第2624号 2005年3月7日


視点

患者を救う「音楽運動療法」

野田燎(大阪芸術大学教授,作曲家・サクソホン奏者)


 医療技術や集中治療管理の進歩により,救命困難な重傷脳損傷患者でも社会復帰が可能な状態まで回復する例が見られるようになった。その反面,救命されても植物状態となる場合も多く,その治療法の確立が求められている。

 私の開発した音楽運動療法は,生演奏による音楽刺激とトランポリンによる上下運動刺激を同期させることにより,脳幹を刺激し覚醒反応を起こさせるとともに認知反応の改善を目的としている。現在この療法を植物症患者に実施している医療機関は,東大阪市の石切生喜病院と,仙台市にある東北療護センター広南病院の2か所である。

 治療効果を客観的に評価するため,石切生喜病院の患者を日本意識障害学会の「植物状態のスコアリング」にて点数化して解析したところ,半数が植物症から脱却した。また,発症から6か月以内に療法を開始すると有意に優れた改善が見られ,受傷6か月以降,改善が困難とされる脳外傷とくも膜下出血の患者に対しても効果が認められた。さらに,発症から2か月以内に実施した患者は,驚異的に回復した。

 この経験から,亜急性期から療法を開始すると回復がより期待できるのではと考え,日本大学救命救急センター板橋病院の林成之教授,守谷俊先生らの協力を得て,亜急性期患者を対象に療法を実施したところ,推測通り,患者の回復が顕著に見られ,歩行等の運動機能に加え,話す,歌う等,認知機能の改善が見られた。

 先の石切生喜病院では,週に1回30分の運動療法を3か月から6か月,実質12回から24回実施した。日本大学では,午前と午後に1回の週に5回連続を3週から4週間の合計20回行った。この研究では患者家族の了解を得て,臨床上の変化と髄液中の神経ホルモンの変化を計測した。その結果,改善度の高い人はノルアドレナリン,ドーパミン等モノアミン系の産生及び代謝物質のホモバニリン酸の数値が上昇した。このデータが示唆する重要なことは,発症からなるべく早い時期に療法を実施することが脳の神経系の賦活を促進させることだ。神経の修復再生の鍵は発症から経過する時間にあり,特定時期に集中して働きかける刺激が重要なファクターであることが推察できた。

 植物症は従来のベッドサイドでの拘縮予防だけでは不十分である。自然回復を待つことなく,自宅の生活環境を感じさせる工夫や五感への刺激を頻繁に与える必要がある。しかし,急性期から回復期へ飛び越えてしまう現在の医療提供体制では,植物症は改善せず,治すこともできない。

 病院が経営効率を追い求め,厚生労働省が在院日数の短縮に向けて動けば動くほど,患者・家族は転院先を求めてさまようことなる。それでは患者は救われない。

 植物症患者を救うためには,亜急性期における治療法の確立と,脳リハビリ専門病院の整備が必要である。そしてまた,それら医療機関での音楽運動療法の導入が急務であると,私は考える。


略歴/大阪芸術大学教養課程教授。医学博士。専門は医療音楽論,音楽運動療法。著書に『芸術と科学の出合い――音楽運動療法の理論と実践』(医学書院),『脳は蘇る』(大修館書店)など。