演題数の1割に届いていませんでしたが,臨床応用を考えると,幹細胞を用いた再生医療にとって必要不可欠であり,今後発展していく分野と感じられました。

おわりに

 私自身,初めて海外研究会に参加して一番辛かったことは,英語での議論が十分にできないことでした。このため興味のある発表でも細かく質問することができず,もどかしく思えたことが多々ありました。しかし,幹細胞研究がかなりのトピックであること,そして世界中の研究者の競争意識とレベルの高さを痛感しました。今後は,同じ分野での研究者と情報交換をした貴重な経験を活かすべく,なお一層の努力を重ねたいと思います。

 最後に,今回の研究会参加をご支援いただいた金原一郎記念医学医療振興財団に心より御礼申し上げます。