医学界新聞

 

麻酔科医のマンパワー不足を考える

東京麻酔専門医会総会の話題から


 さる6月11日,東京麻酔専門医会総会が宮坂勝之会長(国立成育医療センター)のもと,東京都世田谷区の国立成育医療センターにおいて開催された。

 深刻な麻酔科医不足を解決するにはどうすればよいのか,公開討論「麻酔科医はなぜ少ないか,何が問題なのか?」(司会=順大・稲田英一氏,慶大・武田純三氏)では,麻酔科医だけでなく行政,マスコミに携わる演者も参加し,活発な議論が交わされた。


手術件数が増加傾向でも 麻酔科医は増えず

 討論に先立ち,麻酔科医のマンパワー不足の現状について,司会の武田氏は「手術件数が増加する中で,多少のゆとりがあってカバーできていたものが,破綻し始めたのではないか」と指摘し,2003年度に行った麻酔科医のマンパワー調査について報告した。

 この調査は全身麻酔を行っている大学病院および一般病院を対象に行ったもので,一施設あたりの麻酔科医師数は大学病院で平均20人(うち半数が研修医),一般病院では平均3人(うち1人が研修医)であり,現場の麻酔科医は感覚的に約1.5倍の人員増を求めているという。

 また,一般病院の多くは専従の麻酔科医がおらず,そうした場合,外部の麻酔科医や院内の外科医によって麻酔が行われていることも明らかとなった。氏は調査の結果から,麻酔科医不足の理由として「手術件数の増加や安全性の要求による需要の増大」「労働環境や社会的評価から麻酔科医の増加がない」「新臨床研修制度の導入,麻酔科医の転科」をあげた。

魅力ある麻酔科をめざして

 続いて登壇した本山悦郎氏(ピッツバーグ大)は,米国における麻酔科医の現状を,麻酔看護師(nurse anesthetist)の歴史にもふれながら説明。日本における麻酔科医不足の解決策としての麻酔看護師の導入について,「たしかにマンパワー不足は解消されるが,日本では現状としてそもそも看護師が足りていない。また安全で質の高い麻酔を行えるようにする教育制度の確立は容易ではない」と慎重かつ十分な議論が必要との考えを示した。

 そして氏は,より多くの医学生や研修医が麻酔科医を志すようになるためにも,「魅力ある麻酔科」をめざすことが課題であるとし,仕事量に応じた収入や麻酔科医のQOLの改善,積極的なCPR,ACLS,シミュレータ教育の導入といった麻酔科教育・研修の充実の必要性を強調した。

 会場からは「魅力ある麻酔科医」を学生,研修医に見せることも重要との指摘があり「手術後も患者のベッドサイドで痛みについて聞くなど,医療者としての前向きな姿勢は必ず学生や研修医に伝わる」という意見があった。

■麻酔科医不足にどう取り組むか

 公開討論では,まず麻酔科医不足を改善するための方策が議論された。菊池博達氏(埼玉医大)が,「外科が専門分化していっても,麻酔科は麻酔科のまま1つであり,したがって人員が増えることもない」と指摘。麻酔にもsubspecialityとして心臓麻酔,小児麻酔などがあり,これらを麻酔科の中で分化・確立させ,「大きな麻酔科」を作るべきと述べた。

 諏訪邦夫氏(帝京大)は「麻酔が自分の仕事として,かつ自分の収入に結びつくことが麻酔科医の意欲の維持・向上につながる」と待遇面での改善を強調。これについて梅田勝氏(国立病院機構)は「例えば仕事量に対して『麻酔科手当』というものを設定するのは,他にも小児科などハードワークな科があるため,麻酔科のみというわけにはいかず,難しい。麻酔という行為に対する手当であれば可能なのではないか」と述べた。

 また,田辺功氏(朝日新聞編集委員)は「基本的には日本における臨床軽視の傾向が問題。医療者の努力には限界がある」として,制度としての改善が必要であると訴えた。

 会場からは,「外注で麻酔を行った場合,残業に対して手当が支払われるが,大学ではそれがない」と大学勤務医の待遇改善を求める声もあり,菊池氏は「サービス残業は確かに問題。よい医療のためには労働環境の整備が必要で,質の確保は安全につながる」と回答した。

麻酔看護師の導入で 麻酔科医不足は解決するか?

 続いて,本山氏の口演で触れられた麻酔看護師の導入について,武田氏は日本の麻酔事故件数が,世界的に見ても低いことを指摘し,麻酔科医以外の医療従事者が麻酔を行うことについては不安な部分が残るとコメントした。

 諏訪氏も,「麻酔を詳しく知らない外科医でも一応は麻酔ができるため,日本における麻酔の技術・安全性への認識はまだ甘い。ここで麻酔看護師を導入すれば,ますます『麻酔は医師の仕事ではない』と麻酔科医がいなくなるのではないか」と述べた。菊池氏によれば,現在台湾では病院側が人件費の理由から麻酔看護師を積極的に採用し,麻酔科医がいなくなるという事態が起きており,こうしたことは日本においても十分起こりうるという。

 田辺氏は客観的な視点から「現在,一般病院の3分の1において,外科医が麻酔を行っている。これを問題と考えるのであれば,麻酔看護師を導入するとしても,あくまでも麻酔の補助に留めるべき。逆に,外科医が麻酔を行ってもよいというのであれば,麻酔看護師でもよいのではないか」と述べた。

 また,会場から宮尾秀樹氏(埼玉医大)は「質と数の問題があるが,まずは数がないと質を確保できない。マンパワー調査の『今の人員の1.5倍いれば』というのは,今のQOLを維持するために必要な人数で,麻酔科医のQOL改善のために,麻酔看護師の導入を視野に入れる必要があるのではないか」と発言。ICUの看護師をトレーニングすることで,麻酔の維持はできるのではないかと指摘した。

改善の鍵は集約化

 こうした現状をふまえ,麻酔科医の質をいかに確保するかということについて,教育の面から本山氏は「一定数以上の症例が必要なため,ICU,ペインクリニック,小児麻酔などのフェローシップがあるところは限られている」と問題点を述べ,稲田氏も「専門教育をするための設備,教官,症例を用意できるところはなかなかない」と同意した。

 このように,質の高い麻酔を行える施設が限定されているということに関連して,梅田氏は「質を保証するにはある程度の集約化が必要」,武田氏も「現状で麻酔科医の数が限られている以上,効率的にやることが重要。病院の集約化を図れば,麻酔科医不足は改善される」とコメントした。また,具体的な集約化の方向性について田辺氏は,「まずは質の評価。『麻酔科医に聞けば外科のレベルがわかる』と言われていても,実際にその情報は外へは伝わらない。情報公開すれば,自然と統廃合によって集約化はなされるのではないか」として,集約化においては麻酔科医が手術に参加できない病院では手術を行わないといったことも必要なのではないかと述べた。

 最後に司会の武田氏は,麻酔科医不足の現状は日本の医療の縮図と指摘。会長の宮坂氏は「麻酔科医の声が,まだ十分に外へは届いていない。社会に今の状態が危険であることを伝え,まずは集約化に取り組んでいく必要があるのではないか」と議論をまとめた。