第2605号 2004年10月18日


臨床に役立つ感染症学のススメ

藤本卓司氏に聞く
(市立堺病院総合内科部長,『感染症レジデントマニュアル』著者)


 多剤耐性菌の出現,新興・再興感染症の発生など,感染症についての話題が頻繁に報道されており,国民の感染症に対する関心は高まっている。しかし,それらに対峙すべき医療者への感染症教育システムは未だ整っていないのが現状だ。そんな折,南大阪地域の基幹病院・市立堺病院総合内科部長である藤本卓司氏が『感染症レジデントマニュアル』を上梓した。従来から日本における感染症対策・教育への積極的な提言を続けてきた藤本氏に同書執筆の動機を聞いた。


■すべての臨床医に求められる感染症学

感染症教育の2つの問題

――医学生・研修医を対象にした感染症マニュアルを執筆された動機はなんでしょうか?

藤本 私の学生時代を含めて,日本では感染症への標準的なアプローチを学ぶ機会はこれまで少なかったと思います。

 しかし,抗菌薬を使わない臨床科はありませんし,有熱患者を診ない臨床科もありません。臨床医をやっていく以上,どんな分野に進んでも必ず感染症の知識が必要となってくるわけです。また,どんな医療行為にも,院内感染のリスクはつきまといます。感染症と院内感染――この2つに対処するためには,どうしても体系立った感染症の知識とノウハウが必要です。今回の本を通して,感染症によい意味で敏感な医師が1人でも多くなるように願っています。

――従来の感染症教育にはどのような問題があったのでしょうか?

藤本 これまで感染症に対する対応は,肺炎だったら呼吸器の先生が,胆管炎だったら消化器の先生が教えるといった形で,臓器別,診療科ごとでしか教えられてきませんでした。感染症について,横断的に学ぶ機会がなかったわけですね。実際,抗菌薬の使い方1つとっても,施設,診療科,指導医によって異なっていました。

 一方で,この約10年,各領域においてガイドラインが作られるようになってきました。その中で生じてきた問題点もあります。ガイドラインそのものは,標準化されていない医療内容を統一していこうという動きですから,それ自体はよいことです。しかし,1つひとつの症例を個別にしっかりと診ていくのではなく,ガイドラインの枠に症例を当てはめていくような診断・治療になってしまう危険を感じています。

 個々の症例ごとに,きちんと病状を把握して,原因菌をつきとめて,1人ひとりに最適な治療を行うのが本来のアプローチです。しかし,ガイドラインに依存しすぎると「この患者にガイドラインをどういうふうにあてはめるか」という思考になってしまう。ガイドラインが広まる中,若い医師の中にそういう傾向が見られるようになりました。

 標準的な感染症の診断・治療が体系的に教えられてこなかったことと,ガイドライン偏重によるパターン化した医療が広がりつつあること。この2つが現時点における感染症教育の問題点だと考えています。

医師が行うグラム染色の意義

――感染症をきちんと診断し,患者個々に合わせた処方を行うために,一番必要な知識・技術とはなんでしょうか。

藤本 まず,問診や身体診察が大切です。さらに,グラム染色を自分でできるようになることも重要だと私は考えています。今回のマニュアルでもそのことを強調しました。

 私は90年に沖縄県立中部病院を見学で訪れた時,グラム染色が臨床にいかに役に立つのかを教えられました。循環器領域での心電図のように,感染症診療においては,グラム染色を自分でできることが必須であると感じています。もちろん,心電図で循環器疾患のすべてがわかるわけではないように,グラム染色で感染症のすべてが理解できるわけではありません。しかし少なくとも,臨床医が日常診療を行ううえで必須の技能であると思っています。

――通常は,検査室に出して行っている検査だと思いますが,医師が自らグラム染色を行うことのメリットはなんでしょうか?

藤本 細菌検査室は,培養による菌の同定と薬剤感受性の判定が最も大切な業務です。ですから,検査技師がグラム染色を行う第一義的な理由は,培養を始めた翌日に現れる集落(コロニー)の中から,原因菌の集落を見分けるためであるといってもよいでしょう。そこでは分単位の迅速性は求められていないわけです。

 しかし,医師は,抗菌薬を選ぶためにグラム染色を行う。結果を急ぐわけです。いくら院内のシステム連携が整っていても,グラム染色を細菌検査室に依頼して,本当にリアルタイムに結果を得ることは不可能に近い現実があります。医師が自分で染めるのが手っ取り早い。自分でやるのであれば,10分くらいで結果がわかるわけです。

――10分のグラム染色で,何を知ることができるのでしょうか。

藤本 色と形の特徴から原因菌を推定することができます。白血球が多いのに細菌がいないというネガティブデータの場合も意味があります。

 菌名をある程度絞り込めたら,可能性のない菌に対する抗菌薬を使う必要がなくなります。そうすれば狭いスペクトラムの抗菌薬で治療できるということになります。

 今でも,多くの病院で広範囲スペクトラムの薬剤が濫用されています。また,ガイドラインもあまく適用してしまうと,安易に広範囲スペクトラムの薬剤が使用されてしまうことになるでしょう。これは,短期的には患者さんのためになるかもしれないけれど,結局は,耐性菌を発生させてしまい,患者さん自身に負荷を与えることになってしまうと思います。

――そうした推定を行うスキルはどれくらいの訓練で身に付くものなのでしょうか。

藤本 3か月から半年くらいだと思います。自分の患者さんが感染症にかかったら,染められる検体があれば染める。あるいは研修医同士で連絡しあって一緒に染めたりすれば,数か月で身に付くスキルですね。

■感染症を学ぶ人に知ってもらいたいこと

形として見える感染症学の地図

――感染症をきちんと診ることができる医師をつくる。そういう意味で,今回の本の対象はどういった方になるでしょうか。

藤本 まだ感染症の「地図」を持っていなくて,迷い子になって右往左往している医学生・研修医が対象です。私自身もかつてそうだったのですが,感染症は細菌にしても抗菌薬にしても同じような名前のものが多くて,混乱している人が多い。そういう人が少しでも感染症学に親しみを持つきっかけになればと思います。もちろんマニュアルなので,ある程度は網羅的な書き方もしましたが,どちらかといえば読み物的な工夫をこらしたつもりです。

――具体的にはどういった工夫がありますか?

藤本 感染症に対する問診,身体診察についての記述を多く入れました。それから,グラム染色を重視した診断に関する部分は特に力を入れました。

 さまざまな菌の姿を色,形として視覚的に覚えるために,各種細菌のアトラスやイラストを多く入れました。たとえば,S.aureusであれば,紫色のぶとうの房のようだとか,Moraxella catarrhalisであれば,赤くて丸くて可愛らしいとか,細菌に対する親しみを込めたイメージを持ってほしいと思います。

 人間だって,名前だけでは覚えられませんよね。直接会って,顔を覚えてはじめて他の属性が覚えられる。それと一緒で,細菌もまず形から入るととっつきやすいと思います。

 それから,これまで微生物学のテキストで触れられることの多かった個々の細菌の記述を臨床医にとって意味のある事柄に絞ってまとめたのも特徴です。

「暗記」のススメ

――最後に,読者の医学生・研修医へのメッセージをお願いします。

藤本 これは感染症に限らないことですが,必要な暗記を怠るな,ということを強調したいですね。

 例えば,「この感染症でよく見られる原因菌は?」と質問されて,パッと上位3菌種くらいが頭に浮かんでくるかどうか。この程度の基本的事項は暗記しておかなければ,その場その場で判断を迫られる臨床では正しい方針を出せません。医師はリアルタイムにディシジョンメイキングを求められます。テキストなどゆっくり読む余裕のないことのほうが多いのです。必要な暗記が不十分な場合,うろ覚えの知識で間違った方針を出してしまうことになる。

――臨機応変な対処をするにも,まずは暗記による知識の下支えが必要ということですね。

藤本 そうです。暗記によって理解が深まるということもあります。最初の段階では丸暗記で深みがなかった勉強かもしれないけれど,だんだんと別の項目とのネットワークが頭の中に構築されていって,理解が立体的になっていくということです。必要事項をきちんと覚えるということは,一見複雑にみえるものをさまざまな断面で小分けにして整理し,最終的に立体的に全体を把握して正しい理解をする礎になると思います。


藤本卓司氏
1984年,京都大学医学部卒業後,麻酔科研修,呼吸器内科を経て総合内科の道へ。2002年より現職。また,感染管理医師として93年の感染制御チーム(ICT)発足時より院内感染対策に携わっている。