医学界新聞

 

《シリーズ》
腫瘍内科
-がんをトータルに診る時代
監修  勝俣範之
( 国立がんセンター中央病院第二通院治療センター医長 )

第 3 回
〈 インタビュー 〉

大学でがん治療を教える

田村和夫 ( 福岡大教授・内科学第一講座 )


2624号よりつづく

 大学における腫瘍学教育の実践は,日本のがん治療をめぐる諸問題の中でも大きな課題の1つです。今回は,大学での腫瘍学教育の実践者の1人である福岡大学内科学第一講座の田村和夫教授に,腫瘍学教育導入の経緯やそのコンセプト,また,実際にどのような教育の工夫がなされているのかを伺いました。


内科医はがん治療に 目を向けてこなかった

 近年,臨床腫瘍学教育の充実を求める声があがっていますが,まずはこのような状況が生まれてきた経緯についてお話しいただけますか。

田村 日本のがん医療の歴史を見ますと,1960-70年代は,局所療法の最盛期でした。全身療法や支持療法というのはそれほど重視されておらず,内科ができたことは診断までで,全身療法として内科医がサポートするような体制も医療技術も,成熟していなかったんですね。

 外科療法では拡大手術が進み,低線量のX線による放射線療法も行われました。その一方で,抗がん剤はほとんどありませんでした。現在支持療法はがん治療のとても大事な要素ですが,当時は輸血といっても全血輸血ぐらいしかなかったので,例えば白血病で血小板が足りなくても,血小板輸血はなく,出血で患者さんがどんどん亡くなっていくという状態でした。

 80年代になって支持療法が盛んになったことと,固形がんに効くシスプラチンという薬が出たことが,がん医療に大きな変化をもたらしたと思います。シスプラチンは非常に副作用が強く,一定量以上使う時には十分な輸液をして利尿をつけないと腎障害を起こします。そういった難しい薬を,外科の医師が手術しながら使うという状況では,なかなかうまくいかなかったわけです。

 欧米では,このような難しい抗がん剤をきちんと使えて,全身的なケアができる内科医を作ろうということで,アメリカの臨床腫瘍学会(ASCO:the American Society of Clinical Oncology)が1960年代にでき,さらに内科学会のsubspecialtyとして腫瘍内科医が少しずつ輩出されてきました。外科は手術を中心として,放射線科は放射線療法を中心にし,抗がん剤を含めた薬物療法等の全身的な治療は内科医が行うという住み分けをして,がん患者さんの治癒率を上げ,一方治癒が難しい患者に対しては緩和・延命をめざす体制になったわけです。しかし,日本では内科医ががん治療に目を向けてこなかったという現実があります。内科医は依然として主に診断学をやって,治療は外科に任せてきたわけです。それがずっと現在まで続いてきているというのが現状ではないかと思います。

 やはり早期のがんには手術が有効ですし,一部は放射線だけでも治ります。しかし,それから少し進行した程度の早期のがんでも,悪性度が高いものについては薬物や放射線を用いたアジュバント療法で残存しているかもしれない腫瘍を叩くために,そして治癒率を上げるためには徹底した治療が必要です。ここで手を抜かないためにも,きちんとしたプログラムに則ったトレーニングを受けた腫瘍内科医の存在が必要だと私は思っています。

 これまでは「アジュバントだから副作用の少ないもので無難にやればよい」というところがありました。しかし,それはむしろ「百害あって一利なし」で,やはり標準的な治療をきちんとスケジュール通りにすることが大切です。

福岡大学での腫瘍学教育

 それでは福岡大学における教育についてお聞きしたいと思います。まずは,先生の実践されている腫瘍学教育のコンセプトを教えてください。

田村 福岡大の学生は開業医の師弟が多いので,将来,臨床医をめざす人がほとんどです。その意味で言えば,卒前・卒後を含めて,良質な臨床医を育てるというスタンスが基本になります。問診からはじまって,病歴をきちんととって,身体診察をし,負担のかからない検査によって診断し,適切な治療をしていくということが,どんな患者さんに対してもある程度できるということをめざすことになります。ですから,臨床実習に多くの時間を割いています。

 一方,日本人の死因のトップはがんであり,3人に1人ががんで死亡していますから,どの専門分野に進んでも,また開業したり一般病院に勤めても,がん患者を診る機会は多く,最後を看取る機会も多いわけです。したがって,腫瘍学教育の主眼は,よい臨床腫瘍医あるいは,腫瘍のわかる医師を育てることになります。単に抗がん剤が使用できるとか,がんの手術や放射線療法ができるだけではいけません。

 (1)腫瘍は頭から足の先まで,どこにでも発生する,(2)腫瘍の最たる特徴は転移であり,転移巣は全身どこにでも形成しうる,(3)がんが浸潤することによる症状・所見ばかりでなく腫瘍細胞が産生するサイトカイン,ホルモン様物質による腫瘍随伴症候群が起こる,(4)その結果ともいえる栄養障害,悪疫質・カケキシアは死因の1つである,(5)がんの臓器の圧迫,浸潤による臓器不全,出血,免疫不全による感染症など,種々の合併症をきたし死にいたらしめる,といったポイントを踏まえ,患者を全身的に診られるようになることが腫瘍学教育の前提になります。

 学部生の段階ではどのように腫瘍学に触れることになるのでしょう?

田村 2年生から3年生前半では,形態学,分子生物学,腫瘍免疫を含む免疫学,微生物学といった基礎医学の講義になります。3年生の後半からは臨床医学の講義と実習がはじまりますので,血液・腫瘍学,輸血,感染症学講義の中で「臨床腫瘍学入門」として造血器腫瘍・固形がんとして臨床像と診断・治療について講義しています。造血器については,病理学の講義と実習があって,関連した臨床の講義が行われます。治療については,血液の腫瘍は全身管理が特に重要なため,支持療法の重要性を強調した講義をしています。

 また,講義で扱う資料はすべてインターネット上で提示しています。紙の資料ですとカラー写真がなかなか出せないんですね。ケース・カンファレンスのための症例も同様に見ることができます。これをもとに小グループで3年生なりに検討して,教師と議論する中から,がんの生物学的な特徴,がん患者が持つ種々の問題点を理解し,対応の仕方を勉強しています。

 この他にも3年から4年にかけて行われている消化器科,泌尿器科,整形外科の講義にもわれわれが参加し,化学療法と支持療法を中心に講義を行っています。

 5年生以降の臨床実習はどのような形で行われているのでしょうか。

田村 各科2週間ずつ原則的に回ります。クラークシップ制を取り入れていて学生の上に研修医がいて,その上に医員がいて,その上に指導医がいるという“屋根瓦方式”の中に学生を組み込んでいく形をとっています。学生は副主治医になります。研修医と学生はいつもペアになっていて,カルテも書くし,患者さんの同意が得られれば採血もします。

 実習では基本的な臨床技術とEBMを身につけることに力を入れています。OSCEの復習や,患者の全体像がわかるように1-2分でまとめる練習,2週間の研修の最後には,経験した症例を1例ずつ私がチューターとなって詳細にグループ内で検討しています。もちろん異常のある患者の検尿,末梢血液,骨髄,組織を検鏡することも課しています。また疾患の理解を深めるためのキーとなるミニレクチャーをいれることもあります。

 学生も診療チームの一員として動くという意味で,かなり本格的な形での実習を実現されているのですね。実現には困難もあったかと思いますが。

田村 そうですね。しかし実は一番難しかったのは,教える側の研修医や医員の認識の改革と,彼らの実力の向上です。大学で臨床のできる先生が少なかったので,身体診察,病歴,鑑別診断のしかたから,スタッフに教える必要があったのです。教育を支える中堅層,あるいは若手の医師が育つのに時間がかかりました。でも今は,彼らのほうが私より口うるさいぐらいになっていますよ。私は,最近は恐がられなくなりました(笑)。

初期研修で学んでほしいこと

 それでは次に卒後研修のお話をうかがいたいと思います。まずは,腫瘍学教育という観点から,新しい制度での初期研修をどのように位置づけておられますか?

田村 確かに,初期研修は2か月ローテーションで回ってくるだけなので,腫瘍内科が何をするところなのか十分理解する前に次の科に行ってしまうという印象はあります。しかし,初期研修で最も大事なのは患者さんをプライマリに見るということで,それを基本にすれば,臨床腫瘍学とか,腫瘍内科学に特化することはまったくないんじゃないかと思っています。

 むしろわれわれの役目としては,内科医として教えなければいけないことを教えることだと思います。その中で入院患者さんにはがんの方が多くいらっしゃるわけですから,腫瘍や白血病,移植などを少し見せておいて,「こういう病態を呈するんだよ」ということを体験してもらうということが大切だと思います。

 また,医師ばかりではなく腫瘍を専門とする看護師・薬剤師を巻き込んだ形での回診や実際の医療,すなわちチーム医療,集学治療が実践され,またそれがきわめて重要であることが理解できるようになることが大切です。そのほかにも,患者と医療者のコミュニケーションがいかに難しいか,しかしもっとも重要なところであるということを学んでもらう必要もあります。

 腫瘍医がただ毒性の強い抗がん剤を扱うことのできる医師であるというだけではなく,患者の状態,腫瘍の生物学的特性をよく理解したうえで検査や治療に臨み,治療後のケアがとても重要であることがわかるようになっていくことを期待しながら,毎日若い先生たちと回診しています。

専門トレーニングは3年間

 腫瘍内科の専門トレーニングはどのようなプログラムが用意されているのですか?

田村 初期研修後,医師の希望を聞きながら救急医療を含む一般内科の研修を最低1年実施し,内科医としての土台をしっかりと築きます。その後は3年間のいわゆるフェローとしてのプログラムになりますが,当講座に医員として所属し,病棟で入院しているがん患者を中心に若い医師とペアを組んで診断から治療まで診療をする中で,腫瘍内科学を学んでいきます。週に日を決めて外来化学療法も担当します。

 もちろん外科のことを知らないと連係プレーはできませんし,放射線療法もある程度知っておく必要がありますので,ローテーション研修をします。腫瘍は病理学がとても大事なので,少なくとも3-6か月は病理学教室でも研修をしてもらいます。ここまで入れると,腫瘍内科の研修だけで最低3年は必要です。

 また,医師だけではなく,看護師,薬剤師,検査技師さん,栄養士さんたちの協力が必要です。こういった人たちを巻き込んだ集学的なカンファレンスや医療を,専門トレーニングの中でも学んでもらわなければいけません。乳がんについては月に1回,肺がんは2か月に1回,関連した職種が参加する集学的カンファランスを行っていますので,医員はそこで症例提示を行います。これには,前者では腫瘍内科,乳腺外科,放射線科,病理,検査技師,看護師,薬剤師が,後者では呼吸器内科,呼吸器外科が乳腺外科医に替わって参加し,症例をそれぞれの分野から意見を出して検討しています。

 現在,当院の腫瘍内科が扱っているのは白血病,リンパ腫,乳がん,肺がんが中心になっています。消化器にあまり手を出していないのは,患者さんの数が多くて,手を出しても回らなくなってしまうからなのですが,来るものは拒まない方針ではあります。

 また,4月からは外来化学療法をわれわれが中心になってやろうということで,化学療法室に医員を常駐させようかと思っています。ベッド数が少ないせいもあるんですが,化学療法は外来にどんどんシフトしています。その意味でも,私たちはスタッフが少ないですから,コンスタントに若い医師に入って来てもらいたいですね。

求められる「内科の腫瘍医」

 福岡大学で腫瘍内科のトレーニングを終えた先生方は将来,どのような形で活躍できると考えられますか?

田村 開業できるようになるといいと思いますが,地域の病院の外科の先生から「化学療法ができる先生がほしい」という要望がけっこうありますので,活躍の場は多く用意されていると感じています。

 さて,ここまで一通り福岡大学での教育についてお伺いしてきましたが,先生が福岡大学に腫瘍内科を導入される際,困難だったことなどはありましたか?

田村 私が大学に来る以前に所属していた一般病院では,チーム医療の中での腫瘍内科医の役割を認識してもらっていました。福岡大学では,医療サイドと学生を教えていく医学部サイドとに分かれているのですが,病院サイドでは,やはり内科で腫瘍をやる人を渇望していたんです。外科の先生方が術前・術後の患者さんのケアをしながら化学療法までするというのは,かなり大きな負担だったわけです。ですから,われわれが来ることを決してマイナスのイメージではなくて,プラスの方向で捉えてくれました。むしろ教える側のマンパワーが足りないことが大変でしたね。何しろ,一人前の腫瘍内科医が育つまで6年かかるのですから。

チームの中でこそ医師も育つ

田村 スタッフが多くないし,若い人たちもなかなか育たないということもあって,私は,教室の研究費を使って腫瘍専門のナースを育てました。今は,彼女がいるからわれわれの科は回っているというくらいに活躍してくれています。臨床研究を含めて,患者さんのコーディネーションを仕切ってうまくいっています。

 それから,同じ頃に薬剤師の方が興味を持ってくれたので,薬の説明をしてもらうようにしました。そうこうしているうちに,病棟を回診する時についてくれるようになりました。今では抗がん剤に限らず,病棟で他の薬の作用,副作用についての説明もしてくれています。

 何よりも,この2つの部門のエキスパートが育ってきたことが,患者さんには大きなメリットになっています。薬のことについて質問しようと思えば専門の薬剤師さんに聞けるし,日常の生活のことなどは,専門の看護師さんに聞ける。治療全体の流れとか,自分のがんの治療の本質的なことは医師に聞けるわけです。

 もちろん,医師にとっても新しい薬のことや,忘れていることなど,薬剤師さんに聞けばちゃんと答えてくれるわけです。私が聞くと,若い人たちもみんな聞くようになります。そこで,薬剤師さんの本当の専門性が発揮されるんです。安全管理の面でも,ダブルチェック,トリプルチェックができるので,われわれも安心できます。薬剤部からも,看護師さんからも,間違いや疑問な点は指摘されます。チーム医療って,まさにそういうことだと思うんです。ただ人が集って意見を言い合うだけではなくて,お互いに話し合って,最もよいと思われる医療を選択していく。しかし今は,そういうチーム医療ができるだけの専門性を持った,看護師や薬剤師がまだまだ育っていないんです。

 われわれの科には,資格はないものの先ほどお話ししたオンコロジーナースが育ってきています。看護協会が主催する半年にわたるがん化学療法看護認定看護師養成コースがありますが,実際問題として,少し大きな病院であっても,教育のために半年間も研修に人を出すのは難しいですね。それで私たちは,「臨床血液・腫瘍研究会」(http://www.chotsg.com/)というNPO法人を立ち上げて,看護師・薬剤師を養成するコースをはじめたんです。もうすでに初期の講座,基礎の講座が終わって,今アドバンスコースをやっていますけど,日曜日,月に1回,南は沖縄から九州各県よりたくさん集ってきます。腫瘍内科医といわれる医師を育てるだけではなくて,看護師や薬剤師も育たないと,よい医療はできないんです。医師は,そういうコメディカルがいる環境の中で育つのだろうと思うんです。

腫瘍学教育は 集学的治療を教育する場

田村 私より上の世代の医師たちは,コメディカルスタッフは単に指示を受ける人だと思っていることが多いです。そうではなくて,彼らの意見が十分に取り入れられるような環境づくりと,彼ら自身の専門性を育てることが重要です。集学的治療というのは,それぞれの分野の人が,それぞれの専門性を十分に発揮して,1つの目標に向かっていくということでしょう? がん患者さんのケアをうまくやり,できれば治癒にもっていきたい。治癒が無理であれば,緩和を求めながら延命をしたい。それが無理であれば,安らかに亡くなっていってもらう。めざすべきはそういう医療だと思うんですね。

 そのためにチーム医療,集学的治療が大事なのであって,その中で腫瘍内科医,臨床腫瘍医を育てていくべきだし,その中で薬剤師さんも看護師さんも育っていくのだと思います。腫瘍学教育は,そういった集学的治療を実践する場で行われるのだと思います。

 ありがとうございました。

この項つづく


田村和夫氏
1974年九大卒。同大第一内科での研修を経て,75年エルムハースト総合病院(ニューヨーク市)内科インターンとして渡米。同院レジデント,チーフレジデントを経て78-80年ロズウェルパーク記念研究所(バッファロー市)腫瘍内科学フェローシップ,ニューヨーク州立バッファロー大医学部助手。80年に帰国後,県立宮崎病院,宮崎医大臨時講師(血液学・臨床腫瘍学)などを経て,97年福岡大内科学第一教授。01年同大病院副院長。04年特定非営利活動法人臨床血液・腫瘍研究会理事長。日本内科学会,日本臨床腫瘍学会など多くの学会で評議員を務める。