医学界新聞

 

カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔連載〕  4

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


前回2638号

 僕の口癖は,「へえ,そういうものなんですかぁ」なのだそうです。例えば処方の内容を検討してみると,作用的に矛盾した効果を示しかねない2つの薬剤が使われていたりする。そのような投薬をしても構わないのか疑問に思って先輩に尋ねてみても,大概の場合は,はっきりとした根拠を示してもらえることはありません。ただし,臨床の場では経験上それで上手くいっていることは確かなようなので,「へえ,そういうものなんですかぁ」と口にしてしまうわけですが,これが先輩にとっては小馬鹿にした物言いに聞こえるらしいのです。僕はそんなに嫌味な奴なんでしょうか?(研修医・♂・26歳/精神科ローテ中)

-こうすると効果がマイルドになる

 おっしゃる通り,嫌味です。が,あなたの問い掛けが間違っているとは思いません。もともと医学には胡散臭いところがやたらとあって,エビデンスだとか何とか言っても経験と直観とが大きな要素となる領域です。厳密には作用が相反する2つの薬剤がいっぺんに投与されたり,同じような効果を持つ薬剤がわざわざ2種類同時に用いられたりすることがあるのです。薬理学的には,血中の半減期から考えて1日2回の投与で十分なはずの薬剤が,なぜか分三で投与されたりもします。

 精神科医になりたてのころ,抗精神病薬と一緒にマイナートランキライザーを投与している先輩がいたので,なぜそんなものを加えるのかと質問したら,「こうすると効果がマイルドになる」と答えていました。マイルドになるとはいったいどのようなことなのか,と問い詰めたくなりましたが,たぶん嫌味な奴と思われるだろうと予想して黙っていた覚えがあります。ただし別な先輩は同じようなことをしながら「ま,調味料みたいなもんだ」と言っていて,これには何となく説得力を感じました。

 理論とかデータが揃っていても,臨床の場では必ずしもそれを裏付けるような形で治療が進むわけではありません。いまだ解明されていない要因が絡んでもいるでしょうし,心理的な要因が作用したり,実に複雑な状況を呈しているのです。

 さて私は,さきほど「ま,調味料みたいなもんだ」という先輩の説明に説得力を感じたと書きました。医療者として,さまざまな試行錯誤を重ねた挙げ句,時には科学的には必ずしも正しくないようでいてもプラスに作用する場合があって,そんな事態を認めると自分の仕事がいかにもインチキめいて感じられて自己嫌悪に陥ったりもするが,まあ結果オーライならば仕方がないよね-そんな諦観とシニカルさが程よく感じられて,私にはかえって誠実さが感じられた次第なのです。

 結局,理論やデータと医療の現場とでは,多かれ少なかれギャップがある。そこを経験で補っていくうちに,他人からは非科学的とも映りかねない処方や手技を行っていることもないわけではない。しかも,自分なりの経験や手応えに裏付けられていると,それは医療者としての自信とか信念となって患者へ提示されることになる。すなわち気合が入っているので,意外にも良い結果が出やすい。

 あなたは馬鹿にするかもしれませんが,「気合で治す」ということはちゃんと存在します。少なくとも,そのようなスタイルで患者と医者との間にある種の治療関係が生じてそれが良い方向に作用するケースはありましょう。まあそのあたりを突き詰めると心霊治療みたいになってしまいかねませんけれど,臨床の不思議さと曖昧さについては,もう少し謙虚になってみることも必要でしょうね。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。

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