第2608号 2004年11月8日


社会から求められる脳神経外科

第63回日本脳神経外科学会開催


 第63回日本脳神経外科学会が,さる10月6-8日の3日間,吉田純会長(名大大学院教授)のもと,名古屋市の名古屋国際会議場で行われた。同学会は全国80大学をはじめ1400以上の脳神経外科施設が参加し,8000名近い会員を擁している。同学会が社団法人化されてからはじめてとなる今学会のテーマは「社会から求められる脳神経外科――国際的,学際的,探求的研究に基づいた新しい脳外科医療の開発」。「21世紀の脳神経外科手術」「医学教育と医療制度の現状と将来展望」「脳神経外科医が学ぶべき高度先端医療開発」の3題のプレナリーセッションをはじめ,20の口演シンポジウム,6つのビデオシンポジウムが行われた。会員の半数にあたる約4000人が参加し,学会は成功裡に幕を閉じた。

 本紙では,同学会としてガイドラインあるいはスタンダードという概念をはじめて取り上げた「我が国における脳神経外科医療の現状:ガイドラインとスタンダード作成に向けて」と社団法人化を機に学会の今後のあり方も含めて議論した「脳神経外科subspeciality医療のあり方」の2題のシンポジウムについて取り上げる。


■ガイドラインとスタンダードの作成が急務

 「我が国における脳神経外科医療の現状:ガイドラインとスタンダード作成に向けて」(座長=山形大 嘉山孝正氏,名大齋藤清氏)の冒頭,学会ガイドライン作成の責任者である嘉山氏は「今後社会に開かれた学会にするためには,ガイドラインとスタンダードの作成は急務」と述べた。同じく座長の齋藤氏は今回の研究の目的と方法について解説した。目的はわが国の脳神経外科治療の現時点での治療成績を明らかにし,ガイドラインとスタンダードを作成することで,今年度は第一段階として各分野での対象疾患を設定し,対象疾患ごとに1年間の全対象患者データを集計し分析した。具体的な方法としては,(1)対象分野ごとにグループリーダーを選び,対象疾患を設定,(2)疾患に沿った治療結果の評価法を策定,(3)治療経験豊富な施設を10施設程度選出,(4)各施設は,その疾患の治療戦略を明示,(5)治療戦略に沿って1年間,治療結果を登録,(6)グループリーダーは治療結果を集計し,評価方法に沿って結果を評価,(7)必要に応じて追跡調査を行った。

調査対象となった疾患

 対象分野・対象疾患・グループリーダーは以下の通り(対象分野と対象疾患が同一の場合は省略)。

 (1)成人神経膠腫:退形成性星細胞腫,神経膠芽腫(吉田純氏),(2)間脳下垂体腫瘍:下垂体腺腫,頭蓋咽頭腫(日医大 寺本明氏),(3)転移性脳腫瘍(嘉山孝正氏),(4)小児脳腫瘍:髄芽腫/PNET,胚細胞腫瘍,視神経・視床下部グリオーマ,(退形成)上衣腫(阪大 吉峰俊樹氏),(5)頭蓋底腫瘍:頭蓋底髄膜腫(慶大 河瀬斌氏),(6)脳動脈瘤:未破裂脳動脈瘤の直達手術(京大 橋本信夫氏),(7)脳動静脈奇形(奈良医大 榊壽右氏),(8)内頸動脈狭窄症:頸部頸動脈狭窄病変(富山医薬大 遠藤俊郎氏),(9)脳梗塞:急性期脳塞栓症(岩手医大 小川彰氏),(10)頭部外傷:重症頭部外傷(久留米大 重森稔氏),(11)中枢神経系奇形:先天性水頭症,二分脊椎と二分頭蓋,頭蓋骨縫合早期癒合症,先天性脳腫瘍(慈医大 大井静雄氏),(12)脊椎脊髄疾患:脊髄髄内腫瘍,脊髄空洞症,後縦靱帯骨化症(北大 岩喜信氏),(13)機能的疾患:パーキンソン病に対する脳深部刺激療法(日大片山容一氏),(14)血管内治療:未破裂(嚢状)脳動脈瘤(三重大 滝和郎氏)。

 参加施設は78施設(のべ139施設),症例数は2297例で,それぞれ患者の内訳,治療方法,入院期間,費用,転帰などが明らかにされた。

外科系ガイドライン作成の難しさ

 14の口演後に座長の嘉山氏は外科領域のガイドライン作成の難しさに言及。内科領域がある程度均質な患者に対して均質な投薬という治療法を用いるのに対して,不均質な患者を対象に不均質な手術を行う外科治療の標準化が難しい側面を解説した。内科治療に現時点で最善と考えられる治療法が求められるのに対して,外科治療はしてはいけないことを示すほうが現実的ではないかと問題提起した。

 今回集めたデータがスタンダードと言えるのか,という座長の質問に対して,演者が一言ずつ回答した。今回のデータは,エビデンスレベルとしてもっとも高いRCTには及ばないものの,腫瘍であれば国立がんセンターが中心となって行っているJCOGのプロトコールに従った研究の準備を進めているなど,今後が期待できる意見が聞かれた。一方,症例数が少なくRCTなどとても無理という意見や,症例1例1例の重要性を説く意見もあった。また,今回選ばれたのは設備,治療実績など十分な施設で,ガイドラインというよりは医療の質管理の問題であるとの指摘や,ガイドラインで治療方針を縛ると不利益を被る患者が増える,という意見もあった。ガイドラインからはずれた患者を常に検証しながら,ガイドラインを修正していく柔軟性を求める声もあった。

■脳神経外科subspeciality医療のあり方を議論

 脳神経外科領域は現在,脳腫瘍,脳卒中,てんかんやパーキンソン病等の機能性疾患,小児脳神経疾患,脊椎・脊髄疾患,神経外傷等の専門分野に分かれつつある。また,血管内外科,内視鏡外科,分子外科等,外科治療法別のsubspecialityも発展している。「脳神経外科subspeciality医療のあり方」(座長=橋本信夫氏,岩喜信氏)では,subspecialityの問題点と学会の役割が議論された。

 7人の演者が以下のテーマについて口演した。(1)脳腫瘍医療の問題点と展望(嘉山孝正氏),(2)脳卒中医療における脳神経外科医の役割(小川彰氏),(3)わが国の脳神経外科における脊髄脊椎医療の現状と課題(藤枝平成記念病院 花北順哉氏),(4)定位・機能神経外科の現状と展望(片山容一氏),(5)大学病院の利点を活かした小児神経外科医療(慈医大 阿部俊昭氏),(6)神経外傷医療:現状と問題(重森稔氏),(7)脳神経血管内手術(滝和郎氏)。

subspecialityの課題と学会の役割

 嘉山氏は脳腫瘍を悪性と良性に分け,悪性脳腫瘍の問題として,(1)集学的治療が必要で,センター化が不可欠,(2)大規模スタディが必要(エビデンスの蓄積,ガイドラインの作成),(3)新治療法の開発(産学連携,資金・人材の投入)が必要と述べた。良性腫瘍の問題点としては,(1)無症候性脳腫瘍のガイドラインの作成・普及,(2)深部腫瘍・脳機能野近傍腫瘍の専門家の必要性をあげた。また,脳神経外科学会専門医制度下のsubspecialityの教育制度の具体的整備(neurooncologistの育成など)の重要性を訴えた。

 小川氏は脳卒中の診療において学会がすべきこととして,(1)脳卒中医療が脳神経外科医に委ねられていることを社会に周知させる,(2)脳卒中の卒前・卒後教育の充実,をあげた。また,疾患別のsubspeciality学会(脳腫瘍学会,脳卒中の外科学会,神経外傷学会など)と手技別のsubspeciality学会(脳神経血管内治療学会,神経内視鏡学会など)と脳神経外科学会の関係を図示したうえで,学会運営としては手技別は適当でなく,疾患を中心として,内科医,血管内治療医など異なる手技を持つ医師が一堂に会する形が好ましいと述べた。

 花北氏は整形外科・脊椎外科という強力で先行する勢力が存在する脊髄脊椎領域の特殊性を述べた後,基礎的研究の裏づけのない単なる手術・手技に終始する外科分野に将来はないとしたうえで,基礎的研究推進の必要性を強調した。

 片山氏は定位・機能神経外科学会の取り組みと課題について紹介。特に脳深部刺激療法の現状と将来について詳説した。また,私見として「専門医であると考えるならば,経験・実績を公表する。評価は患者側がする」「指導医・訓練施設であると考えるならば,自発的に有給のフェローシップを提供する。評価は研修側がする」と述べた。

 阿部氏は慈医大の総合母子健康医療センターの取り組みを紹介。その特徴を(1)総合的グループ診療体制,(2)Multidisciplinary clinic,(3)高度先進医療,(4)年齢の枠を超えた診療体制であるとした。

 重森氏は神経外傷はcore subspecialityであり,外因性疾患のspecialistとしてプライマリケア医のコンサルタント,手術の管理者としての役割があるとした。

 滝氏は近年急速に進歩した脳神経血管内治療について解説。脳神経血管内治療学会の専門医制度について詳しく述べた。

 7人の口演後,意見を求められた吉田会長は,subspecialityをどう位置づけ発展させていくかについて,神経内科,循環器内科,基礎医学,工学をも含めた形で,ゆるやかな連合体として領域全体を広く発展させることが重要と述べた。

 その後のディスカッションでは,専門医制度をはじめとした教育の問題,情報公開の問題など,今後学会として取り組むべき課題が議論された。