医学界新聞

 

座談会

日本のプライマリ・ケアはどこへ行く?

(写真左から)
福井 次矢氏 (聖路加国際病院副院長・一般内科/京都大名誉教授)
木戸 友幸氏 (木戸医院副院長=司会)
福原 俊一氏 (京都大教授・医療疫学)
伴 信太郎氏 (名古屋大教授・総合診療部)


 「プライマリ・ケアにおける基本的な診療能力を習得する期間」として,2004年春から2年間の初期臨床研修が必修化され,まもなく2年目を迎えようとしている。日本の医療構造を大きく変化させつつあるこの改革によって,プライマリ・ケアの分野も刺激を受けている。

 本号では,1980年代初頭,厚生省(当時)の「臨床研修指導医海外派遣制度」により米国で研修を行い,その後20年間にわたってそれぞれの立場から日本のプライマリ・ケアにかかわってこられた4人の先生方に,臨床研修の問題も含め,プライマリ・ケアの将来展望について議論していただいた。


■臨床研修必修化がもたらしたもの

劇的な変化

木戸 最初に,今年度からはじまっている臨床研修の必修化が,日本のプライマリ・ケアにどんな影響を与えているのか,またこれから先も与えることがあるのかについて話し合ってみたいと思います。

 この新しい制度のポイントは4つあると思っています。1つは,臨床研修指定病院の基準が変わったことで,わりと小さな規模の病院でも,「協力型」「臨床研修協力施設」という形で臨床研修に参画することができるようになったことです。それから,マッチングの実施,スーパーローテートの義務化,そして科目の中に地域保健・医療が導入されたことがあります。

木戸 研修医が大学病院から地域の病院へ移動しているデータがたくさん出ていますね。

 全国で見ると,臨床研修必修化直前の大学病院と臨床研修指定病院の研修医の比率が75:25だったのが,1年目のマッチングで60:40ぐらいになって,今年度の結果では53:47ということですので,ほぼ半々の状態になっています。今後,この傾向はもっと進むでしょうね。

木戸 福井先生はこの制度づくりにもかかわってこられましたが,今起こりつつあることについて,どう見ておられますか。

福井 すべての医師が,内科・外科・麻酔科・救急・小児科・産婦人科・地域医療保健そして精神科の研修を大学卒業直後に経験することは,臨床能力の底上げにつながる重要なことだと思います。わが国にプライマリ・ケアを根付かせるためには,よい方向に進んでいると思います。

 新しい研修制度が落ち着いてくるには何年か必要だと思います。数年間はさまざまな混乱があるはずですし,非常に批判的なご意見があるのも承知しています。

木戸 初年度の研修生たちの混乱はかなりのものだったようですね。何年間か繰り返していけば,情報を後輩に伝えられるでしょうし,だんだん落ち着いてくるだろうと思います。 それにしても,日本も,何か変わる時にはこうやってガラッと変わることがあるんだと妙に感心しました。

福井 振り返ってみれば,医学教育全般が改革の時期にあったということでしょう。近年,世界中が改革の波の中にあって,今回のわが国の卒後研修必修化も,その流れで起こるべくして起こったものだと思います。

福原 20年前,あるいは10年前でさえも,こんなことが起きるとは想像できませんでしたし,医学教育には改革が必要だと思っていた人たちの中にも,「あきらめ感」があったくらいだと思います。それが,ここまで劇的な変化を遂げることができたのは,今までのパラダイムがかなり機能不全を起こしてきており,いよいよくるところまできた結果だったのではないでしょうか。

 1つ残念なのは,今回は政府の主導で初めて可能になったという点です。ぜひ今後は,医療者が,自分たちの手で改革の流れを作っていけたらと思っています。

「地域保健・医療研修」の受け入れ

木戸 伴先生が触れられた地域保健・医療研修ですが,これは研修2年目である本年からはじまります。各地域ではその受け入れ体制を整える準備にあたっています。厚生労働省によれば,地域の保健所,あるいは診療所での研修が好ましいということです。

 日本医師会も,地域の診療所で研修医を積極的に受け入れようと動いています。例えば大阪市北区の医師会では,受け入れ委員会を立ち上げ,区内の大病院にいる30名ほどの研修医を,20ほどの開業医が受け入れるということになっています。熱の入れ方には地域差があると思いますが,体制は整いつつあるようです。私自身は,このような流れが軌道に乗れば開業医の活性化にもつながると思っています。

福井 その点は,私もすごくいいことだと思います。各都道府県医師会が,指導医養成講習会を積極的に開催しはじめましたし,日本医師会が東京都内で開催しているワークショップもあります。これは,「研修医を教える」ということを学ぶだけでなく,ワークショップ自体が先生方の生涯教育につながります。研修医を受け入れること自体が生涯教育へのさらなるモチベーションになります。

木戸 おっしゃるとおりですね。ワークショップは2日間連続で出なければいけないということもあって,開業している医師にはなかなか敷居が高いところがあるんですが,そのぐらい学ばないと,しっかりした指導医にはなれないことも事実ですよね。

「見学」で終わってはいけない

 地域保健・医療研修は,研修医がプライマリ・ケアに触れるという意味で非常に大事なものではありますが,「見学」に終始するようなプログラムを組まれてしまいますと,せっかくの研修がまったくおもしろいものにならない。「時間の無駄だった」というようなことになりかねません。

福井 学生のローテーションとは違って,on the jobトレーニングなのだから,医師としてやるべきことをやらせながら教えてほしいと私はいつもお願いしています。当然ですが,指導する側もまだ慣れていないところがあります。病院でのトレーニングをある程度終えた卒後2年目の医師だということを忘れて,腫れ物に触るようなプログラムを考えているところが実は多いですね。

 外国のように,チーム医療でティーチングのための部屋まであって,外来診療を教える文化があればいいのですが,診察室1つしかない開業医の先生のところで,そばで見ているだけという研修では,どれくらい勉強になるのか心配です。

木戸 確かに,研修医にどこまで役割を与えるかというのは難しい問題です。危険なことはやらせないとしても,例えばコミュニケーションのまずさで患者さんに不快な思いをさせてしまうことは考えられます。ただ,私自身,この5年間研修医に接してきましたが,患者さんに悪い影響を与えずに,研修医にも満足してもらう方法は,その診療所なりに工夫すればいくらでもあると思います。

 1つの有効な解決策として紹介しておきたいのは,へき地医療を研修のプログラムの中に組み込むという方法です。地域の医療確保が問題になっていますが,それに対する1つの方策にもなると思うんです。

 愛知県では,「愛知県へき地医療臨床研修システム」が立ち上がっています。各都道府県に設置されている「へき地医療支援機構」が,県内のへき地診療所・病院に声をかけて,評価の仕方や研修医への保険のかけ方などすべてのロジスティクスをマネジメントしながら,一方で県内の全臨床研修指定病院に声をかけて,地域保健・医療研修をへき地でやりたい研修医にプログラムを提供する準備をしています。まだ実際にはスタートしていないのですが,愛知県内の全臨床研修指定病院で研修している研修医の約10%が,へき地での地域保健・医療研修に応募しているそうです。

 国保の診療所や病院はそんなにバタバタと忙しいところではありませんし,客商売的な要素も強くありませんので,実際に働きながら学ぶという経験ができるのではないかと思います。ただ,マンパワーの確保ということじゃなくて,そこへ行くと教育/学習が準備されているプログラム,すなわち,学習方略,評価システムも全部用意することが必要ですね。

■大病院はプライマリ・ケアにどうかかわるか

「総合診療」の4つのパターン

木戸 今までは大学病院の総合診療部やかなり大規模な病院でプライマリ・ケアを教えざるを得なかったわけですが,そのことの困難さについてはいかがでしょうか。

福原 この問題はよく,「○○先生がチーフだからよくないんだ」というように,個人の資質の問題にされたりするのですが,そういう問題ではないと思います。総合診療科を作るというのは,病院全体のシステムにかかわることですし,保険制度や診療文化の問題など,非常に多岐にわたる,それこそ総合的な問題だということが認識されるべきです。

 これらを考慮せずに総合診療科を作りますと,“振り分け診療科”になるか,“第5内科”になるか,あるいは“すきま診療科”になるしかない。実際に,いままで日本の大学病院に作られた総合診療科は,残念ながらそれらのうちの1つか,医学教育を担当する部門になっていて,本来の持ち味が活かされないままになっています。だからこそ院長がリーダーシップを持って総合診療科の問題に取り組まないと,根源的な問題は解決しないだろうということがあります。

福井 私も同じように思っています。臓器別診療科が,現在自分のところで持っている1次レベル,2次レベルの患者さんを全部放して,そこまでは総合診療科で全部やってほしいと思ってくれるかどうか,そしてそうしようという場合に,たくさんの患者さんを総合診療や一般内科でケアしなければならなくなるので,それだけのスタッフを確保できるかという問題の2つがクリアされない限り,4つのパターンのどれかにならざるを得ないわけです。

 私はよく例に出すんですが,ワシントン大学では300人いる内科スタッフのうち,100人は一般内科医とのことです。残りの200人ですべての臓器別サブスペシャリティを担当しているわけです。規模がぜんぜん違うんですね。

救急へのかかわりも課題に

福原 もう1つ,急性疾患の問題があります。大学病院,特に国立大学病院では,急性疾患をほとんど診ていません。救急部は外傷,火傷などに偏っていたりICUを担当したりしています。急性とは救急と同義ではなく,より広い概念です。急性疾患を誰も責任を持って対応する体制にはなっていないのです。急性疾患は一見急性に見えず,必ずしも診断名がついていませんから,特に病棟が臓器別にわかれている大学病院では,診断名のつかない患者さんに対して誰も責任を持っていないことがあります。これは患者さんにとってきわめて危険な状態だと言えます。

 総合診療科が必ずしもすべての急性疾患を受け持つべきだと言うわけではありませんが,今の状況で総合診療科が活躍できるとすれば,急性疾患にも積極的に取り組んでいったほうが,研修医からも喜ばれるし,専門医からも喜ばれるんじゃないかという気がします。

 外来には,どこが診たらいいかわからない患者というのが,どのデータを見てもだいたい1割前後います。そういう意味では,総合診療科の存在価値はすごくあると思います。

 救急については今福原先生がおっしゃったとおりですが,救急をまるごと引き受けるようなマンパワーはもちろんないし,特に国立病院では,救急部にもそんなマンパワーはありません。救急は基本的に,全科的にかかわらないと,国立大学附属病院ではまわらないという事実があります。しかし,その中でどういうふうにファーストコンタクトの部分に貢献するかということでは,方法がいくつかあります。例えば,現在では少し違うシステムになっていますが,名古屋大学では,昼間の救急外来へ歩いてくる人は総合診療部が診て,救急車で来る人は救急部が診るという役割分担をしていたことがあります。

木戸 それは現実的な対応ですね。

 そうですね。これはどこでもできる工夫だと思います。現在は,週に何日か,救急当直を総合診療部が受け持っています。これはマンパワーの問題なんですが,夜に全部張りつけるような人員は,おそらくどこの国立病院の救急部でもないはずです。

 入院患者さんも,やっぱり全人的ないしは全身的に診てもらいたいというニーズがあります。一般に大学病院では,総合診療部が持っているベッド数は比較的少ないと思います。というのは,サブスペシャリティにたくさん人数がいるからです。私が以前勤務していました長崎中央病院のような病院では,腎臓内科とか,血液内科とか,神経内科といったところには,専門医は1人しかいませんでした。そのような場合はその人たちが入院患者を全部診るというのは大変なので,総合内科がベースを構築して,数の少ないサブスペシャリストはコンサルタントとしてかかわるというような形が望ましいと思います。同じ総合病院でも,大学病院と市中の総合病院とでは,総合診療部あるいは総合内科的な部門のかかわり方が大分違ってきます。

 このほかにも,医学教育や地域貢献など,総合診療の存在意義は大きいと思っています。

木戸 いわゆるwalk in clinic的な教育が日本の臨床教育では行き届いていないということも大事な問題ですね。

福井 今,私は聖路加で一般内科の予約外来に加えて週1回,walk in clinicをやっています。だいたい70-80人の紹介状を持たない患者さんが見えますが,それを1日5人の内科医が入れ替わり立ち代わり,診ています。早急に,内科系外来とwalk in clinic,救急部の再編が必要ではないかと考えているところです。例えば,hospitalist的なgeneralistの外来と,臓器別専門診療科を分けるようなことを考えています。

 一方では,国の方針としてDPCの導入は避けられませんので,効率性を考えた診療に変えていかざるを得ないという状況もあります。いろんな点を考えて,一般内科という診療部門を作ってもらいました。聖路加で病院全体としての新しい試みができればと思っています。

 もう1つ,聖路加では,臨床研究を促進したいと思っています。とは言うものの,医療制度自体が必ずしもアメリカのようにプライマリ・ケアに追い風になっていませんので,なかなか難しい部分もあります。

専門医との「win-winの関係」

福原 もう1つ,日本であまり認識されていないのは,総合診療では専門医へのコンサルトが頻繁に行われるということです。ところが,そのコンサルテーションがwin-winの関係,つまりコンサルトされる側も得になるような保険制度とか,病院の実績評価システムのある状態になっていないことが多い。例えば消化器科の実績にするためには「消化器科の患者」に所属を変えなければなりません。コンサルテーションそのものがメリットにならないので,敵対的な関係を作ったり,表面的な関係にとどまらせているんです。ところが,先ほど伴先生がおっしゃったように,総合診療科が地域に出て行くと,win-winの関係があり得ます。地域にサテライトを作った総合診療科が,大学病院のサブスペシャリストに紹介すれば,サブスペシャリストも患者が増えて喜ぶでしょう。

木戸 実際に地域の中では,私のような開業の家庭医と,近隣の大きな総合病院との関係というのは,この数年ですごくいい関係になっているんです。それは,やはり厚労省の主導なんですけれども,総合病院はどんどん外来患者数を減らしたほうが儲かるという制度にして,もちろん開業医は患者が増えればそれだけ潤うということで,逆紹介ということでどんどん来るんです。

 その見返りとして,開業医のほうも,専門的な検査,専門的な治療の時だけは総合病院の専門家に依頼しましょうということで,紹介する。ここ5-6年でしょうか,地域ではそれがすごく定着してきています。

 先ほど福原先生から,システムとしての観点が大事だというお話がありましたが,やはり「人」も大事だと思うんですね。その人が,ジェネラリストとして本当に力があるかどうかが示されていけば,やはりサブスペシャリストも,存在意義,存在の大きさを認めてくれるでしょう。それから,他科とのコミュニケーションが上手にできる人材がたくさんいるかどうかということも,かなり大きい。

木戸 確かに,開業医の側から,専門医のたくさんいる病院の差別化というのはこれまでも行われてきたんですけれども,今は逆に,病院の側も返すところの質というのをかなり考慮していますね。

■プライマリ・ケアの将来

優れた専門医を育てるために

木戸 次に,日本では今後,プライマリ・ケアはどのように発展していくのか,課題も含めて考えていきたいと思います。

 まず,プライマリ・ケアの専門医についてこれまでの動きを見ますと,今,プライマリ・ケアの関連学会として大きくは日本プライマリ・ケア学会と,日本家庭医療学会と,日本総合診療医学会の3学会があります。日本プライマリ・ケア学会は,これらの中ではいちばん歴史が古いということで,専門医についての議論が重ねられてきていて,カリキュラムもできており,専門医も年に何人かずつは現れてきています。しかし,学会としても,これを最終的なものにするという考えではありません。

 これらの学会が協働してプライマリ・ケアの専門医に関する協議会を作り,1年がたちます。そこで意見を出し合って,日本の理想的なプライマリ・ケアの専門医の認定の仕方,トレーニングの仕方を決める,第三者的な団体を作ろうというところまで,議論が進んでいます。今のプライマリ・ケア学会の専門医は,うまくいけばそこへ自然な形で移行していくということを見ています。

 専門医になるための後期研修制度,後期研修システムないしは後期研修カリキュラムなどは早急に作って,強力に推し進めていくことが必要です。それを専門医制度にするかどうかについては,次のステップで考えていく必要があるかと思います。

まずロールモデルを増やす

福井 私は,今でも日本ではプライマリ・ケアの専門医というのをどうもイメージしにくいという印象を持っています。

 システムづくりも重要ですけど,まずは優れたジェネラリストが,いろいろなところでロールモデルになることが大切ではないかと思っています。プライマリ・ケア医,ジェネラリストとして,「ああいう人になりたい」と思われ,サブスペシャリストからコンサルテーションがくるような医師が目に見えて増えないと,プライマリ・ケアの基盤が弱いという印象を拭えないと思います。

木戸 それは確かに,私自身も感じています。だけど,基準をどこに置くかというのがなかなか難しい問題なんですね。最近はアメリカでも,family practiceの人気が少し落ちてきているそうです。その理由の1つとして,アメリカのfamily physicianというのは,自分が選んでトレーニングを受けて専門医になったにもかかわらず,不満ばかり言っているというんですね。レジデントや医学生はそういう状態を見て,そんな科には行きたくないと思うわけです。ただ,逆にそれで私が思ったのは,日本の場合は元気に活躍している開業医が多いということなんです。そういう意味では,将来は明るいと思っています。

福井 理想は,高いところにずっとあるわけで,プライマリ・ケア的な部門が広がりつつあるのは確かです。総合診療部がこんなにたくさんできたのは,20年前にはとても予想しなかったものすごい大きな変化ですよね。でも,理想と現実の違いが大きく,周囲からの理解も簡単には得られない,それから医療制度が追い風になっていそうでなっていない。などの大きな問題は続いています。アメリカでは一時期,制度上の追い風があったのですが,それのような時期が日本にはありませんでした。

 アメリカのよくないところもいっぱいあって,そのうちの1つが,ジェネラリスト部門が家庭医と内科という,2大潮流になっていることだと思います。私は,日本の出自がマイナーな総合診療部ではじまっていることが,実は大きなメリットになるかもしれないと思っています。ジェネラリストを育てる部門としてきちんと位置づけて,それなりのアクティビティを伸ばしていけば,地域に出て行って,いわゆる家庭医,プライマリ・ケアの専門医として活躍する人も出てくるし,福原先生のように臨床研究の領域へ行く人,中小病院の総合診療部,あるいは大病院の総合内科でやる人も出てくるでしょう。

研究・教育への提言

木戸 では最後に,それぞれのお立場から,「プライマリ・ケア医はこれからの日本でどうやって活躍できるか」という視点でコメントをいただきたいと思います。

福原 研究の面から言いますと,今の研究のパラダイムは,病院や治療法の「SEEDSを発見する」というものですよね。しかし,「患者さんや社会のNEEDSに基づいた研究」という,もう1つのパラダイムがある。この2つが医学の両輪となる必要があります。この重要な領域でプライマリ・ケアが最もリーダーシップが取れる分野だと思います。

 この10年,プライマリ・ケアが対象とすべき研究テーマはたくさんあるにもかかわらず,私が見る限りは,医学教育と,医師-患者関係のような研究しか見られなかったように思います。今,日本総合診療医学会で,国立東京医療センターの尾藤誠司先生を中心に,この問題の立て直しについて議論していますので,ぜひそれに期待したいと思います。

 では,具体的にどんな研究をすべきかというと,例えば「プライマリ・ケアは国民の90%以上の健康問題を扱っている」というような,プライマリ・ケアがいかに重要かということを数値で示す研究です。

 次に,やや言い古された言葉ですが,臨床疫学,EBMです。検査の有効性,治療の有効性,その検証をできるだけ科学的にやる。しかし今言われているEBMは,薬を使った治療にいきがちで,製薬企業に,戦略的に悪用される危険を常にはらんでいます。プライマリ・ケアはそれを監視する機能を持っているんです。薬物以外の介入や,医師を対象とした研究ができたらおもしろいんじゃないかと思います。

 もうひとつは,いかにエビデンスを集積しても,エビデンスと実際の診療の間には大きなギャップがありますので,この「エビデンス-診療」ギャップを埋めるための実践的な研究が必要だと思います。

 そしてこれは研究とは別ですが,やはり人材育成が重要です。これは急ピッチでやる必要があります。来年から京大でもMCR(Master of Clinical Research)という1年制の臨床研究者養成プログラムを作ります(HPはhttp://www.pbh.med.kyoto-u.ac.jp 本紙2591号参照)。

福井 根本的な課題ということでは,教育者が足りないということを改めて指摘したいと思います。現在,総合診療部,総合診療科で教える立場におられる先生方は,医師として最も重要な形成期を他部門で過ごした先生方です。最初から総合診療部門で育った先生方のみが,若い先生方に同じ部門で将来も働きたいという思いを抱かせる,真のロールモデルになりうるのではないかと思っています。つまり,世代が変わっていかないと,本当の意味でのロールモデルを多くの大学病院や大病院で見ることはできないんじゃないかと思っています。残念ながら日本では,ロールモデルの増殖速度が非常に遅いと感じています。

木戸 増殖速度の遅さは,私も大いに感じますね。

 福井先生が聖路加国際病院でalternative modelとして,「こんなことがあるんだよ」と,実際のイメージを見せていければ,大きなきっかけになるでしょうね。

福井 どうにかやってみたいですね。聖路加国際病院だったらできるんじゃないかと思っています。

明るい将来展望

 先ほど木戸先生がおっしゃったように,実際に開業していて家庭医的な役割におもしろさ,あるいはやりがいを感じている方は多いです。しかし,今までの日本では,大学の先生と地域のプライマリ・ケアの医師との間に,ほとんど交信がなかったわけです。そういう意味では,今回の臨床研修の必修化による地域保健・医療というのは,非常に大きなインパクトがあります。

 大学の総合診療部は,大学と社会との連携のオーガナイザーのような役割を果たすことができると思います。例えば,地域保健・医療のプログラムに関するかかわりとか,地方自治体とのかかわりを通じて,地域で医療あるいは医師をどう確保するかという問題に対して,人員確保だけにとどまらず,人材養成という形で貢献できると思います。私は,明るく未来を描きたいと思います。

木戸 医師会も積極的に動いていますし,社会がそういう方向に向いていますので,今こそプライマリ・ケアを志向する開業医が,どんどんロールモデルとしての技を磨きつつ,教育に積極的にかかわっていってほしいと思います。

 プライマリ・ケア医は,日本だけでなく,世界中どこでも,効率のよい医療を提供できる医師として活躍できると思うんです。それをどんどん宣伝していって,若い人に夢を与えることを,これからも続けていきたいと思います。

 今までの日本におけるプライマリ・ケアをめぐる動きは,何十年もかけて本当にゆっくりと進んできました。今回の臨床研修必修化が,これらの動きを加速させるだろうという希望を持って,われわれは,これからも努力していきましょう。

(終了)


木戸友幸氏
1977年大阪医大卒。1980-1983年ニューヨーク州立大家庭医療学レジデント。1983-1993年国立大阪病院内科。1995-1997年パリ・アメリカン病院にて開業。1997年より現職。地域の家庭医として活躍する傍ら,学会や大学と密接なつながりを持ち,初期臨床研修の指導にも力を入れている。

福井次矢氏
1976年京大卒。聖路加国際病院内科研修医,コロンビア大リサーチアソシエイト,ハーバード大Cambridge Hospitalクリニカルフェローを経て1984年ハーバード大公衆衛生大学院修了。帰国後,国立病院医療センター,佐賀医大附属病院総合診療部助教授,同教授を経て,1994年京大病院総合診療部教授。同大学院社会健康医学系健康情報学教授(専攻長)などを歴任し,2004年より現職。

伴信太郎氏
1979年京都府医大卒。京都府医大小児科研修医を経て,1980年より米国クレイトン大家庭医学科レジデント。1983年から6年間国立長崎中央病院にて卒後研修指導医。1989年に川崎医大総合臨床医学教室に移り,講師を経て1993年より同教室助教授。1998年10月より現職。

福原俊一氏
1979年北大卒。1980年-1983年カリフォルニア大サンフランシスコ校内科レジデント。1983年国立病院東京医療センター内科。1990年ハーバード大臨床疫学部門・医療政策部門客員研究員。1991年東大講師。1992年ハーバード大公衆衛生大学院修士課程修了。2000年より現職(2002年まで東大教授併任)。