第2614号 2004年12月20日


医療費包括化で揺れる救急医療

第32回日本救急医学会開催


 さる10月27-29日,平澤博之会長(千葉大大学院・救急集中治療医学)のもと,第32回日本救急医学会学術集会が,幕張メッセ日本コンベンションセンター他で開催された。会長講演その他で多臓器不全の病態と治療が大きく取り扱われたほか,ワークショップでは救急医療における医療費包括化をめぐる問題が話し合われた。


多臓器不全の診断・治療には遺伝子多型検査がトレンドに

 会長講演では「敗血症性多臓器不全の病態と治療-これまでのこと,これからのこと」をテーマに,平澤氏が千葉大における研究成果と,今後の敗血症性多臓器不全の治療法の展開について講演した。

 はじめに平澤氏は敗血症性多臓器不全(Septic MOF;以下,多臓器不全)の治療について,「その病態は複雑であり,対症療法では対応に限界がある」とし,病態生理,重傷度判定を精緻に行ったうえでのclitical careを確立することが重要課題であると述べた。

 近年,多臓器不全の発症の予測因子として,サイトカインIL-6の有効性が指摘されている。またIL-6等のサイトカインの産生には遺伝的素因が大きくかかわっていることがわかってきた。平澤氏は,従来,侵襲に対する反応を予測する因子とされてきたMagnitude of Injury(侵襲の大きさ),Physical Condition(患者の身体条件)に,今後はGenetic Condition(遺伝的素因)を加える必要があると述べた。

 一方,平澤氏は多臓器不全の発症予測指標として,HRV(心拍変動性heart-rate variability)にも言及。心拍1拍ごとの揺らぎを表わすHRVをどのように発症予測に用いるかについては,「正常人のHRVには揺らぎがあり,多臓器不全を起こす危険のある患者には揺らぎが少なくなる」と述べ,HRV測定で多臓器不全の発症を予測できることをデータとともに示した。

治療法としての持続的血液濾過透析

 一方,多臓器不全の治療に関しては,未だその救命率は50%にとどまっている。平澤氏は,先に述べたような予測指標や,遺伝情報の活用などに加え,持続的血液濾過透析(CHDF)やliquid ventilation,あるいは再生医療の活用などの可能性について述べた。

 特に持続的血液濾過透析の活用については,これまでの「不全臓器の機能補助」を主目的としたものではなく,多臓器不全発症にかかわるサイトカインの除去をめざした治療的なアプローチを提唱。血液浄化法によるサイトカインの除去については,未だ学会でも見解が分かれているが,平澤氏はPMMA膜からなるhemofilterを用いたCHDFであれば,pro-およびanti-inflammatory cytokineを効率的・持続的に除去できることを示した。

 平澤氏は,後進の研究者・臨床家がこれらの研究成果を踏まえ,多臓器不全の治療を今後確立していくことを願いたいとして,講演を終えた。

医療費包括化時代の救急医療のあり方

 2003年4月より導入された特定機能病院での医療費包括化は救急医療にも大きな波紋を呼んでいる。とりわけ問題となるのが3次救急領域。生命の危険が迫った患者に,使用しうる医療資源を最大限投入して救命に当たるのが3次救急の基本的なあり方であり,医療費包括化にあたっては当初から「3次救急にはなじまないのではないか」という議論があった。ワークショップ「救急医療における医療費包括化をめぐる諸問題」では,武澤純氏(名大),菅井桂雄氏(新東京病院)の両座長のもと,包括化を経験した特定機能病院などの医療者が議論を交わした。

 ワークショップの冒頭では,包括支払い制度の議論において常に焦点となるDPC(日本版診断群分類)について,その作成にかかわった桑原一彰氏(京大・医療経済学)が解説。桑原氏は「DPCの本来の目的は支払いへの適用ではない」と述べ,医療情報の標準化・透明化を実現することによって,病院評価・病院管理などのマネジメントへの活用を目的とするツールであることを強調した。

包括支払い・診断群分類は救急医療になじまない?

 続いて,特定機能病院の医師ら7人の演者が続いて登壇し,救急医療における包括支払い制度導入の問題点を指摘した。

 問題点は大きく2点。1点目は横田裕行氏(日医大)ら,多くの演者が指摘した,包括支払い制度では高度救命救急医療は大きな赤字となりがちであるという問題点である。

 横田氏は人工呼吸器や血液循環装置を用いて救命措置を行った症例では,出来高払い請求よりも1件・月当たり最大700万円以上もの減収となった自施設の調査結果を紹介。将来的には救命救急措置に消極的な意識を現場に産み出しかねないと指摘した。

 もう1つは,診断群分類そのものが,そもそも救急医療の現状にそぐわないのではないかという指摘である。守谷俊氏(日大)は,救命救急施設に運び込まれてくる患者に対してまず施すのは,「対症的な治療」であり,診断は二の次であることを指摘。「診断→治療方針決定」というDPCモデルの前提は救命救急医療にはなじまないと述べた。

 ディスカッションでは座長も加わり,1時間にわたって激しい議論が交わされた。

 桑原氏は,「救急領域における損益を消すだけなら,医療機関別係数を上げれば済む話」と述べたうえで,真の問題である支払いのバラつきを消すためには,現場の意見を加えていくことで,DPC自体を今後さらに精緻化していくことが重要だと述べた。

 これについては成松英智氏(札幌医大)らは現場の立場から,バイタルサインによって重傷度をさらに細かく分類すること,あるいは看護必要度を加えることなどが必要だろうと述べた。

 一方,木村眞一氏(大阪厚生年金病院)や平山晃康氏ら(日大)は,高度救命救急医療は,医療全体の数%に過ぎないことを指摘。単に「救急領域に医療費を」という訴えでは限界があると述べた。

 座長の武澤氏は最後に,「DPC以外のデータベースに基づいた指標を持ってこないと,救急のパフォーマンスを正当に評価してもらうことは難しいだろう」と述べ,DPC時代の波を逆に追い風とし,救急医療のインディケーターを学会主導で作り,救急医療の変革に近づけていきたいと述べ,ワークショップをまとめた。